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第13話

というかユニが嫌いだからこそ、ブランをより可愛がりたくなるのかも知れなかった。表には出さなかったが、ハルはユニが嫌いだった。嫌いになるだけの理由があった。彼には以前、これまでの人生の中でも最も屈辱的と云える目に遭わされていた。彼にされたことが原因でハルは自分自身のことも、より嫌いになっていた。 ユニがハルのいる本社へ配属されたのは去年の秋のことだった。人事異動の季節ではなかったが、一週間前に休職したハルの同期の穴埋めとして彼はやって来た。 休職した同期は数か月間精神的にも肉体的にも不調が続いており、仕事にも支障が出ていた。そのため上司に頼まれてハルが重要なクライアントの案件を共同で受け持ったり、仕事や生活の相談に乗ったりと彼のフォローをしていた。 彼はハルが中学の時の親友に少し雰囲気が似ていた。 目立たないが本当に仕事に対して真面目な男だった。ハルと一緒で子供が好きだった。保育士や幼稚園教諭を志した時期もあったらしいが、彼は留学経験があり英語の重要性と楽しさをより伝えたいと考えていた。入社時の研修以降は挨拶と当たり障りのない会話だけの関係だったが、こうなって会話をしてみて改めて真面目で気立ての優しい男だと感じた。それ故に不器用で失敗を受け流せず、自分を必要以上に責める癖があるようだった。 彼の悩みを聞くのは嫌ではなく、都度、ハルは精一杯励ましていた。だがある水曜日、その同期からの終業後の誘いをハルは断ってしまった。アールと会う日だったからだ。 いつもの悩み相談だと思っていた。まさか翌日から彼が病欠で一週間休み、そのまま休職してしまうなんて思いもしなかった。 その同期の仕事のほとんどは新しくやって来たユニに引き継がれた。上司は共同で受け持っていた案件に関しては引き続きユニと一緒に進めていくようにと命じた。その仕事の説明の最中から、ハルはユニを生意気そうな後輩だなと思っていた。ユニもハルを取るに足らない先輩だと思っている気配が返答の端々から伝わってきた。だが彼からどう思われていようとハルは気にしなかった。 そうして半年間、二人は単なる同僚だった。 初めてユニと口論になったのは、今年の六月のことだ。課の呑み会の席でのことだった。ハルは冷静でいたかったが、言葉の応酬をしているうちに熱が入り、しまいには諍いのようになってしまったのだった。 ユニが休職したハルの同期について言及したことが原因だった。 『戻って来ないんじゃないですか?一度そういうことになると社会的な信用を失いますよね。物事を途中で放り出すなんて、そういう人は何処へ行っても苦労しますよ。人生、何度でもやり直せるなんてのは嘘ですから』 何故だかこの時、ハルはこの男に何か云ってやらなければ気が済まないと強く思った。 お前が今受け持っている仕事は、全てあの同期の信用の下に得たものだ。その上に立ってよくもそんな無神経なことが云える。 この時はっきりとこの後輩を憎んだ。 部屋の中央のシーリングライトを再度点けなければとハルは思った。 寝台から立ち上がったところで、射竦めるようなユニの視線を遭遇した。 「明日もお前は仕事だろ。俺もこれからシャワーを浴びようと思ってたんだけど」 牽制のつもりでそう云ったのだが、ユニに効き目は見られない。彼はデスクの上の灰皿を見つけ、煙草を押しつけた。その隙にハルは部屋の入口まで行き、スイッチパネルに手を伸ばした。 照明は一度点き、間を置かずに消えた。 ハルが一度点けた照明を、ユニがパネルを叩くようにして消したからだ。彼に左肩を押されると、そこはもう部屋の扉だった。前に立ちはだかられると逃げ場がない。 この部屋は段差がなく、室内の動線が行き詰まることのない設えになっている。入口から部屋の奥まで一面に起毛した柔らかい素材の絨毯が敷き詰められていた。境界線のない入口周辺は何処で靴を脱ぐべきか明確ではないが、こういう絨毯の上では裸足の方がしっくりくる。 ユニも裸足だった。密着した二人の体の下で、ハルの足の甲の上に、ユニの蹠が乗っている。当然のように彼はハルの服を脱がしにかかってきた。 これが初めてではない。 彼との繋がりはハルの持つ人間関係の中で最も粗雑で空疎なものだった。 ユニと入口で顔を合わせた瞬間から、何となくこれが目的のような気はしていた。 ハルはこの後輩ともアールと同じことをしている。 けれど決定的に違うのは、ハルはアールのことは好きでも、ユニは嫌いだということだった。 当たり前だがこんなことを望んではいない。彼に応じなければならないような弱みを握られているわけでもない。強いて云うなら脅されていた。暴力によるトラウマがあった。その恐怖心はハルの背筋のあたりに深くしみついて今も消えてくれない。 どうせこの場を乗り切っても、同じことはまた起こる。逃げようとすれば拳が飛んでくる。もうハルは諦めていた。だからこそ彼が入り込んで来る隙をわざと与えた。 あの夏の呑み会の日から、もう何度目になるのだろうか。

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