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第38話

それからは朝も夜もなく、俺と夕は互いの身体を貪り抱き合い愛し合った。 「ねえ…僕の事、思い出してくれた?」 抱いている間も、二人でベッドに微睡んでいる時も、夕は俺に何度もこう尋ねる。 しかし、俺はかつての恋人だったと言う夕と言うこの男の事が全く思い出せずにいた。 夕は俺がそう答えると少し寂しそうな顔をして俯き、それでもすぐに顔を上げて俺に笑顔でこう言う。 「だったらもっともっといっぱい僕を感じて?そしたら僕のこと思い出してもらえると思うんだ…だから…ねぇ、しよ?」 妖しく微笑み、俺に跨り腰を動かす。何度も何度も夕の中で果て、その胎内に溢れ出るくらいの体液を注ぎ込んでもなお、夕を愛している自分が不思議で、愛されていないことが寂しくて、雪に無性に会いたくなる。 だけど、俺の記憶を思い出す為に抱かれている夕にそれは言えなくて、ただ早く自分の記憶の戻る日を待ち望んでいた。 ある日、ふと疑問に思っていた事を夕に尋ねた。 「なぁ、お前も…あぁっと… 夕も俺や雪と同じ身体なのか?」 俺の胸の上で眠そうにしている夕が今にも閉じそうな瞼を擦りながら俺を見る。 「同じ身体?」 「あぁ。不老不死の身体。病気も怪我もない身体。」 「ううん。そんないいものはくれなかった。」 「じゃあ、何でご飯を食べないでいられるの?俺や雪はそう言う身体だからわかるけど…」 夕が眠そうに目を瞑り、大きな欠伸をすると呟いた。 「だって、中身空っぽの身体だもん…雪様が…これってくれ…た。お前は…今日から夕だよ…って。」 「え?!どう言う事?」 寝ている夕の肩を掴んで起こそうとした瞬間、夕の体が砂のように崩れ落ち、風に吹かれるように消えた。 「あぁあ…やっぱりダメだったか。今回は趣向を凝らして宵の心を木っ端微塵に壊そうと思ったのに。宵さぁ、もう結構絶望広がっちゃってるでしょ?心の中の絶望。」 さっきまで、ほんの数分前まで俺の上でよがり腰を動かし、愛し合っていた夕の身体が目の前で消え去り、代わりに雪がにまぁとした笑顔で俺の前に現れた。 「ゆ…うは?夕はどこに行ったんだ?なぁ、雪!夕は?俺の上で俺と愛し合った夕はどこに行ったんだよ?」 ベッドの上に立ち上がり、雪の襟元を掴んで食ってかかる俺の腕を雪が無言でぎゅっと握った。その痛みに一瞬瞑った目を開けるとそこは見覚えのある部屋。 雪の手が俺の手を黙ったままで鎖に繋げるのを見て、今までとは違う、身体を動かせる喜びを知った身体が必死に抵抗する。 「やだ!もう嫌だ!!繋がれるのは嫌だ!雪、やめて…もう、繋がないで…雪ぃ…」 そう言って泣きじゃくる俺の顔を雪の手が上げさせると、無言で首輪をかちゃっと装着した。それが合図だった。 もう、逃げられない… あれだけ必死に自由を求めていた身体は抗うのをやめ、力なくうなだれる俺のもう片方の腕と両足にも雪の手によって淡々と鎖が取り付けられていく。 カチャカチャと無機質な音だけが響く部屋。 何も喋らない雪を不気味に思い、その顔を覗き込もうとするが、拘束された俺はもう動けず、ただじっと雪が喋るのを待ち続けた。

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