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第20話
水に入ってしばらくは、当たり前だが口や鼻に水が入って来て苦しくて。だが、息を止めていればいいことに気がつき、落ちた真っ暗な水底に体を横たえる。
今までは夕が天に昇っても、ほんの一時の寂しさを我慢すれば夕は絶対に俺の所に戻って来たし、夕と誓い合った永遠の愛を疑うこともしなかった。永遠と言う時間の長さがどういうものかすら考えもしなかった。
それが今や夕はすでにその存在を消し、俺はあの魔人と永遠という想像すらできない時間を、たった二人で生きていかなければいけないという。
夕との時にはなかった、永遠という時間への恐怖が胸に迫ってくる。
何故、俺はこの手を夕から離してしまったんだろう?
夕のいないほんの一瞬の寂しさに我慢できず、何故俺は雪の、魔人の手を掴んでしまったんだろう?
今更考え、後悔しても遅い。
分かっている。わかっていても尚自分に問いかけるものの、返ってくる答えはなく気がつけば涙が頬を伝うだけ。
「夕…」
開いた口から水が一気に流れ込む。
苦しくて、もがいて、それでも死ねない体を自分の手で引きちぎってしまえれば…
そんな事をしたって、傷はすぐに塞がり死ねはしない…か。
何気なく触れた腹に指が引っ掛かった。
ん?と腹を見ると、あの時についた傷が未だに治っていない為、瘡蓋が残っている。
不死ではあるが傷はつく…今までとは違い、呪いの効果が弱まっているのか?
それでも、死ねはしないのに変わりはないか。
それに、自らの手で命を絶てば天には昇れない。夕にも、例えその存在が夕ではなくなっているとしても、会えなくなってしまう。
どうせ今更会ったとして、夕が俺を許してくれるのか?
嫌な思いが心をよぎる。
どれだけの時間そうやって水の中で過ごしたのかわからない。
考えるのは夕の事ばかりで、その度に涙を流し、自分のした事を、そしてそう仕向けた雪のことを呪った。
この代の雪を愛するだけだと、雪の命が終われば再び夕との今までと同じ時間が戻って来ると、そう言って俺を騙し、俺と夕を引き離した雪を愛するなんてできるわけがない。
雪とこのまま二人きりで永遠の命を生きるなんて、そんなの有り得ない。
そうやって、何度も何度も考える内に、俺はここを出て雪から逃げることを決断した。
逃げるなんてできないかもしれない。それでも今なら、呪いの薄まっている今なら、雪くらいの魔力のある者にならば俺は殺してもらうことができるかもしれない。
そうすれば俺はこの永遠と言う恐ろしい時間を止めることができる。夕のいる天に昇ることができる。そして許してもらうことができる。
なんだ、逃げなくても雪に殺されればいいのか。
夕、お前に会える。お前とまた愛し合える。
待っていてくれ、夕。
そう決断すると、俺は水底をトンと蹴って地上に向かって泳ぎ始めた。
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