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第29話
もう何も見たくない、聞きたくない、考えたくない…なのに声が追いかけて来る。考えろと迫って来る。
夕を殺したんだよ、夕の心と魂を宵は殺した。
違う!ただ忘れて、俺を忘れて欲しかったんだ。そうすれば俺を追いかけないですむ。夕は夕の幸せな人生を送ることができる。だから、俺を忘れて欲しかったんだ。
でも、夕の心も魂も死んだ。ふふふ、夕の縛りだけ復活させることなんてできるんだね?俺も二人にかけた縛りを一人にだけ再びかけ直すなんて初めての事だったから、宵にまでその効力が及んでいたらどうしようって思ったんだけど、良かったよ。
雪の流れ込んで来る言葉に、絶望と共に頭が覚醒した。
「雪ぃ、お前っ!!!」
繋がれた鎖を激しく揺らし、涙を流しながらも雪を睨む。
「怖い顔しないの…ねぇ、夕を見たい?」
「え?!夕はまだ生きているのか?」
雪が面白そうな顔をして俺の涙を拭うと、繋がれている鎖を調節して、俺の上半身を起こした。
「ねぇ、本当に見たい?」
雪が俺の目を自分の手で隠したままで尋ねる。
先程の面白がっていた雪の声とは別人のような深刻そうな声だったが、俺は躊躇する事なく頷いた。
雪は少し残念そうな悲しそうな声で、そうとだけ答えると、そっと手を離した。
暗かった視界が明るさを取り戻し、目の前のいつもの部屋が見えて来た。
ただし床に転がされるように倒れている夕を除いては。
「夕っ!ゆうーっ!!」
いくら名前を読んでも俺の声が聞こえないかのようにぴくとも反応しない。
口は何かをぶつぶつと呟いているみたいだが、聞き取れないほどの小さな声。
「無駄だよ…夕の心も魂も壊れたんだ…宵が壊した。ねぇ?夕の縛りを戻してあげたって言ったでしょ?だから夕は全てを思い出したんだよ。宵に夕がしたことも、自分がその後でどんなふうに死んでいったかも…それでも宵を忘れられなかったことも…」
「雪ぃ…何で、なんでそんな酷い…酷い事を…」
嗚咽混じりの俺の言葉を聞いていた雪が、夕のそばに行って、足でその体を仰向けにする。
「雪!やめろ!!もう、やめてくれ…」
悔しさと悲しさと、それでも雪を愛している自分の心がイヤで、涙が俺の腹に落ち、身体を伝って流れていく。
「可哀想な夕。かっこよくて守ってくれて、いつでも夕のヒーローだった宵が、俺に組み敷かれてとろとろにされて、涙ながらに俺に無様に入れて欲しいって頼む、あんな姿を見せられちゃって…ずっと心の支えだった宵がさぁ、あんなんじゃねぇ?夕、宵があんな風にお願いする姿…どうだった?」
しゃがんで耳元に囁きかける雪の言葉に、夕がビクッと反応し、突如切り裂かんばかりの悲鳴を上げた。
「いやぁああああああ!宵は違う!僕の宵はあんなこと言わない!!あれは宵じゃない!!違う…違う…違うーーーー!!」
そう叫んで、床を這いずり回りながら七転八倒する姿に雪が立ち上がりながら、
「あれが、今の宵だ。お前の宵はもういない。いいか?お前の宵は、もう、いないんだ!」
そう言って、指を鳴らすと男たちが静かに入ってきて、雪の言葉で俺をじっと見つめたままでいる夕の体を抱え込んだ。
「夕!夕を離せ!!」
はっと気がついたように夕の名を呼び続ける俺に夕も気がついたかのように体をばたつかせる。
「宵、これ以上はもう許さない。お前は誰を愛してる?夕か?それとも…」
聞かれて、夕を愛していると、こんな淋しく悲しい嘘くらい吐かせてくれと思っても、俺自身の心がそれを許しはしなかった。
「雪を、雪だけを愛している。」
雪がにまぁと笑って、俺の全ての鎖を解放した。
「ゆ…き…?」
訳も分からずにいる俺に雪が、無言で腕を広げる。
夕の目の前で、夕に駆け寄れる俺が雪の腕に飛び込む…何で俺にそんな事をさせるんだ!?だったら、くるっと踵を返し、夕を抱えている男達から夕を奪い返し、雪のにまぁとした笑顔を凍りつかせてやる!!
そう決心して、心だけは踵を…いや、心すらも夕の元には行けなかった。
自由になった身体も心も広げられた雪の元に駆け寄り、その腕の中で安堵と平穏に包まれる。ずっと、この鎖につながれたままでいた俺ができずにいた、したかった事。
どんなに抱かれても、抱きしめられても、自分から雪の胸元に飛び込む。それはとても気持ちが良くて、俺をいつまでも甘やかしてくれた。
重なる唇も触れられる雪の手も、今までには感じたことのないくらいに気持ちが良くて、そこで何があったか、誰がいるのかすら忘れ、俺は雪の名前を呼び続け、ただただその快楽を享受し続けた。
俺から触れ、雪を咥え、胎内に何度も雪を受け入れ、それでも足りなくて足りなくて、雪だけを求め続ける俺に雪が囁いた。
「俺がいればいいでしょ?宵には俺だけいればいいでしょ?」
何を当たり前な事を言っているの?
「雪がいればいい!雪だけいれば、他には何もいらない!!」
俺を呼ぶ声が聞こえた。宵、宵は僕を忘れたの?僕を愛していた事を、忘れちゃうの?
「宵、夕が泣いてるよ?あぁ、もう泣くこともできなくなっちゃったみたい…さぁ、これで邪魔者はいなくなった…また宵と俺の二人だけの時間の始まりだ。」
そう言って雪の体が俺から離れ、再び鎖に繋がれながら、俺の心は暗く静かな深い底に沈んでいった。
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