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第20話
「シロ…朝だよ。」
どん吉の居なくなった朝は…無理して起きる必要のない朝に戻った。
しかも…今日は、日曜日だ。誰も、早く起きる必要なんてない…
なのに、桜二は、毎日変わらず同じ時間に起こすんだ。
きっと自分の目が覚めてしまうから、オレを道連れにしてる。
きっとそうだって、いつも、そう思ってる…
オレを起こす声を無視して布団の中に体を潜らせていくと、軽いため息が聞こえて…体を持ち上げられる。
どん吉…ミルク飲んだかな…?
桜二によってソファまで連れて来られたオレは、窓から差し込む朝日を見上げてため息をついた…
「どん吉…」
ふと携帯電話を手に取ると、日曜日の朝だと言うのに恵さんに電話をした。
「もしもし…?」
そんなオレを見ながら首を横に振る桜二を無視して、電話口の恵さんの声を聞いた。
「あの…桜ちゃん…元気ですか…?」
「大丈夫ですよ。さっき電話連絡をして確認したところ…昨日、少し夜泣きをしたみたいです。でも、その後は朝までぐっすり眠って、今朝はミルクを沢山飲んだ様です。あのおもちゃも昨日のうちに渡しました。とっても喜んで、すぐに手を伸ばして…嬉しそうでしたよ…」
あぁ…良かった!
「…分かりました…ありがとう…」
そう言って電話を切ると、自分の腕の中にいない桜ちゃん…じゃない、どん吉を思って、涙をポタリと落とした…
良かった…
やっぱり、彼はおもちゃをすぐにあの子に渡してくれた…
彼にとっては普通の仕事のうちかもしれないけど…そんな、些細な事が、とっても嬉しくて…とっても、胸に響いた…
嘘つきじゃない…口だけじゃない…ちゃんと向き合ってくれた。
それが当たり前の事なのかもしれないけど…オレにとっては、それがとっても嬉しかった…
「どん吉…会いたいよ…」
そう言ってソファに横になると、ぼんやりと天井を見上げた。
大きな窓から入る朝日が穏やかな揺らめきを天井に反射させて、まるで木漏れ日の様に見える様子に、口元を緩めて笑った。
綺麗だね…どん吉。
オレの腕の中で朝のミルクを飲んでる時、お前はじっとこれを見ていたの…?
素敵じゃないか…
「アルファロメオにお土産持っていくんだろ…?」
コーヒーをふたつ手に持ってくると、ひとつをオレの目の前に置いて桜二が言った。
「その後は…どこに行こうか…?デートする?500円貯金で貯まったお金で、何か買ってあげようか?」
体を起こして目の前に置かれたコーヒーを一口啜ると、首を傾げて桜二に言った。
「そうだな…。じゃあ…国立病院まで送って?その後、ジンギスカンを食べに行って…オレのパジャマを買って、店に行く。」
桜二は瞳を細めると、オレの涙を拭って、微笑んで言った。
「…分かったよ。」
ごろんと桜二の膝に寝転がると、まどろみながら彼の膝を撫でて言った。
「結城さんは…桜二に似てた…。性格は依冬似かなと思ったけど、あなたにそっくりだった。だから、オレはあの人が嫌いじゃないよ…?」
オレがポツリとそう言うと、桜二はオレの髪を撫でながらコーヒーを飲んで言った。
「シロ…?結城と仲良くなって、その後、どうするの?」
へ…?
彼の膝を撫でながら、その質問の答えを考えあぐねる。
結城さんを優しいジジイに変えて…依冬と桜二が彼の存在を怖がる必要がない状況を作る。それが目的だ。
でも、その先の事なんて何も考えていない…
でも…
でも、
「そうだな…あの人が死ぬまで、オレが面倒見てあげるよ?」
「ぷぷっ!ふふふっ!あふふふ!」
オレがそう言うと、桜二はソファに仰け反って大笑いし始めた。
オレが本気で言った事にいつも彼は大笑いをするんだもん、嫌になっちゃうよね?
揺れる膝に頭を乗せたまま、大笑いする彼の鼻の穴を眺めていると、桜二がひぃひぃ言いながら言った。
「俺の事も、死ぬまで面倒見てよ…」
笑い涙を目じりに溜めてそう言うから、オレは一緒になって笑って言った。
「ふふっ!あはは!…それは、どうかな?」
「なぁんで!どうして?」
桜二はそう言うと、割と本気でショックを受けた様に唇を尖らせた。
ははっ!おっかしいね?
だって、オレは桜二より先に死ぬつもりだもの。
素敵な彼の介護なんてしたくない!
ギコギコギコギコ…
500円貯金の貯金箱を缶切りで開く桜二を横目に、彼の作ったお味噌汁を飲んで言った。
「いくら貯まった?」
「…ん~、この貯金箱がいっぱいになると、50万円になるんだって。…だから、きっと…30万くらいかな?」
気が早いんだ。いっぱいになる前に開けたんだ!
卵焼きを箸で摘まむと、10枚ずつ目の前で並べ始める桜二に言った。
「五千円…一万円…一万五千円…二万円…」
お金を数えるのは得意なんだよ?ふふっ!
「ん~~!美味しい!やっぱり桜二の卵焼きは美味しいね?これはお店を出すべきだ!そうだ!うちのお店の前に露店を開けば良い!ストリップを見に来る客に、卵焼きを売りつけるんだ!“チップでも買えます”って書いておけば…きっと、儲かるぞ?」
オレがそう言うと、桜二は鼻で笑っていった。
「卵焼きの機械を買ってくれるなら悪くないけど…俺は具合の悪い時も卵焼きを焼くのなんて御免だね?自営業なんて休みなしじゃないか。シロに焼いてあげるのは良いけど…他人に焼くのは嫌だね。」
ふぅん…
彼の500円玉のタワーが62個出来るのを眺めながら卵焼きを食べ終えると、ごちそうさまをしてお茶碗を流しに持って行った。
「ねえ?アルファロメオに連絡しておきなさいよ…」
桜二は手際よくお茶碗を洗うと、背中にまとわりつくオレにそう言って足で小突いて来た。
「アルファロメオじゃない…ロメオだ。」
そう言って彼の背中を叩くと、自分の携帯電話から陽介のお母さんにメールする。
凄いでしょ?
オレは人妻の連絡先を知ってるんだ。ふふっ!
“お母さん、今日、ロメオにお土産持って行っても良い?”
「桜二~、桜二~、今度、卵焼きをいつもの3倍用意してよ~。朝から贅沢したいよ…ねえ、ねえ…!」
いつもの様に彼の背中に引っ付いて甘ったれていると、陽介のお母さんからメールの返事が返ってきた。
「ん~、なになに?」
“シロちゃん、良いよ。ついでに陽介と結婚してみる?”
「あ~はっはっは!この家は、ほんと…みんな面白いんだ!」
そう言って大笑いすると、オレは再び彼女にメールを書いた。
“やったぁ!大体…10時くらいにピンポンするね?あと、オレはもうイギリスで結婚しちゃったんだ。だから、陽介とは結婚できない。重婚ってやつになっちゃうからね?”
「それ…送るの?」
オレのメールを覗き見していた桜二がそう言うから、彼を見上げて首を傾げて言った。
「何か問題でもあるの?」
「…別に。」
なんだよ?
陽介のお母さんにメールを済ませると、身支度を整えて服を着替えた。
「依冬~?出かけるからね~?」
全然起きない依冬に跨って乗ってそう言うと、彼を馬に見立てて鞭をお尻に入れて言った。
「行けっ!お前は差し馬だろっ!」
ウンウン唸るだけの依冬に跨って、ゆっさゆっさとベッドを揺らしていると、桜二が腕時計をはめながら部屋を覗き込んで言った。
「どっちかって言うと…ばんえい競馬のばん馬だな…」
あはは!確かに、的を得ている!
大きな体と…力強い四肢を持ち合わせてる、可愛い瞳のばん馬…
依冬と同じだ。
「ほら、行くよ…」
桜二に手を引かれて玄関へ向かう。
手には桜二と、ロメオへのお土産…黒いショルダーバック。
どん吉のベビーカーを横目に…靴を履いて外へ出かける。
「あ~!今朝も集まってる!」
そう…それは最近の恒例の光景。
家の前…駐車場に群がるゴシップ誌の記者達だ。
あの中に居た記者のひとりが、桜二の娘だった。
「何もないのに、どうして毎朝来るの?今日は日曜日だよ?あなた達もお休みしたら良いのに…」
気の毒に思ってそう言うと、記者のひとりがオレにグイグイっと近づいて来て言った。
「昨日、連れ込んだ女性とは…どんなご関係ですか?」
「例えば…あなたの部屋に次から次へと違う女が出入りしたとするよ?それを、どんなご関係ですか?なんて、聞かれてさ…馬鹿正直に、あなたなら答えるの?よくも知らない人と話しちゃダメだって…兄ちゃんに言われてるし、もう行くね?」
助手席のドアを開いて待っている桜二のもとへ行くと、車に乗り込んでシートベルトを付ける。おもむろに出した携帯電話で、昨日撮影した画像を勇吾にメールで転送した。
“この人たち、日曜日なのに今日も来てる!面倒臭い。もう、そろそろ、何とかしてよ。”
そんなメッセージと一緒に送ると、運転席に座った桜二に言った。
「彼らも…誰かの子供で、誰かの親なのかな…?」
「さあね…」
流れていく景色を眺めながら桜二の運転で東村山までやってくると、彼は陽介の家の前に車を停めて言った。
「ド田舎だな…」
「自然の残った、東京都だよ?子供が遊ぶにはこのくらいの方がちょうど良いんだ。人工物ばかりの都会より、土のある場所の方が良いに決まってる!」
首を横に振り続ける桜二を無視して車を降りると、呼び鈴を押して玄関が開くのを待った…
ガチャリ…
ゆっくりと開いた玄関を覗き込むと、ジト目を向ける陽介が顔を出した。
「ん?おはよ?」
「…シロ!俺と結婚するんじゃなかったの?!
突然振り切った様子で怒ると、玄関の前で地団太を踏みながら言った。
「イギリスで結婚って…!彼氏としたの?あの…あそこで、俺をジロジロ見てる、あの人としたの?きーーーー!許せない!」
「違うよ…もう、何をそんなに怒ってるんだよ…。」
朝の玄関先…大暴れする陽介を宥めようとしていると、玄関が再び開いてお父さんが顔を覗かせた。
「お、お父さん…!おはよう。陽介が怒ってるの、どうしてなの?」
縋りつく様にそう尋ねると、彼は陽介同様、ジト目をオレに向けて言った…。
「いつ、だれと、結婚したの…」
はぁ…
何とか家にあげてもらうと、今度はしくしくとダイニングテーブルでウソ泣きをするお母さんに出くわした。
「あ…お母さん、おはよう…」
オレがそう声を掛けると、お母さんは涙の出ていない瞳を向けて“しくしく”と口で言った…
「シロたんが結婚したから、兄貴とおふくろと、親父がさっきから面倒くさくなってる…」
テレビの前で寝転がってそう言うと、三男坊は手元のリモコンでチャンネルを変えた。
微妙な空気になった陽介の家…
オレは三男坊が変え続けるテレビを、ひたすら一緒に見つめた…
やたらと派手な自分の靴下に我に返ると、隣でジト目を続ける陽介に言った。
「あぁ…!そうなんだ、イギリスでね…勇吾と結婚しちゃったんだ。陽介?そもそも、日本では同性の結婚は出来ない。だから、別に…関係ないだろ?」
引きつった笑顔でそう言うと、陽介はウルウルと瞳を揺らして言った。
「なぁんで!あの人なの?なぁんで!も、ばかぁん!」
…どうしたら良いの?
体に纏わり付く陽介をどうする事も出来ないで、畳の部屋に置かれたロメオの元に行くと、しゃがみ込んで可愛いあの子に挨拶をする。
「ロメオ…おはよう。会いたかったよ…。どん吉よりも月齢が小さいのに…ロメオは骨太で…どん吉よりもしっかりしてる。男はね骨太が良い。将来きっと良い体になるよ?お前のお父さんも、なかなか恵まれた体格をしてる。こればっかりは、生まれ持ったものだからね…大きくなってから変えたいって思っても…到底無理なんだ。」
そんな持論を展開しながら可愛いロメオを抱っこすると、力強いキックに、手からこぼれて行きそうになるあの子を両手で抱きしめた。
あったかい…
柔らかい癖っ毛の髪に頬ずりすると、ロメオはオレの頭を叩いて言った。
「たんたん!たんたん!」
あぁ…!
ごめんね…どん吉
オレは赤ちゃんなら、誰でも良いのかもしれない…
そんな風に思ってしまう程に、ロメオの可愛さにクラクラして…すぐにトロけた。
「ロメオ~!うわぁん!」
ポロポロと涙を落としてロメオを抱っこするオレを見ると、陽介ファミリーのおふざけがピタリとやんだ。
「どしたの…?やっぱり、離婚する事にしたの?」
オレの顔を覗き込むと、頬を伝って落ちる涙を指で拭って陽介がそう言った。
暴れん坊のロメオの体を両手でしっかりと抱っこして、首を横に振ると、あの子の背中を撫でながら言った。
「違う…違うの。桜二の、桜二の…孫が、しばらく、家に居たんだ。その子の面倒を見ていたんだけど…もう、居なくなっちゃって…とっても、悲しいの。」
「…ん?」
陽介はそう言うと、玄関を飛び出して桜二を連れて戻って来た。
「まあ!」
途端にお母さんはウソ泣きをやめて、嬉々とした表情で桜二を見つめた。
そんなお母さんに会釈する桜二を指さして、陽介は怪訝な顔をして言った。
「この人の…孫?」
「あぁ…!ちょっと、頂き物の…新茶でも出そうかしらね…?」
突然お母さんはそう言いだすと、しなりしなりと歩いて…チラッと桜二を見て台所へと消えて行った…
「なんだ!?母さん!どうしてそんな歩き方をするんだ!」
お父さんがそう言ってお母さんの後ろを追いかけて、台所へと消えて行った。
ロメオを抱っこしながらポロポロと涙を落とすオレを見ると、桜二は隣に座って肩を抱いてくれた。
「はぁあんっ!良い!」
そんなお母さんの声は…聞かなかった事にするよ…
「桜二?この子がロメオだよ?ねえ…陽介に似た、垂れ目がとても可愛いでしょ?」
「…そうだね、確かに…垂れてる。」
ロメオの顔を覗き込んでそう言うと、居心地悪そうに辺りを見回して桜二が言った。
「…俺は、車で待ってるよ…」
「ねえ?シロちゃんは、その人と暮らしてるの?ねえ…いつも、何して過ごしてるの?…あっ!うふふ…野暮よねぇ~お母さんったら、つい興奮しちゃって、ごめんなさいね~?」
立ち上がろうとした桜二の行く手を阻むと、お母さんは、見た事も無いおぼんに、見た事も無い湯呑を乗せて、桜二の隣に正座して座った。
そして、桜二の前に上品なお皿と湯飲みを出すと、急須を綺麗な手つきで持ってトクトクと鮮やかな黄緑の新茶を注いだ。
「…どうも…」
そうお礼を言った桜二を潤んだ瞳で見上げると、お母さんはもじもじと体を揺らして、畳についた彼の手のひらをそっと撫でて掠めた。
やばい…
お母さんが、桜二に興奮してる…
三男坊が自分の母親の変り様に困惑していると、陽介が彼の目を手で覆って言った。
「うちの母ちゃんを、誘惑しないでくれ…」
何も言えなくなった桜二の代わりに、俯いたまま陽介を見ると小さい声で言った。
「何も…してないよ…」
…そう。
桜二は年上の女性にやたらモテるんだ…本人の意思とは、関係無くね…
「母さん!?父さんだって、そのお茶をまだ飲んでいないというのに!はっ!これは…問題だよ?夫婦の問題に発展するよ?!」
お父さんがお母さんの変貌ぶりに狼狽えてそう言うと、お母さんがフン!と顔を背けてあっちを向いてしまった…
「なぁ!んぁ!なぁんだ!その…お母さん?!」
お母さんの隣に慌てて座り込むと、向かい合って両手を繋いで顔を覗き込みながらお父さんが言った。
「お母さん?お母さんは…いっつも綺麗で…可愛いよ?お父さんだけの、お母さんでいて欲しいなぁ?」
「ふん!この前、テレビの女優さんの方が綺麗だって言っていたじゃない!嘘つき!」
お母さんはそう言うと、桜二を見上げてうっとりとしながら言った。
「素敵よね~…この、胸板とか…この腕とか…この…顔がまた、はっ!良い男!」
「お母さん!お父さんだって、昔は東村山のアラン・ドロンと呼ばれていたんだよ?」
食い下がるお父さんの顔を手で追い払うと、怯え切った桜二の目を覗き込んでお母さんが言った。
「ちょっと影のある瞳も、そそるわね~…あむあむ!あむあむ!うふふ~!美味しそう…!!」
「お母さん!お父さんだって、昔は万引きとか…置き引きをした事があるよ?」
どういう事だよ…
やいのやいの始まる陽介ファミリーのノリに付いていけない桜二は、居心地悪そうにオレを小突いて言った。
「…シロ、助けて。」
ふふっ!
「これ…イギリスのお土産。ダブルデッカーっていう二階建てバスのお土産だよ?このリュックも…可愛いだろ?ロメオがもう少し大きくなったら使ってよ。」
そう言うと、手にぶら下げたままの紙袋を陽介に手渡した。
彼は桜二の顔をジト目で見ると、肩をすくめて言った。
「その年で…孫とか…どゆこと?」
押せ押せのお母さんに圧倒される桜二の背中を撫でると、オレは陽介の膝をポンポンと叩いて言った。
「…まぁ、そういう事だよ。」
「たんたん!た~んたん!」
そんな可愛い声を聞かせてくれるロメオを見つめると、柔らかい髪を撫でて言った。
「ロメオ…?お前は、このお家に生まれて、本当に良かったね?」
…生まれる場所が違うだけで…赤ちゃんのうちから天地の差の人生が始まる。
この子は、ラッキーだ。
そして…どん吉も、ラッキー。
オレと桜二…依冬もかな…この3人は…アンラッキー、ハズレを引いた。
「じゃあ…また来るね?」
そう言って玄関で靴を履くと、瞳を潤ませたお母さんが靴ベラを桜二に手渡して言った。
「あなた…いってらっしゃい!早く帰って来て!夜が…夜が、待ちきれないの!!」
最低だな…
相変わらず、この家族は振り切ってる。
「母さん!?聞き捨てならないよ?!それは…それは、どういう意味なのかな?」
すかさずお父さんがそんなノリ突っ込みをして…場を冗談で収めようとしている。
でも、お母さんの瞳は、冗談じゃない…本気の女の色を付けていた。
あ~あ、ガチの夫婦喧嘩が始まりそうな予感がするよ…?
「じゃ、じゃあね~!」
そう言って桜二の手を引くと、そそくさと陽介の実家を後にした。
これ以上ここにいたら、桜二がお母さんを狂わせてしまう。
忘れかけていた女心を呼び覚ましてしまう!
それって悪い事とは思わないよ。でも、お父さんが可哀想だ…。
桜二と比べられたら…正直へこむ。
そのくらい彼は、とびぬけて色っぽい良い男なんだ。
「もう…桜二が来るからお母さんが発情しちゃったよ?やたらめったら色気を振り撒いちゃダメだよ。」
笑いながらそう言うと、桜二は首を傾げて言った。
「俺は何もしてないよ…?言いがかりだ。」
ふふっ!
何もしなくても醸し出す色気が…年上女性の洗練された嗅覚にビビッと来るんだ。
つまり、オレは彼女たちが興奮する様な、良い男を捕まえたって事だ。
「お腹空いた。病院は…後で良いや。ジンギスカンを食べに行こうよ?」
助手席から運転席の彼にそう言うと、桜二は車を出しながら言った。
「へいへい…」
広い道路をひたすら走ると、窓から外を眺めるオレに桜二が言った。
「…結城は、どのくらい懐いて来たの?」
…懐く?
オレは首を傾げると、顔も向けずに桜二に言った。
「4割…でも、病室の前に警官がいて、なかなか悠長に構えてられない。一気に畳みかける必要がありそうだ。」
「そう…」
オレの言葉に桜二はそれだけ言うと、それ以上、追及してこなかった。
何を企んでるのか、彼にはお見通しの様だ。
だったら、敢えて、オレから言う事は…何もないよ。
オレは桜二の予想の…もっと、上を行くけどね…
桜二とジンギスカンを食べて、彼と一緒にパジャマを買いに行く。
それは普通のデパート…若い女の子が沢山往来するフロアの一角だ…
夏子さんと勇吾が馬鹿にした…チープブランドのお店だよ?ふんだ!
「あ~!新しいの出てるよ?」
オレはそう言うと駆け足で近づいて、水色の可愛い猫柄のパジャマを手に取って言った。
「これにする~!」
同じ柄のピンクのパジャマを手に取ると、店員さんに言った。
「すみません。このパジャマの…LLサイズってありますか?この…この人が着られるくらいの大きさの…」
そう言いながら桜二の腕を引っ張って、店員さんの前に立たせると、彼女は桜二を見上げてぽつりと言った。
「ああ…素敵…」
おや?君はまだ若い女子じゃないか…
きっと、良い男を見る目を持った、選ばれし女子なんだ。
「…少々、お待ちくださいね~。」
そう言われて桜二と猫柄のパジャマを眺めて待っていると、奥の方から店員さんが小柄な体が隠れてしまう程、パジャマを抱えて戻って来た。
「ええっと…こちらの、ブラックと…グリーン…パープルの3色にLLサイズのご用意があります。」
「じゃあ…この、ピンクと水色も合わせて…全部下さい。」
オレのチップで稼いだお金が消えて行く…
でも、なかなか、良い買い物をしたよ?
これをオレの男、全員に着せるんだもの。その光景は、きっと壮観だよ?ふふっ!
「…桜二は、何色が良い?」
オレがそう聞くと、桜二は大きな紙袋を肩に掛けて言った。
「黒~!」
ふふ、可愛い!
フロアを移動すると、今度は子供のおもちゃ売り場にやって来た。
「すみません。この…ポルシェを下さい。」
品の良い女性の店員さんにそう言うと、赤いポルシェの形をしたおもちゃの車を買った。どん吉が遊びに来た時…乗せてあげるんだ。ロメオのBMWと並走するのも、悪くない。
赤ちゃん用のサングラス2個と一緒にお会計を済ませると、桜二に持ってもらう。
「もう…大きいのは持てないぞ。」
そう言った桜二を連れて赤ちゃん服売り場へ向かうと、暖かそうなジャンパーと、可愛いブーツを買って言った。
「これは、きっとよく似合うよ?どん吉の為のブーツだ!」
無駄に大きくて立派な紙袋に入れてもらうと、ピッタリ…オレのチップ貯金がなくなった!
お金って、一度使い始めると“たか”が外れた様に使い尽くしてしまうのは…どうしてなんだろうね?
でもね、使わないなら持つ必要も無いんだ。逆を言えば、使いたいから稼ぐんだ。
だから、手元に集まったら、こうやってパ~っと使い切るんだ!
「もう…凄い勢いで散財したな?」
桜二がぶつぶつ言いながら荷物を車に積み込むのを後ろからじっと眺めると、パジャマの袋を漁って言った。
「国立病院に寄って?彼にプレゼントしてから家に帰る。」
「へいへい…」
彼の車でデパートを出ると、駐車料金がかからなった事に上機嫌になる桜二に…変わらない、彼のケチくそ根性を垣間見た。
「大体…お金を使いに行ってるのに駐車料金まで取ろうと思うやり方が気に入らないんだ。それに、立体駐車場はやたら狭くて、目が回るだろ?気持ち悪くなって来るんだよ?昇ってる内に、違う物が込み上げてくるんだ。」
まったく!
ご機嫌に、饒舌に、文句を言い始めるんだもん。やんなるね?
満面の笑顔で文句を言う桜二に言った。
「世の中のお父さんは、そんな不条理、感じても口に出さないよ?どうしてか知ってる?」
彼の顔を覗き込んでそう言うと、桜二は眉を上げてムカつくひよこの顔をして言った。
「知らないし、知りたくもない。だって、俺はお父さんじゃないからね?」
は~~!やんなるね?
紫の猫のパジャマを手に抱えて持つと、病院の駐車場に停めた桜二の車から降りて言った。
「帰ってる?」
オレの言葉に彼は首を傾げると、煙草を取り出して言った。
「待ってる。」
日曜日の病院は普通診療をしていないせいか、静かだった。
何食わぬ顔をして結城さんの病室の前に行くと、何食わぬ顔をして病室に入って行く。
廊下には警官がいるけど、オレは彼に言ったんだ。
「田中刑事に許可は頂いてます。」
ってね…
きっと、怒られるけど…今は、これがこの病室へのパスになった。
「はぁ…また、来たのか…」
オレの顔を見ると、忌々しそうに眉をひそめて結城さんがそう言った。
「…もう、また来るって言っただろ?ボケちゃったの?」
そう言ってクスクス笑うと、彼のベッドの隣に座り込んで、パジャマを彼の膝に乗せて言った。
「はい、このパジャマ…あなたにあげる。」
「はっ!なんだ、この気持ち悪い猫の絵柄は…!」
酷いだろ…?でも、もう慣れた。
彼の膝に体を乗せると、パジャマの袋を開けて、広げて見せてあげた。
「ほら?可愛いだろ~?」
「どこが!」
そもそも…結城さんは”かわいい”なんて概念、持ち合わせてるのかな?
彼の膝の上で紫のパジャマを畳むと、視線も上げずに、口元を緩めて言った。
「…ねえ?キスしてよ。」
ちょっとだけ顔を上げて彼を見つめると、結城さんはオレを見つめて言った。
「一体、何が目的だ…」
目的…?
ため息をついて肩を下げると、彼の頬を撫でて優しく教えてあげる。
「桜二があなたの大切を奪った…その訳は、あなたに捨てられた、彼のお母さんの無念を晴らしたかったから。依冬があなたに怯えるのは、父親という威厳を捨てて、湊君に男の姿を見せて、みっともなく溺れたから…」
結城さんはオレの言葉を聞いても、動揺なんてしない。
ただ、じっとオレの瞳を見つめてもう一度言った。
「…何の目的で、こんな事をしてるんだ?」
それは、本当に答えを知りたがるような、そんな真摯な瞳に見えた。
オレは彼のそんな瞳を正面から見つめると、にっこりと笑って言った。
「それはね…自分のためだよ。オレは、あなたが嫌いじゃない。桜二と依冬、どちらも愛してる。そんなふたりの父親である、あなたが好きだから…こうしてる。それ以上に…何の他意もない。」
オレがそう言うと、彼は鼻で笑いながらオレの頬を撫でて言った。
「森君がお前への傷害だか、暴行だかで昨日逮捕された。結果的に彼は俺の弁護を出来なくなった。はぁ…あなたが好きだから?他意はない?よくも…まぁ、ぬけぬけとそんな事が言えるな。ふふっ!シロ。本当に、お前は…悪いクソガキだ。」
「…悪いガキは嫌いなの?」
彼の手のひらに頬ずりしながら彼の瞳の奥を見つめてそう言うと、口元を緩めて言った。
「あなたには…このくらいが丁度良いと思ったのに。」
「ふふっ!」
結城さんは瞳を細めて笑うと、オレの唇にキスして言った。
「…確かに、悪くない。」
そうだろ?
オレは緩急が使い分けられる男だからね?
堪らなく色っぽい結城さんの唇をぺろりと舐めると、彼の口の中に舌を入れて、彼の舌を絡めて吸った。
「ねえ…オレがお口でしてあげようか…?」
そう言いながら彼の上に跨ると、自分の服をまくり上げて言った。
「その前に、舐めて…?」
信じられないだろ?
ごめんね…?
オレはこの後、支配人と同じくらいの年の結城さんとそういう事をしちゃうんだけど、見たくなかったら、飛ばした方が良いかもしれない。
だって、きっと、とっても…グロテスクだから…
「とんでもないビッチだな。誰とでも寝る。自分の恋人が恨んでる相手でも、誘惑して、腰を擦り付ける…汚い男娼だ…」
そう言ってクスクス笑う結城さんの髪を撫でると、彼の顔を自分に向けて、熱くてむせかえる様なキスをする。
クチュクチュといやらしい音を出しながら長くてエッチなキスをすると、彼のお腹に自分の股間を押しつけて、擦り付けるように体を捩らせて言った。
「ねえ…オレの…お口でして…?」
「ははっ!とんだ、淫乱だな…」
結城さんは楽しそうに笑ってそう言うと、オレの頭を鷲摑みしてベッドに沈め込んだ。
「乱暴しないで!優しくして!」
そう言って容赦なく年寄りの頭を引っ叩くと、自分のズボンを下げて勃起したモノを彼に差し出していった。
「気持ち良くしてよ…?」
オレに叩かれて髪が乱れた彼は、ギラギラした瞳を髪の合間から覗かせると、ニヤリと口元を歪めて笑った。
ふふっ…ゾクッとするね…すごく色っぽいんだ。
彼がオレのモノを咥え込んで口で扱く間、彼の髪を撫でながら自分の股間に頭を押し付けて、腰を動かして口ファックしてあげる。
「この野郎…!お行儀の悪いクソガキだな…!」
そう言ってオレの頭を引っ叩くと、髪を鷲摑みにして激しいキスをくれる。
なんて…なんて…乱暴で、エロいセックスをするんだ!
依冬と桜二を足して2で割った様な…緩急の使い分けをする。
このジジイが、女を沢山はべらかして、妊娠させて、放ったらかしにしても、女の怒りが彼に向かない理由が…少しだけ分かった気がした。
捨てられた後も、惚れてるんだ…
「ん、もう!叩かないで!ゴリラみたいだな!」
オレはそう言って彼の頭を引っ叩くと、彼の首に腕を絡みつけて抱き寄せて言った。
「挿れても良いよ…?でも、妊娠させないでね?これ以上、悲しい子供を増やしたくないんだ。」
「はは…お前は男で、妊娠なんてしない。だから、俺が中に沢山出してやろう。」
最低だな。
冗談でも笑えないよ。
そんな乱暴な言葉とは裏腹に、彼はオレに優しいキスをするとオレの中に指を入れて気持ち良くしてくれる。
快感に腰が震えてもがく様に足を動かすと、自分の体をオレの足の間に入れてお尻を持ち上げた。
「丸見えだね…いつもこの穴で、誰としてるの…?ん…?」
「…あんたの息子…ふたりとだよ。馬鹿だな…そんな分かり切った事聞くなんて、きっと、もう、ボケたんだ。」
鼻で笑ってそう言うと、オレの足を掴む彼の手を握って言った。
「早く挿れてよ…オレに、ファックしてよ…」
結城さんは呆れたように首を横に振ると、口元を緩めて笑って言った。
「…どうしようもないビッチだな。」
好きに言えば良い。
彼のモノを服の上から撫でると、十分に硬くなって大きくなっていた。
支配人も、この人も、年をとっても現役の人は、老化の影響も何のその…未だに勃起して、使い物になるみたいだ…
彼らには、バイアグラなんて必要ない。EDも、不感症も…関係のない人たちなんだ。
「あぁ…おっきくなってるよ?シロに頂戴よ。」
「ふふっ…」
鼻で笑ってオレの髪を撫で上げると、顔をまじまじと見つめて、悲しそうに眉を下げて結城さんが言った。
「湊…」
「違う、シロだ…」
彼の瞳の奥に歪で歪んだぐるぐるのブラックホールが見えて、彼を飲み込んで行こうとするから、オレは彼に湊くんじゃない…シロを見せて、感じさせて、目を覚まさせてあげる。
「湊…」
力なくそう呟く結城さんの歪んだ瞳から、涙がぽたりと落ちて、オレの頬を濡らして垂れた。
だから、オレは彼の頬を思い切り引っ叩いて、体を抱き寄せて、耳元に口を付けて言った。
「…違う。オレはあんたを誑かして、手玉に取ってやろうって考えてる、悪いクソガキのシロだ…!」
そう言って彼の勃起したモノを手の中に入れると、いやらしく動かして扱いていく。
「はぁはぁ…湊…どして、そんな事するの?」
くったりとオレの胸に顔を乗せて、甘え始めるジジイに言った。
「それはね…オレが、ビッチの男娼の…シロだからだよ。あんたにファックされるんじゃない。あんたをファックしてやるんだ。そしてオレに傅かせてやる。だから大人しく言う事を聞け。」
そのまま彼をベッドに沈めると、勃起した彼のモノを口に入れて扱いてあげる。
おじいちゃんには刺激が強いかもしれないけど、あの凄い秘儀を使って湊君との違いを思い知らせてやる。
彼は、きっと…冷凍のマグロだっただろ?
オレは、新鮮な…かんぱちだよ!
味と粋の違いを思い知りやがれっ!
「あぁ…シロ、お前…そんな…はぁはぁ…あぁ…なんて奴だぁ…!」
さすが、この技は…こんなジジイもイカせる事が出来る絶大なパワーを持ってる!
オレは難なく結城さんをイカせると、彼の精液を手のひらに吐き出してティッシュにくるんで捨てた。
だって、あの中の精子に依冬や桜二が入ってるのかと思うと、気持ち悪くて呑み込めなかったんだ。
彼のまだまだ元気なモノの上に座ると、ゆっくりと自分の中に沈めていく。
「食べちゃうぞ~~!ふふっ!」
そんな風にふざけながら彼を見下ろすと、結城さんは惚けた表情でオレの足を掴んで言った。
「やめて…」
ウケる。拒絶された!
でも、興奮しちゃったオレは止まらないもんね。
彼を完全に中に沈めると、ゆっくりと腰を動かして、気持ち良くなっていく。
「はぁはぁ…あぁ…気持ちい、結城さんの気持ちいよ…」
彼の頬を撫でながらそう言うと、顔を赤くして嫌がる彼にキスをした。
こんな事、あなたの湊くんは…しなかったでしょ?
いつもレイプまがいにあなたに犯され続けていたんだものね…
それでも、あなたの傍から離れなかったのは、そんなあなたを愛していたからかもしれないね…
桜二が現れなかったら良かったね…
辿って行けば…あなたが、彼の母親を…捨てなければ良かったんだ。
自分のモノを扱きながら、彼のモノで気持ち良くなっていく体を仰け反らせると、ベッドが揺れるくらい激しくファックする。
「あっああ!だめ…イッちゃいそう!」
オレがそう言って腰が震え始めると、突然活気を取り戻した結城さんが体を起こして、オレの腰を抱きしめて言った。
「まだ、まだ、イクんじゃないよ…シロ。」
ふふっ!
「だめぇ…だって、気持ちいの…!」
彼の頬に頬ずりしながら甘ったれてそう言うと、結城さんはオレのお尻を鷲摑みして、器用に腰を動かして言った。
「なぁんだよ…」
その一言がとっても色っぽくて、とっても、誰かに似ていて、堪らず体を抱きしめると、彼とキスしながら腰を動かして…どんどん真っ白になっていく。
桜二…桜二…大好き…!
「はぁっ…シロ、イキそう…!」
結城さんはそう言うと、オレの体をベッドに沈めて抱きしめた。
そして、キスをしながら腰を動かすと、短い呻き声をあげた。
オレの中でグンと彼のモノが暴れると、じっとそのまま我慢を始める…
これ…
依冬が10秒我慢出来たって…喜んでたやつと同じじゃないか。
「ぷっ!ぷぷぷ!」
我慢する結城さんが、いつかの依冬と重なって見えて…おかしくて吹き出して笑った。
そんなオレを呆然と見下ろすと、慌てた様に中からモノを取り出して、オレのお腹の上に精液を吐き出して項垂れた。
「あ~はっはっは!」
大笑いしながら彼を抱きしめると、息も整えないで自分のお腹の上の精液を拭きとって、脱いで散らかした服を集めて着直した。
「あぁ…やっぱり、あなたはエロくて最高だね?」
気が済んだオレはそう言うと、彼の部屋に備え付けられた冷蔵庫を開いて、中からプリンを取り出して言った。
「ちゃんと冷蔵庫にしまえた。偉いじゃないか…ふふっ!」
彼のベッドに腰かけてプリンを食べると、足を揺らしながら服を直す彼を見て言った。
「また今度、レイプしてあげるね?」
「はっ!」
そんな風に鼻で笑うくせに、彼は腰かけたオレの背中に頬を当ててくったりと甘えた。オレはそんな彼を無視して、何も言わずにプリンを食べた。
「この前連れてきた、赤ちゃん…。あの子は、あなたのひ孫だ。」
夕方になりかけた窓の外を眺めてそう言うと、彼は変わらずオレの背中に顔を付けたまま、興味無さそうに言った。
「…へえ。」
ガララ…
病室の扉が開くと、田中のおじちゃんが病室に入ってきて、オレ達を見て目を丸くした。
だって…あの結城さんがオレに甘ったれて、ベッタリと体を預けているんだもの。こんなの、いつもの彼を知っていたら、驚くに決まってるよね。
「あ~あ、怒られちゃう。また、明日来るよ。」
そう言って背中の彼を振り返ると、結城さんは視線をオレから外して鼻で言った。
「ふん…」
「またね?」
そう言って彼の唇にキスすると、お利口さんと言わんばかりに頭を撫でてあげた。
颯爽と彼の病室を出るオレは、立派なレイプ犯だよ?
だって、顔を赤くして嫌がるあの人をレイプしたんだものね?
ふふっ!
「…怒る?怒った?」
「…」
首を傾げて田中のおじちゃんの顔を覗き込むと、彼は無言でエレベーターのボタンを押した。
「…昨日の、森弁護士の現行犯逮捕といい…あの結城の変貌ぶりといい…君が絡むと、物事が突然ひっくり返るのはどうしてだ…?」
怒った様に声の調子を変えずに、オレの方を見もしないで、田中のおじちゃんがそう言った。
だから、オレは彼の顔を覗き込んだままニヤリと口端を上げて言った。
「…さあね。」
森さんに関しては…オレじゃない。
桜二の陰湿な嫌がらせが、彼を動揺させただけだ。
結城さんに関しては…まあまあ、予想通りだ。
彼は、オレに落ちた。
身を切って骨を断つって言うだろ?
オレは自分の体を提供して、彼の骨を断った。
ビッチだから出来ること?
そんな事ない。
誰だって出来るさ。
セックスに”愛“なんて、意味を持たなければ良いんだ。
何故かは知らないけれど、男って生き物は、一度抱いた女を自分の物の様に大切にし始めるんだ。
…女にそんな気は無くてもね?
それだけ馬鹿で、愚かな生き物だって事だよ。
もしも、誰も頼る人がいなくて困っていたら、すぐに金を持った適当な男と寝ればいい。
あっという間に勝手にその気になって、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる筈だよ?
…それくらい、簡単に“体”で絆せる生き物だって事。
その思考がビッチだって?ははっ!これは、処世術の一つだよ?
特に女性はこの“武器”が有効に使えるんだ。
妊娠するなんて馬鹿をしない限り、誰も傷つかない一番スマートな解決方法だと思うけどね…?
でも、こんな風に思うのは、きっと、オレの倫理観が人よりも低いからかもしれないね?
あぁ、人はそれを…ビッチと呼ぶのか!ふふっ!
「明日も、来るつもりなの?中で何をしていたの?何か、口裏合わせをしたりしてないだろうね?」
田中のおじちゃんはそう言うと、オレを見つめて眉を下げた。
「何も…?ただ、結城さんが本格的に逮捕拘留される前に、手を打っておきたかったんだ。刑務所に入っちゃったら触れないだろ?だから、今、手を打って、彼の毒牙をへし折っておきたかった。」
オレがそう言うと、田中のおじちゃんはオレの顔を覗き込んで言った。
「とんでもない、馬鹿野郎だ!自分がどれだけ危ない事をしているのか、分かってない!湊君の事件が蒸し返ったらどうするんだ!俺まで大変な目に遭うぞ?」
それは初めて見るであろう…田中のおじちゃんが本気で怒った顔…
自分の保身を平気で語る彼に、そこはかとない正直者を感じてしまうよ。
そうだね、助けてくれた彼を危険な目に遭わせてる。
でも…
オレは田中のおじちゃんの怒った顔を正面から見つめると、眉を上げて言った。
「裁判が始まって、実刑を受けて、結城さんが逮捕されたとしても、依冬や、桜二は…彼に怯えながら生活するんだ。いつ、何をされるのか分からない恐怖を感じて生きていくなんて、そんな思いをさせたくない。それに、あの人は彼らの父親だ。気狂いのジジイより、優しいジジイに変えてあげた方が、良いんだ。」
そう…そして、それが出来るのは…湊に似た、オレしかいないんだ。
彼の心の核に“湊”という見た目で近づいて…オレという毒を注入して…彼の毒を中和する。
毒を以て毒を制すんだよ。
「だから…明日もまた来るよ。」
「…シロ君が結城の周りをうろつくと、捜査にあたった刑事が不審がる。…病院で見張りに立つのは、刑事じゃない…警官だ。しかし、彼らだってあまりに君があの病室を行き来すれば、不審がって刑事に報告するだろう。シロ君?おじちゃんはこの前、1回、助けたよね?もうすぐ定年なんだ。目立った悪い事はしたくない。言ってる意味、分かるだろ?」
ははっ!
分かってるよ。
湊に扮して結城さんと絶縁をした筈のオレが、彼の周りをうろついてるなんて…他の刑事が勘付いたら、せっかく揉み消した昔の事件がひっくり返ってしまう恐れがある事くらい分かってる。
それでも、もう、引き返せない。
ここまで毒を入れたんだ。
…今更、退けないよ
何も言わずに田中のおじちゃんを見つめると、オレはにっこり微笑んで見せる。
そんなオレの態度を見ると、田中のおじちゃんはオレを睨むように見据えて、深いため息を吐いて言った。
「あと1回だ…それ以上は、無理。…良いな。」
あぁ…全く。
優しい人だね?
「十分だよ?ありがとう。」
そう言うと、田中のおじちゃんはいつもと違う…ギラついた瞳をオレに向けて言った。
「…明日、11:00。俺が病室の前の見張りをかって出よう。その時に、全て事を済ませて、それ以降…お前が結城に会うのは、刑務所に入った後の面会の場だけだ。良いな?二度と同じ事は言わない。分かったな?」
よしっ!
彼のギラついた瞳を細めた瞳でかわすと、クスクス笑って言った。
「あったり前田のクラッカーだよ?」
「はぁ~!クソッタレ!」
そんな暴言を吐き捨てる彼に手を振ると、桜二が待つ車へ向かった。
「随分、怒られてたじゃないか?」
助手席に戻ると、桜二がそう言って車を出した。
「…ふふっ!ちょっとだけ、怒られた。でも…見放されてない。ここに来るのも、明日で最後だ。」
オレがそう言って両手を高く上に伸ばすと、桜二はオレを見つめて言った。
「…で、何したの?」
知りたいの?
知らない方が良いと思うよ…?
所謂…親子丼だもの。ふふっ!
「それは…秘密だよ?」
そう言って彼の鼻をチョンと突くと、桜二はキョトンとして首を傾げた。
「シロ…このポルシェ…物置の奥にしまっておくからね…」
そう言いながら、桜二が段ボールに入ったままのポルシェを運び入れるのを見守ると、彼の腕に掛けられた紙袋を手に持ってリビングへ向かった。
ソファの上では、飲んだくれた依冬が気持ち良さそうに寝ていた…。
ビールの空き缶がローテブルに置かれて、出前でも頼んだのか…カレー、唐揚げ、イカの刺身…などなどの食べ残しが置かれていた。
「依冬~!ただいま~?ねえ?パジャマを買ってきてあげたよ?着てみてよ…」
そう言って彼の体を揺すると、むにゃむにゃ口を動かして一言言った。
「…うっさい…」
酷いだろ?
こんな休日のお父さんみたいに、だらしなく昼間っから酔っぱらって寝てる癖に…!
依冬のおでこに何発もデコピンすると、彼の食べ残した唐揚げを食べながら言った。
「全部食べちゃうもんね!お前の大好きな、唐揚げ…!全部食べちゃうもんね!」
そして、袋から出したパジャマを、ソファで眠り続ける依冬にまるで着ている様に乗せていくと、クスクス笑う桜二を見て言った。
「見て?すごい上手に合わせただろ?」
「カカシみたいだな…」
慌ててシャワーに入ると、服を着替えて仕事の準備を始める。
何でかって?
これから久しぶりのお仕事なんだ。
支配人のメールにも書いてあったでしょ?”体を綺麗にしてから来てください“って。
「送って行こうか…?」
「ん、良い。」
そう言うとショルダーバックを肩から下げて、玄関へ向かった。
「行ってきま~す!」
「行ってらっしゃい、気を付けてね。」
そんな言葉を背中に受けて、みんなが家に帰る頃…オレはお仕事へ向かうんだ。
電車で行こうと思ったけど、すぐに諦めてタクシーに乗った。
だって、道路で行く方が早いんだもの…
新宿御苑の前で下ろして貰うと、信号を渡って入り組んだ道を抜けていく。
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