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第12話

#シロ オレはまたビジネスで行く訳じゃないのに、ビジネスシートに座った。 勇吾が買ってくれた可愛いバッグを膝に抱えて、彼がくれた結婚指輪をぼんやりと眺める。 何もついてない、シンプルだけどギラギラしてない美しいゴールドの指輪… 「ふふ…綺麗だな。」 そう言って左手をかざして、薬指と小指に嵌った指輪を交互に見る。 勇吾は泣かなかった。 だから、オレも頑張って堪えた… ちょっとだけこぼしちゃったけど、みっともなく縋って泣いてない… 今頃、モモもケインも、ショーンも…彼のオフィスでいつもの様に公演の準備をしてる。 あの日常が…とっても楽しかった。 歌舞伎町なんて妖しい街で、酔っ払い相手に服を脱ぐ仕事じゃない。 まともに昼間働いて、まともに誰かと仕事して、愛する人と家へ帰る… そんな日常が、あそこにある… そして、また、戻りたいって…思ってしまうんだ。 オレは、自分でも手を焼く、欲張りだ…。 「楽しかったね?シロ?」 幼い頃の自分が、まだ見えるよ。 そして…兄ちゃんも。 それは突然話しかけてくる。意図しない時に… オレはそれを拒絶もしなければ、見ないふりもしないで話しかけてしまう。 きっと、良くない事だって…思ってる。 でも…手放せないんだ。 この子も…兄ちゃんも…忘れたくない。 だから、この事は土田先生にも話していない… 膝に乗った可愛いシロを、何もしないでただ眺めて瞳を細めた。 映画を何本も見て、感動して泣きながら鼻をかんだ。 そうしたら、日本の上空にいつの間にか着いた。 「あぁ…やっぱり落ち着くな。」 窓の下を覗くと、見慣れた街並みにホッとして訳も分からず涙がポロリと落ちた。 オレの、日常に…帰って来た… 飛行機を降りて“桜二”を受け取ると、他の人が向かう出口へと一緒になって歩いて向かう。 「シロ~~~~!」 そんな依冬の絶叫が聞こえて、途端に笑顔になって辺りを見渡した。 「依冬~~~!」 大好きな彼を見つけて、スーツケースをガラガラとすごい音を立てさせながら走って向かう。 「ああ~~~!」 そんな声をあげて、依冬に思いきり抱き付いた! 「シロ~!シロ~!シロ~!!」 ふふっ! 久しぶりの依冬は…大きくて、とってもあったかかった! 可愛いあの子を両手に抱きしめて、柔らかい髪に顔を埋めて肺の奥まで彼の匂いを届ける。 「依冬…会いたかった!依冬、会いたかったよ!」 そう言って彼の唇に熱いキスをする。 熱くて、甘くて、長くて、トロけるキスをしてトロンとした依冬の瞳を見つめて言った。 「ただいま…?」 「ふふ…お帰り。シロ…会いたかったよ。」 彼の胸にクッタリと頬を乗せて甘えると、何も言わないでオレをジト目で見つめる桜二と目が合った。 あんなに恋しがっていたのに、目の前の桜二はまるでオレを非難する様な目つきで見てる。 …その理由を、オレは知ってる。 桜二に両手を伸ばして言った。 「桜二…桜二…抱っこして?」 彼はジト目の奥をグラグラ揺らして、ポロリと涙を落とすとオレを両手に抱きかかえてギュッと強く抱きしめて言った。 「…なぁんで、勝手に、結婚なんてしたんだ!」 ふふ…やっぱりね。 勇吾はちゃんと彼らに伝えてくれた様だ…。 さすが…オレの旦那様だ。 #依冬 「え!10:55の羽田着!やった~~~!!」 連日の新年会を終えて午前様に家に帰ると、どんよりした顔の桜二が教えてくれた。 シロに会いたくて半分死にかけていたのに、目の前の桜二は彼の帰りを喜ぶ所か、もっと憔悴していた。 「…なんでそんな暗い顔してるの?シロが帰って来るんだよ?ずっと会いたかっただろ?」 そう言って桜二の顔を覗き込むと、彼は眉間にしわを寄せて、瞳を怒りに歪めて言った。 「あの…クソッタレが…!あの子が優しい事を良い事に、勝手に向こうで結婚しやがった!!」 は…? 結婚? 酔ってるせいかな…全然、話が入って来ないんだ。 「どういう事か…全く分からない。」 理不尽に桜二に睨み付けられながら首を傾げて俺がそう言うと、彼は俺にタブレットを差し出して言った。 「見てみろっ!」 へ? 俺はすぐにタブレットを起動させて再生途中の動画を初めから見てみた。 「あ…」 画面の中でギャハハ!と下品に大笑いをして、派手に踊る人… それは、海外のストリップバーでポールに登って踊る、俺の可愛いシロだった。 「シロ…随分、はっちゃけてるじゃないか…。こんなに楽しそうに…あぁ、そんな…もう、あっちのストリップバーで働き始めていたの?」 呆れ半分、喜び半分で動画を見ていると、彼のポールの下に誰かが近付いた。 こんな近くに寄れるの…? 攫われちゃうじゃないか… そんな事を思いながら見ていると、その人はポールの下に跪いて、上で下を見下ろすシロを見上げて、何かを持った手を差し出した。 「あ…」 誰だって分かる、このシチュエーション。 彼は…シロに、プロポーズしてる…! 動画の撮影主が大慌てでカメラを移動して、プロポーズ相手を映した。 「勇吾さん…」 そう、それはふわふわと浮ついた。メンタルが豆腐の、勇吾さんだった… 「なぁに、してるんだ!」 動画を見ながら俺が大声で怒ると、動画の中のシロは彼の頬を撫でて何か話した。 「ダメだ!ダメだ!ダメだってば!」 そんな俺の声なんて…届く訳もない。 これはライブ映像じゃないし、中継で繋がってる訳でも無いんだから… 勇吾さんは嬉しそうに瞳を見開くと笑顔になって、シロの左手の小指に手に持っていたリングを嵌めた。 そしてシロをポールから下ろすと、そのまま抱きかかえて連れて行った。 「はぁ~~~~~~~~?!」 怒り?動揺?悲しみ? そんな物じゃない! これは、憤怒だ! 憤って…怒る…そんな同じ様な言葉をふたつ繋げてしまう程に、怒ってる! 「まだ…まだ、続きがあるんだ…」 ソファに力なく腰掛けた桜二がそう言って首を下に項垂れさせた。 え… まだ、続きがあるってどういう事だよ… この先の続きなんて…知りたくもないのに。 俺は動画の中の勇吾さんを睨みつけながら、その続きを眺める。 場面が切り替わって、今度は小さな教会が画面の中に映し出された。 教会… 次の瞬間、真っ白なタキシードを着たシロと勇吾さんが、教会から出て来て…沢山の記者に囲まれる姿が映し出される。 「結婚おめでとう!勇吾。これで、もう、寂しくないね!」 英語でそう言った声が聞こえて、手に持ったタブレットを怒りの握力で破壊しそうになる。 …寂しい? 30歳も超えたおっさんが…寂しい? 思考停止したまま固まると、目を落としたタブレットの画面に、満面の笑顔をした勇吾さんと、彼を優しい瞳で見つめるシロの仲睦まじい姿が映って…苛ついた。 この…豆腐メンタルのおっさんが… 俺の、大事な、シロを、かっさらった! 「そうだ!殺しに行こう!」 俺はそう言うと、タブレットを桜二に渡して、自分の携帯電話でイギリス行の飛行機の空きシートを探し始めた。 「…依冬、これも見てよ…」 そう言って項垂れる桜二が差し出すタブレットを、首だけ動かして眺める。 彼が俺に見せた物…それはシロと勇吾さんがイチャイチャしている写真と…“東京のクレイジーボーイ…勇吾と結婚”と見出しが書かれたネットニュースの記事だ。 「やっぱり、殺しに行こう!」 俺はそう言うと、視線を携帯の画面に戻して空きシートを予約した。 13時間後…生きてられると思うなよ。色男。 お前のふざけた半開きの瞳を…完全に、閉じさせてやるよ!? 怒りの炎をメラメラと燃やしていると、桜二が小さい声でもそもそと話し始めた。 「俺も…殺そうと思ったんだ…。でも、依冬…シロはもうあいつの奥さんになってしまった。記事を読んで分かったんだ。シビルパートナーシップという物を結んだらしい…。それは、あいつがイギリス国籍を取得していたから出来た事…。法的にパートナーシップが成立してるんだ…資産も、税金も、その他もろもろ、まるで本当の妻と夫の様に…」 桜二はそう言うと俺を見上げて言った。 「勇吾を殺したら…シロに莫大な遺産が入る。…そして、シロは俺たちと暮らしてる。言いたい事…分かるか?」 …分かるよ。 もし、俺か桜二が勇吾さんを殺したら、シロに…遺産目当てで結婚して、勇吾さんを殺害したんじゃないかって…そんな、疑いがかかる可能性があるって事だろ… 「…可能性の話じゃないか…」 俺はそう言うと、桜二を見下ろして言った。 「許せないよ!勝手に俺たちのシロと結婚するなんて!あんたはどうか知らないけど…!俺は…俺は、シロと結婚してるつもりで…ここで、暮らしてたのに!!こんなのって…ないよ…!」 「俺だって…同じさ…」 そうポツリと呟いて項垂れる桜二を見下ろして、怒りが収まらない俺は舌打ちをすると、ひとりシャワーを浴びに浴室へと向かった。 結婚? 勝手にしたの?俺と桜二に断りもなく…? ねえ、シロ。本当に、怒るよ…? 浴室の中、ふと視線の先で、俺を見つめるアヒルと目が合った。 シロが湯船に浸かる時…こいつを一緒に入れるんだ。 勇吾さん…あんたはこのアヒルと同じだ。 あの人がイギリスに居る時だけ、使われてりゃ良かったのに… 何を思ったのか、浴室を飛び出してリビングにまで付いて来る様になった。 気にいらねえ… 間抜けな顔のアヒルを手に取ると、思いきり床に叩きつけた。 変な泣き声を出して床を跳ねるアヒルを見て、笑顔の彼を思い出した。 浴室を出ると、悔しくって涙が止まらなくなった。 体も十分に拭かないままシロの部屋に行くと、彼のベッドに突っ伏して泣いた。 「なぁんで!なぁんでだよっ!俺がいるのに!何で!あんな奴と結婚したんだよっ!!」 許せないよ…シロ。愛してるんだ。 KPOPアイドルのポスターが所狭しと貼られた、異様な彼の部屋。 でも…このベッドは、あの人の匂いがするんだ。 「シロ…酷いじゃないか…シロ、どうして結婚なんてしたんだよ…!許せないよ、俺はシロに沢山身を捧げて来たじゃないか…何もかも与えて、何もかも許して、何もかも受け入れて来た…あの、トラウマだって…一緒に立ち向かったじゃないか!!…それなのに、あんまりだ…あんまりだよ!」 止まらない涙をボタボタと彼のベッドに垂れ流して、思いの丈を吐き出していく。 こんな事だったら…行かせなきゃ良かった!! 「依冬…考えたんだ…」 亡霊の様にいつの間にかシロの部屋の入口に桜二が立っていて、シロのベッドで裸で大泣きする俺を見下ろしながら話した。 「勇吾は…ごり押しで、そのパートナーシップを結んだみたいだ…。本来なら沢山の下準備が要る様なんだ。でも、あいつはそんな書類を沢山書かなきゃダメな事を、無理やり短縮させた。もしかしたら…ここに、契約を無効に出来る手立てが…あるかもしれない。」 さすがだ… さすが、蛇のような男だ… 俺の様に目の前の事象に打ちひしがれるんじゃなくて…相手のミスをすぐに見つけて…突く準備をする…抜け目のない、蛇。 「なる程…」 俺はそう言ってベッドから顔を上げると、海外の訴訟に強い弁護士を頭の中で検索し始めた。 「とりあえず…明日、シロが帰って来る。空港に迎えに行って…ここに連れて帰ろう。そして、水面下で、あの人に気付かれない様に…豆腐メンタルのおっさんに狼煙をあげよう。」 そうだ。殺す…と言っても、物理的にじゃなくてもいくらでもやり方はあるんだ。彼の事業を潰しても良いし、彼の周りを次から次へと潰していくのも悪くない。 誰を相手に粗相をしたのか…分からせてやらないとね。 次の日…朝から身だしなみを何度も整える桜二を尻目に、弁護士に電話を掛けた。 「もしもし、結城です。ひとつ頼みたい事がありまして…イギリスの…シビルパートナーシップってご存じですか?あの制度でパートナーシップを結ぶにあたって…いろいろ端折った人がいまして…その個所を洗い出す事と…成立したものを無効にする訴えを起こしたいと思ってるんです。…報酬は銀行口座でよろしいですか?」 弁護士は乗り気だ。 なぜならイギリスにおいてこの手の問題は男女問わず訴訟の種になって、弁護士たちの収入源になってるからね? 婚姻を結ぶ事によって海外からの移民が多くなった事を危惧して、イギリス政府は厳密に取り締まる事を始めたんだ。 イギリス国民じゃない配偶者にもたらされる永住権を、厳しく監視し始めた。 規定外の配偶者は…いくら婚姻関係にあってもイギリスには住めないんだ。 これで偽装結婚を避けようとしてる。 まさか、純血なんて…そんな思想では無い事を祈るよ。 シロはイギリスに住む訳じゃない。 でも、彼も、その様に厳しい目を向けられる物の端くれで契約を交わしたんだ。 抜け道なんて無い。 単純で長い準備の必要な事柄を、勇吾さんは自分の知名度とコネでごり押しした。 俺はそこを突いて…シロを取り戻す。 「依冬、そろそろ行くぞ…」 支度を済ませると、そう言った桜二の後ろを付いて部屋を出た。 シロ? いけないよ。 勝手に知らない人と契約なんてしたらダメだ。 今度からは、一度、俺に契約書を確認させてから結ぶんだよ? 全く…手のかかる人だ。 すぐに無効にしてあげるからね… 空港に着くと、彼の乗った飛行機から降りて来た人がぞろぞろと出てくる。 そんな中大きなスーツケースを抱えたシロが見えた。 「あぁ…」 隣でそんな声をあげて鼻をすする男を無視して、大きな声で彼を呼んだ。 「シロ~~~~!」 そんな俺の声に笑顔になると、一目散にこちらへ走ってくる彼を抱きしめる準備をする。 「依冬~~~!」 そう言って俺に飛びつく彼を両手で抱きしめて、自分の体に埋めていく。 全く…勝手に結婚なんてして…いけない人だ。 そんな思いを察せられない様にシロの瞳を見つめると、久しぶりのあの人を感じて、心が震えた。 ダメだよ。結婚なんてさせない。 だって、あなたは俺の物なんだから。

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