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不憫な幼なじみ⑵
天から俺に勇者の啓示が下った日、幼なじみには神から勇者の嫁の啓示が下っていた。
彼は神に、魔王を倒す勇者を妻として支えよと言われたらしい。そして魔王を倒した後は二人で仲良く暮らせ、と。
「俺、お前のこと大好きだったから嬉しかった。お前が魔王討伐に出た時、ただの村人で何の力も持たない俺は、村で帰りを待つことにした。お前は旅に出る前に俺にプロポーズして、俺はハイと答えた」
「!」
「旅から帰ったら一緒に暮らす約束もした。でもその旅の途中でお前は魔物に殺され、亡骸は喰われて村には返ってこなかった。俺は一人取り残された。
これが最初だ。だから俺は次からはお前に付いて行った。離れたままで終わりたくなかったし、俺でも何かの役にたつと思ったから」
「最初って……この旅は2回目なのか」
「違う。何度もリセットされて生まれ変わってる。
……次の旅では魔族に剣で切られた。魔族は倒したが、お前は横腹から腰にかけてをばっさりと切られ、辺りは血溜まりになった。俺は怖くてガタガタ震え、何も出来なかった。お前は大丈夫と言って自分で傷口を縫合し、そこそこ高い傷薬を塗った。でも次の日、傷口から菌が入って高熱にうなされ、縫合したところからも血が止まらなくて死んだ。俺はまた一人、取り残された。
その時分かった。俺には勇者を支える覚悟も知識も足りないのだと。だから次に生まれ変わった俺は小さい時から医者の手伝いをして治療の仕方とか毒や薬の知識を身につけた。
それからも何回も何回も旅に出たけど、全部途中で倒れた。だから俺は森や魔族やありとあらゆる危険を想定して対策を練った。俺はいち村人だけど、お前の妻なんだ。どんなことをしてもお前を助ける。そう思っているのに、毎回死んじゃうんだ。お前はいつも死ぬ間際にプロポーズして俺を妻にして、そしていつも俺だけ独り取り残す」
「そんな……」
「でも繰り返していくうちに俺は知識も増えてきたし、旅慣れてきた。お前も段々強くなってきて、魔王の側近クラスも軽々と片付けられるようになってる。もうそろそろ本当に魔王が倒せるんじゃないかと思えたんだ。
だから今回の旅でお前が死にかけてプロポーズした時、つい断っちまった。俺が頷いたら、きっとお前は心残りが無くなって死んじゃう気がして。
あと一歩、もう少しで魔王が倒せるんだ。そうしたらこのループが終わってお前と暮らせる。幸せになれるんだ。ここで終わるのが悔しくて悔しくて、また独りで残されるのが怖くて。
俺への執念でも何でもいい、お前に生き延びて欲しかった。
そうしたらお前は死の淵を越えて生き延びてくれた!
俺は嬉しくて、ホッとして。
そして、ふと気づいた。
お前が俺にプロポーズして、俺が はい と答えるのは神が定めたお前が死ぬ定義じゃないかと。
神と天の定めたこのループにも決まりはある筈だ。
いつもお前は俺を嫁にして、満足して死んでいく。じゃあそれをしなければ、勇者は死なないんじゃないかと。
だから今回は何回お前が言ってきても、断ってきた。そしたら死なないどころか、凄い馬鹿力を発揮して敵をバッサバッサと倒して進む。これは本当に魔王を倒せるんじゃないかと思えた。お前は俺が断ったせいでいつものお前じゃなく、変態っぽくなってたけれど終わったら全部話せばいい。誤解だって分かってくれる。
そう思っていたのに、お前は、お前は!!!」
「悪かった!お前が俺から離れたがっていると思ったら止められなくなって。失うのが怖かったんだ」
「馬鹿!俺は何度もお前を失ってきた。お前に俺の恐怖が分かるか!何度も絶望して何度も恋しくて泣いて、だからお前を死なせない出来る限りの努力をしてきたんだ。人の気も知らないで勝手なことばかり言いやがって。ばか、ばか。大ばか野郎」
泣きながら拳を振るうこいつに堪らなくなって俺はぎゅうぎゅう抱きしめた。奴もボロボロ泣きながらしがみついてきた。
「なあ、優しくしてよ。お前、いっつも死ぬ間際にしかプロポーズしないから、俺、嫁なのにまだ抱かれたことないんだ」
泣きながら笑い、俺の首に腕を回してきた。
「大体お前は俺がどれだけ好きか分かってないんだ。小さい頃、先にプロポーズしたのは俺のほうだぜ」
「……憶えてる。その後おままごとしてマジに泥だんご食わされたあの時だろ」
「まじか!よく憶えてたな。それはループに入る前の一番最初の時だ」
憶えているが、おかしい。あの時のお前はぽっちゃりでおっとりしたニコニコよく笑う幼児だったが、俺の記憶のこいつはガリガリでいつも不愛想だった。容姿が一致しない。
「あの時の俺は未来をまだ何も知らなかったな。唯一平和で無能な幼少時代だ」
「!!」
俺は初めてこいつの長い長い戦いを垣間見た気がした。
最初は何も知らなかった幸せな幼少時代だった。でも転生して二回めの人生からは、焦りと恐怖で必死だったんだろう。痩せて食が細く、いつもどこか余裕がなかった。
カリカリすんなとよく言ったものだが、それも全て俺の為だったのか。
俺は自分のおめでたい頭にヘドが出た。
何も知らず、こいつに辛い思いをさせてきた癖に、酷い行為でトドメを刺すところだった。
「すまない……」
「もういいって。終わったんだ。もう妻になってもお前死なないよな。やっとお前に言える。愛してる。結婚して欲しい」
「!……ああ!」
指輪がなかった俺は奴の左手の薬指に口づけを落とし、泣き笑いの涙を吸い、唇をそっと啄んだ。
幼なじみは涙の跡を頰に残しながらもやっと晴れやかに笑い、同じように啄むキスを返した。
奴の笑った顔は久しぶりだった。
そんなことにさえ今頃気付かされる。
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