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第23話
「先刻 のあの飾りは、人からもらったものです」
カフェの席につくなり、スーズはそう云った。
ハルはスーズに一番高い珈琲を買わせ、それを席へ運ばせた。生憎店内の席は全て埋まっており、肌寒さが堪える中テラス席をとるしかなかった。それでもハルはここ最近で一番機嫌が良かった。ただ、たった今スーズが持って来た珈琲は飲みきれる気がしない。ホイップクリームの上に赤いシロップがかけられ、彩り豊かなチョコチップが散りばめてある。完全にスーズに対する嫌がらせでメニューを選んだばかりに、飲みたくもない糖分の塊が眼の前に鎮座している。だがそんなことはおくびにも出さず、ハルはカップに口をつけた。
「私が大学に進学して故郷を離れた後、親友が送ってきてくれたんです。彼が作ったものだから、いくら出しても他では買えない」
「へえ、何だ。ちゃんと恋人がいるんじゃないか」
「親友と云いましたが」
「嘘吐け。友達にしちゃ意味深すぎるプレゼントだ。それとも、お互い気づいてるのに何も伝えられずに離れたパターンか?昔の歌謡曲みたいに」
「話聞いてます?」
「それで何?上京して来て一人で寂しくなったからアールをたぶらかしたってわけ?」
「お願いですから話を聞いて頂けませんか?」
「うん、いいよ。喋って」
「アールとの妙な関係を疑っているのなら、あなたの勘違いです」
ハルは黙っていた。スーズの眼をじっと見て、演劇でも眺めるような面持ちで相手の云い訳を見届けようとした。この男がどんな手の込んだ云い逃れをするのか見物だ。勘のいいスーズは、相手がまともに自分の云い訳を聞く気がないと悟ったようだ。眼を逸らしたら負けとでも思っているのか、ハルと視線を合わせたまま黙り込んでいる。
「アールとの関係はあいつ本人からはっきり聞いてる。隠したって無駄だ」
これは嘘だったがハル賭けに出た。スーズはハルが例のピンバッジを所持していると分かってから取り乱している。今ならぼろを出してくるのではないかと思った。
「お前、真面目そうに見えて、手が早いのか尻が軽いのかどっちなんだ?」
「人聞きの悪いこと云わないで下さい。声をかけて来たのはあの人の方です」
「やっぱりそういう関係か」
鎌をかけられたことに気づいたスーズはほんの僅かに眼を見開いてハルを見た。視線を逸らして自分の珈琲の温度を確かめるようにカップに触れ、それを口へ運ぶ。自分のペースを取り戻そうとしているのだ。半分残ったスティックシュガーの紙パッケージを捩 じった後で不意に訊ねてきた。
「私、真面目そうに見えます?」
「そうだな、子供の頃から白のブリーフしか穿いたことがなくて、十五歳から今日までは黒の無地が一番良いって思い込んできたタイプだ」
「例えがよく分かりません」
「初なのを売りにするのは悪いことじゃない。よくある手だ。けどはっきり云って、お前みたいなガキにアールは合わないよ」
「失礼なこと云わないで下さい。それに年齢を理由に合う合わないを決めつけるのは、視野が狭いと思いますけど」
「人間関係なんて年齢が近いほど楽なのが自然だろ?ああ、けどまあ、どうせ寝台 の中じゃ碌に喋んないだろうし、確かにあんまり関係ないのかもな」
スーズはハルに冷然とした視線を送り続けていた。ハルはそれに臆することなく笑みを返す。
「アールはストライクゾーンも広いし、俺よりも歳上だけど精力もあるからさ。一回じゃ終わらないこともしょっちゅうだし。だからお前みたいなガキ、ああごめん、若い奴のことも相手にしてるんだろうな」
ハルはそう云った後で、うっかり手許の甘ったるい珈琲に手を伸ばしそうになった。
「それにお前は勉強のできるタイプだろ。若い優等生タイプを落としてみたかったってだけの話だろうな。分かる?遊ばれてるんだよ、アールに」
「あなたもその一人なんでしょう?」
そのことを訊きたくてスーズは待っていたようだった。ハルは微笑んだ。
「そうだよ?でなかったら、お前にここまで関心持たない」
「それで?」
スーズは清澈な印象を与える声をしていた。こうして落ち着いて向き合ってみて初めてそのことに気づいた。
「何が仰りたいんです?私にアールと別れろとでも?」
「話が早くて助かる。やっぱり頭良いんだな」
スーズは息を吐き、もう一度珈琲に口をつけた。
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