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第23話
「シロ~~~!」
突然名前を呼ばれて振り返ると、見た事のある顔を見つけて目じりが下がった。
「ヒロさ~~~ん!」
走って向かってくる彼を両手で受け止めると、ギュッとハグして言った。
「来てくれたの?来てくれたの?早くない?嬉しい!ありがとう!!」
そう言って彼を見つめると、ヒロさんは眉を下げて感嘆の声をあげながら言った。
「東京ってすごいね!こんな街中にお墓があって…大久保利通が眠ってるんだもの!さっき、彼のお墓参りに行って来たんだよ。礼を尽くしてお行儀よく、ジャパニーズスタイルでお参りをしたんだ。」
え?大久保利通って…誰だろう…
久保田利伸なら知ってるけど、多分、ミュージシャンでは無い筈だ。
「…そう、良かったね?」
オレはそう言うと、手ぶらの彼に驚いて言った。
「ホテルでも取ったの?オレの家に泊まってよ。無理を言って来て貰ったんだ。おもてなしさせて?」
彼の腕を掴んでそう言うと、ヒロさんは肩をすくめて言った。
「スーツケースは、君の家の前に置いて来たんだ。」
はあ?
置き引きされるよ…全く、警戒心が薄いんだ。
日本がいくら平和な国だとしても、さすがにそれはダメだ。
「もう…危ないな、ほら…急いで帰ろう。」
オレはそう言うと、辺りを見回してニコニコするヒロさんの腕を掴んで自宅へと急いで戻った。
「あ~!勇吾~~!」
ヒロさんのスーツケースに腰かけた彼を見つけると、口を尖らせて早歩きで向かって行く。
「シロ~!」
そう言って両手を広げる彼をジト目で見つめると、鼻を鳴らして言った。
「ふん!なんだ!オレが怒ったから慌てて来たの?」
「その通りだよ?僕は支度を済ませていたけど、彼は着の身着のままで来たんだ。まるで近所に出かけるみたいにね…?ふふ…!」
オレの言葉にヒロさんはすかさずそう言うと、スーツケースに腰かけた勇吾を手で退けて言った。
「さあ、お邪魔させてもらうね?」
「シロ…ごめんね。会いたかったよ?」
そんなヒロさんを無視して勇吾がオレを抱きしめてそう言った。
うう…
惚れた弱みじゃない…
彼に怒っていた筈なのに、抱きしめてくる彼を払いもせず、されるがままに彼に埋まって行くと、両手で彼の背中を抱きしめて言った。
「うわあん!勇吾がちゃんとしてくれないからぁ!嫌になってたの!馬鹿!馬鹿!」
ちょろい。
そう思われても仕方が無い…
でも、オレの為にわざわざイギリスから来てくれたんだ…その事実が、彼の愛を物語ってるって、思わない?
ねえ、そうでしょ?
勇吾は…オレを愛してくれている…
「すっごい…」
ヒロさんが感嘆の声を上げて玄関から部屋に上がって行く。
勇吾は玄関に置かれたベビーカーを見下ろしてオレを見て言った。
「これ、桜ちゃんの?」
「うん…どん吉だけど…」
彼の手を引いてリビングに向かうと、ヒロさんはリビングの大きな窓から外を見て言った。
「ここ!お墓だよ?」
知ってるよ…
「ね、ヒロさん?向こうの3つ続きの部屋は、真ん中のオレの部屋以外入っちゃダメだよ?特に桜二の部屋はダメ。彼は繊細なんだ。」
興奮して家じゅう探索しまくる彼にそう言うと、キッチンに立ってお湯を沸かし始めた。
リビングの高い天井を見上げる勇吾を見つめて…胸がドキドキしてくる…
あぁ…この部屋に…勇吾がいる!
「ふふっ!なんか変な感じだ…」
俯いてクスクス笑うと、勇吾がオレの傍に来て背中を抱きしめて言った。
「怒っちゃったの…ごめんね?」
もう…
オレは首を傾げると、すねた様に口を尖らせて彼に言った。
「だって…勇吾は、オレの事なんてほったらかしにして…自分で何とかしろみたいに…してさ。依冬が言ってたよ?本来なら勇吾さんがやるべき所をシロが可哀想だから、俺が何とかするね?って…!」
そう言ってマグカップを3つ取り出すと、インスタントのコーヒーを入れながら言った。
「…今更、来たって…遅いんだ!」
「ん~…遅くないだろ…?ね、シロ…チュチュチュチュ…勇吾に挽回させてよ…」
もう…
振り返って彼を見つめると、久しぶりに見た…美しい彼に、胸がキュンと痛くなって…
ごねていた事、全てが…どうでも良い事の様に思えてしまう。
「勇吾…勇吾のせいで、オレは怒ったんだよ?」
そう言いながら彼の胸に頬を付けて甘えると、勇吾はオレの髪を撫でて顔を覗き込んで言った。
「うん…。ごめんね…」
許す…
オレは心の中で、ポツリとそう呟いた。
でも目の前の彼には伝えない。
勇吾の首に両手を伸ばすと彼を抱きしめて、彼の首元に顔を埋めて言った。
「やだぁ…」
オレの為にわざわざイギリスから飛んで来た彼を…許さない訳無いじゃないか!
眉をしょんぼりと下げると、勇吾はオレの目を見つめて言った。
「ちゃんとするから…許してよ。シロ…愛してるんだ。」
あぁ…今すぐにエッチしたい気分だよ…
「…ん、もう、やぁだぁ!」
そう言って体をフリフリ揺らすと、勇吾にぴったりとくっ付いて彼の肩に頬を乗せて甘えた。
勇吾はそんなオレを抱きしめると、おでこにキスしながら言った。
「ふふっ…可愛いね、シロ…。堪らなくキスしたいよ。」
じゃあ、なぜ、それを、すぐに、実行しないんだ…?
彼を見上げて彼の鼻に自分の鼻を付けると、口元を緩めてほほ笑んで言った。
「もう一回、言ってよ…」
ふふっと鼻で笑うと、勇吾はオレの唇にそっとキスをして言った。
「堪らなく…エッチしたいよ…」
そう言った彼が、オレの唇をペロリと舐めて舌を口の中に入れてくるのを、ただ受け身に待つと、絡められた舌がジンジンと熱くなって行くのを、ただ、受け身に感じて悶える。
あぁ…!勇吾!
「勇吾…勇吾…!」
極まって彼の頭を両手で抱きしめると、熱烈で甘くて、強烈なキスをする。
「…僕がいる事を忘れないで…」
沸いたお湯をマグカップに注ぎながら、ヒロさんがそう言った…
忘れてない。
忘れていたら今、この場で、セックスし始める所だよ?
「勇吾…ちゃんとしに来たの?」
彼の頬を撫でながらそう尋ねると、勇吾はうっとりと瞳を細めて言った。
「シロと…エッチをしに来たんだよ…」
ふふっ!
「馬鹿ぁ!」
オレはそう言うと、彼のニヤけた唇にキスをしてクスクス笑った。
「コーヒー、持って行くよ…」
イチャイチャし始めるオレと勇吾にそう言うと、ヒロさんは3人分のコーヒーをローテーブルに運んで行った。
「あぁ…シロ、可愛いね…?俺に、お部屋を見せてよ。」
そう言ってオレの手を引く勇吾に付いて行くと、テレビを付けてくつろぎ始めるヒロさんを横目に、自分の部屋を指さして言った。
「…ふふっ、ここだよ?」
そして扉を開けると、彼を振り返って両手で彼の胸を撫でて教えてあげた。
「ベッドは…向こうだよ?」
「ふふっ…あぁ、シロ…勇吾に何して欲しいの…?」
クスクス笑いながらオレのおでこに自分のおでこを付けると、オレの腰を引き寄せて勇吾が言った。
何…?
そんな物…決まってるだろ?
オレは彼の鼻を舐めると眉を上げて言った。
「ふふ…何も、しないで?」
…その後の展開なんて、お察しの通りだ。
離れて1か月も経たないのに…オレ達は激しく愛し合った。
もう…離れたく無いって何度も思ってしまったのは、オレが甘えん坊で、欲張りな、わがままだから。
でも、決して口には出さなかったよ…?
だって、そんなの、彼も、そう思ってるって分かったから。
「どうして隣の部屋と…こんなにプライバシーが守られない、間取りになってるの?」
剥き出しになった勇吾の胸に頬を乗せると、彼が指さす間仕切りの隙間を見つめて言った。
「桜二が…たまに入って来るんだ…」
オレがそう言うと、勇吾はクスクス笑って言った。
「ベニヤで塞がないとな…」
ふふっ!
馬鹿だな…桜二はそんなのぶち破って来るさ。
リビングに急いで戻ると、ヒロさんがオレ達をジト目で言った。
「ヘッドホンが必要だ。アニメの声が全然聞こえない瞬間があった。」
あぁ…はは…
彼の淹れてくれたコーヒーに口を付けると、すでに冷たくなってしまっていた。
「あぁ…淹れ直そう。」
オレがそう言ってソファを立とうとすると、勇吾がオレの背中を撫でて言った。
「…俺が淹れて来てあげる。」
ふふっ!
ソファに座り直すと、彼がマグカップを持ってキッチンへ行くのを目で追いかける。
…勇吾ったら、ここ部屋に、この場所に、良く溶け込んでいるじゃないか…
もう、ここに住んじゃえば良いのに…
「シロは怒ってたんじゃないの?良いの?そんな簡単に許したら、また同じ過ちを繰り返すんだよ?モモだったら、何発もぶん殴って、泣いて許しを請うまで絶対に許さないだろうな!」
ヒロさんがまくし立てる様にそう言うから、オレは彼にテレビのリモコンを向けて言った。
「この…このチャンネルで…アニメが見放題だよ?」
「まじで!?」
目をランランと輝かせてそう言うと、ヒロさんはオレからリモコンを奪って吟味し始めた。
「…あぁ!このアニメは見た事があるんだ…巨人が出てくる!怖いアニメ。こっちのは…可愛らしい絵柄だけど…怖い奴だって知ってる。ん~…どれにしようかな?」
彼は本当に日本のアニメーションが好きなんだ。
とっても楽しそうにサムネイルを見る彼に言った。
「急に呼び出してごめんね?お店に勇吾のファンが来るんだ。昨日はオレが英語が分からないって分かると、ファックだの、ビッチだの、ファックオフだの言って…ムカつくから、お店に一緒に来て、しばらくの間…そういうお客をいなすのを手伝ってよ。」
オレがそう言うと、ヒロさんはチラッと目だけ動かして言った。
「シロが、英語を話せるようになれば良いだろ?」
その言葉にオレは口を尖らせると、ヒロさんを見て言った。
「なぁんで!?今、必要なスキルなんだよ?オレの英語力の向上を待ってたら、勇吾のファンに文句のひとつも言えないで、この波が過ぎ去っちゃうよ?」
「ここには、あと…2人。男が帰って来るんだよね?僕が居る時は、さっきみたいに突然セックスを始めないでよ?あと、東京タワーに連れてって!あと、ここにも行ってみたいんだ!えっと…大江戸温泉?浴衣が着られるスパだよ?だから、絶対ここには行きたいんだ。あと…」
東京の観光ガイドを広げると、指を差しながらヒロさんがそう言った。
「あ~…うん。良いよ。オレは昼間は暇だから…連れてってあげる。」
オレがそう言うと、ヒロさんは体を揺らしながら喜んで言った。
「はぁ~~~!モモに、どんなお土産を買って行こう!?」
「はい、どうぞ…」
勇吾がそう言って淹れ直したコーヒーをオレの目の前に置いてくれた。
もう…!
彼を見つめると瞳を細めて言った。
「ありがとう?勇吾。」
そして、ソファに座った彼の膝にごろんと寝転がると、勇吾の顔を見上げてうっとりと瞳を色付けた。
「ほら!こう言う事だよ?シロ?僕の目の前で始めないでって言っただろ?」
そういうヒロさんにクスクス笑いながら言った。
「始まってない。これは…じゃれてるだけだよ?」
そして、オレを見下ろす勇吾の頬を両手で撫でると、彼に言った。
「勇吾は…ちゃんとやったら、帰るんだよね…?」
彼は半開きの瞳を細めると、オレを見つめて言った。
「そうだね…」
ちゃんとやる…
それは、彼のパートナーであるオレの生活に…彼の類を一切排除する事。
オレは彼の物じゃない。オレは…オレの物。
だから、店に来てオレに話しかけるお客が、彼目当ての客であってはならないんだ。
そんな事がまかり通らない様に、ちゃんとしてもらう。
方法なんて知らない。
そういう事を考えるのが、勇吾であって、彼の弁護士なんだ。
バタン…
「シロ~…回転寿司に行こうよ…」
そう言って帰って来たのは、依冬。
ソファに座る勇吾とヒロさんを見ると、首を傾げてオレに言った。
「…ん?」
可愛いだろ…?
首を傾げたまま、キョトンと可愛い顔をして状況を把握しようと全機能を停止した依冬に、オレはソファから立ち上がると、ヒロさんを手で差して言った。
「…ヒロさんだよ?オレの通訳をしてくれるんだ。今日からしばらくここに泊まってもらう。よろしくね?で、こっちが…勇吾だよ?」
「知ってる。」
依冬はそう言って口を尖らせると、ヒロさんに英語で外っ面のあいさつを交わして、表情を一変させると、勇吾を見下ろして言った。
「はぁ…!やっと、シロの対応に来たんですか?遅いな…遅すぎる。」
そう言ってため息を吐くと、ヤレヤレと言わんばかりに首を横に振った。
そしてオレに手を伸ばすと、いつもの優しい笑顔で言った。
「回転寿司に行こう…?」
やった!
ヒロさんは“寿司”と聞くと、体を揺らして喜んで言った。
「回る寿司ですね!動画で見た事があるけど、行けるなんて!嬉しい!!」
はは…
外国の人が喜ぶものって…分からないね?
回転寿司や、健康ランド…ラーメン屋さんに、大久保利通のお墓、そして、かっぱ橋…
こういった場所が、彼らには魅力的に映るみたいだ。
どこかに電話を掛ける勇吾の腕に自分の腕を通すと、オレと手を繋いで歩く依冬と、ヒロさんと4人で歩いて“回転寿司”へと向かう。
無性に寿司が食べたくなると、オレを誘って回転寿司へ行く…それは依冬のお決まりの行動パターンだ。
生魚を食べるとお腹を壊しやすいオレを横目に、バクバクと次から次へと食べるんだ。
酷いだろ?
オレが食べられるのは、炙りサーモンと…お肉の乗った寿司と、納豆巻きだけ。その他に、茶碗蒸しと、青さのお味噌汁…唐揚げとか、エビのてんぷらを食べるんだ。
「シロは生魚、苦手なのにね~?」
電話を終えた勇吾が、そう言ってオレの顔を覗き込んだ。
依冬はそんな勇吾を横目に見ると、鼻で笑って言った。
「シロは…茶碗蒸しが好きだもんね?」
「僕は超高速で流れる寿司が見たいですね?注文すると…新幹線の形をした特急が来るそうじゃないですか!」
ヒロさんはそう言うと、シューッ!シューッ!と言いながら手を動かして見せた。
あぁ、それは…今から行くお店じゃない所のだよ…
オレは興奮して危なっかしいヒロさんと手を繋ぐと、依冬の後ろを付いて行く。
「あぁ!これは知ってる!お茶が出るやつだ!」
4人掛けのテーブルに座るとヒロさんがそう言ってお湯が出るボタンに手を掛けた。
「あ、危ない!お湯が出るんだよ?ダメダメ!オレがやってあげるよ…」
ほんと…目が離せない子供みたいなんだ。
オレと依冬が隣同士で座って、オレの目の前に勇吾とヒロさんが座った。
お茶を作ってヒロさんに差し出すと、勇吾も飲みたいと言ったので、彼の分も作って差し出した。それを見ると、依冬も欲しかったと言うので、彼の分も作って差し出した…せめてお茶の粉くらい入れてスタンバイしろよ…と、オレは思った。
「シロ!イカ取って!」
始まった…
依冬はオレをレーン側に座らせたがる。
理由?知らないよ…
ただ、こうやって大きな声で“○○取って!”って言うのが好きなのは知ってる…
「はい…」
彼にイカを取って渡すと、依冬はニコニコ笑顔になって言った。
「ありがとう…」
どうしてかは知らない。だけど、彼はこのやり取りが好きなんだ…
「シロ…勇吾にマグロ取って?」
はあ?
レーン側に座った勇吾のすぐ隣をマグロが流れて行くのに、彼はわざわざオレに取るように催促してくる。
首を傾げながらマグロを取ると、勇吾の目の前に置いて言った。
「はい、どうぞ?」
「ふふっ…ありがとう。」
満足した様にそう言うと、勇吾は隣のヒロさんが頼んだサーモンを取ってあげた。
取れるなら自分で取れば良いのに…
本当、良く分からないよ…そういう所…
「ん~~~!シロ?回転ずしはチープだと聞いていたけど、これは…全然チープじゃない!とっても美味しいお寿司だね?」
ヒロさんはそう言うと、目じりを思いきり下げて言った。
「日本に来て、良かった…」
あぁ…可愛いな。
オレはすっかり嬉しくなると、ヒロさんの為に沢山お皿を取ってあげた。
ヒロさんはこの様子を写真に撮ると、さっそくモモにメールをして報告していた。
そんな彼を見ながらホクホクと幸せな気分に浸っていると、隣の依冬がオレの肩を揺すって言った。
「シロ。俺に…マグロ4皿取って!」
「はいはい…」
「シロ?勇吾にエビちゃん取って?」
「はいはい…」
…すっかり、労働者の様だ。
「あ~お腹いっぱいだ。ビースト君、ご馳走様~!」
お会計をする依冬にそう言うと、勇吾はオレの腕を掴んで自分の腕に置いた。
「なぜ、ビーストなの?依冬はとっても優しいよ?」
不思議そうにヒロさんが首を傾げてそう尋ねると、勇吾は吹き出し笑いをして肩をすくめて言った。
「ぶふっ!彼はビーストだよ。」
そう…依冬は時々乱暴者になる。
でも、いつもじゃない…
勇吾と夏子さんが目撃したあの日は…最高に乱暴者だっただけだ。
「依冬、ご馳走様でした~。」
お店から出て来た依冬にそう言うと、彼の伸ばした手を繋いで来た道を戻って帰る。
途中コンビニに寄って抹茶ラテを買うと、ヒロさんがおにぎりに異常な関心を示したので、いくつか買って帰った。
駐車場で依冬と別れると、オレと勇吾と、ヒロさん3人で家に戻って来た。
「シロ…シロ!このおにぎりは、どうやって食べるの?」
満面の笑顔でおにぎりをオレに向けると、ヒロさんは番号が振ってある部分を見て首を傾げて言った。
「これを…どうするの?」
「これを引っ張って、両端をこうして…引っ張ると、パリパリの海苔のおにぎりになるんだよ?」
そう言って彼のおにぎりを剥いた。
「わああああ!!」
感動したのか、ヒロさんは大絶叫すると、すぐに写真に撮ってモモに送っていた。
良いね、仲良しじゃないか…ふふっ!
ソファにゴロンと寝転がる勇吾の上に寝転がると、彼の胸に顔を置いたままテレビを見た。
こんな風に、ここで、彼と過ごせるなんて…思わなかった。
それは、とても嬉しくて…とても、満たされる時間。
オレの髪を撫でる彼の手を感じながら、彼の胸を手のひらで何度も撫でた。
「勇吾…勇吾もここに住みなよ…」
彼の胸に頬ずりしてそう言うと、勇吾はオレの髪を撫でて言った。
「…そうだねぇ…」
ふと、彼がもぞもぞ動いて、携帯電話を取り出すと誰かと電話を始めた。
それは英語での会話…
何を話してるのかなんて知らないし、知る必要もない…
視線の先で、オレの抹茶ラテを眺めるヒロさんに言った。
「ひと口あげるよ…?甘くて美味しいんだ。」
そう言うと、勇吾の胸に両肘を置いて、ぐふっ!と彼が言うのを無視して、ストローを刺してヒロさんに渡した。
すぐに彼の胸に頬を置き直すと、自分の携帯電話を取り出して恵さんに電話を掛けた。
「もしもし…?どん吉は、元気ですか…?」
電話口の恵さんは気の抜けたオレの声に心配そうに言った。
「大丈夫…?」
ふふっ、大丈夫だよ…ただ、ちょっと、気が抜けてるんだ…
「今日は、どん吉君のお母さんと面談をしました。大分落ち着かれた様子で…どん吉君にも会って行かれました。」
あぁ…そうなんだ…
良いな
彼女はお母さんだから…どん吉に会える。
オレは…どん吉に会えない。
「良いな…オレも、どん吉に会いたい…」
勇吾の胸に涙をポロリと落とすと、電話口の恵さんが言った。
「お母さんは、あなたにどん吉君を預けた事を、良かったって…仰ってましたよ。彼女のお父さんがシロさんと同棲をされている様で…。娘の自分を知らない彼に、当てつけの様に、どん吉君を置いて行ったそうです。予想外にあなたが奮闘する姿を見て…どん吉君を大事にする姿を見て…何か、心境に変化があったようです。」
そんな事…どうでも良いんだ。
オレは、どん吉に会えれば…それで、良いんだ。
「そんな事…知らない。」
か細い声でそう言うと電話を切って、勇吾の胸に顔を埋めた。
彼女の事なんて…どうでも良い。
オレは、どん吉に…あの子に会いたいんだ…!
「シロ…シロ…」
肩をトントン叩かれて瞳を開くと、オレの肩に伸びる腕の先を見た。
「…桜二」
「これは…どういう状況なの?」
オレの下敷きになったまま眠る勇吾と、抹茶ラテを手に握ったまま眠るヒロさんを見て、桜二が困惑した瞳をオレに向けた。
「この人は…ヒロさん。オレの通訳をしてくれた人。彼はしばらくここに泊まって貰うんだ。よろしくね?で…この人は、勇吾…オレのパートナーだよ?」
体を起こしてそう言うと、桜二がオレを抱きかかえて言った。
「もうすぐ17:00です。お店に行く支度をして…」
桜二の肩に頬を置くと、彼の襟足を撫でて言った。
「結城さんは、もう、怖いジジイじゃなくなった。」
オレの言葉に言葉を失うと、桜二はオレを抱きかかえたままキッチンへ向かった。そして、オレのお尻をキッチンに乗せると、両手で頬を掴んで聞いて来た。
「結城に…何をしたの?」
何?
…墓場まで持ってくって、決めたんだ。
「…お話して…仲良くなった…」
「嘘つき!」
桜二はそう言うと、眉間にしわを寄せてオレの顔をじろじろと見始める。
「ねえ?どん吉がお母さんと会ったみたいだよ?彼女はあの時よりも落ち着いたそうだ。桜二への当てつけで赤ん坊を置いて行ったけど、オレがあまりにもどん吉を可愛がるから…ちょっとだけ気持ちが変わったみたいって…恵さんが言ってた。」
ジロジロ見てくる彼にそう言うと、桜二は眉を下げて言った。
「あっそ…」
最低だね。
「結城と何したの?」
単刀直入にそう言うと、桜二はオレの両頬を掴んでキスして言った。
「こういう事したの?」
ははっ!もっとだ!
オレは首を傾げると天井を見つめて言った。
「…多分。」
「はぁ!信じられない!あんな基地外と、よくも、そんな事が出来るね!?」
褒められてるの?
それとも、貶されてるの?
首を振り続ける桜二の頬を押さえると、自分に向けて言った。
「もう、彼は驚異じゃない…。それ以外は、どうでも良い事だ。そうだろ?」
「はっ!よく言うよっ!」
桜二はそう言うと、オレの胸に抱き付いて言った。
「だめだ…!あんな奴に触れちゃダメだ!」
あぁ…
桜二君は…お母さんの関心を取られた様に、オレの関心も彼に向かうんじゃないかって…心配してるみたいだ。
可愛いね。
彼の髪を後ろに流すと、そのまま背中を撫でて体に覆い被さって言った。
「もう…触らないよ。約束する…」
「シロ?お店行くんだろ?俺も行く…」
いつの間にか起きた勇吾はそう言うと、両手を伸ばして伸びをして言った。
「…このソファは、良いソファだね?桜ちゃん。寝心地抜群だ。」
オレの胸に顔を擦り付けると、桜二は腕の中でフン!と鼻を鳴らした。
「僕も行きますよ…」
不自然な格好で眠っていたヒロさんは、ムクリと体を起こすとそう言ってオレを見た。
「あ…」
桜二を見つけて驚くと、ヒロさんはそそくさと立ち上がって、挨拶を始める。
さすが、日本を愛して日本に愛された男…礼儀を分かってるんだ…。
「初めまして…ヒロです。シロがイギリスに居た時、彼の通訳をしていました。しばらくお世話になります。」
「…どうも、よろしく…」
桜二は無愛想にそう言うと、オレの着替えを取りに部屋へと歩いて行った。
「…シロ?彼は怒ってるの?」
困った顔をしてヒロさんが聞いて来るから、オレは苦笑いをして言った。
「いいや。あれが普通なんだ…。ごめんね。愛想が無いんだ。」
「そうだよ。ヒロ。桜ちゃんは中学生の時からあんな感じだ。」
そう言うと、勇吾はオレを抱きかかえてクルクル回して言った。
「ね~?シロ~?」
…こうやって桜二を煽る癖は、治って無いんだ。
「やめて!」
頬を膨らませてそう言うと、勇吾にしがみ付いて彼の頭を引っぱたいて言った。
「桜二は優しいんだよ?」
オレがそう言うと、勇吾はクスッと笑って首を傾げながら言った。
「勇吾の方が優しいだろ?ん~?シロ~?」
瞳を笑わせると勇吾はふざけ始めて、何度もオレの頬にキスをし始めた。
「チュチュチュチュ~!」
「あ~はっはっは!」
「…18:00に店に着くには、ここを15分前に出た方が良い。そうだよね?シロ?」
いつの間にか現れた桜二がそう言って、オレの体を抱きかかえると勇吾から離した。
あぁ…ここは、やっぱり、一緒に共生できない関係なんだ。
脱衣所にオレを置くと、手に持った着替えをオレに手渡して桜二が言った。
「…あいつは何しに来たの?」
もう…自分で聞けば良いのに…
「オレの迷惑を解決しに来たみたいだよ?」
彼を見上げてそう言うと、桜二は熱い瞳をオレに向けて突然の激しいキスをした。
それは舌が絡まって、トロけてしまいそうなくらいの本気のキス。
「あふふっ…どうしたの…?」
彼の頬を撫でてそう尋ねると、桜二は熱い吐息を吐いて言った。
「シロと、したくなっちゃったの…」
はぁ?
知ってる?
世の中にはいろいろな性癖がある。
こんな風に他の誰かといちゃつく恋人を抱きたくなったり、愛おしいって思う様な性癖もあるんだよ?
所謂…寝取られ…だ。
「はは…桜二ったら、冗談が過ぎるな…」
オレはそう言うと、彼の体から離れようと体を翻した。
「なんだよ…俺じゃ嫌なの…?」
違うよ、時間が押してるんだよ…
いじけた様にそう言うと、桜二は脱衣所に入って扉を閉めた。
あぁ…
後ろから抱きしめられると、オレのズボンを強引に脱がし始める彼に…もう、抵抗なんて出来ない。
「桜二…ヒロさんは、突然セックスするなって言ってたんだ!」
背中にしがみ付く彼にそう言うと、桜二はオレの唇を貪るようにキスをして黙らせた。
強引に膝まで脱がされると、彼の手がオレのモノを握って優しく扱き始める。
腰が震えて…足に力が入らなくなる。
「んん…!はぁはぁ…んっあっ…!桜二…桜二ってば…!」
彼の吐息が首筋にかかると、背中が震えて仰け反っていく。
「気持ち良いだろ?シロ…?ねえ、気持ちいだろ?」
そんなエッチな言葉を耳元で囁かれて、どんどん興奮していくと、彼の胸に顔を埋めて小さく喘いだ。
「はぁはぁ…んっ…あっあん…桜二、だめぇ…んっあっああん…」
「いけない子なんだ…ちゃんと、誰のが1番好きか…思い出させてあげるよ?」
桜二はそう言うと、オレの中に指を入れて自分の股間をオレの体に擦り付けてくる。
だめだぁ…
エロイんだよ。桜二は…すべてがエロいんだぁ!
「んっあっああ…桜二、気持ちい…!はぁはぁ…あっああん!」
彼が自分のモノを取り出してオレのお尻に擦り付けると、早く挿れて欲しくて腰が疼いてゆるゆると動き始める。
「はぁはぁ…シロ…エッチだね?桜二のが欲しいの?桜二のが…1番好きなの?」
全く!彼はいつも1番に拘るんだ!
オレは彼の腕を掴むと、潤んだ瞳を向けて言った。
「桜二のが…1番…好き!」
「はっはは!」
嬉しそうに笑う、その顔が…誰かさんにそっくりだ。
オレの中に入って来ると、彼はオレの洋服を強引に脱がしながら腰を振った。
「あっああ!桜二…!まってぇ!ああ…ん!んっあっああ!」
両手でオレの体を抱きしめると、しつこいくらいに首筋を舐めて耳を食んで言った。
「すっごい…気持ちいい…シロ、愛してるよ…」
オレの腰を片腕で抱きしめると、もう片方の腕でオレの胸を撫でて首を掴んで自分へ向ける。
だめだぁ…エロい…!イッちゃいそうだ!
いやらしく舌を出すと、汗だくに惚けるオレを見つめて言った。
「シロ…舐めて…」
あぁ…もう、堪らない!!
彼の舌に自分の舌を伸ばすと、舌先で彼の舌をペロペロと舐めた。
勃起した自分のモノは…ビクビクと震えて今にもイキそうになって可哀想だ…
「はぁはぁ…!桜二…イッちゃう…イッちやうよぉ…!」
「まだ…まだダメだろ?俺がイクまで待つんだ…」
そう言うと、桜二は下から突き上げる様に腰を動かして、オレの乳首を撫でて愛撫する。
「はぁっ!だめぇ!イッちゃう!イッちやうのぉ!」
「ふふっ…だぁめだって言ってるだろ?」
だめなんかじゃない!
こんなに気持ち良くされたら…普通、イクんだ!
首を振って快感を堪えると、だらしなく開いた口からよだれが落ちて行く…
「はぁはぁ…らめぇ、イッちゃうの~!ん~~!桜二…!意地悪しないでぇ!」
オレの髪に頬ずりすると、桜二は一層、息を荒くしてオレの中をグングンと突き上げて快感を与え続ける。
体が弓の様に仰け反って、ビクビク震える自分のモノが…既に限界を超えそうだ!
「あぁ…シロ…イキそう…!イキそうだ!」
桜二はそう言うと、オレのモノを優しく撫でて言った。
「シロ…良い子だね、誰のが…1番好きなの?」
根元を強く握られて悲鳴を上げると、彼の胸に頬ずりして言った。
「あっああ…桜二の…桜二のが、1番…好き!」
熱い吐息が逃げて行かない様に口づけすると、桜二はオレの中でドクンと跳ねて…ドクドクと精液を出してイッた…
彼の手がオレのモノから離れると、待ってましたとばかりに激しく腰を震わせてイッた。
これから…仕事なのに…中に出した。
後ろの彼を振り返ると、ジト目を向けて彼の手を叩いて言った。
「ばかやろ!ん、もう!何で中に出したの!」
「だって…シロは俺のが1番、好きだからね…」
息を切らしてそう言う彼に…幼稚で、バカげた、1番に拘るクソガキを感じて、ため息を吐いた…
一緒にお風呂に入ると、お尻を綺麗に流して貰いながら桜二に言った。
「こういう性癖知ってる?寝取られ願望とか…寝取られ性癖って言うんだ!桜二は、オレが勇吾といちゃつくのを見て、興奮してるって事だよ?」
オレの言葉に首を傾げてムカつくひよこの顔をすると、桜二は鼻で笑う様に言った。
「はっ!まさか!」
まさか…だと?
桜二の手からシャワーを奪い取ると、彼の顔面にかけて言った。
「まさかじゃない!お前はね、そういう性癖があるんだよ?」
渋い顔をしながらシャワーを浴び続けると、オレの手から取り上げて頭の上からシャワーを掛けて言った。
「…シロが、勇吾に鼻の下を伸ばすからいけないんだろ?」
はぁ?
だから、そういう行為を見て興奮する事を寝取られ性癖だって…今、話したばかりじゃないか…
馬鹿だ…
「はいはい…」
オレはそう言うと、頭を洗って、浴室を出た。
「急げ!急げ!」
洋服を着替えると、桜二を置いてけぼりにして走って彼のベッドの下に滑り込む様に向かった。
「兄ちゃん!」
そう言って“宝箱”を開くと、兄ちゃんの写真を眺めて言った。
「桜二は…桜二は、寝取られ願望がある!」
あれ…
もしかしたら、兄ちゃんもそうなのかな…?
体の動きが止まって、呆然と写真の中の兄ちゃんを見つめる。
…だから、あんな事したの…?
「シロ?何時に行くの?」
桜二の部屋の入り口からヒロさんが顔を覗かせてそう言った。
「えっと…17:45には出ないとダメだ。」
オレはそう言うと、“宝箱”に写真をしまって桜二のベッドの下に隠した。
「もう…17:48だよ?またセックスしてただろ?テレビの音が聞こえなくなる瞬間が…」
ヒロさんがそう言うのを無視すると、ムスッと頬を膨らませる勇吾を無視して、タオルとメイク道具をショルダーバッグに放り込んで言った。
「準備できた!」
「はい~…」
いつの間にか着替えを済ませた桜二が、車のカギを手に持つとオレの髪にキスして玄関へと歩いて行く。
「ほら!行くよ!」
「も~…ドタバタだな~!時間が押してるなら、セックスしなきゃ良かったのに…」
ヒロさん、オレもそう思うんだ。
だから、その小言を…この飄々とした寝取られ願望のある男に言ってくれ…!
「勇吾、おいで?」
そう言って不貞腐れる勇吾の手を掴むと、玄関で靴を履かせて家の鍵を閉めた。
クラクションをリズミカルに小さく鳴らす…ご機嫌な近所迷惑な桜二を睨むと、ヒロさんと勇吾を車に乗せて、助手席に座った。
「はぁはぁ…今、何時?」
運転席の彼に尋ねると、桜二は腕時計をオレに見せて言った。
「17:55」
ははっ!間に合わない!
まあ、良いさ…
お店が開く前にたどり着いていれば良いんだものね…?
「まあ…大丈夫だ。」
オレがそう言うと、ヒロさんが後部座席でため息を吐いて言った。
「あのタイミングで、良くセックスしようと思うね?僕もね、たまに堪らなく、モモに触れたくなる時があるよ?でもね、彼はそういう所はシビアなんだ。僕はね、彼のそういう所も…大好きなんだよ?ぐふっ…」
ヒロさんの小言がのろけに変わる時、勇吾が深いため息を吐いて言った。
「セックスというか…レイプだね。」
しんと静まる車内に、突然振り出した凄い勢いの雨の音が響いて揺れる。
「…そうかな?」
雨音にかき消されるくらいの声でそう言うと、桜二は首をクイッと傾けた。
「そうだろ…」
同じ様に小さな声で勇吾が呟くと…再び雨音が車内に響いて揺れた。
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