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第14話
休職中の同期のことでユニと徹底的に反目し合ったが、彼は人の揚げ足を取るのが巧く、これまでのハルの発言を全て憶えていてちょっとでも矛盾したり根拠が曖昧なことを云ったりすると容赦なくそこを突いてきた。三つも歳下の人間に口で勝てない自分に、ハルは苛立っていた。結局、ハルの方が先に黙ってしまった。
ユニの莫迦にしたような笑みに腹の虫が治まらなかったハルは、少し経ってから誰にも告げずに席を外した。周囲にいた同じ課の社員達は最早二人の云い合いなど聞いておらず、敗北感に加えて莫迦莫迦しさと空しさが同時にハルを襲ってきた。
廊下を歩いている途中で、後ろからユニがついて来ていることにハルは気づいた。
十中八九、たまたまタイミングが合っただけだろうとは思ったが、謝る気があるのかも知れない、とほんの僅かに期待した。
手洗いに足を踏み入れるとすぐ無人だと気づいた。二つある個室のいずれもが扉が開いていた。そして後からやって来たユニに、そのうちの一室にあっという間に押し込まれた。彼は個室内の側面の壁にハルを押しやり、素早く鍵をかけた。
ユニの琥珀色の双眸がすぐそこにあった。
無言でハルの中にある何かを狙っている。
タイル張りの壁の冷たさを掌に感じた。喧騒が遠くに聞こえる。
相手と視線を合わせるうちに、互いにひた隠しているものが通じ合ったことをハルは確信した。徐々にぼやけていたピントが、この時はっきり合ったようだった。本音を云うと気配だけは随分前から察していた。
眼を見れば大抵は分かる。相手が自分の体を見ているかどうか。そして同性の体を知っているかどうか。
今まで素知らぬふりをしてきた。意識しないようにしていた。自分達は仕事だけの付き合いだ。それに、互いを好きでも何でもないことははっきりしていた。
ユニに限らず、ハルは職場の人間と個人的な話をほとんどしたことがない。眼で誰かを口説いたことも、口説かれたこともない。ユニに対しては、常に彼の敵対心を受け止めてきただけだった。今もそうだった。この男の眼には微塵も好意や親しみと呼べるものは宿っていない。
ただ、ハルの方はこの瞬間までは心底ユニを嫌っていなかった。口論したばかりで気が立ってはいたが、もう少し時間をかけてコミュニケーションをとっていけばそのうち分かり合えると信じていた。そもそもハルは昔からあまり歳下の人間相手に本気で怒ったりしない。
「何?」
間が持てなくなったハルがそう声を出しかけた時、相手の方から口唇を吸われた。
実を云うと覚悟はしていた。試される。そんな気がしていた。それぐらいしか、彼からこんなことをされる理由は思いつかなかった。
あるいは、こいつなら征服できる、とそこまで下に見られたのだろうか。そうでなかったら仲間を見つけた時の一瞬の気の迷いか。間違っても相手が自分を好いているなどと自惚れはしなかった。当然だが、同じ主義を持っているからと云って相容れるとは限らない。
されてしまったものは仕方がないが、咬みつかれるようなキスは痛かった。相手が口を離すまでは辛抱してやろうとハルはじっと耐えた。キスそのものには怒りは湧かなかった。アールのことを考えていた。自分がこうしてあの男のことを思い出すことはあっても、彼が自分を思い出すことはないだろう。
特に目立った抵抗もせず相手が口唇を離すのを待っていると、ユニはその状態でハルの服を脱がそうとしてきた。
まさかそこまで行為が及ぶとは予期していなかった。
どうやらじっとしていたことで妙な誤解をさせてしまったらしい。ユニの手つきには何の躊躇もなかった。まさかここで、今そんなことを始めようとするなんて。
「おい」
流石にそれはまずいと抗おうとすると、ユニは何の前触れもなしにハルの横面を叩いてきた。
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