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第15話

#シロ 「はぁはぁ…悪くなかった。じゃあね、お休み~。勇吾~チュチュチュチュ~!」 彼と意外なまでに盛り上がったテレフォンセックスを済ませると、通話を切って乾燥機へと向かった。 「いけね、いけね!シャツがシワシワになっちゃう!桜二に怒られちゃうよ…?どうしてこんなにシワシワなの?何してたの?こんな事も出来ないの?って…小言を言われる!」 バタン… その時、玄関の閉まる音を聞いて、自然と立ち止まって眺めた。 しばらくすると顔面蒼白の依冬が現れて、オレと目が合うとすぐに視線を落とした。 「…どうした。」 オレがそう尋ねると、依冬は瞳を潤ませて言った。 「…な、何でもない…」 そんな訳無いだろ? こんなに青白い顔をして… …何か、あったんだ。 「外に…また記者がいたの?」 彼の顔を覗き込んでそう尋ねると、依冬はオレを振り払う様にして言った。 「違うよ!」 おかしい… 面の皮の厚い依冬が、こんなに動揺を見せる事はそんなに多くない。 桜二の車を擦った時も平気な顔をしていたし、オレの大事に取っておいたケーキを食べても平気な顔をしていた。借りた…という名目で、2年以上もレンタルビデオを返していなくても、平気な顔をしてまだ熟成させてるくらいだ。 そんな彼が、こんなに動揺する事…それは、たったひとつ。 「…結城さんが、起きたの?」 「なぁんで!何も言って無いだろ!」 顔を真っ赤にした依冬の狼狽えぶりに、確信した。 そうなんだ… あの狂気のジジイが、目を覚ましたんだ… オレから逃げる様に自分の部屋に入って行く依冬の背中を見つめて、彼がビービー泣き付いて来ない状況を考える… きっと、桜二に口止めされたんだ… シロには話すなって…口止めされたから、オレに泣き付いて来ないんだ。 「はぁ…やんなるね?対結城さんだったら、お前らがやり合うよりも、オレを出せば話が早いって言うのにさ…。」 ひとりそう言ってため息を吐くと、携帯電話を取り出して耳にあてた。 「…もしもし?」 そう言った彼は、オレが電話を掛けた事で、状況が分かった様に観念して言った。 「隠すつもりじゃなかった。」 全く…オレに隠し事なんて出来ないっていつになったら理解するんだろう… そんなに馬鹿じゃないのに、学習しないんだ。 …それとも、あなたも、彼と同様に動揺しているの…? 鼻でため息を吐くと、静かに彼を諫める。 「桜二…依冬に口止めしただろ?シロには言うなって、あの子に口止めしただろ?いけないよ?真っ青な顔をして家に帰って来たんだ…。さしずめ、荷物を持って…ホテルかどこかに行くつもりだ。お前が口止めしたから…あの子は怖い思いを抱えたままひとりっきりになろうとしてるじゃないか。…もう、だめだよ?」 オレはそう言うと、桜二の返事も聞かないで言った。 「…結城さんが起きたんだろ?」 電話口の彼は押し黙って、その問いかけが正しい事を証明する。 ふぅん… あなたも、彼の目覚めに恐怖を感じているんだね。 だったら、尚更…オレに話して欲しかったよ。 「3人で一緒に居る。それは何があっても変わらない。オレから離れないで。守ってあげる。そして、危ない事をしないで。お前の事だから…ひとりで何とかしようとするだろう?それはダメだ。良いね?」 オレはそう言うと、彼の返事も聞かないで電話を切った。 結城さん? あなたの影に怯えて、あなたの存在に恐怖してる…そんな男がふたりもいるよ。 一体、あなたは、彼らにどんな恐怖を見せて来たというの? オレと同じものを見ている筈なのに…彼らの動揺はオレの想像をはるかに超える。 …可哀想じゃないか。 もう… コンコン 「よ~りとくん、い~れ~て?」 依冬の部屋の前、鍵のかかったドアの向こうに呼びかけると、返答がない様子にあの子の動揺を伺い知れて、胸が痛くなってくる。 「依冬?3人で住もうって…オレが言い出した日を覚えてる?お前が…結城さんが怖いって泣いた日だよ…。オレがどうして3人で住みたがったのか、教えてあげる。」 扉越しにそう呼びかけると、クッタリと頬を付けて扉の向こうの依冬に言った。 「…こんな時の為に…一緒に居たかったんだ。誰かが弱って困ってる時に…すぐに気が付いて、すぐに助けてあげられる様にしたかったんだ。3人寄れば文殊の知恵って言うだろ?」 「な…何でも無いんだ!」 扉の向こうで依冬はそう言うと、ガタガタと物音を立てながらタンスを漁り始める。 全く…! 鼻で短くため息を吐くと、扉の向こうの依冬に言った。 「依冬…お前に言っただろ?忘れたの?結城さんが怖いジジイなら、オレが優しいジジイに変えてやるって…約束しただろ?なあ…」 「ダメだ!シロは…関係ない!そ、そうだ…!勇吾さんの所に行ってなよ。チケットを取ってあげるから、落ち着くまで彼の所で過ごしてたら良い!」 そう言うと、依冬はガサゴソと部屋の中で再びタンスを漁り始めた。 もう…ダメだな。 全くオレの話に、聞く耳を傾けないんだもの…嫌になっちゃうよ。 オレってそんなに頼りないのかな? 床に着いていた足を伸ばして立ち上がると、依冬の部屋の扉と玄関までの道のりを目で確認して考える… 彼がこの部屋を飛び出したら…力の差で、多分、いいや、絶対に押し切られるだろうな… そうなる前に、依冬を足止めさせて…説得したい。 こんな風に怯えてる中、ひとりになるなんて…オレがお前の傍に居る意味を、否定してるじゃないか! そんなの…ダメだ! 「あっ!…痛~い!」 オレはそう言うと、お腹を押さえて前屈みになって苦しみ始めた。 所謂…仮病だよ? 「うっううう…痛~い!依冬!た、た、助けて~!」 すぐに目の前の扉の鍵が開いて、扉の向こうから依冬が姿を現した。 お腹を抱えて痛がるオレを見つけると、彼はオレを抱えて慌てた様子で言った。 「ど…どこが痛いの…?」 涙で赤くなった瞳を歪めて、オレを見つめる可愛い依冬を見つめて言った。 「アイ、ガッチュー!!」 オレに抱き付かれてもお前は絶対揺るがない…だって、体幹がしっかりしてるからね?ふふっ! 驚いた顔の依冬を見つめて言った。 「ひとりにさせない…オレがお前を守る。約束しただろ…?」 オレの言葉に、赤くした瞳がどんどん歪んで大粒の涙を落とし始める。 おんおん声を出して泣き始める依冬が…痛々しくて、可哀想だった。 こんな状態のこの子を…このまま、ひとりになんてさせないよ… ピンポン… 静かな部屋の中…予想もしない呼び鈴に首を傾げると、体に抱えた依冬をソファに座らせて玄関へ向かった。 「はい…?」 玄関を挟んでそう聞いても、ピンポンした人は何も答えない… 覗き窓で確認しても人影が見えない状況に、首を傾げて言った。 「悪戯かなぁ?」 踵を返して部屋へ引き返そうとした、その時… 微かに声が聞こえた。 オレは用心しながら玄関を開いて、声が聞こえた足元を見下ろした。 ”あなたの孫です“ そう書かれたメッセージカードと共にそこに居たのは、かごに入れられた…赤ちゃん。 オレは辺りを見渡して、この子を置いて行ったであろう誰かの姿を探した。 「んまぁ、まあま…だっだぁ…!」 元気いっぱいにおしゃべりをする赤ちゃんを見下ろして、両手を頬にあてて絶叫した! 「よっ、よっ、よりと~~~~!!」 「何!悪い奴が来たの!?」 すぐに駆け付けた依冬は、オレの足元の赤ちゃんを見て訝しげに眉をひそめて言った。 「俺は違う…いつもアナルセックスしかしてこなかった。」 そんな事、聞きたくなかったよ? 「警察に届けよう…質の悪い悪戯だよ…」 依冬がそう言って110番しそうになるのを止めた。 「あなたの孫ですってメッセージカードがあった。きっと、誰かの孫なんだ。」 オレはそう言うと、赤ちゃんを抱っこして、あったかくて柔らかい体にトロけて言った。 「依冬?ロメオよりも大きい!きっと…7カ月くらいだ!可愛いね…?赤ちゃん、貰っちゃった!」 「シ~ロ~!」 体を揺らして怒り始める依冬に、眉毛を下げて言った。 「ちょっとだけ!ちょっとだけ!もしかしたら、この子を置いた誰かが…気が変わって戻ってくるかもしれないだろ?お願いだよ!依冬…ね?お願い!」 どことなく誰かに似た赤ちゃんのほっぺを指で撫でて、悩殺される。 「あああああああ!!なんて可愛いんだ!」 「シロ…ダメだよ、警察に届けないと…後々、誘拐とか言われるよ?」 依冬がそんな物騒な事を言ってオレを脅すけど… “あなたの孫です” そう書かれた、メッセージカードが気になって仕方ないよ? 「…依冬は、いつもアナルセックスしてきたから…違うんだね?」 「そうだよ。俺は命を絶やした方が良い家系の男だからね。」 そんな悲しい事を胸を張って言う依冬に、そこはかとない闇を感じるよ? 「じゃあ…残るは一人だね?」 そう言って赤ちゃんのほっぺをツンツンして、悩殺される。 「はぁああああ!可愛い!この子はきっと、桜二の孫だ!」 「ぶふっ!」 あんなに顔面蒼白だった依冬が、赤ちゃんの登場で吹き出して笑うまで持ち直した。 さすが…赤ちゃんは尊いんだ…! オレは赤ちゃんを抱っこしたまま依冬に近付けて言った。 「パパでちゅよ~?」 「やめてよ…」 依冬はジト目で塩対応すると、すぐに携帯電話で桜二に電話を掛けた。 「もしもし?ごめん…親父の事、シロに瞬殺でバレた。それより、桜二の孫が来てるんだ。会議は良いから、こっちに急いで来てよ!」 悲鳴の様にそう言うと、依冬はオレと赤ちゃんから離れて言った。 「こっちに来ないで…苦手なんだよ。」 はあ…? 「酷いパパでちゅね~?」 オレはそう言ってユラユラと赤ちゃんを揺らして、依冬をジト目で見つめて言った。 「おむつと…ミルク、あと…適当な服を買ってきて?」 「嫌だよ!絶対に嫌だ!」 こんなに拒絶する事ないじゃないか…! オレは意外な依冬の一面に、驚きを隠せないよ? そんな柔和な顔して…優しそうなオーラを出して…お前ってば、真逆を行くんだね。 「あっあ…あぁ~ん!!」 赤ちゃんが泣いた… それは…突然に、そして…凄い勢いで…赤ちゃんが泣いた。 「あっ!泣いちゃった!依冬…赤ちゃんが泣いちゃった!」 オレがそう言ってアワアワしながら依冬に近付くと、彼は逃げる様にオレと距離を取って後ずさりしていく。 「…うるさいから!早く、泣き止ませてよっ!」 酷い男だ。 確かに…お前は子供を作っちゃダメな男だ! オレは赤ちゃんをユラユラ揺らしながら、どうして泣いてるのか考えた。 陽介のお母さんが言ってた。 赤ちゃんは泣くのが仕事だって… 不快に感じたり、不安になったりすると泣いちゃうんだって。 おむつが汚れてるのかな…それとも、お腹が空いたのかな…? それとも…知らない人が怖くて…泣いてるのかな? 「可哀想に…」 そう言ってソファに寝かせると、依冬が怒って言った。 「ん、もう!シロ!ソファに置かないで!」 オレが女だったら絶対、依冬とは、結婚したくない。 彼と子供なんて、絶対作らない。 駄々をこねる大きいお兄ちゃんを無視して、赤ちゃんのおむつを手のひらで撫でてみた。 「ああ!パンパンだ!」 「シロ…そんな事、言ったら…犯罪だよ?」 どういう事だよ…その思考回路、とことん最低だな。 「おむつが汚れてるんだ。だから…交換してあげないとダメなんだ。」 オレはそう言うと顔を歪めて赤ちゃんを見つめる依冬に言った。 「オレがおむつを買って来るか…依冬がおむつを買ってくるか…どうする?」 「ん、もう!警察に届けるって選択肢はないの!?」 そう言って地団駄を踏む大きなお兄ちゃんを見て、泣き叫ぶ赤ちゃんに言った。 「…あんな大人になっちゃダメでちゅよ?」 オレはロメオの大絶叫にも慣れてるし…大泣きにも慣れてる…きっと、依冬よりもこの状況を上手に切り抜けられるはずだ…! バタン… 玄関が閉まる音がして、赤ちゃんの泣き声に依冬と同じように眉をひそめながらおじいちゃんが返って来た。 「桜二~!多分、お前の孫だ!」 オレがそう言うと、ギョッと顔を歪ませて桜二が言った。 「ちがうっ!」 「とにかく、ちょっと見ていて!急いで薬局に行ってくる!!」 オレはそう言うと、彼と依冬に赤ちゃんを任せて急いでおむつを買いに走った。 「えっと…7カ月くらいの赤ちゃんのおむつは~…」 常日頃、陽介のお母さんと一緒に買い物に行ってるからね? オレはこういう知識は豊富なんだ。ふふん! 哺乳瓶と粉ミルク、消毒する液体を買うと、急いで来た道を走って戻る。 オレがいない間に…あいつらにひどい目に遭わされてるかもしれない! 「赤ちゃん、赤ちゃん、赤ちゃん!」 まるで周回するランニングの掛け声の様にそう言いながら走ると、階段を駆け上がって玄関を開いた。 バタン… 玄関を入ると、すぐ目の前に桜二と依冬が立っていた… 「うるさいんだ…何とかしてよ、叩きつけたくなる…」 最低だ! オレはそんな酷い事を言った桜二の胸を小突くと言った。 「桜二?…この哺乳瓶をすぐに煮沸消毒して…?」 「嫌だ!こんなもの触りたくない!」 オレは桜二の子供も産みたくない。こんなひどい父親…最低だ! 赤ちゃんのおむつを手慣れた様子で交換すると、依冬が顔をしかめる中お洋服を直してあげる。 男の子だった… 「可愛い…桜二の孫、可愛い…!」 そう言って抱き上げると、小さな背中をトントンと撫でて揺らしてあげる。 「依冬…哺乳瓶を煮沸消毒して…?赤ちゃんを抱っこしたままそんな危ない事出来ないから…お願い…?」 オレがそう言うと、依冬はしぶしぶ哺乳瓶の袋を破ってお鍋にお湯を張った。 泣き止まない赤ちゃんを抱っこして、目の前で汚い物を見るような目を向ける桜二を見つめて言った。 「赤ちゃんが泣くのは仕方が無い事なんだ。だって…どうして良いのか、本人も分かってないんだもの。だから…大人がこうやって、面倒を見てあげる必要があるんだよ?」 オレがそう言うと、桜二は表情を変えずに言った。 「…警察に連絡しよう。」 「俺も、そう言ったんだぁ!」 依冬と桜二が意気投合する中、大泣きして泣き止まない赤ちゃんを見つめて言った。 「ほら…桜二に似てる…。この、眉間にしわが凄い寄ってる所とか…!あはは!そっくりだ!可愛い!可愛い!ねえ、桜二、お湯を沸かして?ミルクを作るのに60度くらいのお湯が必要なんだ。」 オレがそう言うと、しぶしぶ桜二が依冬の隣でお湯を沸かし始めた。 「お~よちよち、お~よちよち、良い子だね?桜ちゃん…泣かないの、良い子だね?」 「俺の名前で呼ぶの止めてよ!大体、俺は33歳だよ?孫がいる訳無い!」 そう言うと思っていたよ。 薬局まで走ってる間中、ずっと考えていた… この人がこの子の“おじいちゃん”である可能性について。 そして結論を得た。 それは、十分にあり得るという事だ。 オレは赤ちゃんを抱っこしたまま、納得しない様子でオレを見る桜二に言った。 「例えば、この子を産んだ人が17歳で出産したとしよう。逆算すると…桜二君が16歳の時に出来た子供の子供になる。無くも無い話じゃないか…?だって、桜二はあちこち女をとっかえひっかえにしていたって…夏子さんが言ってたもの。」 オレがそう言うと、桜二はムッと頬を膨らませて言った。 「違う!」 そうかな…? オレには、この子があなたに見えて仕方が無いよ。 「シロ…煮沸消毒した…」 依冬がげんなりした顔でそう言って、熱い哺乳瓶をトングで取り出すと逃げる様に去って行った。 「お湯…沸けたよ…」 口を尖らせた桜二がそう言うから、彼に少しの間赤ちゃんを抱っこしてもらう。 「ああああああ!!」 そんな絶叫…昨日エッチした時、最高に興奮してイッた時くらいしか聞けないと思ってたよ? ふふっ! オレは粉ミルクの缶を開けると、手慣れた様子でミルクを作っていく。 だって、オレはロメオのミルク係だもんね! 「はい出来た~!お待たせ~!」 そう言ってガチガチに固まった桜二から大泣きする赤ちゃんを受け取ると、人肌に冷ましたミルクを口に含ませる。 「お~!お腹が空いてたんだ!見て見て?可愛いだろ?この唇!んふふ!かっわいい~!桜ちゃん、ミルクおいちいね?桜ちゃん、ミルクいっぱいチュッチュしようね?」 「やめてって言ってるだろ…?」 ぶっきらぼうにそう言う桜二を見つめると、指先で彼の乱れた髪を直してあげる。 「ねえ?かごの中に…何か入って無いか見てよ。あなたの孫ですって書かれた紙しか入ってなかったんだ。この子の名前が分からないじゃないか…」 オレがそう言うと、桜二はおもむろに…赤ちゃんが入っていたかごを乱暴に振り回した。 …理性を失ったゴリラだ…だって、ゴリラの方がもっと紳士的だもの。 首を横に振る桜二を見ると、腕の中でミルクを一生懸命飲む可愛い赤ちゃんに目じりを下げて言った。 「桜ちゃん?ミックおいちいね?んくんくって飲んでるの…めちゃくちゃ可愛い…萌え死ぬ。」 ぶりりりりりっ! 顔を真っ赤にした桜ちゃんが、すごい音を出しながら大をした! 「あ~はっはっはっは!!ミルクを飲みながら、ウンチしたぁ!桜ちゃん!凄いなぁ!器用じゃないか!」 オレがそう言うと、依冬が爆笑して床を叩き付ける中…桜二は顔を真っ赤にして怒って言った。 「だぁから!俺の名前を使わないでよ!」 だったら…この可愛い子をなんて呼んだら良いの…? 愛される為に産まれて来た様な子なのに…こんな所に置いて行かれて、可哀想だ。 オレは首を傾げながら赤ちゃんの顔を見つめて言った。 「…蒼佑。蒼佑って呼んであげる!…兄ちゃんの名前だよ?」 そんなオレの言葉に、桜二が焦った様にオレの頬を掴んで言った。 「それは…もっとダメ…!だったら…桜ちゃんで良い…」 そうなの…? 可愛いのに、蒼佑… オレは腕の中でミルクを飲み続ける赤ちゃんを見つめて言った。 「じゃあ…桜ちゃん、可愛い桜ちゃん…お尻、きれいきれいしようね?ふふっ!」 誰が置いて行ったのか分からない。 誰の子なのかも…分からない。 そんな桜ちゃんが…うちに来た。 紙おむつを穿いて、オレの練習用の小さいTシャツを被せると、桜ちゃんのお腹が出ない様に縛って留めてあげた。 チョコンとお座りする後ろ姿に…悶絶して、倒れそうなくらいに悩殺される。 「桜ちゃん、可愛い!可愛い!」 床をゴロゴロと転がってそう言うと、桜二と依冬は少し離れた場所で結城さんの話をし始めた。 この子が桜二の孫だとしたら…結城さんは“ひいじいちゃん”だ… ふふっ! この子に…あの血が入ってるの?信じられないよ。 だって、こんなに可愛らしいんだもの…! オレは桜ちゃんの写真を撮ると、勇吾にメールした。 “オレの赤ちゃん!桜ちゃんだよ?玄関に置いてあったんだ!可愛いだろ?” 「あぶあぶ…あぶぶぅ~…」 「はぁあん!」 「だっだだっだ!」 「ん~~~!」 「だ~だ!だ~だ!」 「キャ~~!」 「…シロ、うるさい!」 依冬はそう言うと、ムスッと頬を膨らませてオレを睨んだ。 なぁんだ!酷いだろ…? こんなに可愛い桜ちゃんが喃語でおしゃべりしてくれてるのに、あの男共と来たら…どうでも良いジジイにビビって内緒話してるんだもの。 お座りする桜ちゃんのお手てをモミモミしながら、不思議そうにオレを見つめる可愛い瞳をじっと見つめる。 大丈夫だよ?オレが守ってあげるからね…? ブルルっとお尻に入れた携帯が震えて、着信した勇吾からのメールを読んだ。 “?” 「あ~はっはっは!可愛いね?」 オレはひとりでケラケラ笑うと、不思議そうにオレの頭をポンポン叩く桜ちゃんに悶絶しながら、勇吾にメールした。 “ねえ、抱っこ紐、買って?” 陽介の実家には“抱っこ紐”が沢山ある。 お母さんが使っていた物と、居なくなってしまったお姉さんが使っていた物。 オレが気に入ってるのは…ベビースリングって言う帯状の抱っこ紐。 大きな布に赤ちゃんのお尻を包み込んで抱っこするんだ。 それが一番体に密着して…安定して、好きなんだ。 ベビースリングのURLを添付して送信すると、すぐに返信があった。 “???” 「あはは!ほんと…秀逸な返信だね?記号だけで、すべてを成すんだ。」 そう言って桜ちゃんを抱っこすると、内緒話をするお兄さんたちの所へ行って、聞き耳を立てながら桜ちゃんの手のひらで彼らの背中を撫でてあげる。 「ひぃ!」 そう言ったのは依冬… 無言で嫌な顔をするのは…桜二。 こんなに小さくて柔らかい手のひらに撫でられて、嫌な顔をするなんて…可愛いね。 「パパが3人でちゅね?桜ちゃん?ふふっ!可愛い桜ちゃん!愛してるよ?」 そう言ってチュッチュっチュッチュと、柔らかい弾力のあるほっぺにキスをする。 「誰の子かも分からないのに…愛して良いの?」 桜二がそう言ってジト目でオレを見てくる… 全く!…お前の孫だよ? オレが言うんだから…間違いない。 「ねえ、写真撮って?桜ちゃんとオレの写真撮って?」 桜二に携帯を渡して、可愛い桜ちゃんと写真を撮ると夏子さんにメールした。 “玄関にあなたの孫ですってメッセージと一緒に赤ちゃんが置かれていた。この子…誰の子だと思う?” そんなメッセージと一緒に送信すると、すぐに電話が掛かって来た。 「もしもし?夏子さん?」 桜ちゃんと睨めっこしながらスピーカーにして電話を取ると、電話口の夏子さんが大声で言った。 「そ、その子…誰の子か…知ってる!!」 …ええっ! 真相は思わぬ所から発覚するもんだ。 ふざけて送ったメールが…桜ちゃんの手がかりをくれた。 桜二と依冬が注目する中、電話口の夏子さんが言った。 「…インスタで見てた。孫が生まれたって…中学校の時の友達の凛子が言ってたの…!」 「ああ…!!」 夏子さんの言葉を聞くと、桜二が顔を押さえて項垂れた… 心当たりがある様子だ… やっぱり、桜ちゃんは桜二の孫だった。 中学生の時にエッチして妊娠させた”凛子さん“の、孫だった様だ。 はぁ…クズだね。 「シロ?あんた、今日、写真撮られたでしょ?桜二とビーストと一緒に…ネットニュースに載ってる。“勇吾のパートナー、東京のクレイジーボーイ!私生活もクレイジーだった!”って見出しで載ってた!んふふふ!…きっと、それで桜二の居場所を割り出したのかも…。それで…なぜかその子を置いて行った…」 「ねえ…?夏子さん。この子は桜二の孫なんだ。…桜二の子供は?どんな子?」 オレがそう言うと、桜二が携帯電話を取って言った。 「やめろ…!」 「どうして?知りたいんだ。教えてよ…!」 桜二は夏子さんとの通話を勝手に切ると、携帯電話をソファに投げて言った。 「知らなくて良い!知られたくない!シロに、知って欲しくない!」 …なんだよ。 ちぇ~… やけに真剣に怒る彼に背を向けると、桜ちゃんに部屋を案内して回る。 この子は…正真正銘の桜二の孫だ。 彼の孫を愛さない訳無いだろ?ふふっ! 「桜ちゃん?こっちはおトイレだよ?こっちは…お風呂場。後で一緒に入ろうね?」 「シロ…警察に届けよう?正直…親父の事で大変な時に、こんなストレスに晒されたくない。もし、シロが赤ん坊と一緒に居るって言うなら…俺はホテルに泊まるよ。」 依冬がそう言って、へそを曲げた。 彼はこの家の中に自分より年下がいる事が嫌なんだ。 KPOPアイドルグループでは一番年下の子を“マンネ”と言って、かまったり…可愛がったりするんだ。 依冬はきっと、自分がマンネじゃなくなるのが…嫌なんだ! 「おじいちゃんがいるのに警察は動きませんよ?あっ!そうだ!桜二?ベビースリングって言う抱っこ紐買って来て?」 オレがそう言うと、彼は顔を歪めて言った。 「嫌だよ!も、俺に何も頼まないで!!」 「桜ちゃん?たんたんと一緒に行こうか?」 オレはそう言うと、桜二のベッドの下の“宝箱”から現金を大量に取り出して、ショルダーバッグに詰め込んだ。 この現金は、銀行強盗した訳じゃないんだよ?ふふっ… 店で換金したチップをここに保管してる。 「シロ~!どこ、行くのっ!」 出かける準備をするオレに桜二が怒鳴って怒るから、桜ちゃんがびっくりして泣いてしまった… 「あっあ…ぁああ~~ん!ああぁ~~ん!」 「桜二?大きな声、出さないでよ!」 オレはそう言って怒ると、コートを着て桜ちゃんを自分のジャンバーでくるんで抱っこした。そしてショルダーバッグを肩に掛けて、玄関を出て行く。 「待って!シロ…!」 待たない。 だって、ベビースリングが無いと、手が痺れるんだもん。 都内に住んで良い事…それはちょっと行くと欲しい物がすぐに手に入る事。 ベビーカーと、ベビースリング、楽しい音が鳴るおもちゃ…、可愛い肌着とお洋服を手に入れると、ベビーカーに括り付けて桜ちゃんを抱っこして帰って来た。 家にはもう、誰も居なくなっていた… ダイニングテーブルに置かれた、一枚の書置きに目を落とした。 “赤ん坊の家族に連絡を取る 桜二” 「ふぅん…」 ソファの上に眠ってしまった桜ちゃんを寝かせて、可愛い寝顔にクラクラしながら買ってきたおもちゃを箱から出した。 寝ながら遊べる万能のおもちゃ…これの大人用があったら…欲しいな。 まだハイハイの出来ない桜ちゃんは、寝っ転がって上しか見れない。 だから、こういう上からブラブラとおもちゃがぶら下がってるのを見て遊ぶんだって。売り場のお姉さんが言ってた。 「わあ…可愛いじゃないか…」 そう言って床の上におもちゃを置くと、買ってきた肌着を洗濯にかけて、ベビースリングを体に纏わせる。 「これで、オレはいつでも桜ちゃんをずっと抱っこしてられるよ?ふふっ!」 可愛い寝顔を指で撫でて、無垢な存在を触れて慈しむ… あぁ…ずっと一緒に居たいな… 桜二にもこんなに可愛い時期があって…その時、彼はこの子と同じ…無垢な存在だった。 なのに…環境のせいでひねくれた。 環境のせい? それとも…血のせい? オレは携帯電話を取り出すと、耳にあてて、電話口の呼び出し音を聞いた。 「もしもし?ふふ、うん。久しぶりだね?ねえ…ところで、措置入院させていた結城さんの意識が戻って、ずいぶんしっかりと話せるようになったみたい。森って言う弁護士が彼の傍に居て…依冬を脅したみたいだ…。ねえ?どこの病院に居るのか…教えてよ。」 オレがそう言うと、電話口の相手は、う~ん…と答えを渋った。 「もう、湊くんの真似はしないよ…。オレのままで…彼にちょっと面会に行きたいんだ。ね?良いでしょ?田中のおじちゃん…」 電話の相手は、田中刑事… 以前、桜二の湊くん殺しを揉み消して貰った…名古屋に居た頃の、オレと兄ちゃんを知っていた人… オレの、お父さんみたいな人。 電話口の田中のおじちゃんは、う~ん…う~ん…と何度も唸ると、やっと、話した。 「シロ君…?結城は危険だよ。物理的にじゃない。頭はおかしいけど…切れ者なんだ。だから、弱みを見せたら…それを突破口に何をしてくるか分からない。そんな相手に何の防御も無い状態で、会わせる訳にはいかないよ?それに彼は警察に拘留されてる身だからね…。自由には会えないんだよ?」 ふふっ!この田中のおじちゃんは…とぼけた印象の癖に眼光鋭い人で、刑事ドラマなんかに出てくる“仏の~”みたいな…枕詞が付きそうな人なんだ。 「あぶっ!あぶぶっ!だっだ!」 オレが電話に夢中になってると、桜ちゃんが起きておしゃべりを始めた。 自分の手を上に上げて、ぐーぱーして遊んでる! 「あああああ!!可愛い!!」 絶叫しながら桜ちゃんの元に走って行くと、ニヤけた顔のままあの子を見つめる。 どうか…大きくならないで!このまま、綺麗なままでいて! 「…な、なぁに…?びっくりしたんだけど…おじちゃん、びっくりしたんだけど…」 電話口の田中のおじちゃんはそう言うと、オレの近くで漏れ聞こえる赤ちゃんの声に気付いて言った。 「シロ君、とうとう性別を超越して…産んだの?」 「あはは…違う。さっき、家の前に置かれていたんだ。可愛いよ?」 オレがそう言って笑うと、田中のおじちゃんは電話口で静かにポツリと言った。 「…ほほ。これから…お宅に伺おうかな。」 ふふっ! 「桜ちゃん良かったね?ひいじいちゃんが会いに来てくれるよ?ふふっ!」 田中のおじちゃんと電話を終えると、桜ちゃんのおむつを交換してベビースリングの中に入れて、一緒に軽いストレッチをする。 「良い負荷だ…。丁度良い負荷が掛かってるよ?桜ちゃん!」 オレが笑顔でそう言うと、桜ちゃんはぼんやりとオレの胸を撫でてポカンとした。 …お母さんと違うから、不思議なのかな… ピンポン… 電話を切ってすぐに、田中のおじちゃんはオレの家に遊びに来た。 田中のおじちゃんは部屋に上がると、キッチンに置かれた哺乳瓶を手に取って言った。 「…ほほ…この子は誰の子なの?こんな…面倒見始めないで、警察に届けなさい?誘拐なんて言われたら、シロ君が不利になるよ?」 不利? おかしいね…愛してるだけなのに、不利になるだなんて… 玄関に置かれたベビーカーを見て首を傾げて、哺乳瓶を消毒する入れ物を見て、首を傾げて…このままだと、田中のおじちゃんの首が取れちゃうよ? そんな彼を見てオレは左手の薬指を見せて言った。 「おじちゃん?オレね…結婚したんだ。」 お父さん代わりの彼に言うのを忘れていたんだ。だからこの機会に伝えた。 田中のおじちゃんは目を丸くしてオレの指輪をまじまじと見つめると、オレの顔を見上げて言った。 「だから、子供が欲しくなっちゃったの?!」 ははっ!早合点のお馬鹿さんだ! それに、結婚したからって…みんながみんな、子供が欲しい訳じゃない。 赤ちゃんは尊いよ? でも、桜二や依冬の様に…苦手な人もいる。 オレもそうだったから、良く分かるんだ。 “子供”は…予測不能で、怖い。 それは、裏を返せば…その人が、とっても優しいという事。 上手に接する事が出来ない不安が…苦手意識になってるんだ。 好きな人もいれば…苦手な人もいる。 それは当たり前のことで…子供が嫌いだからって、その人が”悪“な訳じゃない。 オレは田中のおじちゃんを見つめて口を尖らせると、首を横に振って言った。 「結婚したからって…みんながみんな、子供が欲しいと思うのは古い考えだよ?オレはね、子供だけ欲しいんだ。」 そう言うと視線を下に落として、胸の上でクッタリと甘える桜ちゃんに、悩殺される! 「はぁあああ…!」 「こわいよ…怯えちゃうよ。」 田中のおじちゃんは興奮するオレに怯える様に距離を取ると、部屋を散策し始めた。 あぁ…オレだけの、桜ちゃん。 オレがお世話しないと、死んじゃう桜ちゃん… 萌える。 こんなに無防備で…こんなに小さくて…こんなに可愛らしい存在。 うっとりするよ… あなたは、この世で一番美しい…!! 「ところで…結城の話だけど、森という弁護士はなかなかやり手だよ。検察の証拠で十分立件できる状況だけど、どの穴を付いて来るのか予想も出来ない。だからこそ、シロ君が結城の周りをウロチョロするのは得策じゃないんだ。おじちゃんの言ってる事、分かるだろ?」 田中のおじちゃんはそう言うと、ソファに腰かけて部屋を見渡して言った。 「すっごい、おっきいお家だね?都内の一等地に…この広さのお家。普通なら社長さんが住むようなお家だよ?あ…依冬君は、社長さんか…」 顎を指で挟みながらそう言うと、座ったソファの手触りと、目の前のローテーブルの手触りを確認してる。 「ふふっ…依冬が買ってくれた。オレも500万円、出したけどね…」 3億を考えると…ゴミみたいな値段だけどね。 「その子は…誰の孫なの?」 ローテーブルに置かれたメッセージカードを手に取って眺めると、田中のおじちゃんがそう聞いて来た。 オレは桜ちゃんの無垢な瞳を見つめて言った。 「桜二…」 「ええ!あの年で…おじいちゃんなの!?」 そうだ…若気の至りなんかじゃ済まない。 女の人に全てを押し付けて、自分はのうのうと生きて来たんだからね? そんなクズが好きだなんて…やんなるよ。 「ほほ…シロ君は、外人と結婚したの?」 リビングに大量に置かれた花の鉢。そこに添えられた英語のメッセージカードを見つめながら、田中のおじちゃんがそう言った。 ふふっ!面白いだろ? 彼は現場の状況から情報を得て、犯人を検挙する、刑事さんだ。 だから職業病の様に、オレの部屋に置かれた物から様々な情報を得てる。 そんな観察眼があるから、いちいち話す手間が省けてらくちんだ。 「違うよ。日本人だけど…イギリス国籍なんだ。」 オレがそう言うと、田中のおじちゃんは口を開いて驚いた顔をして言った。 「ほほ…桜二さんじゃなくて、その人と…結婚したんだね?」 そうだ。 オレは桜ちゃんのほっぺを指でナデナデすると、クスクス笑って言った。 「桜二とは結婚なんてしなくてもずっと一緒に居られる。その人は、こうやって繋がないとダメな人なんだ。それに、その人の元恋人に“二度と世に放つな!”って言われたからね…。縛り付けてんのさ。」 オレはそう言うと、桜ちゃんを床に寝かせて寝転がって遊ぶおもちゃを動かした。 「ねえ?見て?とっても可愛い…!手を伸ばしてる!」 そう言ってほほ笑むと、田中のおじちゃんはオレの隣に座って一緒に桜ちゃんを見下ろした。 「この子の…お母さんを探さないとな…」 そう言って携帯電話で誰かに連絡を始めた。 話の内容から…それが児童相談所だと分かって、胸の奥がチクリと痛くなった。 「信用出来ないよ…そんな奴ら…」 桜ちゃんを見つめたままオレがそう言うと、田中のおじちゃんはオレの頭を撫でた。 兄ちゃん… 電話を終えると田中のおじちゃんは、オレの顔を覗き込んで言った。 「この人は良い人だよ?おじちゃんは何度も会った事がある。責任感もあるし、実行力もある。あまり、構えずに…この子をお願いしたら良い。」 「嫌だね…。女だったら…家に入れないで追い返すから…」 引きつった顔を隠しもしないでそう言うと、田中のおじちゃんを見つめて言った。 「児童相談所なんて…本当に救いの手が必要な所を無視して…こういうどうでも良い案件に目くじらを立てる、馬鹿みたいな奴らしかいない。オレ、思うんだよ?本当に子供を助けたいって思うなら、職員募集の要項に被虐待児である事を条件のひとつにしたら良いのにって…。虐待も受けた事が無い奴らが、虐待を受けてる子供の気持ちなんて分かる訳無い。机上の空論で語るから…見当違いの対応しか出来ないんだ。つまり、能無しの用無しなんだ。」 オレがそう言うと、田中のおじちゃんは悲しそうに眉毛を下げて言った。 「この人は…大丈夫。おじちゃんが保証するよ…」 「ふん…」 おもちゃからぶら下がる小さな鏡に手を伸ばす桜ちゃんを見つめて…下唇を噛み締める。 兄ちゃんを誑かした、あの女がいた児童相談所… 働いてる奴の程度が知れてるよ。 そんな奴らに何かを頼んで…上手く行くと思えない。 ドロドロとした怒りの感情を取り繕うように、桜ちゃんの頭を撫でて言った。 「ねえ…この子を連れて、結城さんの所に行きたいんだ。」 田中のおじちゃんは、そんなオレの言葉にすぐに首を振って言った。 「ダメだよ…あいつは情に絆されるような奴じゃない。その子も危険になるかもしれない。だから、ダメだよ。」 そうかな… 本当に、そうかな… 「…ちょっと、電話を掛けるね…」 そう言うと田中のおじちゃんは携帯を取り出して、どこかに電話を始めた。 一瞬表示された電話番号を頭の中に記憶すると、オレは桜ちゃんを抱っこしてキッチンへ向かった。 引き出しの中…桜二の買い物用のメモ帳に電話番号を書くと、田中のおじちゃんを見て言った。 「…コーヒー飲む?」 彼はコクリと頷くと、結城さんが入院している病院の看護師と話し始めた。 …病院。 「だっだ…だっだ…ぶぶぅ~!」 そんな可愛い声を出してオレのほっぺをペチペチ叩く桜ちゃんに、連続のキス攻撃をする。 「ん~~!桜ちゃん!チュチュチュチュ~!」 「きゃっきゃっ!きゃっきゃっ!」 可愛い… 児相なんかに渡さないよ。桜ちゃん… この子が大きくなって桜二みたいになったとしても…可愛い 兄ちゃん…? オレの事、よく、こうして抱っこしてくれたよね…? どこに行くにも、一緒に連れて行ってくれたよね…? そこに…変な感情なんて、当時は持っていなかったでしょ? あんなものを見せられて…おかしくなっちゃったんだよね…? そうじゃなかったら、軽蔑するよ。 こんなに無垢な存在に欲情するなんて、それは、もう… 病気だ。 死んだ方が良い、病気。 「はい、どうぞ?」 ダイニングテーブルにコーヒーを置くと、嬉しそうに目じりを下げる田中のおじちゃんにそう言った。 彼の向かいの席に腰かけると、桜ちゃんがテーブルをバンバン叩く中、言った。 「…もう少し、この子と…一緒に居ても良いでしょ?」 オレの言葉に表情を曇らせると、田中のおじちゃんはコーヒーを啜って言った。 「…明日、児童相談所の人が来るから、その人にそう話してごらんなさい。おじちゃんの知り合いの人だよ…?シロ君、その子の事を思うなら彼を信用してみて?」 はぁ… 無理だよ。 田中のおじちゃんと久しぶりに話して、変わらない優しい彼に安心する。 この人はオレの小さい頃からを知ってる人…兄ちゃんとオレを知ってる人… そんな彼の言う事を聞けないなんて… どうしても、児童相談所に…激しい嫌悪感と反発心を抱いてしまうんだ。 「ほほ!こりゃまた、良い男だね?」 勇吾とオレの結婚式の写真を見せると、田中のおじちゃんは自分の携帯で写真を撮って言った。 「ほほ!どこかで会った時、すぐに挨拶出来る様に覚えておくよ?」 怖いよ… ついでに田中のおじちゃんに家の前に集まる“ゴシップ誌の記者”の話をして、家周辺の見回りを強化して貰った。 こんな時、こういう知り合いがいるのは便利だね? 「またね?」 玄関先まで見送ってそう言うと、田中のおじちゃんは真剣な表情をして言った。 「…シロ君、結城の事はおじちゃんに任せて?」 それがまるで、念を押す様で… だから、オレは彼の目を見て言った。 「…分かった。」

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