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第2話
「締まらない別れだったなぁ」
ぼんやりと繰り返しながら、差し出されたタオルを掴んだ。これで何度目かは数えていない。さっきも言ったと思いながら、バスタブの端に上げた足を拭く。
「そんなぐらいがいいんだ」
佐和紀がぼやくたびに笑っている周平は、今度もまた同じ返事を繰り返した。
「そんなものかな」
「そんなものだ」
「もうちょっとしんみりすると思ってたのに」
自分のタオルを首にかけ、周平の手からタオルを取って背中を拭く。『背(せな)で泣いてる唐獅子牡丹』は、今夜もどぎつい色合いで鮮やかだ。手のひらを押し当てると、じんわりと温かい。
「佐和紀。風呂の中でさせなかったのは誰だ」
咎めるような口調の周平に抱き寄せられる。
お互いにまだ全裸だ。今夜の攻防戦は佐和紀の勝ちで、キス以上には発展しなかった。石垣が渡米したさびしさを気づかってのこととわかっていて、佐和紀は甘えている。
「触っただけだよ」
「おまえが触るといやらしい」
「たまには背中のおチビにもチューしようと思って」
咲き乱れる牡丹の花に囲まれた二匹の唐獅子のことだ。ごまかしついでに胸元の青い地紋をなぞる。そっと花びらをなぞり、おとなしく待ち構えている周平の頬にくちびるを押し当てる。すると、背中を抱いた手がくだっていき、スリットの入り口にある窪みをくすぐられた。
「どっちからしたんだ」
周平に言われ、佐和紀は首を傾げた。
「なにが?」
素直に聞き返すと、眼鏡をかけていない周平の目が細くなる。
「喫煙ルームで、タモツにさせたんだろう」
半乾きの前髪が額にかかり、いつもより若く見えた。うっとりしながら、やはり聞かれるのだと半ばうんざりもする。
あれは事故だ。許可したつもりはない。しかし、そんな言い訳が通用するとも思えなかった。
「させた、させたって、人聞き悪いこと言うなよ。俺があいつにしゃぶらせてやったとでも思ってんの? さすがに、入れさせてやったとは思ってないよな?」
わざとおおげさに言って混ぜ返し、脇をすり抜けて逃げる。浴室のドアを閉め、湯冷ましの浴衣を羽織りながら廊下へ出た。長居は禁物だと歩きながら帯を締めたが、身体に巻きつけている途中で引っかかる。それ以上は引けず、佐和紀はため息交じりに振り向いた。
「引っ張らないで」
帯の端を掴んだ周平は無表情のままだ。怒っているわけではないが、からかっているのでもない。
一番、難しい状態だ。要するに、拗ねている。
「……あのさぁ。犬にくちびる舐められても、なんとも思わないだろ。それと同じで……」
「キス、したんだな」
全裸の周平に帯を引かれ、つんのめりながら帯結びをあきらめた。
「してないよ。そんなこと。いい加減にしろ。おまえも、シンも、めんどくさいんだよ」
「そこと一緒にするな」
帯を床に落とした周平の手が伸びて、あっという間に廊下の壁へ追い込まれる。遠くに虫の音が聞こえ、夏の終わりは確かだ。
「佐和紀……」
優しいような冷たいような口調だった。心の底から求めてくるときの周平の声はわびしさを伴って哀れを誘う。それが男の手管と知っていて、佐和紀はいつも通りにほだされた。
開いた浴衣の合わせの間に両手が忍んで、腰骨のあたりを掴まれる。ひっそりと身を寄せてくる周平の膝が足の間にねじ込まれた。
「……周平」
ダメ、と言う前に、くちびるが押し当たる。柔らかな弾力を残して離れた顔が、至近距離にとどまった。
「盗ませるなよ……。安いものじゃないんだ」
「わかってるけど」
「同情したんだろう」
「そうじゃなくて。すごく、自然すぎて……」
言い訳を口にするのは、心に隙があったと自覚しているからだ。キスさせるつもりはなかった。けれど、覚悟を決めたはずの別れはやはり寂しくて、胸の中にぽっかりと穴が開いてしまっていたのだ。油断した。
「舌は入れさせてないから……」
「当たり前だ。で、どうだった?」
「そういうことは聞かないものだろ。っていうか、そんな感想を聞かれるほどのキスじゃない。押し当たっただけだ」
「俺のとは、違ったか?」
周平が近づくと、香水と同じ銘柄の石鹸香がふわりと漂う。
それだけで佐和紀の身体はぞくりと震えた。それに気づいた周平の足に内太ももを撫でられ、佐和紀は自分からくちびるをついばんだ。
「比べものになるわけないだろ……んっ……ん」
くちびるが深く重なり、引き寄せられた腰が触れ合う。
「はっ……ぁ、んっ……んっ」
チュクチュクと濡れた音がするキスを繰り返され、周平の腕の下から背中へと腕を回す。そのまま肩に掴まって身を任せた。
「あっ、ぁ……んっ……しゅう、へ……っ」
ぞくっと痺れが走り、舌先が欲望を求めて周平のくちびるを舐めた。柔らかな舌に迎えられ、きゅっと吸われて腰が震える。
「んっ、はぁ……ぁ、あっ……」
片手が背中をたどり、もう片方の手が尻を揉む。すると、腰まわりがせつなくなる。佐和紀はたまらず胸を寄せた。
しっとりと汗ばんだ互いの肌がこすれ合い、押し当てた下半身が跳ね回る。それは周平も同じだ。
「触、って……」
小声でねだったが、聞こえないそぶりと濃厚なキスで黙殺される。代わりに、周平の腰が卑猥な動きで揺れ出し、互いの腹に性器を挟まれた佐和紀は身をよじった。
絡み合う唾液の水音の合間で、激しく息を弾ませる。頭の芯がぼうっとして、いっそう強くしがみついた。
心に吹き込んでいた隙間風が甘だるい南風に押し返され、喪失感でぽっかりと開いた穴へ、淫蕩な感覚がぎゅうぎゅうとねじ込まれる。
「周平……ッ、きもちよく、なっちゃう……っ」
キスされて、腰をすりつけられているだけなのに、佐和紀のそこは周平の昂ぶり以上に硬くなり、先端からタラタラと滴が溢れていく。
「んっ、んっ……はっ。あ……っ、や、だっ……」
「キス、好きだろ?」
大きく開いたくちびるの間に、いつのまにか這い込んだ周平の舌は、遠慮のない獰猛さで佐和紀の柔らかな粘膜を撫で回す。卑猥に絡んだ舌のふちを器用にたどって舐めていく。
「ふぁっ……ぁ。……ふ、ぅ……っ」
乱暴なようでいて繊細な愛撫に負け、佐和紀の身体はわなわなと震えた。甘い誘惑にずっぽりとはまり、喘いでしがみつきながら、まるで盛りのついた犬のように小刻みに腰を振る。
「あ……ぅ……ぅ。やっ……だッ……い、く……いく……」
「触ってもいないのにな」
からかうように笑った周平が、舌を引っ込める。
「やめ……な、ぃで……。も……っ」
息も絶え絶えに訴える最中も、佐和紀の前身は、びく、びく、と波打った。
「んーっ、ん」
じわじわと押し寄せる快感が行き場を失い、佐和紀は艶めかしくくちびるを差し出した。
「キス、して……。いきたい……。いきたい、から」
尻をぎゅっと掴まれ、腰ごと強く抱かれる。同時にくちびるが重なり、佐和紀はたまらずに目を閉じた。
周平の淫靡な腰使いにこすりあげられ、佐和紀よりも数段に逞しい陰茎と腹筋に揉みくちゃにされていく。その上、しがみついた胸はぴったりと寄り添い、触られもせずに尖った乳首が汗ばんだ肌とこすれ合う。目眩が起こるほどの悦に押し流され、佐和紀の声は喉の奥で引きつった。
「いく、いくっ……う、うぅっ……」
壁に追い込まれ、蹂躙を繰り返す周平の舌先にくちびるを開き切ったまま、ただひたすらにしがみつく。頭の中が真っ白になって、腰が律動を繰り返す。
佐和紀は小さく呻いた。周平の腰で圧迫された先端から精液が飛び出し、床にもぽたぽたと落ちる。
「あぁ……ぁ……っ、ふぅ……ぅ」
佐和紀は荒い息を繰り返し、余韻に震える身体を周平の腕へ預けた。
「今夜はもう、なにも考えるな」
刺青の彫られた肌に抱かれ、こくこくとうなずく。
そのあご先に指が添う。触れたくちびるが食まれ、隙間なくぴったりと重なった。
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