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第79話

性欲と切なさが同時に高まっていく、こんな経験は初めてだった。 涙が流れるのと同時に自分の体熱が上がっていくのを感じていると、スーズの舌が離れ、彼の髪が前の腰骨のあたりに触れた。瞬時に口淫されると察知し、ハルは身を退こうとした。 「だ、め、・・・だめ」 囈言のようにそう繰り返したが、スーズは聞いてくれなかった。大腿を押さえ込んで既に熱を帯び、反応を示し始めていた性器を何の躊躇もなしに咥え込んだ。小さくではあるが嗚咽に近い悲鳴をあげてしまい、直後にハルは心の中で自分を罵った。莫迦。何てみっともない声を出しているんだ。だがそれ以上は考える暇もなかった。 ハルは口淫はしても、される機会は滅多になかった。錯乱したユニを相手にした時は熱心な奉仕を受けたが、あれはこの体を通した、彼のかつての恋人への捧げものだった。自分が相手ではないとちゃんと分かっていたから状況を俯瞰する冷静さを僅かなりともとっておくことができた。 けれど今では一粒の理性も思考も働かない。制御しなければならないと思うのに、相手の舌の動きに翻弄されて勝手に体は反応し、とめどなく嬌声が口の端から漏れ出た。雁首に舌が絡みついたかと思うと、今度は舌先が鈴口に割り込み吸い上げてくる。再び深く咥え込まれると先端に喉奥の粘膜が当たった。その何とも柔らかい呑み込まれるような感触に、ハルはしばし恍惚とした。 苦しくないのかと訊こうとした時、かちっと何かの蓋を開ける音がした。スーズはちゃんと準備をしてきていた。透明なジェルがたっぷりと入ったその容器は見るからに真新しかった。それをスーズは寝台の下の方にあらかじめ隠していたらしい。 「・・・そんなの、いつ」 「あなたへのプレゼントです」 スーズは一瞬、悪戯が見つかった少年のようにくすっと笑った。きっとシャワーを浴びている間に忍ばせておいたに違いない。ハルはスーズが指先にジェルをつけるのを霞んだ視界でぼうっと眺めていた。胸や前の性器への奉仕だけでも恐ろしく気持ちよかったのに、これ以上の刺激を受けたら体がどうなってしまうのか分からなかった。 スーズが持って来たジェルは、フルーツのような香りがした。 「・・・いい匂い」 「乾きにくいジェルを探しました。あなたがつらくならないように」 自分が抱かれるかも知れないという発想はないのか、と訊きたくなったが、思いがけない細やかな気遣いに心が和んだ。 ところがその指が後孔に近いところを割り込んできた時、ハルの体は痙攣したように跳ねた。慣れているつもりだったのに体が硬く、ぎこちなくなっていた。心は開いているのに、体は追いついていない。ここまでしてくれているスーズに、不安がっていると思われたくなかった。 スーズはすぐにハルの眼からシグナルを感じ取って、一度手を退いた。かと思うともう一方の手にもジェルを出し、今や完全にそそり立ったハルのペニスを握り込んできた。そして何の前触れもなしにその手でやや強めの上下運動を始めた。 「ひっ・・・」 いきなりやってきた強い快楽にハルは立ちどころに攪乱させられた。 溜まっていた情欲が一気に噴き出してしまう。途惑う余裕すらない。ハルの意識は否が応でもそちらの刺激に集中した。その隙に、スーズは再度後孔へ指の挿入を試みてきた。 彼の指先に馴染んだジェルが、微かに淫靡な水音を立てた。声を押し殺して身を震わせる。初めてスーズと向かい合って話した日、カフェのテーブルの上で(なめ)らかな動きをする、柔らかな質感の長い指に魅了されたことを思い出した。そう云えばあの時は、手取り足取り教えてやる、なんて偉そうに豪語していたくせに、まさか自分がこんなぐずぐずにされてしまうとは。 ペニスを握り込まれたままスーズの指が一際(ひときわ)深い位置に挿し入れられたその時、射精感が間近に迫ってきた。 だめだ、今じゃない。 ハルは咄嗟に、自身の前を掴んでいたスーズの片手を押し止めた。息が整わないこともあり何も云えなかったが、切羽詰まった動作の意味をスーズは察してくれた。そして今度は抱き合う形で後孔への刺激を始めた。ハルは眼を閉じて自分の内側に触れるその指の感触を味わおうとした。初めはなるべく深く入り込むことだけが目的だった指が、不意に何かを探し求めるかのように内壁を這い、擦り、掻き回し、出ようとしてはまた侵入してくる。 どうしてなのか。決して目新しいことをされているわけではないのに、この体は何も知らないかのように反応し蕩けていく。 魂まで濡れていく。 そんな深い快感の波になぶられ気が遠くなりかけたところで、ゆるゆるとスーズの手が離れていった。 次に何がやってくるのかハルはもう分かっていた。先程のように体が過敏に反応しないことを祈るばかりだった。 やがてスーズが入って来るのを感じた。ちゃんとスーズは慣らしてくれたのに、思っていたよりずっと力強い圧迫感と熱さに震えた。そして少しだけ痛かった。 「いっ・・・」 「痛いですか?」 痛みならある。この部屋にスーズを連れて来る前、今日だけでいいとはっきりと心に誓った。それなのに今、ハルはスーズとこの先ずっと離れたくないと思ってしまった。今日で終わりなんて嫌だと思ってしまった。本気で本気で、スーズが愛おしくて堪らなくなっていた。 その情動の所為で急激に官能の水位が上がり、まだ挿れられただけだというのに、早々にハルの体は締めつけるような動きを始めた。 「力を抜いて」 このままだとそんなにもたないと、暗にスーズは云っている。 ハルは息を止めて何とか自制しようとする。自分の体だというのに怖いぐらいだった。 体が勝手にスーズを欲しがっている。

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