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第59話

スーズの大学の友達はみんな性格が明るく、良い子達ばかりだった。留学生の他にも、彼等の生活を手助けする留学生サポートメンバーという学生達も交じっていて、店先での客とのコミュニケーションは専ら彼等が請け負っていた。 ハルはその中でスーズに語学教室を紹介したという男子学生とも話をした。彼は自分達の屋台で販売していたプルドポークサンドイッチをハル達に持って来てくれた。 「あんまりスーズははっちゃけることが好きじゃないっていうか。普段やる呑み会も全然来ないんすよ。夏休みなんかは俺等の車で川に行ってバーベキューとか、人気の観光地見に行くとか色々イベント組んだんですけど、全然興味ないみたいで」 スーズは珈琲をもらって来ると云って、屋台の方へ行ったきりだった。結局顔を合わせた同級生達に引き止められ、あれこれ楽しそうに話をしている。何だ、それなりに友達がいるんだな、とハルは屋台の前の屋外テーブル席からスーズの様子を眺めていた。 「信じられないよな。若いのにもったいない。留学しに来たって云ってもさ、そんな四六時中机に向かってる奴なんかいないんじゃない?」 「いないっすね。課題とかの時はみんな一生懸命勉強しますけど、何事もバランスでしょ?でもスーズは、自分は遊びに行っても勉強のことばかり考えちゃうから初めから参加しないって」 「へえ。でも、みんな優しいんだな。そんなノリの悪いあいつのことも放置しないでさ」 「いや、性格いいですよ、あいつ。最初は真面目で素っ気ないと思ったけど、笑顔になると印象ががらっと変わるじゃないですか。そのギャップの所為か女の子達のうけもいいし」 「モテるの?」 「んーそこそこ?まあ言葉ができるんで留学生仲間からはいつも頼りにされてますね」 その男子学生はスーズが戻って来たのと、ほぼ同じくして留学生の女の子達に呼ばれ、席を外した。 「楽しい人でしょう」 スーズはハルの前に珈琲を置きながらそう云った。立ち去った男子学生のことを云っているのだ。 「呑み会やイベントがあると、必ず声をかけてくれるんです。私はほとんど断ってしまうんですが、毎回あっさりとしていて嫌な顔もしない」 ハルが見たところあの学生は、根はいい奴なのかも知れないが、少々遊び人気質なところが窺えた。だがスーズの口ぶりを聞く限りでは、特別実害はないと判断していい。 「お前に友達が多いみたいで安心したよ」 「全部先刻の彼のおかげですよ。輪に入るのが下手な私を引き入れてくれたんです。私と違って話題が尽きない人ですよ。サポートメンバーの中でも人気者なんです」 「確かに頼りがいがありそう。あ、そういえば名前訊くの忘れたな」  唐突にスーズは真剣な顔をしてハルを見つめた。 「彼を狙うのはやめて下さいね」 「は?」 「あなたを仲間に紹介するとは云いましたけど、そういう手伝いをする気はありませんから。先刻の彼なら、確か今は彼女がいたはずです」 どうやら自分は隙あらば男漁りをする奴と思われているらしい。ハルは呆れた。 「お前、俺を何だと思ってるわけ?」 「ちょろい人」 「ちょ、おい」 「でなければ、どうしようもなく惚れっぽい人、ですかね」 スーズは平然とそう云って珈琲を飲んだ。 「あのな、俺だって誰でもいいってわけじゃない。お前こそ、先刻のあいつみたいなのに惚れたりしなかったのか?どちらかといえば、ああいう方がアールよりずっと付き合いやすいと思うけど」 「どちらかと云えば、私はハルさんの方が好みです」 思ってもみなかった言葉にハルはたじろいだ。相手の言葉に一閃が差し込んだような気持ちになった。そのたった一言で言葉が継げなくなった。 「あの飾りをくれた親友に似てるんです」 平常心を取り戻そうと視線を逸らしていたハルは顔を上げた。 そうか、他人の空似。納得した。よし、落ち着け。相手は自分を好きだと云っているわけではなく、自分と似た親友が好きなのだ。それ以上の意味はない。 スーズはじっとハルを見ていた。見惚れているような考え込んでいるような、彼だけが見える何かに思いを馳せているのが伝わってきた。 少し強めの風が正面から吹いてきた。砂埃が舞ったので咄嗟に珈琲の入った紙コップを持ち上げた。早めにこのインスタント珈琲を飲んでしまおうと思った。 「どこでしょうね、髪とか肌の色は違うし。顔の系統が同じなのかな。眼が大きいからかも」 スーズはハルから眼を離さなかった。探るような視線であからさまに観察されると平静ではいられない。何より先刻の言葉だ。ほんの一時間前、友達だと確認し合ったたばかりなのに、突然あんなのは反則だ。自分のような弱い人間はああいう言葉を聞くと期待してしまう。 「中身は全然違いますけどね。あなたの性格は決して良くない」 ハルはそれに対し反論しようとしたが、今は全く何も思い浮かばなかった。相手から云われた一言が未だに胸奥で燐光を放っている。 「でもまあ、あなたはアールみたいなのが好きなんでしょう」 それまでとほとんど変わらない調子でスーズはハルに水を向けてきた。 「あの人と今みたいな関係になる、きっかけは何だったんですか?」 「・・・それは、その」 動揺していて巧く言葉が出てこなかった。 「向こうが好きだって云ったから」 実際には声だの眼だの、部分的に好きだと云われただけだが、その事実は伏せた。 その言葉の続きを聞かせてもらえるとでも思っているかのように、スーズは頬杖をついてハルを見ている。 「それで?」 「それでって何だよ」 「あなたの方でも、あの人にそう云われる前から、彼が好きだったんですか?」 「・・・別に。まあ顔がいいから気にはなってたけどな。教え方も巧いし」 好きだった。何も知らないのに、端から信用した。誘いを断る理由もなかった。自分のことを相手にしてくれる人間が欲しかった。 「なるほど。気になっていたところで、あちらから折り良く誘いがあったわけですか。大方、呑みにでも誘われたんでしょう」 「そうだけど」 「相手を褒めて虚栄心をくすぐって、酒を呑ませて判断力を鈍らせて、真夜中だっていうのにちょっとお茶だけ、なんて云って部屋に連れ込む。よくある話ですよね」 「俺だって考えなしに行動してたわけじゃない。別にあの一回きりでもいいと思ったんだよ。いい歳して、一回寝たぐらいで付き合えるなんて期待してたわけじゃ」 「好きだって云われて嬉しかったんですよね。だから断れなかった」 スーズの言葉にハルの胸が漣立った。 誰もが莫迦だと云うだろう。その一言のために魂を売ったなんて。 「そうだよ。・・・あいつの言葉をあの時疑わなかった」 「もしですけど」 控えめに、だが期待と好奇心と少しの恐れを込めた眼でスーズはハルを見ていた。

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