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第21話

18:00 三叉路の店にやって来た。 エントランスに入ると、いつもより綺麗になった店内に目を丸くした。 「すごいだろ?俺の私財を投げ打って…リニューアルオープンだ。」 そう言って胸を張る支配人を見つめると、にっこり笑って言った。 「やっと開店した。もう潰れるかと思ったよ?」 「寝言は寝てから言いな?ばかやろ!」 ふふっ! こんな憎まれ口の応酬はオレと彼にとってはあいさつ代わりだ。 階段をリズミカルに下りて行くと控室の扉を開いた。 ここのセキュリティーは変わらず、ザルだ。 こう言う所にもっとお金をかけて欲しいよ? 「あぁ!楓~!久しぶりだね!」 そう言って鏡の前でメイクをする楓の背中に抱き付くと、オレをジト目で見つめる彼と鏡越しに目が合った。 「どちたの?楓ちゃん…オコなの?」 そう言いながら彼の頬に何度もキスすると、楓はフン!っと鼻を鳴らして言った。 「いつ結婚したのさ!既婚者になったなんて!信じられないよっ!僕がいるのに!信じられない!!」 おかしいね? みんな、そう言って怒るんだもん…! 楓の髪を撫でながらクスクス笑って言った。 「勇吾としたんだ。離れてるから…楓ちゃんが望むんだったら、僕チンは君の相手をしてあげても良いんだよ?ふふっ!」 再びフン!と鼻を鳴らすと、楓は鏡越しにオレにチークのブラシを向けて言った。 「良い!僕は、立派な彼ぴっぴがいるから!シロみたいなふしだらな男と付き合わない!付き合う相手はちゃんと選べって、昔の偉人に教わったんだ!」 あ~はっはっは!ウケるね? 振られた! 肩を揺らして笑いを堪えると、楓の頭をナデナデしてメイク道具を出した。 「さてと…久しぶりのステージで…何を踊ろうかな?」 「ねえ?この前のイケメンと結婚したんでしょ?あの人…イギリスで有名人なんでしょ?沢山、お金持ってるの?」 お金…? ベースメイクをしながら首を傾げると、鏡越しに楓を見て言った。 「知らないよ…。でも、いつもご飯は奢ってもらった。」 「ええ…?大事な事でしょ?」 …え、そうなの? オレは携帯電話を取り出すと、勇吾にメールを打った。 “今日からお仕事です。ところで、勇吾はお金持ちなの?” アイシャドウを瞼に乗せて綺麗なグラデーションを付けると、しょぼいオレの目が少しだけ…魅力的になった。ふふっ! アイラインをがっちり引いて、もっと魅力的に飾り立てて行く。 鏡の前に置いた携帯電話がブルル…と震えて、勇吾からのメールの返信を読んだ。 “とっても楽しみだ!お金はそれなりに持ってるよ。でも、ビーストの方が金持ちだ。” 当たり前だ。 依冬は社長さんだからね… あんなだらしなくて、幼稚で、どうしようもない日曜日のお父さんでも…彼は有名企業の若社長さんだ。 “ふぅん…” そう返信すると、チークを楓にのせてもらって、軽くリップを塗った。 「ん~よしよし。」 久しぶりのメイクをした顔に満足すると、楓を見ない様に鏡を見て何度も頷いた。 化粧映えする顔って言うの?オレは元が地味だから…化粧が良く映えるんだよ? それでも、元が良い楓と並んで見比べる気にはならない。 絶望するからね?ふふっ! 加えて、肌色も白いから…リップを塗らないと、血色の悪い顔になるんだ。 「さて、何を着ましょうかね…」 ぶつぶつ言いながら衣装を選んでいると、エントランスが急に騒がしくなった。 「なんだろ?開店までまだ10分あるのに…凄い賑わいだね?」 楓はそう言うと、オレの脇から長い手を伸ばして綺麗なドレスを掴んで持って行った。 オレにはドレスなんて似合わない。女装がそもそも似合わないんだ。 いつもの様に革の短パンを手に取ると、ふわふわなシフォン素材の白いシャツと…ハードな黒いあみあみのタンクトップを手に取った。 「それに、ごついブーツを合わせるんでしょ?」 後ろから楓に言われて、肩をすくめて言った。 「…だって、このスタイルが落ち着くんだもん!」 19:00 お店に出るためにエントランスへ向かうと、外国人がわらわらとひしめき合って楽しそうに笑っていた。 観光客がまた来たの?すごいね?昨日まで閉めてたのに…よく、ここをスケジュールに入れたもんだ。 「オウ!トキオ!クレイジーボーイ!」 オレは“ときお”なんて名前じゃないよ?シロだよ? 口を尖らせてそう言った男性を見つめると、胸を張って言った。 「マイ ネーム イズ、シロ!だよ?ちゃんと覚えて?」 「フォーーーー!」 なんだ…ちょっと話しただけなのに…こんなに盛り上がるなんて、恐ろしいテンションだな。 「エクスペンシブ チップ プリーズ!」 そう言って愛想を振りまくと、忙しそうにお客を捌く支配人を無視して、店内へと入って行く。 「久しぶり~!」 そんな声をウェイターやホステス、ホストに掛けながら階段を下りていくと、そそくさとカウンター席に座って、いつもの様にそこに立つマスターに言った。 「ビール、ちょうだい!」 「はいよ…」 突然の長期のお休みを言い渡された従業員たちは、やっと始まった店にやや浮足立った様子で、お客さんが来るのを今か今かと待っていた。 「ワオ!アメージング!」 そんなよくある感嘆の声を上げながら、エントランスにひしめき合っていた外国人たちがぞろぞろと入店してくる。 「観光客が多いね…。良いんだよ?チップも沢山くれるし、盛り上がるし、何も問題ないけどさ、まるで観光地の様じゃないか!」 オレはそう言うと、ビールを一口飲んでマスターに言った。 「見世物小屋じゃねんだよ?」 「金になれば良いのさ…。ポールの修繕と、エントランスだけ内装を少し豪華にしただろ?プラス、予想外の天井の補修工事で…あいつの財布はスッテンテンだ。きっといつも以上に銭ゲバになる筈だ。」 マスターはしたり顔でそう言うと、カウンター席に詰め寄せる外国人客の注文をそつなく取り始めた。 「ふぅん…」 頬杖をついてそう言うと、隣の席でオレを見つめる外国人と目が合った… 「シロ?ユウゴ…パートナー…?」 え…? なんで知ってるの…? 首を傾げながら頷くと、その人は勇吾の写真が載ったパンフレットをオレに見せて言った。 「ユウゴ…イズ、ソー、クール!マイ フェイバリット……うんたらかんたら…」 英語で楽しそうに話しかけられても、オレには細々とした単語しか拾えないよ。 こんな時、ヒロさんがオレの隣にいてくれたら、この人のこの片言な言葉もまるで流ちょうな日本語に変換して通訳してくれるんだろうか… 彼が見せてくる勇吾の載ったパンフレットには、彼の隣の白い枠に真司君が収まっていた。書いてある年号を確認すると…2年前の物の様だ。 ふん… どうしてこいつは、2年前のパンフレットをオレに見せてくるんだろう…?しかも、英語が話せないと気付いているのに、まくし立てるみたいに話しかけてくる… 「ソー ユウゴ イズ マイ フェイバリット ディレクター!フンフン!」 「ミー トゥー!」 「ユウゴ イズ エクセレント!」 やっと長い話が終わった様だ。 オレの周りに集まって来た外国人客達は、勇吾のファンの様だ。 そして、オレと勇吾について話したい雰囲気を醸し出してる…でも、オレは英語は話せないし、勇吾の作品だって見た事は無い… 彼の見せつけて来る2年前のパンフレットだって、何の公演をしたのかも、知らない。 オレは勇吾の過去を、何も知らないし…知りたくもない。 「ふぅん…良かったね。」 そう言って愛想笑いをすると、目の前で仏頂面をしてオレを見つめるマスターを見て言った。 「なぁんだよ?」 「お前…結婚したんだってな。どっちの男だ。同棲して、片方とは結婚して、片方は愛人か何かか?…争いが、起きるぞ?」 マスターがそう言って顔をしかめるから、オレは肩をすくめて教えてあげた。 「どちらも違う。ここにも来てただろ?勇吾だよ。彼と、この前、パートナーシップってやつを結んで、婚姻関係と同じようなポジションになったんだよ。」 オレがそう言うと、マスターは口を開けっぱなしにして大声で言った。 「はぁ~~~~~!?同棲を始めて1年の彼氏達がいながら、他の男と結婚した~~!?殺されるぞ!シロ、お前は、絶対、良い死に方を、しない!」 ははっ! 「良いんだよ…。死ぬ時は誰だって苦しくて、痛くて、どうしようもなくて死ぬんだから…良いも、悪いも、ないだろ?」 そう言ってビールを飲むと、マスターは首を横に振って項垂れた。 勇吾のファンが“勇吾のパートナー”のオレを見に来た。 それ自体は別に構わないさ… ただ、オレ自身がまるで何かのマスコットキャラの様に扱われる事に、少し苛ついた。 勇吾のファンたちは、代わる代わるオレと写真を撮ると、まるで行った記念の様にオレに一番安いチップを寄越すんだぜ…?苛つくだろ? ファック… そう思ったのは、オレが欲張りだから? いいや、こいつらがあまりにも無礼にオレを扱うからだ。 例えば…オレがプリンシパルだったら、こんな扱いは受けないの? それとも、英語が話せたら…もっと、人としての敬意を払われたんだろうか…? 不機嫌に眉をひそめながらビールを飲むと、肩をポンポン叩かれて振り返った。 そこに立っていたのは、ご贔屓にして貰ってる常連客達だった。 「あ~~!久しぶりだね?元気だった?ふふ。会えて嬉しいよ!」 オレは満面の笑顔でそう言うと、常連さん一人一人とハグをして挨拶をする。 「シロ~!お前、結婚したんだって?しかも、いつも連れてるふたりじゃないんだって?はは~!魔性だねぇ?」 ひとりの常連さんがそう言うと、みんな驚いた顔をしてオレを見て言った。 「魔性だ!」 「ふふっ!魔性?ウケる。」 オレがそう言って笑うと、カウンターを見渡して他の常連さんが言った。 「随分…ここは英語圏になってるじゃないか…まさか、この中の誰かと結婚した訳じゃないよな?あははは!」 全然、面白くないよ?だって、今の所…オレは彼らが嫌いだもの。 肩をすくめて笑うと、ひとりの常連さんがオレの首にチップの首飾りを掛けて言った。 「お姉さんからの、ご祝儀よ?」 「あ~はっはっは!こりゃ凄いね?とっても可愛いじゃないか。ありがとう。」 ひとつひとつ手で折ったのか…壊すのがもったいないくらいに、可愛らしい首飾りだった。 こんな場所に出入りする様な常連さんなんて、クズか変態だと思うだろ?でもね、オレのご贔屓さんは違うんだ。丁寧にダンススクールのリストを作ってくれた、アイドルのバックダンサーを薦めてくれたお姉さんもそうだ。 みんなオレに似て、真心がある人ばかりなんだよ? 「シロ~!結婚したんだって~?」 「人妻だな~!」 「逆に良いよ~!生活に困って、止む無く脱いで踊ってる…みたいな、サイドストーリーが出来て、よりエロく見える~。」 どういう事だよ… 久しぶりに顔を合わせた常連客達は、オレの結婚をすでに知っていて、お花をくれたり…チップをくれたり、プレゼントをくれた。 誰も相手の事を詮索しない様子に、さすがオレのお客さんだと誇らしくなる。 そうだよ?彼らはオレのファンであって、結婚したとしてもオレのファンで居続けてくれる。そして、そこに…相手である、勇吾は関係ないんだ。 これが粋な大人の世界だよ? どっかの誰かのファンと違って…オレのお得意さんはさすが遊び慣れてる。 「おい!お前の結婚祝いの花輪が沢山来てる!」 突然後ろに現れた支配人はムスッと顔を膨らませてそう言うと、オレが両手に抱える頂き物を代わりに手に持って、オレの手を引いた。 「なぁんで、怒ってんだよ。」 グイグイ階段を上って行く背中を見つめてそう尋ねると、エントランスにデカデカと飾られた花輪を指さして言った。 「こんなの書いてあったら、萎えるだろ~?」 “シロ、マイ ダーリン…俺たち結婚して良かったね?愛してるよ。チュチュチュチュ~ハート シロの大好物…勇吾より” そうデカデカと達筆で書かれた文字を見て、吹き出して大笑いした。 「あ~はっはっは!勇吾は、ほんと…こういう事をする人なんだ!あはは!ひ~ひ~!おっかしいね?ちょっと写真に撮ってもらっても良い?あははは!!」 腹を抱えて大笑いすると、自分の携帯電話を支配人に渡して言った。 「撮って!撮って!」 「ちっ!ふざけやがって!」 ぶつぶつ文句を言いながらも、支配人はオレの立ち位置まで指示して、首の角度まで調整して言った。 「はい、撮るよ~?チーズ!」 そう言って一枚写真を撮ると、花輪に書かれた文字を蹴飛ばして言った。 「黒い布でも貼っとけ!お前目当てで来たお客が帰っちまうよ!」 へいへい… オレはガムテープを手に持つと、支配人が寄越した暗幕を勇吾のくれた花輪の垂れ幕に掛けて、ガムテープで留めた。 「他にも来てる…。よく知らない英語の文字で書かれた…なんたらカンパニーから、沢山、花と、祝電と、バルーンが届いた…。ちっ!お前の結婚のせいで…俺の店のリニューアルオープンが霞むじゃねえか!馬鹿野郎!」 支配人がぶつくさ文句を言ってる最中も、大きな箱が運び込まれて来た。 「なんだろうね…中から人が出て来そうなくらいの箱だね?」 そう言いながら箱のふたを外すと、中からバルーンが大量に溢れて出て来た。 「わあ…凄い…どん吉の誕生日に、同じものを注文しよう…」 圧倒的な壮観に感動してそう呟くと、支配人がバルーンを蹴飛ばして言った。 「はぁ~?馬鹿野郎!どうすんだよ!今日はお誕生日じゃねんだよ?こんなにエントランスに花や、バルーンが置いてあったら…あっ!」 険しい顔をして怒っていた支配人は、機能停止した様に固まると、オレを見つめて口元をニヤリと歪めて笑った。 あぁ、この表情の変わり様… きっと…彼は、何かを思いついたんだ。 「もう、良いよ…?店に戻れ…」 急に大人しくなってそう言うと、支配人はいそいそとサインペンを探し始めた。 「…ん、ごめんね?そんなつもりじゃなかったんだよ?」 そう言って彼に謝ると、オレは店内へと再び戻った。 あんなに花が届くなんて…驚いた。 勇吾の仕事関係の人かな…? よく知らない人達から花やバルーンが届いた。 階段を下りながら左手の薬指に嵌めた彼との結婚指輪を外すと、右手に差し替えた。 予想以上に…オレの結婚の話は方々に影響を及ぼした。 お店の常連客達だけじゃない。マスターも、ホステスの子も、楓も、ホストも、ウェイターも…陽介一家もそうだ。 みんな一様に驚いて、特定の感情を抱いてる人は、陽介の様にオレに恨み節を言った。 結婚なんて…あちこちで起きてて…あちこちで離婚してるって言うのに… 正直、騒ぎすぎだよ…。 久々の開店をした店内はあっという間にお客で溢れた。 年中無休のこの店が突然連日の休業になった事を、多くの常連客が寂しがっていたみたいだ。 開店と同時に満席になった店内に、この店のポテンシャルを感じた。 さすがだね…あんたの店は人気店だ! オレの元へ歩いて来る支配人を見つめると、にっこりとほほ笑んで言った。 「すごいね…満員御礼じゃないか…?」 彼はニヤリと笑うと、体を屈めてオレの耳元で言った。 「…当たり前だろ。」 ふふ…格好良いじゃないか。 「…そろそろ、行こうか?」 支配人はそう言うとオレの腰に手を当てて、エスコートして階段を上って行く。 「はは…なんだ、さっきと全然違う扱いじゃないか!」 オレが笑ってそう言うと、支配人はニヤニヤしながら言った。 「まあまあ…まあまあ…」 エントランスに行くと、さっきよりも沢山の花が壁を埋め尽くして並んでいた。 「うわあ…凄いね。」 どれもこれも、”結婚おめでとう。これからもよろしく“の定型文が付いた、送り主の顔も、名前も、心当たりのない物ばかりだった… 「なあ…」 そう言うと、支配人がもじもじしながら指を差して言った。 「…ちょっとだけ…書き換えてみた。」 ん? オレは彼の指先をじっと見つめて、送られて来た花に書かれた文字を読み上げた… 「リニューアルオープン…おめでとうございます…」 ふふっ! 彼は英語で書かれたオレ宛の定型文のメッセージの上に白いテープを貼って、そこに自分で新たにメッセージを書き込んだみたいだ… ウケる… ちょっとだけじゃねえじゃん…意味も、趣旨も、変えてんじゃん… そんな突っ込みを心の中だけに留めると、上目遣いでオレを見つめて体を揺らす支配人を無視して、控室への階段を下りた。 お店がリニューアルオープンした途端に、オレ宛にお花があんなに沢山届いた。 勇吾が裏で手を回してるのか…それとも、向こうの国の”心遣い“の一種なのか… 面識もない相手から祝われる事も、贈られる花も、大して嬉しくもなんともない。 むしろ…苛つく。 カーテンの前に立つと、手首と足釘を回して、首をぐるっと回した。 「…今日は、何の曲で踊るの?」 ソファで携帯電話を弄りながら、楓がそう尋ねて来たからオレは笑って答えた。 「クイーンのSomebody to Loveだよ?」 「はははは!良いね?まるで、誰も愛してないみたいだ!」 楓はそう言ってケラケラ笑うと、オレを見て親指を立てて言った。 「シロらしい!」 ふふっ! カーテンの向こうで大音量の音楽が鳴ると、カーテンが開いて目の前が真っ白に輝くステージへと歩いて向かう。 「ホワ~~~イ!!」 そんな声を口元を緩めながら聞くと、久しぶりのステージに気分が高揚していく。 あぁ…やっぱり…ここが好きだ。 ステージの中央に仁王立ちすると、眼下のお客を見下ろしてふんぞり返る。 う~ん…、気分が良いね? シャツのボタンを外しながらゆっくりと膝を曲げて体を沈めると、腰をしならせて体を見せて行く。 「ユウゴ~~!」 違う。 オレは、シロだ! イラっとした気持ちを隠さないで、そう叫ぶ外人を睨みつけると、体を起こしてシャツを放り投げて言った。 「ノー ユウゴ!アイム シロ!だよ!それ以上言ったら出禁にしてやるからな!」 ポールに手を掛けると、体を軽々と持ち上げて足を高くまでねじる様に絡めていく。 勇吾と結婚したからって、そんな理由でオレが注目されるなんて…なんだか、釈然としない。 オレはオレが凄いから、注目されてるんだよ? 見てよ…?こんな事、他のストリッパーは出来ないだろ? 体を高くまで持ち上げると、膝の裏だけで体を固定して優雅で華麗にポールを回る。 「シローーー!良いぞーー!綺麗だーーー!」 そうだろ? 全く、やんなるよね? 勇吾のファンはオレのポールを見に来たんじゃない。 彼のパートナーのオレを見に来たんだ。 ファックだろ?癇に障るね… あの花達だって同じ、オレに贈ったんじゃない…勇吾のパートナーに贈ったんだ。 そんなもの… オレは、要らない! 曲に合わせて回転に緩急をつけると、手を置く場所を次々に変えて体のポーズを変えて行く。 その間…一瞬たりとも、オレの動線も、ポーズも、乱れたりしない。 肘でポールを掴むと、片手でズボンのチャックを下ろしながら両足を大きく振り上げて逆さにポールに掴まる。 アクロバットダンサーだって…誰かに言われて、悔しくて泣いた…。 でも、これがオレのスタイル…オレのストリップ、オレのポールダンスなんだ。 太ももでポールを挟むと、背筋を使って体を起こしながらあみあみのタンクトップを首まで脱いだ。両手でポールを掴み直して、頭を振りながらポールをすごい勢いでスピンして、首にかけたタンクトップを遠くへ放り投げる。 「フォーーーー!シローーー!良いぞ~~~!」 体を仰け反らせてポールを回って降りると、ゆっくりと舐める様に回って、お客の一人一人を見つめてほほ笑んであげる。 「はぁん!」 そんな可愛い声が聞こえて口元を緩めると、ステージに戻って脱ぎかけの短パンに手を掛ける。 腰をぐるっと回して誘う様に瞳を笑わせると、お客を見つめながらゆっくりと短パンを脱いで行く。 下は、もちろん、Tバックだよ?ふふっ! 「シローーー!人妻なんて、人妻なんて、ウソだって言ってくれーーー!!」 誰かの魂の叫びと共に短パンを脱ぎ捨てると、膝をステージに着いて腰をガンガンに揺らした。 「シローーー!」 「キャーーー!」 ステージの縁には、いつもの様にお客がゴロンと寝転がって、チップを口に咥えている。 「シロ!やっぱり、あんたが、1番だよっ!」 そんな嬉しい声を掛けてくれる常連のお姉さんに、首を傾げてにっこり微笑むと、ブーツにチップを入れてもらう。 オレが欲しいのは、あんな花や、あんなお客じゃない。オレを見て、喜んでくれる…こういうお客様だ。 寝転がるお客の口からチップを咥えて貰っていくと、久しぶりに見る顔に胸が熱くなっていく。 「みんな…また戻って来てくれて、嬉しいよ?」 大音量の音楽のせいで、こんなオレの声は聞こえてない筈なのに、ウルっと目を潤ませるお客達に丁寧にお辞儀をすると、べそをかいてカーテンの奥へと退けた。 「どうだった?」 楓が食い気味に聞いて来るから、オレは涙を拭って教えてあげる。 「最高だよ!」 「おし!」 オレの言葉を聞くと、楓は両手をグッと握ってガッツポーズをした。 今日の盛り上がりは最高だ。 久しぶりに開店したせいか、お客もダンサーも、ホステスもホストも、みんな何だか不思議な気分に浸ってる。 そのおかげで、注目を一点に浴びるステージの上は大沸騰するんだ。 このステージがこの店の…1番の見どころだからね? 「はぁ…痺れた…」 ポツリとそう呟くと、いつもの様に半そで半ズボンを穿いて控室を出る。 「いやぁ…シロはさすがだねぇ…。惚れ惚れするよ?さすが、俺の愛人だね?」 支配人がそう言いながら、危ない人たちにみかじめ料を払ってる。 「随分、すごい人気だな…?」 オレの顔を覗き込むと、やくざが壁一面に飾られた花を見て言った。 「外国人なの?」 「…ただの、ダンサーだよ。ちょっかい掛けるなよ。」 支配人がそう言ってオレを手で払うと言った。 「さっさと店に戻れ。」 へいへい… こんな場所でこんな派手に商売するには、こういう事も必要だって…支配人は言っていた。 やくざなんかに売り上げの一部を渡すなんて…最悪だよ。 何の役にも立った事が無い癖に、いっちょ前に“みかじめ料”なんて要求するんだもんね…恥ずかしくないのかね? 「シロ!良かったよ~~!」 「わ~い!ありがとう!」 お姉さんにもみくちゃにされながら、久しぶりに柔らかいプニプニを体に感じて、ドキドキしてくる! 「ん~~!もう。お姉さん…ぷにぷに~!」 鼻の下を伸ばしてそう言うと、小柄なお姉さんに覆い被さって、体、前面にたわわに揺れるプニプニを腕に押し付けて喜ぶ。 「さいて~!人妻の癖に、さいて~!」 良いんだ…人妻じゃないもん。 「なぁんで…?良いじゃん、ねぇ?」 お姉さんの良い匂いがする髪に顔を埋めてクンクンすると、下半身が元気になってくる。 「ああ!」 みなぎる男性ホルモンが暴走し始めると、ウェイターがオレの手を掴んで言った。 「シロ…どうしたの?」 どうしたの? どうしたもこうしたも無いよ?海綿体が充血して、勃起したんだ。 「何でもないよ~!」 そう言ってお姉さんを解放してあげると、眉をひそめてジト目を向けるウェイターから逃げる様にカウンター席へと戻ってきた。 「オ~ウ!シロ~~!」 勇吾のファンに囲まれながら、彼らがオレに、どうして勇吾がいるのに、Somebody to Loveなんて踊ったんだと問い詰めるのを、右から左に聞き流して、ビールを飲んだ。 「勇吾は向こうで結構有名な演出家なんだ。この人たちは、彼のファンみたい。」 怪訝な顔をしてオレを見るマスターにそう言うと、右手に差し替えた結婚指輪を眺めて口を尖らせる。 彼のパートナーでいる事が、自分のプラスになるのか…それとも、マイナスになるのか…最近、そんな思いを巡らす事が、幾度となくある。 お客には”人妻”と呼ばれるし、お店に来る彼のファンはオレに彼を求めるし、朝早くから、雑誌の記者に自宅前を張り込まれるし… …勇吾は、オレが、もし、もうパートナーシップを解消したいなんて言ったら、悲しむだろうか… 「シロ~!ピクチャー!」 強引な勇吾のファンがそう言って、オレに断りも無しにパシャパシャと写真を撮って行く… 何だかな… 彼らはこの写真を誰かに見せて、勇吾のパートナーに会ったとでも自慢するのかな…? 「マスター?英語、話せる?」 ビールを飲みながらそう聞くと、マスターが首を傾げて言った。 「ちょっとなら…」 「じゃあさ、彼らに言ってよ。オレは勇吾のパートナーだけど、マスコットキャラクターじゃ無いって…見世物じゃないんだ。馴れ馴れしく触って欲しくないし、一緒に写真も撮りたくない。」 オレがそう言うと、マスターはぶりっ子して両手を振って言った。 「ええ…そんな事、言えないよう…お客様だもの…」 「ちっ!」 まるで勇吾のおまけみたいに扱われる事が、ムカムカするんだ。 一言いなせたら、どれだけましか… おもむろに携帯電話を取り出すと、勇吾に電話を掛ける。 「もしもし?勇吾?お店?うん。あ~…お花ありがとう。支配人が萎えるからって、暗幕を垂らした。ところでさ、ヒロさん…日本に来てくれないかな…?お前のファンが店に来て、オレを何かのマスコットキャラみたいにするのが嫌なんだよ。ん?うちに泊まれば良いじゃん…うん。聞いてみてよ。」 電話口の彼はオレの不機嫌な様子に慌てると、すぐにヒロさんに連絡を取ってくれると約束した。 どうかな…モモと離れたくないかもな… そんな事を思いながら、頬杖をついてビールの瓶をコロコロと回していると、外国人の男がニコニコ笑顔でオレの顔を覗き込んで言った。 「シロ?ユウゴ、イズ、クレバー!」 「うん、勇吾はクレバーだね。それは知ってる…」 彼を見つめてそう答えると、外国人の男は、オレを見つめて満面の笑顔になって言った。 「シロ、ジャップ、ストリッパー…ビッチ。」 はぁあ?! 相手の胸を小突くとウェイターを呼んで言った。 「こいつが侮辱した。追い出して。」 英語が分からないと思って、わざわざ目の前で侮辱してきやがった… 笑顔で言えば、無条件に笑顔で頷くとでも思ったのか… ふざけやがって…ムカつくね? 両手を上げて肩をすくめる外国人に軽蔑の眼差しを向けると、吐き捨てる様に言った。 「あんたの国では、アジア人を差別して良いかもしれないけど…ここでは違う。そんなに気に入らねえなら、わざわざ日本に来るな…!レイシスト!」 オレがそう言うと、カウンターに座っていた他の外国人がオレをジト目で見て言った。 「ファックオフ!」 はぁあ?! あったま来たよ! “ファックオフ”とオレに暴言を吐いた男の傍に行くと、彼の顔を覗き込んで言った。 「誰がだよ…ん?誰に向かって言ってんだ?誰に、ファックオフなんて言ったんだ?」 「ビッチ!」 そう言って彼がオレの頭を引っぱたくと、ウェイターがすぐに手を掴んで後ろ手にねじり上げる。 「追い出しちゃえよ…金なんて落とさない。そいつらは冷やかしに来たんだ。オレのストリップを冷やかしに来た。…程度の低い…英国紳士だ。丁寧に追い出してやれ。言葉が分からないと分かると、平気で相手を侮辱する…そんな程度の低い生き物だよ…。」 勇吾…? お前のファンは、程度が低いね… あんたごと、嫌いになりそうだよ。 ウェイターに引っ張られる外国人たちの先頭に立つと、ずんずんと階段を上ってエントランスに向かう。 「おい、ジジイ!こいつらを追い出すぞ!」 「なぁんで!」 「オレの頭を引っぱたいたからだ。」 エントランスの扉を開いて外国人を追い出すと、中指を立てて言った。 「帰んな!無礼者め!」 オレは、差別用語なんて言わないよ?体ばっかりでかいでくの坊なんて言わない。 フニャチンなんて言わないし、ホワイティーやレッドネックなんて言わない。 略奪者、野蛮人、なんて…思っても言わないさ。 ただ、丁寧に”無礼者“と言って…お引き取り頂いた。 「みかじめ料払ってんだろ?あいつらボコボコにして貰ってよ…。ほんと、一方的にやられっぱなしなんて、やんなるよ?」 オレが鼻息荒くそう言うと、支配人は首を傾げて言った。 「…そんな物は、払ってないよ?」 嘘つきだな… 丁度その時、勇吾から電話が掛かって来た。 オレは支配人の立つ受付に一緒に入ると、彼の背中に持たれて電話に出た。 「もしもし…!?」 最高に機嫌の悪いオレの声を聞くと、電話口の勇吾は戦々恐々と言った。 「…ヒロに連絡したら…行っても良いよって、あの…言ってたよ。だから、飛行機のチケットを手配して…行って貰う事にした!だから、安心してくれ!シロ!」 「はぁ?!安心?笑わせる!今ね、お前のファンを店から追い出した所なんだ!オレにビッチと言って、ジャップと言った。しまいにゃ、ファックオフなんて…言いやがったんだぞ!もう!勇吾と結婚してて、良い事なんて何ひとつ無いね?もう、別れたいよっ!ばか!」 そう言って電話を切ると、体を揺らして笑う支配人に言った。 「オレは結婚なんて向いてない!」 「…そうだな。ぷぷっ!」 口を尖らせると、顔を歪めて煙草の棚を見上げて言った。 「誰かのおまけで扱われるなんて…ごめんだ!」 もたれた背中が一層激しく揺れて、支配人の笑い声が胸に振動で伝わってくる。 「…ははっ!そうだろうな。お前は誰かのおまけじゃない…シロだもんな?」 そう言うと、支配人は両手を後ろに回して、オレのお腹をギュッと抱きしめてゆらゆら揺れた。 「はぁ…嫌になるよ…」 そうポツリと呟くと、頭を支配人の背中に付けて天井を見上げた。 家の前で張り込みされたり、預かった子供を養子ですか?なんて無礼に聞かれない、オレを見る人が、枕詞の様にオレの名前の前後に“勇吾”を付けない、そんな当たり前の生活に戻りたい! 「大体さ!邪魔なんだよっ!これも、あれも!知らない奴から花なんて要らねんだよっ!」 そう言って受付を飛び出すと、壁に飾られた花を滅茶苦茶に倒して暴れた。 「おい!馬鹿やろ!せっかく俺が偽装してうちの店の物にしてるのに!」 「知らない!」 せっかくのリニューアルオープンを…せっかくの久しぶりのステージを、勇吾に潰された気分だよ。 あったま来るね… 「嫌いだ…」 ムスッと頬を膨らませると、そう呟いて、店内へ戻って行く。 階段を下りながら、何度も鳴り続ける携帯電話の電源を切ると、ひとりの男が話しかけて来た。 「さっきの…動画、撮りました。シロは悪くない…。もし、訴えられたら…僕に電話して…。あなたの正義を証明するから…連絡して。」 新手のナンパかな…? 「…誰か知らないけど、ご親切にどうも。でも、もう、どうでも良いんだ。」 そう言って相手を見ると、彼は恥ずかしそうに顔を伏せた。 そして、頬を真っ赤にすると、すすッと後ろに下がって言った。 「ちょっと…近付き過ぎた…」 はぁ… 変な奴ばかり周りに集まってくるんだ。 目の前の彼は、まるで童貞だった頃の”大塚さん”の様に、もじもじと体を揺らしてオレを見つめてくる。 彼も、きっと、童貞なんだ… ため息を吐くとカウンター席へと向かった。 そんなオレに一定の距離を保ったまま、童貞の男が付いて来る。 「はぁ!やんなるよ!礼儀知らずは万国共通、世の中のゴミだね?」 そう息巻くオレの前にビールを差し出すと、マスターが視線を当てて言った。 「この後ろの子は、誰?」 「知らないよ。でも、きっと、童貞なんだ。」 彼の様だった大塚さんは、今では、遊びまくる悪い男になってしまった… 女でも、男でも、手あたり次第、抱いては捨ててる。 それが彼の芸術とどう関係して、どう作用して、どう変化して行ったのかなんてオレには分からない。 ただ、絵を教えて貰いに定期的に大塚さんのアトリエを訪れている桜二の、悪い影響を受けていないとは、言い切れない。 きっとあいつが吹き込んでるんだ。 悪い事、全て、桜二が大塚さんに吹き込んでる。 「ねえ、君、名前を教えてよ…」 チラッと視線を後ろに向けてそう尋ねると、まるで影の様に気配を消していた彼はそそくさとカウンター席の一番奥に座って言った。 「…Boukun_1122です…」 ギョッとしたマスターの顔を見ながら、ビールを一口飲むと彼を見て言った。 「ん…もう一回、言って?」 「…Boukun_1122…アカウント名は…全部、共通で使ってるんです…」 へ…? なんだか、とっても変わった人の様だ。 名前を聞かれて、何かのアカウント名を答えた。 「…そう。ボー君と、呼ぶ事にするよ…」 そうポツリと言うと、首を傾げながら頷く彼を視界の隅に捉えたまま、目の前のマスターと目を合わせて、目だけで会話をする。 “やばい?” “わからない!” “どうする?” “探ってみて?” 「…お客さん、何を飲みますか?」 マスターは自然にそう振舞うと、カウンター席で首を傾げるボー君をじっと見つめた。 「…じゃあ…えっと、彼と、彼と同じ物を…」 そう言うと、ボー君はオレのビールを指さした。 首から下げた携帯電話…しっかりズボンにインされたシャツ…背負ったリュックサックにはバンダナが括り付けられている。 「ボー君は…アイドルオタクみたいだ。」 オレがそう言うと、ボー君は顔を真っ赤にして言った。 「ど、ど、どちらかというと…シロのオタクです…」 へ…? 「あの…あの、新大久保で、初めてシロを見てから…ずっと、ずっと…ファンです!ネットで情報交換して…シロがいつ踊るのか、何時に入って…何時に出るのか…どこに住んでるのか…全て、知ってます!好きな食べ物はすき焼きと…”桜二の卵焼き“。いつも革の短パンを穿きがちで…必ず上にはぶかぶかのシャツを合わせがち…」 はあ!? オレはギョッと顔を歪めるとボー君を見て言った。 「ストーカーじゃん!」 「ファンです!僕は…住居には近づいてない!遠くから見るだけです!」 えぇ… オレの部屋にはKPOPアイドルのポスターが沢山貼ってある。 中でもお気に入りの子のポスターの裏には、“サセン”と呼ばれる過激なファンから仕入れた、その子の住居の住所が書いてある。 行くつもりはない。 ただ…知っておきたかっただけなんだ。 オレは…目の前のボー君に同じ事をされてる。 そして、それは、少し気持ちが悪かった。 家に帰ったら、あのポスターの裏の住所を黒く塗り潰そう… 硬く決心しながらオレが固まっていると、ボー君は膝を何度も撫でながら言った。 「年始に友達の田舎に遊びに行っている間に…シロがイギリスへ行って…あの演出家と結婚したと知りました。あまりのショックに、有名な一級河川に身投げしようと思ったけど…チャンネルを放置したままでは、シロの功績が浮かばれないと思い直して…踏み止まったんです。」 へえ…身投げ…へえ… ボー君のインパクトが強くて興味の沸いたオレは、彼に動揺を察せられない様に聞いてみた。 「チャンネルって…なんだろう?」 「YouTubeのチャンネルです!シロのダンスをアップして、世界に広めたのは…何を隠そう!僕なんだ!なのに、なのに、あの演出家の行儀のなってないファンが、海外のシロファンの質を下げて、あなたを失望させた!言わせてください!彼らは、にわかファンなんだ!あなたの本当のファンは、あなたに引っぱたかれてもファックなんて言わないで、嬉ションするはずです!」 ボー君は興奮しながらそう言うと、口の両端に泡を溜めながら言った。 「あ、YouTubeの収益は…全てこのお店に還元してきました…。僕は、ただ…素敵なシロを、もっと…もっと多くの人に見て貰いたかったんだ…。なかなか日本に来ることが出来ない、海外のシロファンのみんなに…今のシロを見て欲しかったんだ…」 …前、勇吾が話していた。 YouTubeにオレの動画をアップし続けてる人が、目の前に現れた…。 そして、その人はとてもオタク気質で…オレのファンだった。 名前は…ボー君。彼の友達は…有名な一級河川の傍に実家がある様だ… 手元のビールをグルグル回すと、ゴクリと一口飲んでボー君に言った。 「勇吾と結婚したら面倒な事ばかりで、嫌になっちゃった。ねえ?ファンとしてはどう思う?彼はオレにとって、プラスかな?それとも…マイナスかな?」 オレがそう尋ねると、ボー君はリュックを背負い直して、手元のコースターを見ながら早口で言った。 「プラスです。ただ、詰めが甘い。シロを守るには、全てに準備が必要だ。マスコミ対策もその一つです。事前に予測できる事象には、早めに手を打つべきだ。今回の様に、あなたの店に現れる無礼なファンには、法的手段を取ると明言するべきだった。迷惑が掛かると分かっているのに、放置する事は、落ち度としか言えない!」 おお…!! 「じゃあさ!ボー君が勇吾にそう言ってよ!あいつはうんこでバカなんだ!もう、大っ嫌いになりかけてる!」 オレはそう言うと、携帯電話の電源を付けて、さっそくかかって来た勇吾の電話に出た。 「もしもし!?シロ~!怒るなよ…すぐに、弁護士に何とかしてもらうから、怒らないで…勇吾と一緒にどうしたら良いのか、考えて行こう?ね?ね?もう…別れるなんて…天地がひっくり返るような事を言っちゃダメだよう…!もう、お漏らししちゃうだろ?あちこちから変な液が流れ始めちゃっただろ?」 なよなよした声でそう言う勇吾を無視すると、ボー君に電話を渡して言った。 「言ってやってよ!ボー君!言ってやってよ!」 オレの携帯を手に持つと、ボー君は生き生きした様子で勇吾に説教を始めた。 オレだって、推しのアイドルが困ってたら、同じ様に体を張って何とかしてあげるもんね! 「いいえ。僕が動画を取ってあるので、音もばっちり拾えてるので、問題無いかと思いますが?ただ、あなたの指示では動きたくないなぁ…!ははっ!シロが言うならまだしも、あなたの指示には従いたくないなぁ!僕たちシロファン…通称“チッパーズ”からすると、あなたは泥棒猫ですからねぇ?」 チッパーズ! ボー君が口から唾を飛ばしながら勇吾に食って掛かるのを放置して、自分のファンたちが“チッパーズ”なんて通称でお互いの結束を図っているという事実に、吹き出して笑った。 「だ~はっはっはっは!チッパーズだって!マスター!ウケる!チッパーズだって!」 「お前が、チップ、チップって…言うからだろ…」 ボー君をジト目で見ながらそう言うと、マスターはグラスを拭きながら言った。 「お前が知らないだけで…チッパーズはあちこちでお前の情報を収取してるかもしれんな…これは、危険だ。危険なファンクラブだ。」 桜二と依冬に早く教えてあげたい! 「だ~はっはっはっは!おっかしい!おっかしい!!」 お腹を抱えて大笑いすると、しんみりと勇吾に文句を言い続けるボー君に、KPOPアイドルのスキャンダルに心を痛めて、他のファンとツイッターでやり取りしていた自分を思い出して、寒気がした。 手元のビールをぐびぐび飲みながら、潤んだ虚ろな瞳でボー君は言った。 「シロは結婚なんてしないで、桜二さんと依冬君の間を行ったり来たりするのが良かったんです。あ…今日は、依冬君が来てるんだな。あ…今日は桜二さんが来てるんだな。そんな楽しみ方も、チッパーズの間では常識だったんです!」 「ボー君…もう、もう…良いよ。きっと、勇吾も心を入れ替えただろうから…」 そう言ってボー君から携帯を取り返そうと手を伸ばすと、彼は首を横に振って言った。 「これは、チッパーズ代表として、どうしてもこの人に言わなきゃいけない事なんです!フランスのチッパーズは、勇吾さんの事務所を探し当てて、この前、鶏の頭を送りつけました。ブードゥーの呪いだそうです。それくらい、シロのパートナーシップは…僕たち、チッパーズの…心を、あふっ!あふっ!…ぐぐっ!」 ボー君は涙とヨダレを垂らしながら…盛大に悔し涙を流した… そんな彼からそっと携帯電話を取り返すと、頭を撫でて言った。 「勇吾が好きだよ?彼を嫌いにならないで。泥棒猫なんて言わないで…。鳥の頭なんて…もう、送らないであげて…。」 電話を耳にあてて、無言の勇吾に話しかける。 「勇吾?鶏の頭が送られて来たの?」 「シロ…ごめんね。まさか、俺如きにそんなにマスコミが食い付いて来ると思わなかったんだ。今朝、送って貰った画像から雑誌社が分かって、弁護士を通じて取材拒否を言い渡した。これ以上付き纏うなら裁判するって伝えてある。だから、もう大丈夫だよ…」 勇吾はしょんぼりした声でそう言うと、ボー君にケチョンケチョンに言われた事が相当堪えたのか、ため息を吐いて言った。 「俺のファンは…俺の作風に惹かれる様な、少し面倒な人が多いんだ…柄が悪いというか、斜に構えるというか…中には失礼な人もいるのも確かなんだ。ヒロが行くまで…相手にする必要はないよ。お前のお店に迷惑が掛からない様に、事前に手を打つべきだった…。ごめんね。その…オタクの言う通りだ。」 「…ふん。」 オレは鼻でそう言うと、ぐちゃぐちゃに涙を落とし続けるボー君にティッシュを渡した。 「オレはオレだよ。勇吾と結婚しても、オレはオレだ。それが侵害されたり、勇吾のおまけのように扱われるのは、気に入らない!あなたはオレを守ってくれるんでしょ?だったら、ちゃんとやってよ!それが出来ないなら、もう、この関係は解消する!も、もう、うんざりだ!」 そう言って一方的に電話を切ると、ボー君に言った。 「きったないから!もう、泣くな!」 「ううっ…!シロに怒られたぁ!はぁはぁ…!今の…今の、この瞬間を…録画しよう…!」 そう言うと、長い棒の付いた携帯電話を取り出して、ボー君は自分の顔を映しながらひとりで話始めた。 「今…シロが、僕に…きったないから、もう、泣くな!…と言いました。これは…今まで一生懸命、彼を、陰ながら応援してきた…ご褒美ではないかと思います。チッパーズ諸君にも、この気持ちを…あふっ!おすそ分けしたいです!」 …まるでKPOPアイドルのファンをしてる時の、自分を見ているようだ… 「ボー君…連絡先、交換しよう?」 オレがそう言うと、ボー君は唖然とした顔をして言った。 「ダメ!ぼ、ぼ、僕はシロの、1ファンだから!自分の領分の範疇に留めさせて!連絡先なんて交換したら、きっと、自惚れて、他のチッパーズに面目が立たないよっ!」 凄い… オレだったら、ヘラヘラと鼻の下を伸ばして教える筈だ… なのに、彼はファンを貫いた!ファンの鏡だ! こんな見てくれだけど、彼は勇吾なんかよりも、もっとオレの事を考えてくれている! そして、勇吾なんかよりも、オレを守ってくれる! 「じゃあ、ボー君に連絡したい時はどうすれば良いの?」 オレがそう尋ねると、ボー君は自分のアカウント名が書かれた名刺をくれた。 「一回きりのフリーメールで…送って?…そうじゃないと、僕は期待してしまうからっ!!はぁあん!」 はは… 顔を真っ赤にしてもじもじしながらビールをちびちびと飲むボー君と、何とも言えない不思議な空気の中…無言で見つめ合う。 「ボー君的には、桜二と依冬…どっちが推しなの?」 遠く離れた席に座る彼に尋ねると、ボー君はもじもじしながら言った。 「…僕は、桜二さんが好き…」 あははっ! そうか…! 彼は新大久保のストリップバーで、オレを初めて見たと言っていた。 彼は…ゲイなんだ! 「あ~ははは…そうなんだぁ~。桜二の寝顔、見たい~?」 「え…!」 興味津々に顔を赤らめる彼は、オレのファンというよりも桜二のファンなんじゃないの?って疑いたくなる程に…食い付いた。 携帯電話で桜二とどん吉の写真を選ぶと、ボー君に掲げて見せた。 「はぁぁぁぁぁああ!!」 可愛い桜二の寝顔を見ると、ボー君は絶叫しながら両手で頭を抱えた。 分かるよ…その気持ち。 推しが可愛い愛嬌を見せた時の、オレと同じだ… 「じゃあ…桜二が変な格好で寝てる写真も見せてあげる。」 そう言うと、ソファにうつ伏せて寝ていた桜二が、夢でも見たのか…体をびくっと動かしてズルズルと足だけ落ちて行った時の写真を見せてあげた。 「きゃあああああああああ!!」 店内が騒然とするほど大絶叫すると、ボー君は手に持ったビールをぐびぐびと飲んで言った。 「よ、よ、依冬君のは?!」 なんだ、ボー君は雑食だな?オレだったら推し一筋なのに…! 「じゃあ…これ。この前、中華料理屋さんに行った時、撮ったやつ。可愛いよ?」 それは依冬に唐揚げをあ~んしてる時の写真。 可愛く口を開けて、オレの箸に挟んだ唐揚げを口で取りに来ている姿と、オレをキョトンと見つめる瞳がポイントだ! 「ん、だあああああああああ!!」 そう言うと、ボー君は鼻血を出しながら言った。 「依冬君も…なかなかどうして…破壊力がある…!」 ほほほ! 良く分かってらっしゃるじゃないか! すっかりご機嫌になると、遠く離れたボー君に言った。 「また、たまに見せてあげるね?」 ボー君は席を立つと、オレに一礼して指ハートをして言った。 「これが、チッパーズのサインです。これを見たら…チッパーズだと思って下さい!」 はは!凄いな…! 指ハートじゃない…指を擦った、チップ寄越せ…のサインだ。 オレが半笑いの表情を見せると、ボー君はそそくさとオレの前から姿を消した。 …でも、きっと、どこかで見てるんだ。 「やばいよ…どこかに消えて行った…」 グラスを拭きながらマスターがそう言って、オレを見つめて首を横に振った。 オレにはあのファン心理がよく分かるよ…? 対象には近づき過ぎない方が良いんだ。 予期せぬものを目撃してしまって、幻滅しかねないからね? …彼は高等にこの趣味を嗜んでる。 「上等じゃないか…?」 オレはそう言ってクスクス笑うと、ビールを飲み干した。 勇吾に厳しく言い過ぎたなんて思わない。 遠く離れたオレを守るために彼が何をしてくれたというの? 何もしてない。 それが、目に見える、全てだよ。 DJブースに寄ると、ラストに踊る曲の変更をした。 「さっき、お前の後ろを付いて行った男の人、そこはかとないオタク臭がしたね?」 楓のステージを仁王立ちで見ていると、DJが後ろから声を掛けてきた。 「そう?彼はオレのファンなんだって。知ってた?オレのファンたちは、こうやって合図しあってるそうだ。」 そう言って指ハートをこすり合わせると、DJを見つめながら言った。 「通称…チッパーズだ!」 「あ~はっはっはっはっはっはっは!!」 長くて、大きい、そんな笑い声をあげて、DJが大爆笑した。 「オレも初めて知った。YouTubeに動画をアップロードし続けてる人…それが彼だ。ボー君って言う。オレを海外へと普及させてくれてる。YouTubeの収益はこの店に還元してるそうだ。悪くないよ。上等な趣味じゃないか…」 腕を組みながらそう言うと、DJはオレを見下ろして言った。 「さっきの追い出された外人は何なの?」 「…あれは、オレのパートナーのファンだ。オレを見に来たけど、英語が話せないと分かると、侮辱して貶して来た。ムカついて煽ったら頭を引っぱたきやがったから追い出したんだ。」 オレの言葉に首を傾げてDJが言った。 「パートナー?ファン?」 「ちょっとした有名人と結婚したんだよ。だけど、ち~っとも守ってくれない!ゴシップ雑誌の記者からも、ああいう…お行儀の悪いファンからも、オレは無防備のままだ。正直、うんざりしる。」 そう言うと、DJを振り返って言った。 「だから、この曲で踊ろうかな…?」 彼はクスクス笑うと伏し目がちにオレを見て言った。 「良いね…」 もともと、特別好きな訳じゃない。 もともと、傍に居る訳じゃない。 もともと、オレが望んだ事でもない。 だとしたら、過保護にされないこんな状況を…オレが耐える必要なんて、ない。 勇吾…お前なんていなくたって、オレは平気なんだよ。 どうしても傍に居たいのは、お前の方だろ? 勘違いするなよ。 オレの方がお前よりも、ずっと冷徹で、残酷で、自分勝手なんだよ。 いつでも捨ててやるんだから…

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