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第24話

18:20 三叉路の店にやって来た。 「雨だ~!雨が降って来たから、遅刻しちゃった~!」 エントランスに走り込みながらそう言うと、支配人はオレの後ろを付いて来た勇吾を見付けて、表情を一変させて営業スマイルを作って言った。 「おや~?シロ~?ご主人も一緒に来たの?今日は、何か…あるのかな?」 気持ち悪っ!どっから声出してんだよ… 「わぁ、凄い花だな…。全部、シロに来たんだろ?」 そう言って壁に飾られた花を見ると、勇吾は支配人が書き換えたメッセージを声に出して読んだ。 「リニューアルオープン…おめでとうございます…?」 「あ~!それは…ほら、シロが…!店を思って!こんなに僕にお花が届いたんじゃあ、支配人の面目が立たない!って言って、ね~?シロが、書いたんだよね?」 オレはこんな達筆を書けないよ… オレの肩をナデナデしながらそう言うと、支配人はオレの頬を掴んで無理やり頷かせて腹話術の様に言った。 「そだよ~?シロたんばっかお花沢山、要らないも~ん!大好きな支配人に分けてあげたの!だって、オナニーするくらい支配人の事が大好きなんだも~ん!」 「こら~、シロ~!内緒にしないとダメじゃないか~!あっはっはっは!」 …最低だよね。 でも、勇吾や桜二の前でこれが出来るジジイの肝っ玉に、素直に感心しちゃうよ。 さすが、海千山千だ…。 「ねえ、支配人。この人は、ヒロさん。イギリス人だ。彼はとっても上手に日本語を話す。昨日みたいに、勇吾のファンがオレをからかわない様にする為にわざわざ来てもらったんだ。だから、彼の飲み物は全部オレに付けて?」 彼の手を頬から退かしてヒロさんを紹介すると、支配人はため息を吐いて言った。 「お前なんか、別に、からかわれてなんぼだろ?ビッチなんて言われたって、鼻で笑ってやりゃ良いんだよ。あぁ、そうですぅ。僕はビッチですぅ。って言ってさ!あっはっはっは!はは…」 言うだけ言って桜二と勇吾の冷たい視線を浴びると、支配人は踵を返して、受付に戻りながら言った。 「お好きにどうぞ?女王様~!」 桜二と別れて、勇吾とヒロさんを連れて控室へと向かうと、階段を下りながら物珍しそうにヒロさんが言った。 「うわ~これが、東京の歌舞伎町の…ストリップバーのバックヤードか…」 クスクス笑いながら彼を振り返ると、両手を動かして聞いた。 「モモのお店は、ここより、もっと大きいのかな?」 「店に来ちゃダメって言われてるから…分からない。」 寂しそうにそう答えると、ヒロさんは肩をすくめてみせた。 そっか… モモは働いてる所、見られたくないタイプか… ストリッパーなんて脱いで稼ぐ商売は、万国共通…風俗だ。 だからかな… 自分の彼氏を、お店に呼びたがる子の方が少数だ。 オレはバンバン来て欲しいタイプだよ? だって、仕事中でも、いちゃつきたいもの… でも、仕事と割り切ってる子ほど…彼氏を、店に呼びたがらない。 これはホステス、ホストでも同じだと思う。 彼氏、彼女以外の男や女を、所謂…色恋営業して繋ぐんだもの。 見られたくないって思う方が多いかもしれないね。 控室の扉を開いて鏡の前に座る楓を見ると、彼はオレの後ろの人影を見て言った。 「ここで3P始めないで!」 …ウケる。まるで反射の様に言った。 「始めないよ?楓、この人を紹介させて?彼はヒロさん、オレの通訳をしてくれる人なんだ。仲良くしてね?そして…彼は、知ってるよね?オレのダーリンだ。」 肩を震わせながらそう言うと、楓にヒロさんを紹介して、我が物顔でソファにふんぞり返る勇吾を指さした。 「ど、ど、どうも…初めまして…」 上半身裸の楓の姿に、目のやり場に困ったのか、ヒロさんはもじもじと体を捩ってそう言った。 そんなヒロさんを不思議そうに見つめると、楓は顔をしかめてオレに小声で言った。 「あの人…怖いからキラ~い!」 ははっ! “あの人”って言うのは、勇吾の事だ… 一度、派手に怒られてるからね。楓ちゃんは、勇吾が嫌いになっちゃったみたいだ。 「ヒロさん、支度するから…勇吾の隣に座って待っててよ。」 鏡の前に腰かけてそう言うと、返事のないヒロさんを鏡越しに見つめて、もう一度声を掛けた。 「ヒロさん?」 彼の視線は、楓の背中に注がれて…ポッと赤くなった頬は、だらしなく緩んで見えた。 あちゃ~… 「なぁんて、美しい人だぁ…!」 ヒロさんはそう言うと、楓をいろんなアングルから見て、うっとりしながら言った。 「美しい人だ!」 あちゃ~… 「え?え?シロ…。この人、僕に興味があるみたいだよ?ふふっ!外人とエッチするのも、人生経験のうちだと思う?僕、まだ経験ないんだよね。フニャチンとは聞いてる。デカいから海綿体がカバー出来ないんだって!だから、日本人の適正サイズのガチガチが一番良いって、ロシア人の女の子が言ってた。」 そんな事を言うんじゃないよ… 「ぼ、ぼ、僕は…ガチガチだよ…」 ヒロさんはそう言うと、楓のパーマのかかった髪を指ですくって撫でて微笑んだ。 あ~あ!その気になるなよ…!もう! いつもなら、こんな事。どうぞお好きにって感じだけど…彼はダメだ! だって、モモの彼氏だからね? 「ん~!ちょっと時差ボケなのかな?ほら!勇吾!ヒロさんを隣に座らせておいて?目を…こうやって塞いで…大人しくしてて?」 勇吾を振り返ってそう言うと、彼がヒロさんを連れて行くのを確認して、両手で目を覆ってもらう。 はぁ…日本で浮気なんて、とんでもないよ?モモが知ったら大変だ! 「あの人には激コワのストリッパーの彼氏がいる。手を出したら、殺されるよ?」 その気になりかけの楓にそう言うと、上に着たトレーナーを脱いで、鏡を見ながらベースメイクを始める。 鏡越しにオレの背中を見つめる勇吾を見て、口元が緩んでいく。 あぁ、可愛い… あの半開きの瞳が…大好きなんだ! デレデレと鼻の下を伸ばすオレと目が合うと、勇吾はもぞもぞと体を動かして、ヒロさんの目にハンカチを巻いた。そして、自分のポケットから携帯電話を取り出すと、オレの頭を撫でて控室を出て行った。 「ご主人、どこ行ったの?」 「さあね…」 訝しげに聞いて来る楓にそう言うと、オレはアイラインを太めに引いて、目元を強調させた。 切れ長の目が好きって…勇吾が言った。 オレは、もっと、まん丸で可愛い目が良かった。 だって、具合が悪い時なんて本当、最悪のブスになるんだよ? 元が良い楓みたいな子が、本当、羨ましいよ。 「んふふ…かぁわいい~!」 目隠しをしたヒロさんに、楓がちょっかいを掛けるのを横目に見ながら唇にリップを乗せると、ティッシュで軽く押さえた。 「か、か、楓さぁ~ん…」 すっかり骨抜きになったヒロさんが、楓のおふざけに鼻の下を伸ばす頃、今日の衣装を考えあぐねる… 何を着ようかな… 昨日、ボー君が言ってた。 オレは革の短パンを穿きがち、上に大きめのシャツを着がちだと… 楓も言っていた… そこに、厳ついブーツを合わせがちだと… 無意識に衣装の傾向が偏っている。 そんな事言われると…選ぶのに、急に慎重になってしまうよ。 「あ~はは!捕まえたぁ~!」 「いや~ん!掴まっちゃった~!」 調子に乗った楓がヒロさんの膝の上に座っても…オレは衣装の前で両腕を組んだまま考えあぐねていた。 自分の頭の中で考えるコーディネートが、どれも、いまいちに思えて来て…どれを着たら良いのか、分からなくなって来たんだ。 「勇吾~!」 階段の上に消えた彼を大声で呼ぶと、慌てて控室に戻って来た彼に言った。 「どの衣装にするか、選んでよ!」 電話を耳にあてた彼にそう言うと、勇吾の背中に抱き付いて、彼が衣装を選ぶのを待った。 彼の背中に耳を押し付けて電話で話す彼の声を聞くと、頬を温める彼の温もりに離れたくなくなってくる… 「勇吾ぉ…!早く選んでよぉ!」 グダグダに甘えてそう言うと、勇吾が衣装を差し出して言った。 「これが良い。」 それは、オレが絶対に選ばなそうな…キラキラのスパンコールが付いたシルバーのキャミソールと白い短パン… 「へえ…」 意外なコーディネートに眉を上げて感心すると、オレの頬にキスして再び控室を出て行く彼の背中を見送った。 「見てぇ?選んでもらったぁ!」 ホクホクの笑顔になってそう言うと、さっそく着替えて鏡の前に立った。 「ん~ふふ!こんなの、オレだったら選ばない。可愛い!」 いつも、真っ黒になりがちなオレの衣装が、今日はとても眩しい… 楓はヒロさんに夢中で、ヒロさんは楓に夢中。 そして、オレはそんな二人の前で、見て貰えもしないのに…クルクル回って衣装を自慢した。 すっかり楓に惚れたヒロさんの腕を掴むと、控室を出て店内へと向かう。 19:00 エントランスには再び外国人のお客がひしめき合っていた。 「ねえ?ヒロさん?海外ではさ、10分前行動が常識なの?」 手を引く彼にそう尋ねると、ヒロさんは首を傾げて言った。 「暇なんじゃないの?」 ははっ! ひとりの外人が階段を上って来るオレを見下ろして言った。 「あっ!勇吾のビッチだ!」 「死ね!デブ!」 オレはそう言って中指を立てると、澄ました顔をして店内へと向かった。 言われたらすぐに言い返せる、この爽快感…!! 気持ち良い! 「あ~!スッキリする。これだよ。ヒロさん?オレは、これがしたかったんだ!」 階段を下りながらヒロさんにそう言うと、彼は店内の雰囲気に圧倒されて心ここにあらずになっていた。 異次元…異空間…非現実的、非日常…そんな物を詰め込んだような支配人の理想の空間だ。 それは初めて来る人を圧倒する様な、不可思議な雰囲気を生み出しているみたいだ。 「シロ…凄い所で働いてるんだね…。この空間は、まるで…一流の空間アーティストが演出した様だ!」 あ~はっはっは! アーティスト?支配人が?あれはただの拘り屋だ。 でも、褒められて悪い気はしないさ… ヒロさんの背中に手を置くと、店内を案内してあげる。 「この人はヒロさんだよ。オレが外国人にいなされない様に通訳をしてくれるんだ。よろしくね?」 ウェイターやDJ、ホステスやホストにそう言って回ると、カウンターの席に座ってマスターに言った。 「この人はヒロさんだよ?」 「お前の通訳なんだろ?聞こえてたよ。可哀想にね…わがままの相手をさせられてさ。あ~可哀想!可哀想!」 マスターは顔を歪めてそう言うと、表情を通常営業モードに戻してヒロさんに言った。 「さて、お客さん。何を、お出ししましょうかね?」 「…とりあえず、ビールで…」 さすがヒロさん…“とりあえずビール”なんて、言葉。よく知ってる… 彼に感心しながら店内を見渡して、消えた勇吾の姿を目で探した。 こっちに来てからずっと電話で誰かと話してるんだもん。 寂しくなるじゃないか…! どこ行っちゃったんだろう…? せっかく勇吾が選んでくれた衣装を着たのに…早く見て欲しいのに…! 分かってるよ?オレは勇吾に甘々の甘モードになってる。 いつもならこんなにベタベタしないさ。 でもね、オレの為に日本に来てくれたっていう、この状況が、オレをか弱くさせるんだ。 だって、守られる存在は…か弱くて、甘えんぼで、可愛くなくちゃダメでしょ? 「シロ?楓さんは…彼氏とかいるのかな?」 ヒロさんはそう言うと、オレの顔を覗き込んで頬を赤くした。 はんっ! 浮気する気満々じゃないか!この、クソッタレめ! 「ヒロさん?楓は彼氏がいる。とっても優しくって、かっこいい彼氏だよ?海外旅行に連れて行ってくれたり、昼間遊んでくれる、素敵な彼ぴっぴが居る。それに、ヒロさんにもモモって言う、可愛い女王様が居るよね?」 ジト目を向けてオレがそう言うと、ヒロさんは体を仰け反らせて眉を下げて言った。 「…分かってるよ?モモが一番大事だよ?」 嘘つきめ! この人は意外と…曲者かもしれない。 とぼけた顔をしてビールを飲むヒロさんをジト目で睨みつけながら、オレはそこはかとなく不安になった。 オレが呼びつけた日本で彼が浮気でもしたら、モモの怒りがオレに向くんじゃないか…?それは困るし、迷惑だ。 「ん、もう!浮気しないで!」 彼の肩を小突いてそう言うと、ヒロさんは口を尖らせて言った。 「しないでしょ?」 「嘘つき!」 「何もしてないでしょ?」 ヒロさんはそう言うと、ケラケラ笑ってオレの頭をポンと叩いた。 隙あらば、楓と浮気しようとしてるこの男を…どうやって縛ったら良いの…? 「勇吾~~!」 エントランスから店内に入って来た彼を見つけると、両手を振って合図した。 彼はオレを見下ろすと、にっこりと微笑んで階段を下りてくる。 あぁ…初めてあなたを見た時の事を思い出しちゃった… 何て綺麗な人だろうって…見惚れたんだ。 勇吾がこちらに向かってくるのを体を揺らして待ちかねていると、ステージ前に陣取った外国人客が彼に声を掛けた。 「あいつら…勇吾のファンかな?」 ムスッと頬を膨らませてヒロさんにそう言うと、彼は顔だけ振り向かせて鼻で笑って言った。 「彼には偏執的なファンが付いてるからね…。イギリスでも有名さ。アナーキーな人に好かれるんだ。1人だとただの変わり者で済むんだけどね、束になると手が付けられない。そんな感じ。」 ふぅん… オレにだって…特異なファンが付いてるよ? 「ねえ?ヒロさん。オレにファンクラブがあるの知ってる?」 勇吾から視線を外すと、ヒロさんにクスクス笑いながら言った。 「え…?まあ、居てもおかしくないね?」 ヒロさんはそう言ってビールを一口飲むと、ぼんやりと手に着いたラメを指で撫でた。 心、ここにあらず… あぁ…こいつは、楓に、恋したな。 楓の肌に付いていたラメを撫でるヒロさんに、そこはかとない不安しかない。 ジト目でヒロさんを見つめながら、ビールをぐびぐび飲むといつまで経っても来ない勇吾を目で探す。 「ん、もう…なんだよ…。待ってるのに!」 ひとりで腹を立てて怒っていると、勇吾の周りにいる外国人の1人が彼の体に抱き付いて甘ったれてるのを目撃した。 「はっ!?何しちゃってんの?」 手に持ったビールの瓶がフルフルと震えるくらい強く握り締めると、目の奥に力を込めて勇吾の様子を伺った。 ぶん殴れよっ!俺に触るなって、ぶん殴れよっ! そんな念を込めて彼を見てるけど、勇吾はいつもの半開きの瞳のまま、彼らの相手をしている。 ファーーーーーーック! そんな汚い言葉、オレは使わないよ? だって、オレは過保護に守られる、お姫様だもの… わざわざ東京に来てもらったし、衣装だって選んで貰った。 電話ばっかりしてるけど、勇吾はオレの為に色々してくれてるんだよ? だから、オレは彼に守られる“お姫様”で、いて良いんだ。 「勇吾?僕の方が上手に踊れるよ?ほら、見てて?」 オレが夢中になって勇吾たちの様子を伺っていると、役割を思い出したヒロさんが上手にアテレコして通訳をしてくれる。 「ぶほっ!」 その様子を見たマスターが吹き出して笑う中、オレとヒロさんは、勇吾の取り巻きを遠くから観察した… おもむろに“オレのステージ”に登ると、勇吾を誘惑するように外国人のポールダンサーが”オレのポール”を掴んで回った… 「ん、なろ!」 そう言って席を立つと、ヒロさんを背中に従えてステージの真下までズンズン歩く。 「お客さん…ダメですよ。」 そんな、なまっちょろい注意しか出来ないウェイターを横目に見ると、オレを見て肩をすくめる勇吾を睨んだ。 「誰のファンがこういう事をすんだ?人の家に上がったら、その家のルールに従うんだ。それは、当たり前の事で…子供の頃からしっかり躾をされていれば、自然と出来る事なんだよ?」 鼻息荒くそう言うと、ウェイターに抱えられてステージに上がった。 「こういう、躾のなってないクソは…この店では痛い目に遭うんだ。誰のファンでも変わらないよ?そうだろ?勇吾?」 眉毛を下げるばかりの彼を睨みつけてそう言うと、ポールの上でオレを見てうすら笑いするポールダンサーを睨みつけて言った。 「降りろ!じゃないと叩き落としてやる!」 オレの言葉にへらへらと笑うと、ポールダンサーは挑発するように体をのけ反らしながら言った。 「あっはっはっは!出来るもんならやってみろよ。ビッチ!お前なんて、僕が落としてやるよ?2度と立てなくしてやる!」 言ったな! 冗談で言っちゃいけない事、言ったな! あったま来た…!! 「そうだ!そうだ!ピンキーはプロのポールダンサーだぞ?ジャップの色気のないお遊びのポールダンスなんかと違う、本場の凄さを見せつけてやれ!本物を、見せつけてやれっ!」 …はあ?ぶっ殺してやろうかな? わいわい英語で大騒ぎする勇吾のファンの隣で、ヒロさんがあらゆる暴言を日本語に変換して周りに伝える。 彼らは気付いていないのだろう…この店はオレのホームだ。 勇吾のファンはステージの上のオレに向けて親指を下げてブーイングすると、唾を吐きながら言った。 「引っ込め~!ジャップの鶏がら!ブス!釣り目!」 「シロ!!やっちまいな!」 そんな支配人のゴーサインが出ると…オレは少しポールから離れて、ステージの隅からポールの上を見上げた。 「本物ね…?その概念が誰の基準だか…教えてやるよ。」 ポツリとそう呟くと、ポールと、ステージ下の勇吾に向かってダッシュした。 オレはキレたよ? だって、無礼にも程がある、その上、オレのハニーはそれを何も言い返さず、半開きの瞳で、ただ見てるだけなんだもんね? こんなの…可愛いお姫様でいられる訳ないだろ? 「クソッタレがーーーーっ!」 腹から声を出してそう言うと、思いきりジャンプしてポールを掴んだ。 勢いをそのままに、勇吾のファンの頭の上に足を放り投げると、怖がって後ずさりする外国人客の中に、ぽつんと立った勇吾だけ…笑顔でオレを見上げていた。 馬鹿野郎だな… 振り上げた足をそのまま高く上げると、足首をポールに絡めて体を起こしていく。 「シローーー!良いぞ!ぶっ殺せ!」 そんな物騒な支配人の掛け声と、うちのお客たちの歓声を受けて両手を広げてにっこりとほほ笑んであげる。 「お~い、みんな!このポールダンサーが、オレに本物を見せてくれるってよ!」 そう言ってお客を煽ると、オレより下に掴まったポールダンサーを見下ろして言った。 「本物の、ポールダンスを見せてくれよ?」 彼は悔しそうに顔を歪めると、オレより高くまで上がろうと体を持ち上げてくる。 目の前に持ち上がった彼の足を、何の躊躇もなく自分の足で押し退けると、その反動を利用してもっと高くまで上って行く。 「これが本物のポールダンスの様だね?」 そう言ってケラケラ笑うと、天井まで届いた体を逆さにして言った。 「オレは怖くないよ?お前が振り落とされるだけだ。」 そう言ってニヤリと口端を上げると、天井を足で走って勢いを付ける。 「降りろ!本当にやるぞ!」 勇吾がストリッパーにそう言って、慌ててステージに上るのを見ると、オレは大笑いしながら足を振り下ろして派手に回った。 ポールがガンガンに揺れて、遠心力で自分の体がどんどん遠くまで引っ張られていく… 振り上げた両足をコントロールすると、体をのけ反らせながら縦に足を広げていく。 「フォーーー!シローーー!」 オレはいなす時だって、華麗に踊ってあげるよ? ポールに添えた足の膝を曲げると、後ろにそらせた足を思いきり前に伸ばしてポーズをとる。 「シローーー!良いぞ~!」 だろ? あぁ…!楽しい!! ビビッて動けなくなったポールダンサーを救助すると、勇吾はオレを見上げて言った。 「シロ!ストップ!」 は? する訳無いだろ? ニヤリと彼に微笑みかけると、再び両足を放り投げて派手に回って降りていく。 ポールに掴まった勇吾にぴったりとくっつくと、彼の背中を抱きしめて言った。 「勇吾?手で回してよぉ…」 「…今は、無理。ズボンを穿いてるんだ…分かるだろ?」 分からないよ。 ポールを掴まる彼の手を引き剥がすと、自分の手と繋がせた。 「だめだ!」 そういって怒り始める勇吾を無視して、ポールを踏ん張って、彼の手を後ろに引っ張って、彼の体を仰け反らせていく。 「シ~ロ~!!落ちるっ!」 「落ちても良いよ。一緒に血を流そう。だって、オレ達…夫婦だろ?」 彼の言葉なんて聞かない。 オレはオレのやりたいようにしか、やらないよ? それに、オレを守らないクソッタレな彼に、少しばかり…お仕置きがしたい所だろ? 勇吾がズボン越しに必死にポールにしがみ付いたのを確認すると、オレは彼の手を繋いだまま、両足をポールからダランと離した。 「回れっ!」 そう言ってポールを蹴飛ばすと、無理やり回転を付けて回り始める。 「あぁ~~~!」 勇吾の悲鳴を聞きながら、満面の笑顔になって言った。 「下まで降りてって!」 「落ちるだろっ!馬鹿!」 馬鹿? オレが馬鹿なら、そんなオレと一緒になりたがる、お前は、もっと馬鹿だ。 「ダメだ!脇の下を掴んで!」 切羽詰まった勇吾がそう言うから、仕方なく彼の脇の下を掴むと、勇吾はポールを掴んで回って下り始めた。 回転なんて付いてない…足も振られてない。 「しょぼい回転だね?…まるで、勇吾みたいだ。」 ステージに足を着いてそう言うと、オレを見つめて口を尖らせる勇吾に言った。 「なんで、オレが酷い事を言われてるのに助けてくれないの?なんで、そんな事言うなって…怒ってくれないの?」 彼はそんなオレを見つめると、半開きの瞳を見開いて言った。 「…そんな事、事実じゃないから…気にするなんて、思わなかった。」 バチィィィン! 間髪入れずに彼の頬を思いきり平手打ちすると、ステージの下を見下ろして言った。 「おい!お前ら!人様ん家に上がったらお行儀良くしなっ!それが出来ないなら自分の家に閉じこもって、勝手に死ね。偏執的な…勇吾のファン?オレはな、そんなの、どうでも良いんだよ!この店に来るからには、オレを目的にしろ!それ以外のお客は、要らねんだよ。クソッタレが!」 オレの気迫に押されたのか、勇吾が引っ叩かれたのが衝撃的だったのか、勇吾のファンたちはすっかり大人しくなると、肩をすくめてお互いを見合った。 そんな中、怯え切ったポールダンサーに視線を送ると、煽って見て言った。 「何が本物だよ…クソッタレ!拍子抜けさせんなよ。口ほどにもねえな?オレを落とすんじゃなかったの?逆に落とされて…どんな気分?ねえ?今、どんな気分なの?あんたが望むなら、ハンデ付きでもう一回やってやっても良いんだよ?ただね、オレは死んでも負けないから。落ちる時は、あんたも掴んで、下敷きにして落ちてやるよ。」 ヒロさんがオレの言葉を通訳して伝えると、ポールダンサーは首を横に振って言った。 「狂ってる…」 ははっ!それは誉め言葉だよ? 「フォーーー!シローーー!」 店のお客に大喝采を浴びて意気揚々とステージを下りると、踊ってもいないのに沢山のチップを受け取ってホクホクの笑顔になる。 「よく言った!さすが俺の愛人だ!」 そう言ってオレを抱きしめると、支配人はウルウルと瞳を潤ませて言った。 「…だぁいすき!」 きもっ! 目を大きく見開いたヒロさんの手を掴むと、カウンター席に戻りながら言った。 「…ヒロさん。なんで、震えてんの?」 彼は動揺した瞳をオレに向けると、肩を掴んでグラングランと揺すりながら言った。 「シロ!クレイジーだ!僕は本能レベルで通訳をこなしたけど…君のポールは…!クレイジーだよっ!あんなもの見せられて、動揺しない奴が居るの?!」 …いる。 この店のお客にとったら、あんなの…日常茶飯事だよ? あと、もう1人…そんなクレイジーなポールダンスが大好きな、あの人にとったら、あんなの…ご褒美にしかならない。 「最高だった…シロ…!」 引っ叩かれた頬を赤くしながらオレの背中に抱き付くと、反対の頬で頬ずりしながら勇吾が言った。 「弁護士に言って、お店に英語で書かれた注意文を用意して貰ったよ。シロに何かしたら訴えますよ?って…そんな内容。さっきお願いして、受付のカウンターに貼って貰った。これで、少しは落ち着くかなっと思うんだよね…?」 「そうかな?」 背中の彼にもたれてそう言うと、ジンジンしてるであろう彼の赤くなった頬を手のひらで撫でて言った。 「そんなの…読むのかな?」 「読むさ。彼らは分かって無茶苦茶をやってるんだ。ルールが無いと、何をしても良いと思ってる。だから、逆にルールとペナルティを突き付けてやるんだよ。そうすると、途端におとなしくなる。それが、訴訟社会での馬鹿のいなし方だ。」 ふぅん… 本当にそうなら良いけど。 「勇吾…?引っ叩いて、ごめんね?」 隣に腰かける彼に心のこもっていない謝罪をすると、顔を覗き込んで言った。 「最後…もっと頑張って回してくれないと、ダサいじゃないか…がっかりだよ。」 「ははっ!ズボンを穿きながらポールを回るなんて芸当…シロにしか出来ない。しかも手を繋ぐなんて、不可能だっ!危ない所だったよ?本当に、落ちちゃう所だったよ?」 クスクス笑いながら勇吾がそう言うから、オレは肩をすくめて言った。 「落ちたって構わないけどね?ダサく回る方が嫌だ。」 「ほんと!この子は聞かないんだ!マスター、シロの付けでビール頂戴!」 口を尖らせてそう言うと、勇吾は受け取ったビールをぐびぐびと凄い勢いで飲み干した。 ふふっ、可愛いね? 「ふふっ!だめだぁ!あっ!痛い!酷いじゃないか!もう!」 「ふふふ、こうして…こうしてやる!あふふ…」 「あっ!もう…!意地悪しないで?」 「なぁんで…意地悪するのが楽しんじゃないか…ふふっ、ほらぁ…ほらぁ!」 変な事はしていないよ?勇吾と肩を寄せ合って指相撲して遊んでいるんだ。 彼の指は長くて、握力も強いのか、ことごとく連敗してる。 オレだってポールを掴むから握力はある方だよ?それに、酔っぱらった依冬を相手にしたら、連勝する事だってあるんだから。 「ん、もう…!もう一回、やってぇ?」 鼻の下を伸ばしてデレデレしながらそう言うと、勇吾は首を傾げて言った。 「違う事なら沢山してあげられるのに…」 もう…!ダメだろっ!エッチなんだから! 「おい!ストリッパー!昨日はよくも追い出してくれたな!」 …そんな言葉を、ヒロさんが突然言った。 彼の通訳アンテナが、どこかの無礼者の英語を受信した様だ…。 「何?」 振り返ってそう聞いた勇吾を見つめると、昨日の“無礼者”は口をパクパクさせて驚いた様子で言った。 「あ…」 あ… それだけ… 澄ました顔でその様子を眺めると、勇吾のがら空きになった親指を狙って思いきり上から押し付けて言った。 「10、9、8、7…」 カウントを始めると、勇吾はよそ見しながらもオレの指から自分の親指を引き抜いた。 …わあ、なんて奴だ! 「…勇吾、今、ストリップ公演の準備をしてるんじゃないの?」 「俺の大切な人に…何か用なの?そうじゃないなら、気安く話しかけないでよ。君は、イギリスでも、知らないご婦人や、誰かのパートナーに、そんな風に話しかけるの?」 言ってやれっ!勇吾!もっと言ってやれっ! 心の中で勇吾にエールを送ると、彼の親指を狙って再び上から押さえ込んだ! 「10、9、8…」 さっきよりも早く指を抜かれると、さすがに正攻法では勝ち目がない気がして来た。 「まさか…俺たちだって丁寧にお話ししていたさ。だけど、君のパートナーが突然怒り始めたんだ。男でも、妊娠するのかな?まるで妊婦並みに気が立ってたよ?あぁ…それとも、生理前かな?あはははは!」 通訳をしながらも、ヒロさんの眉間にしわが寄った。 それくらい…下品で、失礼で、嫌な事を言われてるって事だ。 勇吾は首を横に振ると、ため息を吐いて言った。 「…あぁ、酷いな。はぁ…まさか、ここまで酷い奴が来てるなんて思わなかった…」 ヒロさんに目配せすると、勇吾はオレから離れて彼らを連れてどこかへ行った。 「勇吾…どこ行ったの?」 ヒロさんにそう聞くと、彼はオレを見て言った。 「シロ…僕は日本のアニメが好きだろ?それすら馬鹿にする奴がいる。でも…みんながみんな、そんな奴な訳じゃないんだよ。あんなひどい奴は…稀なんだ。だから、毛嫌いしないでね…。」 答えになってないね…? 勇吾を探しに行くため椅子を立とうとすると、ヒロさんがオレを止めて言った。 「聞かれたく無いんだよ。罵り合いをさ。だから、ここで待ってたら良い。彼はもう、何十年もこういう事に晒されてるからね…。言い返す言葉も豊富なんだよ。きっと…」 え…そうなの? しみじみとするヒロさんを見ると、首を傾げるマスターを見て言った。 「…勇吾、ボコボコにされてないかな?」 「ははっ!向こうは訴訟社会だから、間違っても手は出さないよ。うっかり叩いたら最後…スッテンテンになるまでむしり取られるからね?しかも、相手は勇吾さんだ。訴訟を起こされるのは目に見えてる。勇吾さんを叩けるのは、ショーンか、シロだけだよ。」 ヒロさんはそう言うと、ビールをお代わりした。本日、5回目のお代わりだ。 彼の飲み代はオレに付けられてる。 そして、オレはケチ・くさ男じゃないから、決して嫌な顔なんてしないんだ。 ただ、5回目のお代わりだって…思っただけだよ? 「シロたん…」 いつの間にか戻って来た勇吾は、オレの背中を抱くと髪にキスして言った。 「一番質の悪そうな奴らに出会っちゃったね?もう、二度と来ないから…安心してね?可哀想に…あんな野蛮な奴らに晒されていたなんて…!これは、問題だね?」 勇吾はそう言うと、携帯電話を取り出してどこかへと電話をかけ始めた。 多分、また弁護士だ。 「あ、シロ…!」 突然、目の前のマスターが悲鳴のような声をあげて目を点にしたまま、オレの背後を凝視した。 振り返って彼の視線の先を見ると、そこに居たのは…じっとオレの背中を見つめて、指ハートを擦り合わせるボー君だった。 「ボー君!おいで!」 笑顔になって彼を呼びつけると、勇吾の肩をチョンチョンして言った。 「この子が、ボー君だよ。この前、電話で怒られただろ?ふふっ!この子、オレのファンなんだ。」 ボー君は勇吾の隣に座ると、彼をジト目で見ながら言った。 「イケメンだ…」 そうだよ? オレの周りには、イケメンしか寄って来ない。 お天道様がそうしてくれたんだ。 ボー君は顔を赤くすると、カウンター席の一番奥へ行って座り直した。 「ボー君、依冬がボー君に会いたいって言ってたよ?」 聞こえる様に大声でそう言うと、勇吾が耳を塞いで席を立った。 「ああ…だめだめ。依冬君に会ったら、僕はどうなるか分からない!ダメだよ、シロ。僕は会えないよ!あぁ…どうしよう!どうしよう!」 慌て始めるボー君を見てケラケラ笑うと、隣で眉をひそめるヒロさんに教えてあげた。 オレのファンと…その愛称と、そのサインと、その存在を。 「あはっはっはっは!うっそだ~!」 ヒロさんは馬鹿笑いをすると、ボー君に言った。 「大規模な冗談ですよね?日本のカルチャーの…大規模な冗談ですよね?」 そんなカルチャー…日本にないよ? ボー君はもじもじしながら携帯電話を取り出すと、画面をこちらに向けて言った。 「い、今…チッパーズの会議をしていた所だったんです…」 こんな所で、会議とか! さすが、チッパーズだ! オレは胸を張ってマスターを見ると、ヒロさんを見て言った。 「ね?見て?こんなに沢山のチッパーズが、オレに付いていてくれるんだ。凄いだろ?ふふん!」 ボー君が見せた画面は細かく区切られて、その一つ一つに知らない人の顔が表示されていた。 オレが手を振ると、みんな驚いたり、奇声を上げたり、椅子から落ちて喜ぶ人が居たりして、面白かった。 「あはは!会議って…何の会議を開いていたの?」 ボー君にそう尋ねると、彼は神妙な顔をして言った。 「勇吾さんの事務所に…どうやって死んだ豚を送り届けるか…考えていたんです。」 「止めてあげてよ!そんな事!」 悲鳴を上げてそう言うと、ボー君や会議に参加したチッパーズに説明をしてあげる。 「かくかくしかじか…そういう事で、勇吾はわざわざオレの所に来てくれて、問題を処理してくれてるんだよ?だから、豚の死体なんて送らないで?もっと…楽しい物を送ってあげて?」 「…例えば?」 ヒロさんは画面から聞こえる英語まで通訳してくれてる。 オレはボー君の携帯を見つめると、首を傾げて言った。 「そうだな…美味しい食べ物とか、ミネラルウォーターとか…お花とか…」 オレがそう言うと、ひとりのチッパーズが胸を張りながら挙手した。 「…どうぞ。」 オレは彼に視線を当てると、手を指してそう言った。 「はっ!…あぁ、シロ…愛してる!」 わあ… 彼はそう言うと、突然ドギマギした様子になって、もじもじしながら言った。 「…さっきの、エキサイティングなポールは、本当に素晴らしかった…!あの、クソッタレで醜い豚をケチョンケチョンにして、笑いものにした時のシロは…最高にクールだった…!」 ほほ!良く分かってるじゃないか! 気を良くしたオレは鼻の下を伸ばすと、画面の中の彼らに聞いた。 「オレのどこが好きなの~?」 「イカれてる所!」 「地味な見た目に反して、エキサイティングで、キレやすい所!」 「攻撃的で…トリッキーな所!」 「可愛い所!」 最後の女性が言った言葉が、一番嬉しいよ… その他は褒めてるのか、貶してるのか、正直…微妙だ。 電話を終えた勇吾が席に戻りながら、ボー君を見て言った。 「この前の、シロが暴言を吐かれた動画、ここに送ってくれよ。」 そう言って差し出したのは英語で書かれた、一枚の名刺。 「あ…はい。」 急に大人しくなったボー君は、勇吾の名刺を受け取るとチコチコと携帯電話を弄り始めた。 「ボー君?この前、電話で泡を出しながら怒っていたのが、この人だよ?」 椅子に腰かけた勇吾の膝に体を乗せて、遠く離れた場所のボー君にそう言うと、彼は首を何度も傾げながらニヤニヤして言った。 「…こんなに、イケメンだとは…思ってなかった。」 なんだ! 「ボー君はオレのファンじゃない!オレに群がるイケメンを嗜みたいだけじゃん!」 勢いよく立ち上がると、頬を膨らませてそう言ってボー君を詰った。彼は慌てた様に首を振ると、携帯電話を床に落として言った。 「なぁにをおっしゃる!僕は正真正銘のシロのファンですよ?足のサイズまで知ってるし、レッド・アイはトマトジュース多めで注文する事も知ってる!さっき、ステージで勇吾さんを引っぱたいた時!射精したんだ!ね?僕はシロのファンでしょ?」 いいえ…君は、どちらかというと…どМの変態だ。 しんと静まるカウンター席を無視して、ボー君はくちの端に泡を溜めて話始めた。 「この店で桜二さんをボコボコにした歴史があると聞いて…その場に立ち会えなかった事が、悔しくて…悔しくて堪らないんだ!もし、僕がその場にいたら…一体、何回射精しただろうか!カラカラに枯れるまで、派手に射精したのに!」 あはは…! あ~はっはっはっは!! 肩を揺らしながら興奮して話すボー君を見つめると、彼は突然顔を赤くして言った。 「べ…別に、そんな願望はないですよ…?」 嘘だ… この場にいるみんなが、多分、そう思った… 「シロ、そろそろ」 支配人がそう言ってオレを呼びに来たから、彼にボー君を紹介してあげた。 「支配人、この子、ボー君ていうの。オレのファンなんだ。“チッパーズ”って言うオレのファンクラブのドンだよ?彼が、YouTubeでオレを海外に広告宣伝してくれた。得た収益はお店に還元してるって。いっそのこと、店の広報に雇ったら良いのに。」 オレがそう言うと、支配人は眉を上げてボー君を見て言った。 「あぁ…確かに、彼は良く来てる影の薄いお客様だ。へえ…」 「支配人さんのセクハラも、会議の議題に上がってます!」 ボー君がそう言って、過去の支配人のセクハラ動画を再生させて言った。 「これは、明らかにシロが嫌がってるのに、彼の股間を撫でて!これは、レイプまがいだ!」 勇吾が眉をひそめて画面を食い入るように見つめる中、支配人は表情を固めて言った。 「勝手にお店で撮影されたら困りますよ。お客さん…次からは、ダメですよ?はは…」 「やめてよっ!馬鹿!」 「なぁんだよっ!良いだろっ!減るもんじゃないし…おじいちゃんの介護だよ~~?おっぱいペロペロさせて~!」 動画の中のオレと支配人の声がカウンター席に響いて、勇吾が支配人を見て言った。 「…もうしないで?」 「はっは!こんなの…俺とシロの間では、冗談で済む事だよな?な?な?」 「だぁめだって!ん、もう…!桜二に言うからな!」 「んな、萎えるような事を言うんじゃないよ!馬鹿野郎!首にするぞ!?良いのか?ほらぁ…おっぱい見せて…?おじいちゃんがペロペロチュッチュしてあげるからぁ!」 「最低だな…」 ヒロさんがそう言って項垂れると、勇吾が支配人をジト目で見て言った。 「…もう、するなよ。」 「ええ…はいはい。まあ、冗談ですけどね?」 支配人はへらへら笑いながらそう言うと、オレの腰を掴んで席から下ろした。 そのまますごい勢いで階段まで引っ張って連れてくると、オレと手を繋ぎながら顔を歪めて言った。 「なぁんだ!俺たちの不倫が駄々洩れじゃないか!」 どういう事だよっ! エントランスには、楓の彼ぴっぴがあの子の上りを待って、ぼんやりと花を眺めて立っていた。 この人、とってもスーツ姿が格好良いんだ。 まぁ…僕のナイスガイたちに比べたら…普通だけどね?ふふん。 マウント?取ってないさ。自慢?してないさ。 ただの、事実だよ? 「あれ?今日は、これからどこかに行くんですか?」 だって、とっても上等なスーツを着ていたんだ。 オーダーメイドとまではいかないけど、体に合った作りの良いスーツだ。 まぁ…僕のナイスガイたちに比べたら…普通だけどね?ふふん。 楓の彼氏はふふっと素敵な笑顔を見せると、伏し目がちに顔をそらして花を眺め続けた。 この人はいつもそう。無口なんだ。 きっと、オレの桜二も他の人からはこんな風に見える筈。 …いいや!もっと格好よく見えて居るに違いないんだ! 「あぁ~ん!シロ!ダメだよ!?僕の彼氏に話しかけないで!」 大声を上げながら階段を駆け上って来ると、楓はオレの体を回れ右させて、お尻をペンペンと叩いた。 なんと! 口を尖らせて楓を見ると、ふん!と鼻を鳴らして言った。 「オレは、もう、これ以上男は要らないよ?」 「確かに…これ以上増えたら、1週間でも足りなくなる。」 ボソッと支配人が受付でたばこの整理をしながらそう言った。 なんだ! 綺麗に着飾って彼氏と腕を組んで帰って行く楓を見送ると、支配人を見て言った。 「オレも、もっと背が高かったら、あんな風に素敵に見えるのかな…まるで、映画のワンシーンみたいだ…」 「はっ!男を引き連れて歩くお前は、なかなかの壮観だぞ?それに日本じゃあ170センチを超えてりゃ十分、背の高い人の部類に入るんだ。良いじゃねえか…。」 そうかな… 楓の様に美しくて様になる、そんな見てくれに憧れるよ… まるで同じ人間とは思えないくらいに、造詣が違うんだもん。やんなるよ。 階段を下りて控室に入ると、あの子がいつも使うラメを腕に付けてみた。 あの子の醸し出される様な美しさに、あやかりたかったんだい。 「うわあ…キラキラする…」 ぼんやりと自分の腕を眺めてひとりごとを言うと、カーテンの前に立って手首と足首を動かした。 首をぐるっとゆっくり回すと、着慣れないスパンコールの衣装を見下ろした。 これ…似合ってるのかな…? カーテンの向こうで大音量の音楽が流れ始める。 今日は勇吾が来たから、情熱的な選曲にしたんだ。 それは…ジプシーキングスのBanboleoだ! ギターの音と共にフラメンコの様に片手を上げてステージへ行くと、美しく首を伸ばして、まるで誰かと踊っている様にひとりで踊る。 「シローーー!綺麗だ!」 そんなお客の声を涼しい顔で受けると、華麗で力強いフラメンコのステップを踏んで勇吾を見つめる。 あぁ…! そんな顔をして…なんて可愛いんだ! まるで子供みたいな笑顔の勇吾にクラクラすると、ポールに手を伸ばして体を捩じりながら上に持ち上げていく。 「シローーー!今日は一段と綺麗だーーー!」 そうだろ? だって、大好きな人が来てるんだ。 彼に見せる物は…1番上等じゃないと、だめなんだ。 「オレ トゥーーー!」 階段の上から支配人がハレオを叫ぶ。 それはフラメンコの合の手…オレがKPOPアイドルにかける掛け声の様なもの… 一気に舞台を移して、ここはスペインになっていく… 「オレーーー!」 そう言いながらポーズをとると、お客が大盛り上がりして店の空気が盛り上がって行く。 良いね。 さすが、情熱の国だ! 体を思いきり仰け反らして美しい曲線を描くと、曲の調子に合わせて一気にスピンして回った。 あぁ…! シルバーのスパンコールがスポットライトを浴びて、キラキラと輝きながらオレの周りを美しく輝かせてくれる。 「シローーー!」 熱の入った歓声を受けながら美しくポールを滑り降りてくると、ギョッとして固まった。 突然…オレのステージに支配人がギターを持って現れたんだ! 「だめ!」 オレがそう言っても、支配人はギターを鳴らしながら歌い始めた… それは、彼の十八番…ジプシーキングスの…My Wayだ… …こんな、しんみりした曲で服なんて脱げないよ。 オレは胡坐をかいてステージに座ると、気持ち良く歌い上げる支配人を頬杖をつきながら見つめた。 「カンタ ビエン!」 そんなハレオを送ってお客が一緒に歌い始めると、一気に盛り上げた空気をジジイに持って行かれる。 仕方ないね… だって、ここは今、スペインだもの。 オレはDJに目配せすると、この熱唱が終わった後にもう一度自分のステージにつなげる算段を付ける。 …取られたまま終わるなんて、する訳ないさ。 支配人が最高潮に気持ち良くなってフィニッシュすると、もう一度Banboleoのサビを大音量で流して、体をのけ反らせながらスパンコールのキャミソールを脱いで行く。 ギターを抱えて演奏を始める支配人とフラメンコを踊りながら、彼の腕に腰を抱き寄せられてしなだれかかる。 「フォーーー!危険だ!逮捕される案件だ!」 そんなお客の興奮した声に一緒にクスクス笑いながら、オレのズボンを脱がす支配人の手をそのままにさせた。 「キャーーー!とうとう!とうとう!ジジイが成就させるぞ!!」 そんな口の悪いお姉さんに投げキッスをすると、オレのズボンを脱がしてご満悦な支配人の体に片足をかけた。 そのままオレの方へと体を倒す彼の顔を見つめながら、もう片方の足を後ろに引いていく。 これはフラメンコじゃない、タンゴだ! 「ウホーーー!綺麗だぞーーー!」 そうだろ? このジジイは何だかんだ…いろいろな事を知ってる。博学なんだ。 だから、フラメンコもタンゴも踊れる。 …なかなか、素敵だろ? 「最後はバシッと決めてね?」 間近で見つめ合う彼にそう言うと、チュッと口だけキスをして彼が言った。 「当たり前だのクラッカーだよ?」 ふふっ! 繋いだ手を高く上げてオレを回すと、腰に手を当てて体を屈め込んだ。 最高に決まった!! 「ブラボーーー!」 「オレトゥーーーー!」 「オレ シローーー!」 そんな歓声を受けて丁寧にお辞儀をすると、イケてるジジイとお別れしてカーテンの奥へと退けた。 「あぁ…素敵だった。あのジジイはいつもああして居たら良いのに…」 そんな事をポツリと呟きながら、最高に盛り上がったステージに満足した。 半そで半ズボンを着て控室を出ると、未だにギターをかき鳴らしてスペインに行ってる支配人に言った。 「素敵だった!恋しそうになった!」 「ったりめえだろ?俺を誰だと思ってんだよ?イケオジだぞ?」 ははっ! 自惚れてんな?

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