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第4話

ピピピピ アラームの音で目が覚めた… ここはイギリス…そして、イギリスの朝はとっても寒かった… 「暖房壊れてるのかな…桜二、とっても寒いよ…?」 今までの経緯を布団にくるまりながら桜二と依冬に報告する。 これがザパニーズのサラリーマンの“報、連、相”だよ? テレビ電話に映る桜二と依冬は、実物よりも小さく見えた… 「暖房よりも寒さが勝ってるんだよ。もっと厚着をして寝なさいよ…もう。」 桜二はオレが風邪をひくんじゃないかって…とっても心配してる。 オレがすぐに高熱を出すからだ…。 「んん…だって、寝る時はあったかかったんだもん…」 オレがそう言うと、ケラケラ笑って依冬が言った。 「しかし、勇吾さんがそんなにおセンチだとは知らなかったよ?強引で自分勝手な人だと思っていたのに、まるで硬い殻を脱いだピーナッツみたいに柔らかくなっちゃったんだね?」 違う…彼はストリッパーの子の未来が断たれた事が、ショックだったんだ… その子がポールから落ちた時、一番先に駆け寄ったのは勇吾だったと、とショーンは言ってた。 苦しんで呻く表情を誰よりも近くで見て…もしかしたら、オレを思ったのかもしれない。 オレの足が動かなくなってしまう未来を、見てしまったのかもしれない… それが…怖かったの?勇吾… 「今日は…午後にある勇吾の舞台のオーディションに行ってみようと思ってる。その…怪我しちゃった人のポジションを探してるんだって。」 ベッドの上でストレッチをしながらそう言うと、桜二が身を乗り出して言った。 「危ない事だけはしないでよね?真司って勇吾の恋人?は危険な奴だ。何かされるって前提で動きなさいよ?」 ふふっ! 「はぁい。危ない事はしないよ。それに…変装していくから、きっと、真司君にはバレない。」 勇吾には後ろ姿だけでバレた…。 でも、それは彼が鋭い観察眼を持ってるからだ。 真司君の様に表面でしか物事を見れない様な人は…絶対、気が付かないさ。 「シロ~!元気そうで安心したよ。愛してるよ。また連絡してよ?」 依冬と画面越しにチュッとキスをして、本日の朝の報告を終える。 「でも、シロ?勇吾はシロに構って欲しくないんじゃない?だから無視して行っちゃったんだよ?それなのに、しつこく会いに行くのって、迷惑じゃないのかな?」 開脚前屈するオレの背中に乗って、幼い頃のオレがそう言った。 迷惑? こんな遠くまで来たのに…勇吾の迷惑なんて、どうでも良いよ。 「振られるなら振られるで…オレはね、一発ぶん殴ってやりたい気持ちなんだよ?」 そう言うと、背中に彼を乗せたまま腕立て伏せを始める。 無視しやがって…許せないね。 「あ~!お腹空いた!」 イライラするとお腹が空く。それは海外に来ても同じだった。 いつもと違うのは、食べ物を買う事に苦労する事だ… 「違う~。この…これを、頂戴って言ってんだよ。」 コーヒーを頼むのも、サンドイッチを買うのも、絶対通じてる筈なのに、わざと分からない振りをされる… 所謂、店員から嫌がらせをされてるって訳だ! 「あんたらって…人の土地を侵略して来たんだろ?ほんと、そんな糞みたいな性質を持ち合わせてるから、弱い者いじめが好きなんだろうな…今度、お店に来てもサービスしてやんないからな。クソッタレ!」 そう言って口を尖らせると、ふざけた顔をする店員に文句を言って店を出た。 日本に来た外人は英語で話しても許されるのに、外国に行った日本人が日本語で話したらいけない理由ってなんだ。 皆が皆、酷い奴な訳じゃないって事くらい分かってるよ? でもさ、人種とか肌の色、その他、体の特徴は相手を否定する理由に成り得ないよ。 外国に限らず、日本にだって…そういう下らない事をする奴はいる。 …頭の程度が知れてんだ。 「ケイン!お腹空いた!」 待ち合わせした場所に既に立っていたケインにそう言うと、オレを見下ろす彼に、ムスッと膨らませた顔を向けて言った。 「コーヒーを買いに行ったら、フン!って鼻で笑われて、並んでたのに1番後ろにされて、さらに、ちゃんと注文したのに、こうやってトボけて、話が通じない振りされたぁ!」 地団駄を踏んで怒り狂うオレを眺めて、ケインは首を傾げると言った。 「ハングリー…アングリー…」 面白くないよ。全然面白くない。 それとも、ラッパーみたいに韻を踏んでるの? 「何か食べたいよ…」 ポツリとそう言うと、彼はオレに袋を手渡した… 中を覗くと美味しそうなサンドイッチとコーヒーが入ってる! 「わぁ!ケイン!お前ってば凄い、気が利くじゃないか!」 そう言って彼に抱き付くと、にっこり笑って袋の中にゴソゴソと手を突っ込んだ。 「オ~、ノー、ノー…」 そう言ってオレから袋を取り上げると、オレの腰に手を置いてケインはどこかへ歩き始めた。 お腹が空いてるのに… しばらく歩くと、雰囲気のある建物に入って、外人が大勢行き来する廊下を歩いて奥へと進んでいく。 「ケイン?どこに行くの?」 彼を見上げてそう尋ねると、ケインは肩をすくめて言った。 「ユーゴ…」 勇吾? 足を止めることなく歩き続けるケインに連れられて、開けた場所へやって来た。 大きな窓から日が入って白く明るいその部屋には、中央に置かれた大きな木のテーブルが置かれていた。ケインがやっと紙袋をそこに置いて、オレを見て言った。 「シロ、ド~ゾ~?」 やっと食べても良いみたいだ… 「あぁ…お腹空いた…!」 ポツリとそう言うと、ケインがくれた紙袋の中からサンドイッチとコーヒーを取り出して、隣に座る彼に言った。 「ケイン?これにお砂糖とミルクを入れて~?」 淹れたてのコーヒーならブラックでも良いけど…時間のたったコーヒーなら砂糖とミルクを入れて飲みたいね。 だって、苦いんだもの。 「ねえ、見て~?これは何のハム?」 砂糖とミルクを入れて戻って来たケインに、サンドイッチの中身を見せて聞くと、彼は首を傾げて言った。 「シロ…ユーゴ…」 「ははっ!これは勇吾のハムなの?あ~はっはっは!ケインはおバカさんだね?ハムって言うのは、ぐちゃぐちゃにした肉を成型して作ってるんだよ?これが勇吾のハムだとしたら、あ~はっはっは!彼は死んでる!」 ひとしきり大笑いすると、ケインを見ながらもぐもぐとサンドイッチを食べて、空っぽだったお腹に食べ物を入れていく。 そんなに美味しくはない…でも、食べないと死んじゃう。 「ケイン?ご飯を買う係になってよ…。ホテルにいると、食べ物を買いに行かなきゃダメなんだ…。家にいたら桜二が買ってきてくれたのに…。ここではすぐに意地悪されるし、面倒だよ。」 オレがそう言うと、ケインがオレの両頬を挟む様に掴んで、グイっと顔の向きを変えた。 「あ…」 大きなテーブルを挟んだ向こうに、呆然とオレを見つめる、勇吾が座っていた。 彼の隣にはオレを睨みつける…真司君もいた。 通りがかったショーンがこの状況を見て、口をあんぐりと開けて固まったのを視界の隅に捉えた。 ケイン… この、馬鹿野郎… オレの計画も無視して…オレを勇吾の所に連れて来て、爆弾を投下した。 昨日、ホテルで彼らに話したオレの計画はこうだった… まず、変装した姿でオーディションに参加する。 オーディションで飛びぬけて上手なオレに注目が集まる中、真司君が暴走してオレに意地悪をするんだ。 そこで、変装していてもオレだって気が付いていた勇吾が言うんだ。 「やめろ!真司!俺のシロに手を出すんじゃない!」 ムキになった真司君が暴走して、高層階から落ちて死ぬんだ。 そして、フィナーレで勇吾とオレが向かい合ってパ・ド・ドゥを踊りながら言うんだ。 「あぁ!勇吾!オレだって…分かっていたんだね?」 「当り前じゃないか…シロが空港を下りた時から、イギリスに天使が舞い降りたって…気付いていたんだよ…!」 …こんな完璧で壮大なスケールの計画を立てていたのに… ケインの馬鹿がおジャンにした! こうなったら、もう、仕方がない… 「勇吾。久しぶり~!ひとりで来たんだよ?偉いだろ?褒めても良いんだよ?」 1年ぶりに、手を伸ばせば届く距離の勇吾に笑顔を向けて、震える声でそう言った。 それなのに…彼はオレから視線をそらすと、グッと眉間にしわを寄せて険しい顔になった… どうして、そんな顔をするの…? 胸が痛いよ…勇吾。 「なぁんだよ…まるで、会いたくなかったみたいな顔をするんだね…。酷い男だ。」 そんなオレの言葉に、嫌悪感を露わにした彼の表情を…これ以上、見つめ続けるのが辛くなった。 「なんだよぉ…勇吾…」 そう呟いて視線を落とすと、ぽたりと大粒の涙がいくつも落ちた。 …せっかく来たのに…怖い思いをして、ここまで来たのに…あんまりだ。 オレの事を抱きしめもしないで…嫌な顔をするなんて… 桜二と依冬に、殺されれば良いのに…!! 揺れる心を落ち着かせるために、テーブルの下で桜二のお守りのブレスレットを固く握りしめる。 あんな顔されるなんて…悲しい…悲しいよ。 桜二…桜二…兄ちゃん…悲しいよ…助けて… 勇吾が、意地悪する… 一生懸命ひとりで来たオレを拒絶して、嫌な顔をした…許せないよ。 胸が締め付けられて、息が苦しくなって…目の前が暗くなっていく… 彼に拒絶された事がとっても悲しくて 激しく心が動揺した… 1番、恐れていた…発作が起きてしまった。 暗くなっていく視界の隅に彼を見つめて、必死に手を伸ばして出ない声を押し出して言った。 「勇吾…!」 オレがそう言うと…いつも助けに来てくれたでしょ…? 様子がおかしいのを察知して、すぐに飛んできてくれたでしょ…? 暗くなった視界の向こうで、オレを見つめたまま微動だにしない美しい彼を見て… 心が張り裂けた。 「シロ!」 ぐらりと力が抜けてしまったオレの体を、ケインの腕が支えて抱きかかえた。 心配そうにオレを見下ろすケインの息遣いを感じながら、抗えないまま気絶した。 桜二が海外で病院にかかるなって言った…保険が利かないから高額な医療費になるって、言った。 「病院に行かなくても良いの!発作なの!」 そう言って飛び起きると、目の前にショーンとケイン、そしてなぜかヒロさんがいた。 目が覚めた場所…それはちょっとだけ広い個室の部屋。 壁一面に立て付けられた本棚には所狭しと本が並んでいて、下ろされたブラインドからは日差しが差し込んで床を照らした。 寝かされていた緑のソファを撫でて体を起こすと、深いため息を吐いてヒロさんに言った。 「ヒロさん?病気なんだ…発作が起こる。でも…すぐに気が付くから、病院には連れて行かないで大丈夫って…彼らに伝えて?」 オレがそう言うと、ショーンがオレの目の前に座って、頬を撫でて言った。 「大丈夫…勇吾から聞いたよ。」 勇吾… 「もう少し、横になってろよ…」 ケインがそう言ってオレの肩をソファに押し倒そうとする。 でも…オレは、このソファに、もう、寝転がりたくなかった。 「大丈夫なの…!」 そう言って彼の手を払うと、あの人の匂いがするソファから立ち上がった。 こぶしの花のような…彼の匂い ふらつく体を踏ん張って支えると、小指に付けた彼から貰った指輪を外して床に叩きつけた。 「シロ…どうしたんだよ。落ち着けよ…」 そう言ってオレの体を抱きしめるケインを見上げて聞いた。 「オーディションは…?」 「…今やってる最中だよ。でも、今日はやめた方が良い…」 ショーンがそう言ってオレの背中を撫でるから、ヒロさんを見つめて言った。 「オレは踊れる。発作はもう起きない。なぜなら、勇吾が…大嫌いになったからだ!」 まるで声優の様に、オレの感情も一緒に込めて訳すヒロさんは…凄い面白い人だと思った… 急いでオーディションをしてる部屋に移動すると、何故かオレを見てざわつくスタッフを無視して、服を脱いでパンツいっちょになる。 「オウ…シロ…猫柄のボクサーパンツなんて…どこに売ってるんだ…」 唇をかみしめたまま、そう言ったケインを見上げると、首を傾げて言った。 「おい、お前のTシャツ貸してくれよ。」 苛ついて仕方がない。 どうしてオレを助けてくれなかったの? どうして駆け寄って来てくれなかったの? …いつでも、必ず、助けに来てくれたのに… もう…オレの事なんて、どうでも良いって事なんだね。 「上等じゃねえか…ぶっ殺してやるよ、勇吾!」 半開きの瞳でオレを見つめる彼を睨みつけて、奥歯を嚙み締めた。 手首足首をぐるっと回すと、首をゆっくりと回してポールを掴まって踊るイギリスのストリッパーを眺める。 思った以上にみんな筋肉質だな… まるでジョッキーの様な小柄な体系に、体操選手のような三角筋… オレの体とは、全然違うね。 「ケイン!いつ踊れるの?」 有り余る怒りのエネルギーをぶつける様に、彼の腹筋を殴りつけると、オレの腕を掴んでケインが言った。 「ネクスト!」 ケインのTシャツをウエストでギュッと縛ると、目の前のダンサーがポールから離れたのを確認して、ポールの隣に立った。 目の前の勇吾を睨みつけると、彼は半開きの瞳を下に落として、書類を眺めた。 はんっ! 見る物なんて無いだろ?オレは飛び入り参加なんだからね! 「お前さ…エントリーして無いだろ?消えろよ。ビッチ!」 勇吾の隣に座った真司君が、偉そうにオレにそう言った。 オレは踵を返すと、ショーンとケインの手を掴んで、彼らの前に連れて行って言った。 「このふたりが、どうしても踊れって言ったんだ。」 オレはな、真司君よりもずっと勇吾の傍に居る、彼らのお墨付きなんだよ…? そんなちっぽけなマウンティングを取った… ほんと…自分でも苛つくよ… オレの事なんて…もう、どうでも良くなった男の前で、くだらないマウンティングを取るなんてさ… ダサい以外の何物でもないね。 「はぁ!やっても良いですか?それともダメですか?」 投げやりにそう聞くと、真司君が勇吾を覗き見た。 彼は手元のどうでも良い何かを見ながら、首を傾げて言った。 「…どうぞ?」 「はっ!どうぞ?どうぞ?やんなるね!半年前から一方的に無視され続けて、久しぶりに聞いた声で話した言葉が“どうぞ?”だと。…ほんと、ぶん殴ってやりたいよ。勇吾。お前なんて大嫌いだ。もう二度と会う事も無いだろう。勝手に生きて、勝手に死んでくれ。」 そう言うと、視線を落としてばかりの彼の髪を鷲掴みにして、グイっと自分に顔を向けさせて、大きく開いた彼の瞳をギラついた目で睨みつけながら言った。 「お前みたいな腑抜けに、何で会いに来ちゃったんだろ?ほんと、バカやっちゃったよ…」 「おい!失礼だろ!追い出されたいのか!」 キャンキャンと吠えるイカれた真司君に言ってやった。 「…失礼なのはこいつの方だよ?怒りのメンヘラバレリーナ。あんたは心療内科に行って薬を処方してもらえよ。お世話になったオレが言うんだ。間違いない。あんたはイカれてる。」 「アラベスク…」 ポツリと勇吾がそう言って、オレに鷲掴みにされた髪を手で払って退かした。 ふん… オレは大人しく下がると、姿勢を美しく伸ばして微動だにブレないアラベスクをした。 「そのままフェッテターン…」 聞いた事も無い低い声で勇吾が次々に指示を出してくるから、オレはムスッと頬を膨らませたまま彼の指示通り動いた。 「ワオ…アメージング…」 一歩たりともよろけたりしない。始めた場所と同じポジションで、全ての動きを終えたオレに、見守っていたスタッフの感嘆の声が上がる。 「お辞儀をして…」 「嫌だ…お前にお辞儀はしない。」 そう言って、上目遣いにジロッとオレを見る勇吾を、上から見下す様に煽って見ると首を傾げて言った。 「お前なんかにお辞儀はしない。」 勇吾は鼻から息を吐きながらオレから視線を逸らすと、ポールを指さして言った。 「5分…曲に合わせて踊って見せて。」 彼がそう言うと、どこからともなく流れてきたのは…眠れる森の美女のフィナーレの曲! これは…5分以上ある筈だけど…? 途中、編曲がされてるの?それともぶった切られるの? 分からないんじゃあ踊れないよ。 「ちょっと待って!この曲は5分以上ある。5分に編曲したのか、それとも5分が来たら曲を止めるのか、はっきりしてくれ。」 オレはそう言うと、勇吾を見て口を尖らせて言った。 「そういう事は初めに言うもんだ…違うのか?演出家。」 オレがそう言うと、彼は半開きの瞳を細めて言った。 「未編集の…6分31秒の原曲をフルで流す…。最後まで踊って。」 よしきた! 特徴的なこの曲は、曲と動きがぴったりと合う、オレの言う所の“ファンタジア効果”を生むと、それはそれは決まる曲のひとつでもあるんだ。 ただ、お店では踊れない。 支配人がこんな曲で踊ったらぶん殴ってやるぞ!って怒るからね? 膝の裏に絡んだポールで体を反らせて回転すると、目の前にオーロラ姫と王子のパ・ド・ドゥが見えてくる。 あぁ…綺麗だ! まるで王子にリフトしてもらっている様に、美しくポールに絡めた体を仰け反らせてアラベスクをすると、曲に合わせて腕のポジションを変えて行く。 次から次へと変わるテンポに合わせて、寸分違わずこの曲のリズムを踏んで動きを付けて行くと、それは、まるでそのために用意された物の様に…そう、オーダーメイドのスーツの様に、ぴったりと曲に合わさっていくんだ。 「ビューティフォーーー!」 歓声をありがとう!チップはケインに渡してね! さあ、曲も終わる… ここからは、フィナーレの…フィナーレだ! 両足を思いきり高く上げると、ポールに両膝を絡めて体を起こして高く昇っていく。 「フォーーー!」 緩急をつけた回転をポールのてっぺんで回ると、両足をポールから離して一気に回転しながら滑空して降りていく。 「ブラボーーー!」 勢いをそのままに床までお尻を落とすと、体を仰け反らせてポーズを取った。 決まった! 「シローーーー!!アッメイジーング!」 感極まったケインが駆け寄ってきて、オレの体を抱きかかえるとブンブンと振り回し始めた。 「あ~はっはっは!すごいぞ!ケイン!もっと回して~!」 歓声と拍手を体中に浴びて、どや顔をして勇吾を見ると、彼は椅子から立ち上がってオレに拍手を送っていた。 …ふん そんな風にしても、オレはもう、お前なんか好きじゃない。 「シロー!すごいね、驚いたよ!さすが、勇吾が泣いて会いたがるだけあるな!」 ヒロさんはいろいろな英語を拾って、オレに訳してくれる… そう言ったスタッフの男性に、にっこり笑うと教えてあげる。 「ふふっ!誰だか知らないけど、勇吾はもうオレに会いたくないみたいだよ?そして、オレも彼に会いたくなくなった!情報を更新して?これが一番ホットな情報だよ?」 そう言うとケインのTシャツを彼に返して、自分の服を着なおした。 「シロ、握手して?」 「は?何で?」 「勇吾が大好きなシロに会った記念に…写真を撮らせて?」 「え…なんでだよ。」 「勇吾が自慢する恋人は彼が魅了されるだけある、素晴らしいダンサーだった!シロ、みんなと写真を撮って!」 「ん…もう、なんなんだよ…」 大勢のスタッフに付き纏われて、全然、部屋から出ていけない! オレは…もう、二度と彼には会わないのに… スタッフの人が口にするのは、勇吾の大好きな~や、勇吾が泣いて会いたがる~など…そんな枕詞が付いたオレの名前だ… 彼はオレを忘れたいみたいだから、目の前から消えてやるって言うのにさ… お別れの意味も込めて、最高のファンタジア効果を見せつけてやったんだ お前が振ったオレは…こんなに素晴らしいって…見せつけてやりたかったんだ。 「ケイン!何とかしてよ!」 オレがそう言うと、彼はオレの体を抱えて持ち上げて言った。 「オーケー!マイ、フェア、レディ!」 まるでオオカミに担がれて袖に退ける赤ずきんの様だ。 そんな風に思いながら、彼の肩の上で頬杖を付いて足をパッセさせる。 「フォーーー!シローーー!」 退場まで歓声付きなんて、オレはロンドンでも稼げるストリッパーになれるんじゃないの? 「さて…もう、東京へ帰るよ。」 建物を出ると、ショーンとケインと、ヒロさんを振り返ってそう言った。 彼らは眉毛を下げると、オレの手を握って言った。 「行くなよ、まだ勇吾を助けてないだろ…」 助ける…? それを彼は望んでいないよ… ため息を吐いてケインを見上げると、彼に言った。 「彼女の事、ごめんね…」 隣のショーンを見つめると眉を下げて言った。 「勇吾は…オレの事を忘れたいようだよ。発作を起こしても、彼は微動だにしなかった。オレはそれを愛の終わりだと感じた。だから、オレは彼を助けられない。だって、彼の愛は終わったからね…オレでは、役不足なんだ。」 オレがそう言うと、ショーンが首を振って言った。 「シロが倒れた後、しばらく呆然としていたけど…我に返った様に駆け寄って君を運んだのは、勇吾だよ…。彼はまるで…大事な物を抱える様に、両手に君を抱いていた。その姿は…愛が終わった様には見えなかった。」 勇吾… 項垂れて俯くと、目から涙がポタリと落ちて石畳の地面を濡らした。 どうしたら良いのか…分からないよ、桜二。 彼を助けられると思っていたのに…勇吾はオレを見て嫌な顔をするんだ。 それがとても…悲しくて、心が傷付くんだ… 「シロ…まだ帰らないで…」 ケインがそう言って、無言で涙を落とすオレの体を抱きしめて言った。 「お前のダンスを見ていた彼は、昔の勇吾だった。とっても楽しそうに笑顔を作って…夢中になって見ていたんだ。彼は本当に、お前を愛してるんだ。だから、少しだけ、待ってくれよ。」 「そうだよ…シロ。今日の勇吾は、まるで…混沌と現実を行き来してるみたいだった。君を抱きかかえたあいつの表情を見たら、もしかして…壊れてしまったんじゃないかって言う、俺の心配は解消された。勇吾は、まだ踏み止まってる。そして、彼を引き戻せるのは…シロ、君なんだよ。」 ショーンはそう言うと、オレの頬を両手で包み込んで言った。 「頼むよ…あいつは俺の大切な友達なんだ…。シロ、勇吾を助けて…」 助ける…? 傷付きながら、あの人を助ける事が出来るだろうか… そんな、強さを… 自分は、持ち合わせているだろうか… 「…分からない…」 そう言うのが…精一杯だった… ショーンとケインと…ヒロさんと夜ごはんの約束をして、ひとり歩いてホテルまで帰って行く。 オレのポールはなかなか上手に魅せる事が出来た。 それだけが、この悶々とする状況の中で、唯一清々するポイントだな。 場慣れしているせいか…緊張なんてしなかった。 ただ、目の前の勇吾に、1番の物を見せてあげたかった… 理由は特にない。 彼に見せる物は…いつも、自分のベストだから。 「もしもし…桜二…?今、何してるの…?オレはオーディションを受けて、オレの1番を見せつけたよ…?勇吾は……、勇吾は…、はぁ…」 そう言って押し黙るオレの様子に、電話口の桜二は優しい声で言った。 「今、どこに居るの…?」 その言葉に周りを見渡すと、緑の向こうにお城のような建物が見えた。 「あ…お城みたいな建物が見えるよ…どこかは分からないけど…素敵だよ。」 「そう…良いね、俺は今、ベッドに横になってる…。シロがいなくて寂しいけど…こうして声が聴けるから、今は嬉しい…」 ふふ… お城の見えた方へ足を向かわせて、綺麗に整備された公園の中を歩きながら、桜二の声を、自分の胸の奥に送り届ける。 「…今日、発作が起きてしまったよ…」 そのオレの一言に、電話口の桜二はしばらく言葉を失ってしまった… 「でも、勇吾が…自分のオフィスに運んでくれたみたいだ…オレは見てないけどね。」 そう言って、川の上を泳ぐカモを眺めると、しゃがんで手を差し伸べてみる。 不忍池のカモは、こうすると餌を貰えると思って近づいて来るんだ。 「そう…勇吾は思った以上にしっかりしてるじゃないか。」 桜二はそう言って笑うと、ふざける様に声を作って言った。 「もっと廃人の様に…ポンコツにくたびれてるかと思った!あはは!」 知ってるだろ?桜二はどクズなんだ。 そんなに楽しそうに笑ったって…オレは全然、笑えないよ… 「勇吾はオレを見ると嫌な顔をする…。ねえ、どうしたら良い?そんな彼の顔を見ると、オレの心が傷つくんだ。でも、彼の友達は、勇吾が壊れる手前で踏み止まってるって言って…オレに助けてって言う。」 全然近づいて来ないカモを諦めて立ち上がると、奥に見えるお城へ向かって歩き始める。 耳にあてたままの携帯電話から、桜二の声が聴こえて…傷心のオレに、こう言った。 「白い色のヒーローは…知的なんだろ?」 ふふっ! 思わず吹き出して笑うと、口元を緩めて彼に言った。 「そうだよ…知的で、ミステリアスで…エッチなんだ。」 「ぶふっ!」 電話口の彼が吹き出して笑った。 きっと、色っぽいオレの声に、興奮しちゃったんだ。 「…シロが嫌じゃないのなら、もう少し、勇吾の傍に居てあげたら良い…。無理にどうにかしようと思わないで、ただ、近くにいてあげたら良い…」 「桜二は…優しいんだね…そんな、あなたが好きだよ。」 オレがそう言うと、電話口の桜二はクスクス笑った。 物理的に離れていても心が繋がっていれば…不安になんてならないのかな…。 不思議だよ… あんなに離れるのが怖かった彼を、こんなに離れた今も、頼もしく、愛おしく思えるんだもの… もっとグズグズに甘ったれるかと思った自分は、意外と強くて…タフだった。 「また…依冬がいる時、掛けるね?お休み…桜二、愛してるよ…」 一足早く夜を迎えた桜二にそう言うと、電話を切って、これから夜を迎えるイギリスの空を見上げる。 地球は丸かった…そして、自転して、公転してる。 兄ちゃんが言ってた。 太陽が地球の周りを回ってる訳じゃない、地球が太陽の周りを回ってるって… でも、あまりに大きすぎて、全てを正しく理解する事なんて出来ないよ。 そして、全てを理解したとしても、それは結局、人の知る範疇でしかない。 それに、意味なんてあるのかな… 目に見える事が全て。 土田先生の言葉をふと思い出した。 勇吾はオレを抱きかかえて、ソファに連れて行ってくれた。 それをショーンとケインは見ていた。だから、それが全てなんだ。 オレが見た勇吾は… ポールの上から見下ろした彼は…とっても楽しそうに笑っていた。 オレが笑顔を向けると、瞳を細めて愛おしそうに見つめてくれた… だとしたら、それがオレの目に見えた全て。 彼がどんな表情を見せたとしても…オレを愛おしそうに見つめた事に、変わりはないじゃないか… そうだろ?シロ… もう少し…彼の傍に…居ても良いじゃないか? ずっと、離れていたんだもの。 #勇吾 最高だった…やっぱりあの子は、最高だった! 「勇吾、シロは東京のクレイジーボーイなんかじゃない。バレリーナだ!それも飛び切り美しくて、飛び切りエキサイティングな、バレリーナだ!」 あの子のポールダンスを見た仕事仲間が、興奮した様子でそう言うと、俺の肩を叩いて言った。 「最高だよ!」 そう、あの子のポールダンスは…最高に痺れるんだ。緩急の付け方から体を持ち上げる勢いまで…全てが整った、ひとつの流れを持ってる。 …あの子は、あれを、即興で踊り切ったんだ… それはまるであの曲の為に準備された物の様に、寸分違わないファンタジア効果を生み出して、見る人を一瞬で魅了した。 踊り終えたシロを取り囲んだ人の多さが、それを証明してる。 「…バレリーナ?はっ!随分と馬鹿にされたもんだね…あんなもの、ストリッパーのお遊びだ。本当のバレリーナはあんなに太くないし、あんなに派手な動きはしない。」 真司がそう言って、俺の顔を見上げて言った。 「勇ちゃんもそう思うでしょ?」 「あぁ…そうだね…」 俺の心の中の、荒れてひび割れた土地は、今では大きな池を作って…周りに生えた緑は小さな花を咲かせた。 土から新芽を出したこぶしは、今では大きく成長して後は花を付けるまでとなった… 無くなったと思った感情は、整った池の周囲と比例する様に息吹を吹き返して、俺の心を揺さぶり始める。 発作を起こしたシロを…あの子が俺を呼んだ瞳を… 思い出す度に胸が苦しくなるんだ…。 どうしてもっと早くに行かなかったのかって…憤るんだ。 それは、俺が感情を取り戻したって事の証明になる。 自分のオフィスに戻って、あの子を寝かせたソファを横目に眺めると、夕陽の差し込む床にキラリと光る物が見えた。 「…?」 近付いて、拾い上げて見つめる… それは、俺が一昨年のクリスマスに、あの子にプレゼントした…リング。 締め付けられるように痛くなった胸を押さえながら、涙を落して笑った。 「シロ…シロ、怒ったんだ…ふふっ…あぁ、悲しいな…何をしてるんだろう。俺は…」 あの子の指輪を自分の小指に嵌めると、反対の手の先で摘んで撫でる。 あの子を拒絶した癖に…あんなに強烈に拒絶されて、目の奥を見つめられて、目の前で美しい姿を見せつけられて…心が、壊れてしまいそうに痛い。 愛してる…愛してるの…? 愛したらダメなのに、あの子が堪らなく愛おしくて…心が泣くんだ。 抗えない愛おしさを…どうしたら、止める事が出来るの… 「勇ちゃんに…しばらく貸してくれたの?弱くて…今にも壊れてしまいそうだから、貸してくれたの?優しいね…」 違う… こんなもの、要らないって…捨てたんだ。 俺が贈ったリングを付けていてくれたの? でも…俺に幻滅して、捨てたの? シロ…許してよ…俺は、どうしたら良いのか分からないんだ。 助けてよ… シロ、俺を助けてよ…! 桜ちゃんや依冬君を救った様に…俺の心に花を咲かせてよ… 見捨てないで… ただ、どうしたら良いのか分からないだけなんだ… ミーティングルームにケインがシロを連れて来た… 何にも知らないあの子は、俺の目の前で…コーヒーとサンドイッチを食べ始めた。 ただ茫然と…その様子を目が離せないで見入っていた… あんなに会いたかったあの子を目の前にして、あんなに聴きたかった声を聞いて、まるで心に出来た池に間欠泉が沸いた様に、一気に、とめどなく、噴出し続ける水を持て余した。 でも…ダメだ。 ダメなんだ。 シロを愛したら…ダメなんだ。 この子を愛した結果、真司が暴走して…ダンサーを傷付けた。 真司の機嫌を損ねると、ダンサーを傷つけて、公演を脅かす…そんな存在に彼が変わってしまうから…幾らシロが惹かれる存在だとしても… このまま…真司を愛し続ける方が…得策なんだ。 この子は俺以外の男の物で、俺の物にはならない。 そんな物の為に… 公演が脅かされてはいけないんだ。 だから…俺に笑顔を向けたあの子を、突き放した… もう、帰れと…冷たい視線であしらった。 「ごめんよ…」 そんな俺の態度に、動揺して、傷付いたんだね… 発作を起こすシロを茫然と見つめて…苦しそうに顔を歪めて、目の前で俺に手を伸ばして、名前を呼ぶあの子に…何も、してやれなかった。 傍に駆け寄る事さえ…出来なかった。 いつもすぐに助けに行った俺が…助けに行かなかったから、あの子は俺を手放した。 もう、要らないと…言わんばかりに…リングを投げ捨てて。 ふと、自分のデスクの上に置かれた2冊の本に気付いた… 「アンナカレーニナ…ロミオとジュリエット…」 それはシロに貸していた、2冊の本。 あの子はここが俺のオフィスだと気付いたみたいだ。 長い間、読み過ぎたせいか…ボロボロになった表紙を手に取ってペラペラと中を見ると、ハラリと1枚の付箋が落ちて来た。 “しおり”…そう書かれた黄色の付箋には、化け物の様に牙をむく猫が描かれていた。 「ぷぷっ!」 それは…絵心の無いシロが描いた…彼が言うには”かわいい猫“の絵。 「相変わらず、不気味な生き物を描くね…」 ポツリとそう呟くと、自分のデスクの中にそっとしおりをしまった。 コンコン… 暗くなった部屋の電気を付けながら、ショーンが部屋に入って来て言った。 「勇吾…ダンサーが降りるって言い始めた。説得しても…彼らにも生活がある。これ以上引き留めるのは難しいよ…。理由は言わずもがな…。ストリッパーを毛嫌いする真司の指導は、誰の目から見ても行き過ぎてる。これは、訴えられてもおかしくないよ。」 はぁ… 深くため息を吐くと、小指に嵌めたあの子のリングを指で撫でる。 その様子を眺めるショーンの表情は…事の事態に反して、どことなく笑顔に見えた… 「…それ、シロのだ。」 そう言って、微笑んだ彼の笑顔を、指輪を弄りながら…呆然と見続ける。 シロの… そう…俺があの子に贈った…あの子の物。 沢山の良い事がありますように、と…あの子に贈ったピンキーリングを…今は、俺がしてる。 「勇吾、もう嫌だよ。真司が無茶苦茶ばかり言って…やってられない!僕たちは別にこれに出たからって名声が得られる訳じゃない。称賛されるのは、勇吾、あなただけでしょ?報酬は受け取ってるけど、それは真司のサンドバックになる為の物なの?」 俺ににじり寄るダンサーの子達に、なんて言ったら良いのか…分からない。 ひたすら首を傾げて、額を撫でるしかない… 「真司に、汚いって言われた。これは侮辱だ。」 「ビッチと罵られる。」 「足を蹴られた!」 そう言いながら俺を取り囲んだダンサーたちの表情は、どれも歪んで怒ってる… でも… 総勢12人のダンサーが…真司の横暴に晒されてるというのに、俺は彼らを守る術を知らない。 ダンサーのリーダー的な存在…モモが、黙ってばかりの俺の肩を掴んで言った。 「今日オーディションで踊った”シロ”に来てもらおうよ。彼に技術指導して貰えるなら、ウインウインな関係を築ける。あの素晴らしいダンスは十分に店に立つ僕らの役に立つ。真司の話す見せかけだけの“美しさ”よりも、ずっと実践的で為になる。」 え… それは、無理だ… 俺は何も言わずにただ、俯いて首を横に振った。 「そうだよ…あの子は素敵だった。ストリップの妖艶さを兼ね備えた上で、クラシックの伝統的な美しさを感じた。まるでお高く止まったクラシカルなバレエは…風俗のストリップと何ら変わらないって語りかけるみたいに…。上手に、どちらの良さもごちゃまぜにして魅せて…踊り切った。ねえ?勇吾は、そういう物を作りたかったんじゃないの?クラシックのバレエをやりたかったなら、どうしてストリッパーを集めたのさ!」 あぁ… そうだね…君たちの言う通りだ。 俺が魅せたかったもの、表現したかった事はそう言う事なんだ。 バレエの舞台ではよくあるオーケストラの生演奏を、風俗のストリップに使っておちょくりながら、問いかけるんだ。 彼らとバレリーナの違いについて、見る人に問いかける。 何ら変わりは無いだろって…鼻で笑ってやる…。 それが俺の公演の…主題。 「ちょっと…考えさせて…」 俺がそう言うと、モモは俺の肩を小突いてため息を吐いて言った。 「最近、いつもそればかり…!ちょっと考えさせて…?僕たちはずっと待ってる。早く決めてよ。こっちは、店もあるんだ!メグだって…あの時、真司が…」 「分かった…分かったよ…!シロに…交渉してみる…」 メグ…パーティで真司が怪我をさせたダンサーの子。 この子の話は…したくなかった… 自分の負い目を抉られるみたいに、痛くて、苦しいんだ。 煮え切らない、頼りない、そんな俺の態度に不満が溜まったダンサー達は…技術指導者に…シロを指名した。 それは現実的な彼らの、ごく当たり前の要求だ。 自分たちと同じ物を見て、自分たちよりも上手な人に、教えて貰いたいって思ったんだ。 ヒステリックに喚きちらす、見当はずれな事を要求する…話の分からない真司よりも…シロの方が適任だと、彼らは気付いてしまったんだ。 プリプリしながら帰って行く彼らを見送ると、誰も居なくなったスタジオで隣で立ち尽くすショーンに言った。 「…お前からシロに、伝えて…?」 「お前が言えよ…」 「…あの子とは、もう…終わったんだ…」 口ではそんな事を言うのに、ポケットに突っ込んだ指先で小指のリングをしきりに撫でる…。 シロ… 勇ちゃんの公演は、ガタガタと足場から崩れてしまいそうだよ… みっともなく廃れていく自分の姿が見える。 このまま…舵が取れなかったら…この公演は大コケする。 何も納得出来ないまま、舵も切れないまま、ただ大海原を漂う船の様だ… 船長がぼんくらなせいだ…

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