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第7話 口許だけの強がり <Side 穂永

「他の人に食べられちゃうくらいなら、僕が先に食べたいって思って……」  ぼそりと放たれた来須の声に、止まっていた思考が動き始める。  “…………好き”  動き始めたはずなのに、衝撃の一言で埋め尽くされた脳みそは、新たに降ってきた来須の声を、理解しようとしてくれない。  ぽかんとしたままのオレ。  ほわほわと楽しげだった来須の空気が、どんよりとした色に侵蝕され始める。 「……、ぁ、ごめんね。僕のコトなんて、好きじゃないよね。好きでもない相手からのキスなんて、嫌……、だったよね」  かさついた来須の指先が、オレの下唇をなぞった。  拭って消毒して、与えてしまった感触を忘れさせようとするように、乾いた指先が、柔らかく何度もそこを往復した。 「ごめん、消えないよね……。ごめん」  口角は上を向いているのに、八の字に(かたど)られた眉は、謝罪の念を強くオレに伝える。  泣き出しそうなほど哀しげなのに、口許だけが強がっていた。 「ぁ、……ぃや、…」  オレの零した声に、来須の指先がぴたりと止まる。  何をどう紡げばいいのか弾き出せない脳みそが、オレの瞳を(およ)がせる。 「びっくりが、…勝っちゃって?」  何とか押し出した言葉は、尋ねる相手を間違っている疑問文。  そう。驚いたんだよ。  びっくりしすぎて、パンクした。  やっと、その衝撃から生還した。  彷徨(さまよ)っていた視線を、来須へと戻した。  申し訳なさげに見上げるオレに、どうするのが正解なのかと、動きを止めた来須の瞳が問うてくる。  えっと。  どこから返答すればいいんだ?  あ、そうだ。 「好き」  オレの言葉に、今度は来須がフリーズした。  触れたままの指先から、ドクドクと拍動する来須の速まる心音が伝わってくる気がする。  固まってしまった来須の意識を揺り起こすように、微かにオレの唇に触れたまま(とど)まっている指先を、はむりと()んでみる。  はっとしたように息を飲んだ来須は、慌て手を引いた。 「……え?」  きょんとした瞳で指先を見やり、自分の手に疑問符を投げる来須。  フラれると覚悟した瞬間、逆に告白を受けた来須の脳は、何が起きたのかを把握できていない。

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