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第24話
「私も、あなたとの付き合いに関してはアールから聞いてます」
「そうか。あいつ、俺のこと何だって?」
「ちょっと命令すれば何でもしてくれる便利な道具だと。もっと露骨な表現をしていた時もありますが、聞きたいですか?」
ハルは腹の底から笑った。大して声にはならなかったが。
「おかしいですか」
「あいつらしいなと思って」
発作のような笑いをやり過ごすと、スーズが冷静な瞳でこちらを見ていた。
「あの人、あなたのこと完全に遊びですよ」
「ああ、お前のことも完全に遊びだろうな」
「私は分かっててやってます」
「俺も分かっててやってる」
ハルの強い眼差しに対し、黒い瞳を覆う瞼が緩慢な瞬きをした。
「遊びだと分かってて、どうしてそこまで執着するんですか?」
「お前こそ、本気じゃないなら素直に消えろ」
スーズは小さく嘆息した。怒りや軽蔑もそうだが、これまでに相手にしたことのないものに関わってしまい、どうしたものかという苦慮が感じられた。
ハルは歳上の優しげな男に戻って微笑みかけた。
「アールの代わりが欲しいって云うなら、俺が責任持つからさ」
そう云って馴れ馴れしく相手の手に触れようとする。警戒心を露 にしたスーズに即座に振り払われたが、ハルには特段堪えない。
「何を云ってるんです?」
「簡単な話だよ。俺と寝ればいい」
ハルの常軌を逸した提案を聞いても、スーズは狼狽えたりしなかった。
「あなたのことは別に好きじゃない」
「俺だってお前なんか大っ嫌いだよ」
低く怒気を込めた声でハルは間髪入れずに切り返した。だがすぐに口角を上げた表情に戻す。
「どうせ遊びだろ?暗くして顔を見なければいいじゃん。俺は声出さないし。むしろその方がいいかもよ?遠慮なしにいじめていいんだから。そうは云っても仕事があるから殴る蹴るは程々にして欲しいけど、踏まれるのも首を絞められるのもある程度慣れてるし」
「こういう公共の場では少し口を慎んで下さい。第一、私にそういう趣味はありません」
「え、絶対Sだろお前。俺が手取り足取り教えてやろうか?」
「結構です。それに私は、どうせ遊びでセックスするなら見た目もきれいで後腐れないタイプがいいんです。あなたは見るからに執拗 そうだ。そういうところがアールに嫌われる原因です」
「お前こそ口を慎め」
うっかり本気の苛立ちを見せてしまった。
こうして本物の感情を他人に見せると、大抵直後に居心地が悪くなる。巷でよく聞く、想い人に本気では相手にはされていないのに、勝手に相手の人間関係をチェックしてヒステリーを起こしている冴えない女と同類になってしまった気分だ。
スーズは重い溜息を吐いた。
「あなたがここに来た理由は分かりました。あなた、私に謝罪じゃなくて要求をしにいらしたんですね」
「最初からそのつもりだったわけじゃない。これを見せるまでは、俺の立場は弱かった。本当にあの語学教室をやめようかと思ってたよ」
ハルは鉄格子のような色をしたピンバッジを手先で弄んでから、全体を眺めそう云った。大して高価な代物には見えない。探そうと思えば同じものはありそうな気がした。曲線 の面に二羽の鳩がやや重なり合いながら横並びに飛翔し、二羽で一本の花の茎を咥えている。少し大きめではあるが、学校の校章、あるいは会社の社章を彷彿とさせる。アンティークジュエリーを模したデザインのようだが、女物とするには些か装飾美に欠ける。
隙を見てスーズは再びそれを取り返そうとしてきた。だがハルの判断の方が早かった。素早く手を引いたところでスーズの手が空を掴んだ。先程は巧く握り込んだが、今回は裏面の針部分がまともにハルの掌に刺さった。痛みを振り落とせるわけでもないのに無闇に手首を動かす。顔を上げるとスーズと距離が近づいていたために彼の漆黒の虹彩がより印象強く感じられた。
「・・・大体さ、お前みたいな大学生にはいっぱい時間はあるだろ。よそ行ってくれよ。大人は仕事で忙しくて出会いがないんだ。確かにアールみたいな奴はなかなか見つからないだろうけど」
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