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第19話
18:00 スーパーマーケットにやって来た。
明日からお仕事が始まる。ゆっくりして居られるのも今日までだからね…
色々迷惑をかけてしまった桜二と依冬に…ご馳走を作ってあげようと考えたんだよ。
…本当は、何もしないで、部屋に居るのが怖かった。
また、自分勝手な兄ちゃんを頭の中で作り上げてしまいそうで…怖かった。
「さて、何を買って行こうかな?」
気分を一新して買い物かごを手に持つと、体に良さそうな野菜と、ウインナーとハムと、牛肉を入れて…最後に卵を1パック買った。
「これで、ふたりご馳走を作ってあげよう!」
献立?
そんなの考えてない。
だって、オレは料理なんて…得意じゃないんだ。
桜二の様に献立を考えながら買い物をするなんて芸当、出来っこないよ。
ある物で…何かを作るんだ。クリエイティブでしょ?ふふっ!
買い物袋を引っ提げて意気揚々と家に帰って来ると、キッチンに立って桜二のエプロンを付けた。
これを付けると、なんだか料理が出来る気がしてくるんだ。
「さてさて…ウインナーを切るのは気持ち悪いから、そのまま入れてみよう。」
野菜を水で洗って適当に切って鍋に入れると、ウインナーをボトボト入れて煮込んだ。
「ふふっ!ご馳走だ!」
そう言って体を揺らすと、桜ちゃんの哺乳瓶が入った消毒の入れ物を見つめて、時計を眺めた。
桜ちゃん…今頃、ミルク飲んでるかな…
寂しいって…泣いて無いかな…
ジューーー!
凄い音を立てながら煮込んだ物が、鍋から溢れて吹きこぼれていく。
「あっ!なんだ!どうした?!」
我に返って慌てて火を止めると、それ以上煮込むのが怖くなって…そのまま放置する。だって、また、吹きこぼれたら怖いじゃない…!
「…次は、ハムを使ってご馳走を作ろう!」
気を取り直してそう言うと、適当に切った野菜をハムでクルッと巻いてお皿に並べていく。これは火を使わないから、安心安全だ。
「わぁ!イタリア料理みたいだね?」
そう言いながらキレイにお皿に並べていくと、バタンと玄関の絞まる音が聞こえた。
「ただいま~…あれ?シロ…桜ちゃんは?」
大きな荷物を抱えて部屋に入ると、依冬はそう言ってリビングを見渡した。
「桜ちゃん…児童相談所に行った…」
オレはそう言うと依冬の胸に顔を付けて事の顛末を話して聞かせた。
お母さんが毎朝来ていた事も、今日…家に上げて、話した事も…その後、恵さんに桜ちゃんをお願いした事も、すべて話した。
「そうか…。滑り台、買って来たのに…残念だな。」
依冬は大きな荷物を床に置いてそう言うと、オレの体を抱きしめて言った。
「落ち込んで無いの…?」
「落ち込んでる…。でも、勇吾が…お母さんも、あの子も…全て落ち着いたら、また、仲良くすれば良いって…良い事を教えてくれたんだ。だから、また会えるって…また、お世話出来るって、そう思って…やり過ごしてる。」
彼の買ってきた段ボールに描かれた滑り台の絵を眺めながらそう言うと、依冬の顔を見上げて言った。
「依冬?今日、結城さんが…笑ったよ?」
「え…」
驚いた様な、怯える様な、そんな表情をしてオレを見下ろす彼に、結城さんがただのジジイだって教えてあげる。
「オレの頭をナデナデしてくれた…。言う事は意地悪でも…意外とニッチな笑いのツボを持った変なジジイだった。オレは彼の事、全然嫌いじゃないよ。」
むしろ、色っぽいなんて思って…そそる時もあるくらいだ。
「…一体、いつ会いに行って…何をしてるのさ…?ダメだよ。危ない人なんだから。近づいちゃダメだ。」
困惑しながらも、いつもの様に深くまで聞いて来ない彼に…“もっとやって”という意図を感じて、口元が緩んでいく。
そうだろ?
最初から…オレに任せておけば良かったんだ。
依冬は、お馬鹿さん。
大好きなあなたの為なら、オレは何だってやってあげるのに…お馬鹿さん。
ふふっと鼻で笑うと、彼の胸を撫でながら吹きこぼれたお鍋を指さして言った。
「あれ…どうしたら良い?」
自分の部屋で着替えを済ませると、腕まくりしながら依冬がキッチンへと戻って来た。
「…なんだろうね、この料理は…なんだろうね?」
ハムの野菜巻きを眺めてそう言うと、オレが吹きこぼしたお鍋に再び依冬が火をつけた。
「蓋を開けてれば吹きこぼれないんだって…お料理の達人が言ってた気がする。」
そんなどこで仕入れたのか知らない情報を鵜呑みにして…
知らないよっ!?
本当に吹きこぼれないのかな…?
首を傾げて鍋を見つめる彼を横目に見ながら、オレは生野菜をバリバリ千切って、お皿に乗せて言った。
「サラダが出来た!」
「えぇ…なんか、汚いね。どれもこれも、美味しそうじゃない。逆に、珍しいよ。」
酷いじゃないか!
洋風ポトフ風スープと、野菜をおしゃれにハムで巻いてるのに…!
「依冬には、こういう美的センスが備わってないんだよ。だから、これを“汚い”とか“美味しそうに見えない”って言うんだ。桜二なら分かってくれると思うよ~?」
そう、洗練された人にしか分からないセンスなんだ。
バタン…
玄関が閉まる音がすると、オレと依冬に見つめられながら桜二が部屋に入って来た。
床に置かれた滑り台の段ボールを足で脇に避けると、ダイニングテーブルに乗ったご馳走を見て瞳を細めた。
「お帰り~!」
そう言って彼に自慢のご馳走を見せつける様に両手を広げてポーズを取ると、にっこりと笑って言った。
「見て?オレが夕飯を作ったんだよ?偉いだろ?」
「ふふ…ご馳走だね…」
桜二はそう言うと、ネクタイを緩めながら着替えをしに自分の部屋へと入って行った。
「ほらね?」
得意げに依冬を見つめてそう言うと、眉を下げてクゥ~ンと泣く彼の両頬を撫でて言った。
「依冬は、このポトフを最後まで担当するんだよ?」
オレの言葉に、依冬はマンネぶりを発揮して、体を揺らして言った。
「ええ~…やだよ。ビールを持ってソファに行きたいんだ。」
もう…やんなるね?
一番のマンネ…桜ちゃんが居なくなった途端に、生き生きと駄々をこね始めるんだもの。
「じゃあ良いよ!お兄さんが全部やるから、良いよ~だっ!」
そう言ってビールを手にキッチンを出て行く彼のお尻を連続で叩くと、グツグツ…と、今にも吹きこぼれそうなお鍋を見つめて口を尖らせる。
「どれ…俺も手伝おうか…」
部屋着に着替えた桜二は、腕まくりをしながらキッチンへ来ると、オレの取れかけのエプロンの紐を縛り直してくれた。
…良かった。桜二が手伝ってくれるなら、食べられる物になりそうだ…
ほっと一安心すると、彼の背中に抱き付いてふざけて言った。
「桜二…桜二?後で、ミルクを飲んで?オレのぽっかりと空いた穴を埋めてよ。」
「ぶふっ!」
ソファでビールを飲んでいた依冬が盛大に吹き出すと、桜二はオレを背中に乗せたままクスクス笑って言った。
「ちょっとだけよ~…」
わあ…!やった!
「…これの、味付けした?」
鍋の中を覗き込むと、オレのお尻をポンポン叩いてそう聞いて来るから、オレは彼のお腹をナデナデして答えた。
「何も…?」
「そう…」
彼はそう言うと、テキパキ動いてオレのポトフに自分好みの味を付けていく。
あなた色に染まるって…こう言う事?
「桜二がオレの料理を次々とファックしていく…」
彼の背中に頬ずりしながらそう言うと、桜二は楽しそうに声を出して笑った。
可愛いでしょ?この子はオレの物だよ?
桜二にベタベタしていると、ソファでテレビを見ていた依冬が大きな声を出して聞いて来た。
「シロ?お店いつからなの?」
「明日から~!」
「え~…また、急だな…」
ポツリとそうぼやくと、依冬はビールを一口飲んでテレビをぼんやりと眺めた。
「やっとか…」
桜二はそう言って振り返ると、オレのお腹を撫でて、眉を下げて言った。
「あぁ…太っちゃったね?」
ええ?!
「そんな訳ない!」
こういう意地悪なところ…ほんと、誰かにそっくりで…嫌になっちゃうよ?
でも、大好きな所でもあるんだ。
兄ちゃんも…こんな風に、すぐ、ふざけて話す人だったから…
桜ちゃんが居なくなった家は、前と同じ様に、オレと桜二と依冬の三人暮らしに戻った。それは少し寂しくて、少しだけ、ほっとした…
過去のトラウマは、幼い頃の自分を受け入れて…自分を大事に出来る様になれば、克服出来る物だと思っていた。
…でも、それは間違いだった。
落ち着いていた心が“児童相談所”というキーワードに…過剰に反応する事が分かった…。
オレから、兄ちゃんを奪った女が務めていた仕事であり、幼い頃…何度もお世話になった場所。
“信用できない”
そう思って…否定し続けていたけど、オレでは…桜ちゃんを救う事が出来ないって、分かったんだ。
あの子の幸せを願うなら…参ってる母親…桜二の娘を助ける事が先決なんだ。
恵さんは言った。
オレの信頼を取り戻すためなら…いつ、連絡してくれても良いって…
おかしいよね。
まるで、浮気した男が言うセリフみたいだ…
オレの過去を田中のおじちゃんから聞いたと言っていた。
だからかな、桜二の娘にビビったオレを…彼は優しく宥めてくれた…
自分の母親と、彼女を、同一視したオレを…諭して宥めたんだ。
温かい人だと…思った。
彼なら、信用しても…良いかもしれないって、思えたんだ…
「ご飯、出来たよ。」
見違える様に美味しそうになった料理をダイニングテーブルに乗せる桜二のお手伝いをして、3人分のお箸やお皿を取り出して、テーブルの上に置いて行く。
「あ…これは、このまんまなんだ…」
オレの野菜のハム巻きを指さすと、椅子に腰かけながら依冬が口を歪めた。
…はぁ?どういう事?!
「だったら依冬は食べなくても良いよ!これは全部、桜二にあげる!」
ムッと頬を膨らませてそう言うと、桜二の目の前にお皿を移動させて、彼の顔を覗き込んで言った。
「これ…桜二に。」
オレの頭をポンポン撫でると、桜二は野菜のハム巻きをひとつ摘んでバリバリと食べてくれた。
あぁ…優しいんだ。
「シロ…いつ、アルファロメオにお土産持っていくの?明日お休みだから、乗せてってあげようか?あんなに沢山の荷物、電車で行くのは大変だろ?」
バリバリと音を立てながら桜二がそう言うから、オレは喜んで彼の腕に顔を乗せて言った。
「ホント?じゃあ…東村山まで乗せてって!でも…今、ロメオに会ったら…桜ちゃんの事を思い出しちゃうかもしれない…」
彼の腕に頬ずりしてそう言うと、目の前でどんどん無くなって行く野菜のハム巻きをじっとみつめる依冬と目が合った。
眉を上げて肩をすくめると、依冬は首を傾げてオレに言った。
「思い出したら、何かいけない事でもあるの?」
依冬は野菜のハム巻きを箸で摘んで持ち上げると、パクリと口の中に入れて、斜め上を見ながらバリバリと音を出して食べた。
なんだ、文句言った癖に、結局食べるんじゃないか…!
そんな突っ込みを心の中で入れつつ、桜二の腕を指先でナデナデしながら言った。
「…思い出したら、悲しくなるじゃないか…涙が出ちゃうかもしれない…ね?桜二?」
桜二を見上げてそう言うと、依冬がケラケラ笑って言った。
「シロ?この野菜のハム巻き…意外と美味しかった。バリバリ音がするのが良いね。」
もう!話が嚙み合わないんだ!
依冬は、マイペース過ぎるっ!その上、情緒面での想像力が足らない!本を読むべきだ!
オレは頬を膨らませて依冬を見ると、眉を上げて教えて言った。
「依冬はオレと同じ様に、勇吾が貸してくれた難解な本を読むべきだ!そして、手紙に感想を書いて、オレと一緒に彼に送ったらいい!」
「嫌だよ。」
そう即答すると、依冬は野菜のハム巻きをもう一つ食べて言った。
「ふふ、バリバリする…」
可愛いよ?
可愛いけどさ…
はぁ…
すっごい、可愛いんだ…。
瞳を細めて依冬を見つめると、彼は同じ様にやさしい瞳をしてオレを見つめ返してほほ笑んだ。
…この笑顔は、彼の武器だな…
「ところで、桜ちゃんの本当の名前が分かったんだ…どん吉くんだ。」
オレがそう言うと、桜二はギョッと眉間にしわを寄せてオレを見て、目の前の依冬は箸を落とした…
「ぶふっ!」
「ぐふっ!」
長い沈黙の後、ふたり同時に吹き出すと、桜二はむせて顔を真っ赤にして言った。
「…ゲホゲホ!嘘だろ?!」
「あ~はっははは!どん吉だって!タヌキみたいな名前だ!」
依冬がそう言って大笑いするから、オレは彼の頭を引っ叩いて言った。
「こらぁ!人の名前を…笑うんじゃない!」
オレは笑わなかったよ?
ただ、酷いなって…思っただけ…
涙を流しながら大笑いし続ける依冬を無視して、愕然とする桜二に言った。
「ひどい名前だね…?お前の娘は…鬼のような女だ。」
「やめてよ…俺は会った事もないし、会いたいとも思わないんだ。どうしてシロがこの家に連れ込んだのか、分からないよ…。」
桜二はそう言うと、オレの顔を見て眉を下げて言った。
「もう…この家に入れないでよ…。」
だって…毎朝、家の前に来るんだもの…
言うべきか、言わざるべきか…それは問題ではない…生きるべきか死ぬべきか…それが問題だ…
「…分かったよ?もう…勝手に上げない。」
彼の腕をナデナデしてそう言うと、未だにどん吉の名前で大笑いする依冬に言った。
これからお兄さんが、お前が黙る爆弾を投下してやろう!
「結城さんの弁護士の森さんは、今日、オレに対する暴行で現行犯逮捕されたよ?」
「はぁ~~~~?!」
依冬がこんな大きな声を出しても…もう、驚いて泣いてしまうかわいい子は、いない…
テーブルに両手を着いて立ち上がると、依冬は前のめりになってオレの顔を覗き込んで言った。
「何されたの!いつ?どうして?どこで?」
怒った顔でまくし立ててくる依冬を見つめると、首を横に傾げて言った。
「…誰かが、彼の家族を脅したんだ。動揺した彼が、オレの頬を引っ叩いて、頭を殴った。そこに偶然やって来た、恵さんと、田中のおじちゃんが現場を目撃して…オレが暴行で訴えるって言って…現行犯逮捕して貰った。」
沈黙して動きを止める食卓で、桜二だけがバリバリとオレの野菜巻きハムを食べながら、オレの頬と頭を両手でナデナデしながら言った。
「…可哀想に…」
食事を終えると、手早く片付けを済ませて、オレは哺乳瓶にミルクを作り始める。
そんなオレを依冬が影からこっそり見てる…
知ってるよ?お前は桜二が哺乳瓶を咥える所が見たいんだろ?
最低だな。
人肌に冷ました哺乳瓶を片手に、ソファでくつろぐ桜二の隣に座って言った。
「桜ちゃ~ん!ミック飲みましょうね~?」
そんなオレに眉をひそめて桜二が言った。
「いやだよ…」
なぁんだ!さっき、ちょっとだけよ~って言ったじゃないか!
「男に二言はないだろ?」
そう言って彼を膝の上に寝転がせると、哺乳瓶を口に持っていく。
でも、固く閉ざされた唇には…哺乳瓶の乳首が入っていかない。
真顔でオレを見上げる桜二を見下ろして、口をこじ開けようと両手で顎を掴むと、彼はオレの手を掴んで言った。
「俺よりも…依冬の方が、この哺乳瓶が似合う気がする…」
え…?
確かに…
オレは哺乳瓶を持ったまま首をグルリと回して依冬を見つめて言った。
「よっちゃん…」
「いやだ!俺は…そこまでじゃない!」
ちっ!
依冬はそう言ってリビングの壁に隠れると、顔だけ覗かせて様子を伺っている…
オレが近付いたら…部屋に入って鍵を閉める魂胆だ。
「良いよ~っだ。」
オレはそう言うと、膝の上の桜二を退かして床にぺたりと座った。そして、手に持った哺乳瓶を自分の口に運んで口を開ける。
かぷっ…
全員に逃げられたオレは、仕方なく、ひとりで哺乳瓶を咥えてみた。
「ぷぷっ!」
ビールを片手にテレビを見ていた桜二が、目の端に映ったレを見て…吹き出して笑って言った。
「おいで…おじちゃんが飲ませてあげる。」
マジか…
でも…オレは退かないよっ!?
彼に哺乳瓶を渡すと、膝の上にごろんと寝転がって言った。
「ばぶばぶ!」
「ぶふっ!」
いけない扉を開いた。
それは…赤ちゃんプレイという上級者の織りなせる妙技だ。
「ばぶばぶ!ば~ぶばぶ!」
桜ちゃんを真似してそう言うと、リビングの影から様子を見ていた依冬が近づいて来て言った。
「…アブノーマルだね?」
「早く飲ませてよっ!冷めたら不味いだろっ!」
オレはそう言って桜二の手を掴むと、自分の口に持っていこうとした。
「はは…!まだ、だぁめだよ?もっと可愛くおねだりしないとあげないんだ。」
…赤ちゃん相手に、信じられないよ?
口をかぷかぷするオレを見下ろして満面の笑顔をすると、桜二は哺乳瓶を口に近付けては逸らすという…蛮行に及んだ。
最低だ!
「オレは赤ちゃんなんだよ?そんな意地悪したらダメなんだ!ちゃんとミルクがあげられる優しい依冬に飲ませて貰うもん!返して?いじわる男!」
桜二の手から哺乳瓶を取り上げると、依冬に手渡して彼の膝の上にごろんと寝転がって言った。
「ばぶばぶ!」
「…あぁ、どうしよう。」
そう言って戸惑う依冬の手を掴むと、自分の口の方に哺乳瓶を持って行った。
かぷっ…
哺乳瓶の乳首を咥えると、どん吉がした様に、真上からオレを見下ろす依冬を見つめて、ちゅうちゅう…とミルクを吸って飲んだ。
「…まずっ!」
そう言って乳首を吐き出すと、哺乳瓶を手で退けて言った。
「全然美味しくない!普通の牛乳の方が美味しい気がするよ?」
そう言って体を起こそうとすると、さっきまでの曇った表情を一変させて、目をキラキラさせた依冬がオレを抑え込んで言った。
「シロ…これ、楽しいねぇ?」
ええ…?お前は飲む方だろ?
「ほらぁ…もうちょっと飲んでごらん?お腹、空いちゃうよぉ?」
依冬はそう言うと、オレの口の中に哺乳瓶の乳首を押し込んで無理やり飲ませ始める。
「んんっ!やぁだ!…んっ、も…やだぁ!」
ミルクに溺れながらそう言うと、口端からミルクが垂れて落ちて、依冬の何かを刺激していく。
「はぁはぁ…シロ…なんで、白いのお口からこぼして…お行儀が悪いんだ。ごっくんして…ごっくんしてよ…!」
最低だろ…
いいや、最低を通り越して…どうかしてる。
「溺れて、死んじゃうからやめろよ…」
そう言うと桜二がオレの手を引っ張って救い出してくれた。
「ほら…俺が与えてやろう…」
上から目線でそう言うと、桜二はオレを膝に寝転がして、哺乳瓶を向けて言った。
「おいちいでちゅよ~?」
「ふふっ!んふふ!あ~はっはっは!」
やっぱり彼は、オレの笑いのツボを心得てる。
半笑いの瞳を向けて、彼の与えるミルクに口を付けると、ちゅうちゅう吸って彼を見つめる。
「不味いの…もう、飲みたくないの…」
そう言って哺乳瓶から口を離すと、顔を背けて言った。
「エッチな目で見ないでよ…」
「見てない!それは…シロが俺にエッチな事をして欲しいって事だよ?」
まったく!やんなるね?
ずっとオレの唇を見て、にやけていた癖に!
哺乳瓶を彼から取り上げると、すぐに流しに持って行って残ったミルクを流して捨てた。
「あ~あ!楽しかったのに…」
そんな依冬の言葉は聞かなかった事にするよ?
これ以上彼の性的趣向が増えるのは…オレにとって、良くないもん。
桜二と久しぶりに一緒にお風呂に入ると、桜ちゃんによく似た彼の瞳を見つめて言った。
「桜ちゃん…今頃、どうしてるかな…」
オレのそんな言葉に、彼は首を傾げると適当な調子で言った。
「寝てるよ…?」
嘘つき。
浴槽にもたれてお湯に浸かる彼の体に伸し掛かると、彼の首に顔をうずめて言った。
「桜二…エッチしたいよ…」
「ふふっ…そうだね。ずっとしてないから…俺も、シロを抱きたいよ。」
ずっと…?そうだっけ?
「桜二?オレが桜ちゃんを離さなかった時、お前も…恵さんも、その子はお前じゃないって…そう言ってただろ?あれって、どういう意味なの?」
そう言って彼の胸にお湯をかけると、桜二はオレの背中にお湯をかけながら言った。
「そうだな、俺は、あの時のお前が…まるで…小さい頃の自分を守ろうとしてる様に見えたんだ…だから、そう言った。…恵さん?彼はどうしてそう言ったのか分からない。」
ふぅん…
桜二の体にくったりと体を預けると、彼の耳をぺろりと舐めて言った。
「そうかもしれない…。だから、必死になったのかもしれない。」
「…そうだね。」
自分と重ねて…どん吉を離す事が出来なかった。
手を離したら、また酷い目に合うんじゃないかって…怖かったんだ。
あの子は、オレじゃないのに…
お風呂を出て、いつもの様にふたりで体を拭きあって、彼のスウェットを穿かせてあげる。
「そういえば…勇吾がオレとお揃いのパジャマが欲しいって言ってたんだ…」
オレがポツリとそう言うと、桜二がオレの髪をタオルでゴシゴシしながら言った。
「俺も欲しいよ…」
え…?
猫柄のパジャマ…桜二も欲しいんだ。
「ふふっ!LLサイズがあったら買って来てあげるよ。そうしたら依冬にも買ってあげよう。可愛いって言ってたから、きっと喜ぶね?」
彼の髪をタオルでゴシゴシしながら顔を覗き込んでそう言うと、桜二はにっこり笑っていった。
「…そうだねぇ。」
ふふっ!
どん吉はそれはそれはとても可愛かった。
あの子といると、とっても優しくて…穏やかな気持ちになった。
でも…こうして彼の首に腕を巻き付けて…彼の体に抱き付く事が出来なかったし、彼と裸で愛し合う事も…出来なかった。
「あぁ…桜二、すごく久しぶりに、あなたをまともに感じた気がするよ…」
彼の胸に頬を付けてそう言うと、桜二はクスッと笑って、オレの髪を撫でて言った。
「…俺も、同じだよ?」
リビングに戻ると、依冬が哺乳瓶を弄ってるのを横目に見て言った。
「飲ませて欲しいならそう言って?明日にはしまっちゃうから!」
「…そ、そんな事、思ってないよ~だ!」
依冬はそう言うと、トレーニングルームへといそいそと行ってしまった。
絶対、哺乳瓶に関心がある癖に…!
素直じゃない奴めっ!
依冬と入れ替わる様にキッチンに入ると、グラスに氷を入れてウイスキーを注ぐ桜二に言った。
「肝硬変になるよ?」
「…このくらいで、ならないさ。」
本当?
グラスを持ってソファへ行こうとする彼の手を掴むと、自分の部屋に連れていく。
「…なぁに?何か楽しい事をしてくれるの?」
「ふふっ!優しいママが桜ちゃんを寝かしつけてあげる。」
そう言って部屋に連れ込むと、彼の手に持ったウイスキーを一口飲んだ。
「ん~!ストレートだ!」
そう言って気合を入れると、桜二の体をベッドに押し倒していく。
「あ~、ドキドキ…」
そんな風にふざけて…!
思い知らせてやるぞ!
「桜二…大好きだよ…もう、今日はずっとエッチしてるんだからっ!」
オレはそう言うと、彼の唇をぺろりと舐めて舌をねじ込んでいく。
「ふふっ!寝かしつけてくれるんじゃないの…?」
馬鹿者め!
ニヤニヤ笑ってオレを見上げる彼を見つめると、優しくおでこを撫でて、何度もキスしてあげる。
「…グラスを…置かせてよ。」
ウイスキーの入ったグラスを持ったまま、腕を上げて桜二がそう言うけど…オレは彼を無視して、トレーナーの中に手を入れて彼の胸を撫でていく。
「ふふっ…あぁ…シロ、グラスを…ちょっと置かせてよ…ねえ…ねえ?」
知らないもん。
桜二のトレーナーをまくり上げると、彼の胸に舌を這わせて可愛い乳首を舐めて言った。
「あぁ…桜二のおっぱいから、母乳が出ると思う?」
「あははは!!」
大爆笑した桜二が、オレの背中にウイスキーをこぼした!
「ああ!もう!ばか!」
「あ~はっはっは…!お腹痛い…!」
そう言いながら床にグラスを置くと、オレのパジャマを脱がせながら桜二が言った。
「シロが意地悪するからいけないんだ。だから、こぼしちゃったんだ…」
そう言うと、桜二はオレの首筋に顔を埋めて、ねっとりと熱い舌を這わせながら、背中を抱きしめていく。
あぁ…あったかい。
「桜二…桜二…もっと、ギュってして…」
彼の頬を掴んで自分に向けると、彼の舌を何度も舐めて、絡めて、口の中に引きずり込んでいく。
「ふふっ」
そんなオレのキスを鼻でクスクス笑うと、桜二はオレの頭を掴んで、ねっとりと離れないキスをくれる。
あぁ、あなたは、結城さんに似てる…
だから…湊は、あなたに夢中になったんだ。
だから、オレはあのジジイが…怖くないんだ。
「あぁ…桜二、あなたが触るだけで、とっても気持ちいいのはどうして…?」
うっとりと彼の髪を撫でながらそう尋ねると、桜二はクスクス笑っていった。
「それは…多分、シロが俺の事を愛してるからだと思うよ?」
ふふっ!正解だ…
「どうかな…」
オレはわざと意地悪くそう言うと、体に覆い被さる彼の足に自分の足を絡ませて、もっとひとつになろうとする。
「もう…シロは甘えん坊だね…可愛いったらありゃしないよ。」
そう言って、オレのパジャマのズボンを下げると、大きくなったオレのモノを優しく手で撫でながら、唇で挟んで撫でていく。
「あっ!あぁ…桜二、桜二…お口でして…オレの、お口でして…!」
撫でるような声を出して彼の背中を足で固めると、腰をゆるゆる動かして催促する。
「ふふっ!ほんとに…好きだねえ…」
桜二はそう言うと、オレのモノを口の中に咥えて扱き始める。
その瞬間、堪らない快感が体中に走って、背中がどんどん仰け反っていく…
「ああ…堪んない…桜二、気持ちいっ…!」
高く伸びた腕を頭の上に下ろすと、枕を掴んで快感を感じて体を捩る。
まるで偽りの母性を脱ぎ捨てた、娼婦みたいだ…
「もう…イキたそうだね…?」
そう言ってオレのモノを手で握って扱く彼に、うるんだ瞳を向けて言った。
「うん…イキたい…はぁはぁ…気持ちいの…イッちゃいそうなの…」
桜二はオレを見つめて瞳を細めると、再びオレのモノを口の中で扱き始める。
彼の腕に掴まれた太ももが、彼の手のひらが撫でるお腹が…その全てが、いやらしくて…気持ち良くて…堪らなくクラクラしてくる…
「桜二…イッちゃう!イッちゃうよ!」
腰が震えて限界ギリギリのオレを楽しむみたいに、彼は体のあちこちを撫でてまわして、容赦のない愛撫をオレに与えた。
「あっああ…だめ!イッちゃう!あっああん!!」
我慢なんてしない…イキたかったんだもん…
彼の口の中でビクビクと震えて精液を吐き出すと、ねっとりと舐め回されて綺麗にしてもらいながら放心する…
気持ち良かった~~!
オレには慎ましい母性より…本能のままの…ビッチがしっくりくるのかな…
「はぁ…シロはすぐにイッちゃったね…?」
だって…気持ち良かったんだもん…
拗ねたように唇を尖らせると、彼の唇にキスをして言った。
「ねえ…?桜二のも…してあげる…」
キスしながら彼の勃起したモノをスウェットの上から撫でてあげると、桜二はいそいそとスウェットを脱ぎ始めた。
ふふっ!
…可愛いだろ?ほんと、こういう所が…堪んなく可愛いんだ。
「はい…!」
そう言ってオレのベッドに寝転がると、枕を高くして足を広げた。
「どれどれ…」
そう言って彼の足の間に入ると、彼のモノを手で扱きながら言った。
「どうして?」
「なぁにが?」
「どうして、枕を高くしたの?」
「…良いから、良いから。」
桜二はいつもそうだ…俺がフェラチオしてる所をじっと見てくる…
馬鹿だろ?見やすくする為に枕を高くしたんだ。
彼のモノを扱きながら唇を近づけると、舌を出して下からねっとりと舐め上げてあげる。もちろん、彼を見つめてだよ?
「あぁ…」
そんな桜二の感嘆の声を耳に届けて、彼が大好きなエッチな舌遣いをして、彼のモノをペロペロと舐めてあげる。
「んふ…可愛い…」
桜二君はご満悦の様子だ…
彼の固くなったモノを上に立ち上がらせると、上からゆっくりと口の中に沈めていく。
「あぁ…シロ…可愛い…!」
彼はオレの唇が自分のモノを咥える所が好きなんだ…
だから、たくさんいやらしい音を出しながら、ねっとりと唇を這わせて、キツく扱いてあげる…
オレの口元が見えるように何度もオレの髪をかき上げて、気持ち良くなる度に顔を仰け反らせるのが…めちゃくちゃ可愛い。
「桜二の硬くなってるね?とってもおいしそうだよ?」
そう言って彼の先っぽを舌を押し付けて撫でると、桜二はクスクス笑って言った。
「欲しいの…?」
そりゃあね?…欲しいさ。
「要らな~い!」
そう言って彼のモノを再び口の中に入れると、前に教えて貰った秘儀を使って、彼のモノを舌で激しく絡めて扱いた。
「あっああ…シロ、イッちゃうよ…あぁ…これは、凄い…!」
オレの髪をワシワシ掴みながらそう言うと、桜二はあっという間にイッてしまった。
「ふふっ…可愛い…桜二、可愛いね…」
快感の余韻を味わってるトロけた瞳の彼の頬を掴むと、彼の体に自分の体を這わせてキスをする。
いやらしいキスの音が耳の奥に響いて、熱い吐息を吐き出す彼の唇に食らいついていく。
「シロ…シロ…」
オレの体をベッドに沈めると、桜二がオレの中に指を入れてくる。
「んっんん…桜二、桜二…!ねえ!」
「なぁに…?」
突然、話しかけたオレに、彼は首を傾げてそう言った…
こんな時に言う事じゃないけど…どうしても、伝えておきたかったんだ…
オレは彼を見つめると、ずっと…気になっていた事を、言葉に出して伝えた。
「今日…今日、あなたが…兄ちゃんに見えてしまった。あなたが、兄ちゃんに…見えてしまったんだ…」
そう言って彼の背中に両手を伸ばすと、彼を抱き寄せて言った。
「ごめんね…!ごめんね…!兄ちゃんじゃないのに…あなたは桜二なのに…!兄ちゃんなんて言って、ごめんね…。愛してるんだ…!オレを、許してよ…桜二…」
そう…それが…とっても、嫌だった。
彼を兄ちゃんと混同した事が…信じられなかった。
自分でも、うんざりしちゃうくらい…その事が、堪らなく嫌だった。
「なぁんだ…そんな事を気にしていたの…?」
桜二はそう言ってオレの頭を撫でると、沢山キスをしながら言った。
「確かに、久しぶりだったね…」
彼の言葉に瞳を歪めると、悔しくて…涙が頬を伝って落ちて行く…
そうだよ…
もう、桜二の事を”兄ちゃん“なんて…呼んではいなかったし、彼に兄ちゃんの姿や、役割や、愛を…求めてなんていなかった。
彼自身を…愛しているんだ。
それなのに…
動揺して、我を忘れて、彼を兄ちゃんと呼んで…縋りついた。
それが、すごく嫌だった…
…いつまでも、愛するこの人に、誰かの代わりを求めてる自分がほとほと嫌になって、自己嫌悪した。
でも…オレにとって、この”自責の念“は、抱え続けてはいけない物なんだ。
黒い塊になって…いつか自分を飲み込んでしまう…。そんなきっかけを、オレは持ち続けてはいけないんだ。
だから、どうしても今、伝えたかった…
愛するこの人と結ばれる前に、きちんと伝えておきたかったんだ。
「嫌だったんだ…。もう、そんな風に思っていないのに…。桜二が大好きなのに…どうして、どうして…ああなってしまうのか…自分でも分からないよ…」
“自分ではどうする事も出来ない”…そんな逃げ道を作りたい訳じゃない。
あの狂気が消えて、まともに戻ったかと思えば…ただ、鳴りを潜めただけ…
そんなの…嫌だ!
オレは、前に進んだんだ。
もう…二度と、あんな風にはならないし、なりたくないんだ。
でも…兄ちゃんも、幼い頃の自分も…自分勝手に作り上げた形の無い彼らに縋って…拠り所にしてしまっている…!
矛盾してるよね…
どうして、手放せないのか…自分でも分からないんだ…
「…分からなくて、良いじゃないか。」
桜二はそう言うと、オレの唇にキスして言った。
「全部、分かる必要はないんだ…それに、あの時、シロはすぐに俺を“桜二”と呼んだよ?きっと、どん吉を取られると思って…パニックになっていたんだ…。だから、俺がお兄さんに見えた…」
「もっと、もっとキスして…」
そう言って指を立てて彼の髪を撫でると、にっこりとほほ笑んでキスをくれる彼の唇を食むように何度もキスをする。
自分の荒くて息苦しいキスに…ひとりで勝手にクラクラすると、彼のくれる快感に体が小さく震えてどんどん頭の中が真っ白に染まっていく。
「桜二…桜二…!」
彼の名前を何度も呼んで、彼の背中に爪を立てて肉を掴んだ。
この人は…兄ちゃんじゃない。
歩くセクシー…セクシーを擬人化した…桜二君だ…
オレの中に自分のモノを挿れると、恍惚とした表情を浮かべながら桜二がゆっくりと腰を動かし始める。
「んんっ!桜二…!来て…来て…ギュっとして…!」
彼の腕を伝って背中まで上ると、彼の肩から背中に手を伸ばして自分の方へ引き寄せて抱きしめて、彼の髪に顔をうずめて、体中が快感に満たされるのを感じた。
…桜二が、好き
ベッドにうつ伏せて寝ると、昨日までどん吉を寝かせていた場所から…甘くて優しい…あの子の香りがした…
「桜ちゃん…じゃない、どん吉…今頃、どうしてるかな?」
事の後…息を整えながらオレがそう言うと、桜二がオレの背中にキスして言った。
「…夜泣きしてる…」
ふふっ…
恵さん…赤いダブルデッカーのおもちゃ…あの子に、渡してくれたかな?
あの人なら…すぐに、渡してくれたはずだ…
「桜二…ギュってして…」
そう言って彼の胸に顔を乗せると、優しく抱きしめてくれる腕に安心して、瞳を閉じた。
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