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第78話

そうだ。人生と同じ。セックスしている中で間違うこともある。 相手だって自分だって完全じゃない。 たとえば最初はキスをして欲しいのに、胸をひたすら舌先でいじられてくすぐったいとか。 もう相手が果てそうなタイミングに限って、そこでコントロールを見失ってしまうとか。 違うなと思ったら相手を導けばいい。大事なのは相手を信頼すること。 自分の感情を蔑ろにして、偽の反応を示すのは誰のためにもならない。 たまに傷つけられることだってある。でもそれはただ、相手を間違えただけ。 誰が何と云おうと自分と、自分の体の価値を信じていい。 眼の前にいる男の掌から愛という言葉が迸る。彼の吐息が音楽のように心を慰める。 移動した寝台の上で、スーズは背中や肩のあたりを少し押さえるように抱き締め、ハルの震えと動悸を体内に閉じ込めてくれた。呼吸が整ってくると、後は労わるように優しく根気強く、最大限の誠意を込めて体のあちこちを(さす)ってくれた。スーズがいくらでも待つつもりだということがハルには分かり、胸が痛いような押し潰されるような、幸福な苦しみで満たされた。そしてその下で、純愛と性愛のせめぎ合いが繰り広げられているのを自覚していた。 彼の至上の行為に対する返礼をしなければならない。ハルの中にも、沸々とそんな気持ちが湧き出てきていた。あと一歩、あと少し、ほんの僅かな勇気が欲しい。そう思いながら相手を見上げた。眼が合った。 直後、何かがスーズの(たが)を外したのか、やや強引にハルは彼の両腕に絡め取られた。本気の力だというのが分かった。だがすぐに我に返った様子で、 「すみません」 とスーズは零した。けれどもう始まってしまった。制御できなかったという、彼の計算のない不器用な抱擁が愛おしかった。触発されたハルはスーズの様子を窺いながら、そっと口唇を合わせようとした。恐れと気恥ずかしさに打ち勝った瞬間だった。そのサインを見逃さなかったスーズは静かに、遠慮がちに、ハルの領域へ踏み込んで来た。 初め、ハルは息を止めて、相手の呼吸と体温を味わった。舌先が口唇の間に入り込むのを許すと、後は人生で初めてキスをした時と同じ浮遊感が襲ってきた。理性が熾火の中で溶けていく緩い解放感に、爪先から脳髄までが痺れるように弛緩していった。 一度始まると、もったいぶったような態度はもうこれ以上とれないと思った。 本当は待ちきれなかったといった様子の、スーズの人間らしい面にハルは互いの距離が今までより更に近づいたのを感じた。キスの回数を重ねていく間、ハルは彼に思ったほどの余裕がないことを知った。渇きを癒すようなキスに変わっていくと同時に、スーズは切迫した動きでハルの体をまさぐってくる。かつてあれほどハルの誘いを拒んでいたのが嘘のようだった。早くこの体の中に入りたがっているのが分かった。その指にも、口唇にも、ハルの情欲は引き出された。体幹が蕩けそうにな感覚に酔っていると、いつの間にか体を横たえられていた。ここまで自分が求められていると感じると、胸の中の熱で息苦しくなるほどだ。最早、二人して後戻りできないのは明白だった。 スーズは色気も素っ気もないハルのコットンのルームウェアの前を開き、確かめるような動きで直に肌へ触れてきた。その指先がハルの胸の先端を軽く擦った時、思わず喉の奥から掠れた悲鳴のような声が漏れ出て、ハルは両手で口を、それから顔全体を押さえた。胸が急所だとばれるのが恥ずかしかった。 こんなことは何度もしてきた。それなのに我慢できない。スーズが相手だと全く感じ方が違う。すぐに上から両腕を掴まれ、 「ちゃんと顔を見たい」 と、熱に浮かされたような声で云われた。否とも応とも云わぬうちに服を完全に(はだ)けられ、逃げ場を失った気分にさせられた。 「・・・それならお前も脱げよ」 ハルがそう云うと、スーズは素直に自分の釦を外し始めた。 スーズの体をきちんと見るのは初めてだった。折り目正しい白シャツの下にどれほどの色気を隠し持っているのか、ハルは贈り物の包みが開かれるのを待つような気持ちだった。 スーズはきれいな腹筋をしていた。若さからくる天然の美しさが彼を包んでいた。 かつては、自分もこうだったのだろうか。ハルはここ最近、スポーツやトレーニングをしていない自分の体に自信がなかった。落ち着かなげに腕で体を隠そうとすると、スーズはそれを制して屈み込んできた。片方の乳首を吸われるとハルの中に熱っぽい快感が走った。 「あ・・・」 漏れ出た声に確信を得て、スーズは口唇と指先で執拗に胸を刺激し始めた。甘い刺激の波にあっという間に呑み込まれ、体の芯を失った感覚に陥る。あまりの気持ち良さにハルは他のことは考えられなくなった。咬むように吸われ舐められているうちに、何だか眼元が熱く感じられた。再び眼元に触れると掌が濡れた。 この涙は法悦からくる生理的な迸りだけではない。自分を喜ばせようとしてくれている眼の前の男の純真さにあてられ、ハルはこれ以上ない喜びを噛みしめていた。誰かにこんな風に熱心に奉仕してもらったことなどなかった。狂おしいほどに甘やかな時間だった。

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