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第6話 擽られた心 <Side 来須

 僕が目の前の存在、穂永(ほなが) (はる)を好きだなって思ったのは、3週間前の学園祭の配役決めの時。  僕たちのクラスは、ホストクラブをやろうと決まった。  男子校であるこの学校も、学園祭には他校の女生徒が来る。  上手く事が運べば、彼女を獲得できるという満場一致の下心からの決定だ。  勿論、出すのはお酒じゃなくて、コーヒーや紅茶といったソフトドリンク。  飲み物を提供するバックヤードの担当と、お客様の相手をするホストを決めなくちゃいけなかった。  喋りが達者なヤツと見た目が良いヤツが、ホスト組。  手先が器用なヤツや平凡顔が裏方組。  なんとなく、教室の前と後ろに輪が出来る。  黒板に近い前方がホスト側で、後方がバックヤード担当だ。  背の高い僕は、それだけの理由で、ホストに推された。 「来須なんて、でかいだけだろ」 「そうだよ。喋れねぇじゃん」 「客、逃げてくんじゃね?」  がやがやと騒がしい教室の角から、僕はホストには向かないと声が飛んだ。 「こっちも困るし」 「来須いると、狭くなる」 「立ってるだけでも圧迫感あんじゃん」  ホスト側の意向を汲み、バックヤード側に下がろうとすれば、いらないと邪険にされた。  確かに僕は、図体がでかいだけの木偶の坊。  自覚はあるんだ。  でも、自覚したからといって、上手く動ける訳じゃない。  要領よく立ち回るコトが出来れば、楽だろうななんて思うけど、引っ込み思案な僕は、無意識に一歩引く。  教室の真ん中で、どちらにいけばいいのか戸惑う僕。  ホスト側からするりと出てきた穂永が、僕の手を掴んだ。 「ちょ、しゃがめ」  くんっと引かれる袖に、僕は側の机に腰掛けた。 「洸。オレの鞄からワックス取って」  穂永の声に、ぽいっと投げられたのは緑色の小さな丸いプラスチックケース。  その蓋を開けた穂永は、指先で中のワックスを掬い、粗く伸ばす。  洗い晒しでボサボサの僕の黒髪の中を、穂永の指先が(くぐ)っていく。  ちょいちょいと毛先を捻り遊ばせた穂永は、開けた視界に瞬きを繰り返す僕に、ニッと笑って見せる。 「笑えって。こう、ニッて笑ってみ?」  僕は、穂永に習うように口角を上げた。 「ほら。やっぱ。そこそこイケてね?」  僕の前から、穂永が退く。  抜けた視界の先にいる洸が、小さく首を縦に振っていた。 「お前、こっちだわ」  掌を上に向け、人差し指1本で招く洸に、穂永へと瞳を向ければ、自慢気な視線と交差した。  僕は洸に招かれるまま、その輪の中へと足を進めた。 「ちゃんとすりゃ、それなりじゃん」  机に腰かけている洸が、穂永に弄られた髪を見やりながら、口角を上げた。 「でけぇからな」  僕の後ろからついてきた穂永が横に立ち、僕の頭を目指し、腕を伸ばす。  でも、30センチ近くの身長差に、早々に腕を引いた。 「高身長の塩顔? 笑ったらなくなっけど、切れ長の一重って意外にイケメン要素だろ」  自分の目尻を横へと伸ばす穂永に、洸が笑う。 「お前のその顔は、イケてねぇわ」 「…うるせぇ」  洸の座る机の脚を、つま先で小突く穂永。 「来須って、意外と可愛い顔してるのな」 「なんか、お姉様受けしそ」  周りからぼそぼそと聞こえてくる声に、ほっと息をついた。  僕の魅力を引き出し、役割を与えてくれた穂永。  僕はお荷物にならなくて済んだコトを、素直に喜んだ。  それから、なんとなく穂永の存在が気になった。  無意識に、穂永を見詰めるコトが増えていった。  本来は男前な性格なのに、その隙間から見える可愛らしさのギャップに、心が擽られ続けていた。

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