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第25話
店内へ戻ると、受け取れなかったチップを回収しながらカウンター席へ向かう。
「親子ほどの年の差は、色々な意味で萌えるな?」
ひとりの常連さんはそう言うと、オレに一番高いチップを向けて言った。
「支配人とも出来てるの?」
「まさか!やめてよっ!」
顔を歪めて全身で嫌がると、常連さんはケラケラ笑って言った。
「そのくらい、息が合ってたんだよ。ただならぬ関係を感じずにはいられないよ?」
お爺さんの結城さんともセックス出来るんだ。
オレは多分、問題なく支配人ともセックス出来るだろうよ。
ただ、それをやっちゃあ…お終いだ。
付かず離れずの…この絶妙なバランスを、オレも彼も楽しんでいるからね?
「シローーー!最高に盛り上がったな!やっぱり、お前は最高だ~~~!」
勇吾がそう言ってオレを抱きしめる中、ヒロさんがフルフルと体を震わせて言った。
「なんて…なんて、すごいステージだ…!こんな臨場感のある、ライブ感のあるエキサイティングなステージを、見た事が無いよ…!」
ふふっ…凄い誉め言葉だ!
勇吾に抱きしめられながらヒロさんを見ると、ニヤリと口端を上げて笑って言った。
「だろ?」
舞台は生もの。
その時々で姿を変えるのが当たり前…
今日みたいに飛び入り参加の演者が居たって、動揺したり、たじろいだりしないで、まるでお膳立てした物の様に、こなして魅せるんだ。
それが、たたき上げのオレの腕の見せ所だよ?
「あれ?ボー君は…?」
オレがそう聞くと、勇吾もヒロさんも、マスターさえも首を傾げた。
…いつの間にか姿を消したボー君。謎の多い男だ。
でも、それが彼の…チッパーズの魅力なんだ。
風のように現れて、風の様に立ち去って行く…かっこいいじゃないか!
「チッパーズは謎の多い組織だね…」
ヒロさんがビールを飲みながら物騒な事を言い出した。
「だって、実名の分からないボー君を筆頭に…世界中のみんながオンラインで繋がってる。中にはアカウント名が表示されない怪しい人もちらほら散見した。ハッカーもいそうだ。」
ええ…?
確かに…豚の死体を勇吾の会社に送り付けようとするくらい…過激な組織だ。
「ふふっ!良いでしょ?」
そう言ってほほ笑むと、オレを抱きしめてグダグダに甘ったれる勇吾に言った。
「ねえ?何点だった?」
「…点数なんて付けられない。それくらい…素敵だった。」
そう言った彼の表情は、ステージの上から見つめた笑顔同様…子供みたいに、フニャっと笑った、可愛い笑顔だった。
あぁ…良かった。
勇吾はオレのステージを楽しんだみたいだ…
彼の両頬を両手で掴むと自分に向けて、彼の半開きの瞳を覗き込んで言った。
「かぁわいいの?」
「ぶふっ…!…うん、かぁわ良いの…」
訳も分からないままそう言い合うオレと勇吾を見つめると、マスターとヒロさんは首を傾げながら言った。
「…よく、分からない。」
ふふっ!当然だ。だって、オレと彼だって、良く分からないもの。
「明日の朝、雑誌記者がいない事を見届けたら空港に行くの?」
「うん…そうだね…」
「居たらどうするの?」
「追い払うさ…」
「次の日も来たらどうするの?」
「訴えて、接近禁止にしてもらう。でも…どうかな、そろそろ別のスキャンダルに関心が向かいそうな気がするよ。そうなったら、事を荒立てないで…ドロンした方が賢いんだ。」
勇吾はそう言うと、ワインをグルグル回しながら言った。
「お互いね…引き際が肝心だよ…」
ふぅん…
大人な彼の腕にもたれかかると、手のひらを恋人繋ぎにして繋いだ。
会いたくなったら…彼みたいに近所に行く感覚で、会いに行けば良いんだ。
だから、明日、彼が、居なくなっても…大丈夫なんだ。
仕事を終えてタクシーで家に帰ると、桜二と依冬が猫柄のパジャマ姿でくつろぐ中、リビングに布団を敷いて言った。
「ここは床暖房もあるから、ヒロさん、特等席だよ?」
オレがそう言うと、ヒロさんは首を傾げて言った。
「えぇ…うん。誰かがキッチンに来る度に、起きそうだね…」
「大丈夫!桜二は寝る前にキッチンドランカーになるけど…自分の部屋に行ったらもう出てこないし、依冬はトレーニングをした後、お風呂に行ってビールを飲んだら、すぐに寝るから。」
彼の枕をポンポンと整えると、そう言ってにっこり微笑んだ。
「じゃあ…お風呂入って来るわ…」
そう言って着替えを抱えて浴室へ向かうヒロさんを見送ると、すっかり馴染んでソファでくつろぐ勇吾に言った。
「勇吾?このパジャマをあげるね?」
「シロとお揃いだと嬉しいけど…彼らまでお揃いだとは知らなかった…」
勇吾はそう言いながらオレとお揃いの猫柄パジャマを受け取ると、桜二のパジャマ姿を見て言った。
「あの人、全然、似合ってない!」
止めろよ…気にしてんだぞ…
「俺は顔が可愛いから、結構似合ってるんですよ?ふふっ!ね?シロ?」
依冬がそう言ってオレを膝の上に乗せて抱きしめた。
「桜二も可愛いよ?」
オレがそう言うと、桜二はいじけた顔をしながらキッチンへ行ってグラスに氷を入れた。
「今日は何杯飲むかな?」
クスクス笑いながらそう言うと、キッチンのカウンター越しに桜二の作るお酒を眺めた。
「シロが作ってよ…」
そんな甘ったれた声を出すと、桜二はオレにウイスキーの瓶を手渡した。
「良いよ。どれどれ…何フィンガーですか?」
「割らないけど…2フィンガーで…」
桜二はそう言うと、オレがグラスに入れる様子を瞳を細めて眺めた。
「シロ!何か、飲めるワインを頂戴よ!」
勇吾はそう言うと、ぺったりと体を付けてオレの背中に頬ずりした。
「ん、ちょっと待ってね?2フィンガー…」
慎重にグラスにウイスキーを注ぐと、目の前の桜二に出して言った。
「どぞ?お客さん。」
彼はグラスを受け取るとカラカラと氷を鳴らして言った。
「ども、マスター。」
ふふっ!
勇吾を背中に乗せたまま、物置にある桜二のワインが置かれたワインセラーを覗くと、勇吾が指さしたワインを取り出してキッチンへ戻って来た。
「桜二、これ少し頂戴?」
彼を見上げてそう言うと、桜二はムッと顔を歪めて言った。
「それは、シロの誕生日まで寝かせておくつもりだったんだ!」
「分かったよ。じゃあ、どのワインだったら飲んでも良いの?」
オレはそう言うと、ワインを手に持って物置に戻った。
「…ないよ。どれも、大事な、ワインだからね…」
カラカラと氷を回しながらそう言うと、桜二は鼻で笑って言った。
「ドン・キホーテで買ってこれば良いじゃん!」
…もう。
「意地悪しないで、どれか少しだけ分けてあげてよ…」
背中にくっ付いたままの勇吾が、桜二にどんな表情を向けているかなんて分からないよ。
だけど、こんな幼稚な桜二は見たくないんだ。
彼を見上げてお願いすると、桜二はため息を吐いて一番下のワインを取り出した。
「…本当は嫌だけど…仕方が無いから少しだけ分けてあげるよ…」
いじけた様にそう言うと、ワイングラスを出して本当に少しだけ注いで入れた。
「桜二…!意地悪しないで!」
「俺は意地悪じゃないよ?シロ?俺は優しいだろ?」
もう、ダメだなこれは…
桜二を諦めると、ゲームを始める依冬に言った。
「依冬、ワイン1本頂戴?」
「良いよ。適当に持って行って…」
あぁ!
こんなに簡単に手に入るなら、初めから依冬に言えばよかった…
背中に勇吾を乗せたまま依冬の部屋に入ると、彼が指さすワインを手に取ってキッチンへと戻って来た。
勇吾が栓を開ける中、新しいワイングラスを取り出して置くと、桜二が少しだけ入れたワインを飲んで言った。
「本当に、ひと口だ!」
そんなオレの言葉に肩をすぼめると、桜二はまたウイスキーの瓶に手を伸ばした。
「もう…お客さん、飲みすぎだよ?」
オレはそう言って彼からウイスキーを取り上げると、彼のグラスに再び2フィンガー分注ぎ入れた。
「マスター…嫌な事があった時、どうしたら良いの?」
そんなくだらない管を巻き始める桜二に残念そうな瞳を向けると、首を横に振りながら言った。
「受け入れなさい…全て、受け入れて…飲み込んで…吐き出すんだ。」
それっぽい事を言って桜二の背中をなでなでしてあげると、彼はオレを抱きしめて体の中に入れた。
「マスター!寂しんだ…俺は、きっと寂しいんだ。」
オレの髪にスリスリと頬を付けると、桜二はクッタリと体の力を抜いて覆い被さって来た。
酔ってる?
いいや、これは彼のおふざけだよ?
「馬鹿だな、桜ちゃん…寂しいのなんて誰だってそうなのに、まるで自分だけ寂しい気になって…33歳にもなってそんな体たらくだと…ビーストの毒舌にやられるよ?」
勇吾がそう言って自分のグラスにワインを注ぐのを眺めると、背中に圧し掛かった桜二がピクリと反応して動いた。
「依冬はね、俺には毒は吐かないんだ。悪い奴にしかそんな事はしない。番犬だからね?」
ぷぷっ!
オレは桜二の体の下から抜け出すと、ゲームに夢中な依冬の膝の上に寝転がって言った。
「…依冬は悪い奴にしか暴言吐かないの?」
「…さあ…」
心ここにあらずな彼の膝を撫でると、
画面の中でバンバンと…次々に打たれて死んでいく人たちを見て、ゾッとする…
「依冬…物騒なゲームをしてるね…もっと、楽しそうなのをしなよ。」
「え?楽しいよ…?」
依冬はこれが楽しいみたいだ。
この前は何も悪い事をしていない恐竜を殺していた…
殺戮を繰り返すゲームばかりしてる。
「…この人たちが殺される理由は?彼らには家族はいないの?」
依冬の顔を覗き込んでそう尋ねると、彼は眼球にゲーム画面を映しながら言った。
「…うるさい…」
…常連さんが言ってた。
アメリカでは、こういうFPSと呼ばれる“バンバン撃つゲーム”を子供にやらせて、エイム…所謂、照準を合わせるスピードを上げる訓練をしているそうだ。
依冬ももれなく、上等なスナイパーに育つのだろうか…?
「人殺しして楽しいの?ねえ?もっと、楽しいゲームにしなよ。車のゲームとか、果物を集めるゲームとか…」
彼の膝でごちゃごちゃ言うと、依冬のキャラが誰かに殺されて、彼に舌打ちされた…
「なぁんだ!この野郎!」
そう言って依冬のお腹にパンチしても、彼は強い筋肉の持ち主だからね。
オレのへなちょこパンチなんて、全然効かないんだ。
「あ~、このゲーム知ってる。」
お風呂から上がったヒロさんはそう言うと、依冬のゲーム画面を一緒になって見始めた。
人殺したちだな…
「勇吾、お風呂一緒に入ろう。」
ワインを片手に桜二と”寂しさ”について語る勇吾の手を引くと、彼と一緒にお風呂に入る。
せっかくお湯を張ったのに、ヒロさんはシャワーだけ済ませたみたいだ…
「今日は…何の名湯にしようかな~!」
水色の入浴剤を手に取ると、湯船にパラパラと入れて手でかき混ぜて言った。
「勇吾?水色のお湯だよ?」
「ふぅん…」
なんだ。
いまいちなリアクションだ…
頭と顔を洗って体を洗うと、勇吾が首を傾げて変な顔をしていた。
「なぁに?」
彼の顔を覗き込んでそう聞くと、勇吾は肩をすくめながら言った。
「…別に、ただ…変な感じだなぁと思ってさ。」
変な感じ…?
「それって…どんな感じ?」
彼の背中を洗いながらそう聞くと、勇吾はクスクス笑って言った。
「さあね…何だろう、言葉では表現できない感じ…」
ふぅん…
勇吾の襟足をふわふわのスポンジで洗うと、彼の首をぐるっと洗って、腕を持ちながら洗ってあげる。
「あとは自分でやって?」
そう言ってスポンジを勇吾に渡すと、シャワーを浴びてお湯に浸かった。
「あ~!良い気持ち!早く来て!早く来て!」
オレがそう言って急かすと、体を洗い終えた勇吾が、ちゃぽんとオレの隣に入ってお湯に浸かった。
「ふふっ!勇吾~!気持ちいね?」
そう言って彼に水鉄砲を掛けると、勇吾は呆けた顔をして言った。
「あ…分かった。はは…懐かしいって感じたんだ…」
懐かしい…?
首を傾げると、ホクホクの笑顔になった勇吾の胸に、お湯を掛けながら言った。
「この感じが…懐かしかったの?」
「ふふ…そうだな…何だか、子供の頃に戻った様なノスタルジーな気分だよ。」
変なの…
「酔ってるのかな…?」
「…どうだろう?」
勇吾はクスクス笑うと、両手でお湯をすくって、オレの頭にお湯をかけながら言った。
「華厳の滝…」
おもんな…
オレは桶に沢山のお湯を入れると、彼の頭の上からお湯を垂らして言った。
「ナイアガラの滝だよ?」
「あ~はは…やったな。シロ…!」
そう言った勇吾がオレから桶を奪うと、顔にぶっ掛けて言った。
「クジラだぞ~!」
鼻の中を狙った彼の下からお湯攻撃にイラっとすると、オレは彼の胸の前に両手を並べて言った。
「お父さん!見て見て!バタ足出来た?ね、ね、オレ、バタ足出来た?お父さん!お父さん!見てってば!ね、ね~、お父さん!バタ足出来てる?ねえ!」
夏休みの市民プールを彷彿とさせる情景を彼にプレゼンツしながら、並べた両手をバタ足するみたいにバシャバシャ動かして、彼の顔面を水浸しにしてやった!
「あ~はっはっはっは!勇吾の負けだ!」
無言でお湯を浴び続ける彼にそう言うと、バタ足を休まず続けて尚も畳みかける様に言った。
「お父さん!お父さん!オレのバタ足見てってば!ほら!出来た!出来たでしょ?オレのバタ足見てってば!!あ~はっはっはっは!!」
水浸しになった彼はもはや抵抗する事をやめて、ただ、じっと、バタ足のお湯を顔に受けた。
「もう、しない。」
勇吾はそう言うと、オレを引っ張り寄せて背中から抱きしめた。
「降参した?」
彼を見上げてそう尋ねると、勇吾はクスクス笑って言った。
「降参した…」
このバタ足攻撃は、桜二さえも黙らせる事が出来る…オレの必殺技だもんね。
ふふっ!
彼がオレの手を自分の手のひらに乗せて、パシャパシャと穏やかに遊び始めた。
「どん吉に…早く会えると良いね…?」
不意にポツリと彼がそう言うから、ぐっと胸が詰まって、目が潤んだ。
「…うん。」
シャワーを浴びてお風呂を出ると、お揃いの猫柄のパジャマを着た。
「どうして俺はいつもピンクなの…?」
不満げに勇吾がそう言うから、オレは彼を見つめて言った。
「勇吾は…ピンクな感じがするんだよ?」
「うっさいよ。静かにお風呂に入れないの?バタ足って何?何なの?そんな日本語知らないよ?」
布団に入ったヒロさんに注意されると、オレはへらへら笑いながら冷蔵庫のミネラルウォーターをがぶ飲みした。
ヒロさんに気を利かせたのか、桜二と依冬はすでにリビングから姿を消していた…
「ヒロさん、モモ…寂しがってない?」
「寂しがってるよ…シロ、離れるって…こんなに辛い事なんだね…心が千切れてしまいそうだよ…しくしく」
ヒロさんはそう言うと、枕元に置いたリモコンを使ってテレビを付けて言った。
「これから再放送のアニメがやるんだ…チェック済みさ。」
彼は楓にちょっかいを掛けたり、大久保利通のお墓に行ったり…アニメ三昧になったりと…意外とこの環境を楽しんでいる。様に見える…
「勇吾はオレと一緒に寝ようね?」
ペットボトルを手に持ったまま彼の手を引くと、自分の部屋に入って行く。
「あ~…ほら、これ…丸見えじゃないか!」
部屋に入ると勇吾はそう言って、間仕切りの隙間を行き来して言った。
「なんだ、勝手に俺の部屋に入るなよ。あぁ…この絵が見たかったの?仕方ないな…これは、俺がタダで頂いた物なんだよ…。どうだ?素敵だろ?」
そんな桜二の声と話す内容を聞けば、彼が何を自慢してるのかなんてすぐに分かった。
大塚さんに貰った色のついたオレの絵を自慢してるんだ。
「わぁ…あの画家の絵?凄いな…綺麗じゃないか…これが、完成品なの?」
勇吾がそう言うと、桜二はグフグフ笑いながら言った。
「まさか!彼はもっと大きなシロの絵を描いたんだ!それはとっても…ふふ、言っても良いのかな?ネタバレになっちゃうかな?まあ…お前が見る事はないだろうから、教えてやっても良いけど…ふふっ!どうかな?」
間仕切りの向こう側で何が繰り広げられているのかなんて…オレはノータッチだ。
関わると、ろくな事が無いって分かってるからね?
「勇吾!寝るよ!来て!」
ベッドに入ってそう言うと、笑顔でオレの部屋に戻ってくる彼に言った。
「電気消して…?」
「ほいほい…シロ、愛し合おうじゃないか!」
ええ…?
勇吾はオレの隣に寝転がると、ギュッと抱きしめて言った。
「何しちゃおっかな~…ふふっ。シ~ロ、勇吾に何して欲しい?」
止めろよ…
間仕切りの隙間から、桜二がこっちを覗いてるじゃないか…
「何もして要らないよ?寝て?」
そっけなくそう言うと、ぶつぶつ文句を言う勇吾の声を背中で受け止めて、煌々と光る桜二の部屋の明かりを眺めた。
いつの間にか眠ってしまった様で、目を覚ますと桜二の部屋の明かりも消えていた。
オレは体を返すと、目の前に眠る勇吾にキスして、彼の唇をペロペロと舐めた。
「あ~ふふっ!なぁんだ、シロは…夜這いがしたかったの…?」
寝ぼけてケラケラ笑う勇吾に、声を潜めて言った。
「桜二が起きるだろ?静かにやらないとダメなんだ…」
「ぷぷっ!まるで家族と同居してる人とセックスするみたいだね。」
勇吾はそう言ってクスクス笑うと、潤んだ瞳でオレにキスをくれた。
あぁ…
気持ちいい…
オレの体に覆い被さると、髪の毛を何度も撫でて勇吾が言った。
「可愛いね…」
ぼっと顔が熱くなって、急に恥ずかしくなってくる…
「なぁんで…やぁだ…」
「なぁにが…だって、とっても可愛いんだもの…」
ぐへへ!
照れるじゃないか…!
オレは勇吾の髪に指を入れるとかき上げながら言った。
「綺麗だね…」
「ふふっ…」
勇吾は吹き出して笑うと、オレの首筋に顔を埋めて優しくキスをくれる。
彼の背中を抱きしめると、オレの足の間に体を入れてくる彼を迎え入れて、両足で抱きしめる。
「あぁ…勇吾、大好き…大好きだよ…」
彼の香りを胸いっぱいに溜めて吐き出さないで奥の方へとしまい込んでいく。
「シロ…可愛いよ。可愛くて、危険な子だ…」
あふふっ!
彼のパジャマのボタンを外して、剥き出しになった胸にキスをすると、手を這わせて、彼の乳首を撫でて摘んだ。
彼はオレの耳を舐めながら、肩を揺らしてパジャマを器用に脱いで行く。
すべすべの彼の肌に触れると、背中がゾクゾクして…舐められる耳元が一気に性感帯になって…腰がゆるゆると動き始める。
「…あっ、はぁはぁ…んん、はぁあん…あっああ…」
彼のキスの音が…いやらしく耳の奥を揺らして、彼を撫でる手のひらが熱くなってくる。
「行かないで…」
そんな言葉、オレは言ってない…
だって…彼もそう思ってるって、分かってるから。
歪んだ視界で彼を見つめると、悲しそうに眉を下げて、オレの目元を拭ってそっとキスして言った。
「大丈夫だよ…怖くないよ…」
…怖いなんて、思わないよ?
だって…桜二や依冬も居てくれるし…オレにはヒロさんがいるから…
それに、オレは強いんだ…
「行かないでよ…」
オレじゃない、誰かが、そう言ったんだ。
彼の背中を抱き寄せると、自分に引き寄せて彼の胸に顔を擦り付ける。
離れたくないんだ…
「酷い事を言う人から…守ってよ…」
「守るよ…」
「…ん、こわいの!」
「大丈夫…」
「やだぁ…勇吾…勇吾…」
「大丈夫だよ…ごめんね…怖かったね…」
怖かった…
何もしていないのに…向けられる軽蔑した眼差しと、酷い言葉に…傷付いた。
何もしていないのに…毎朝しつこく家の前に現れる見知らぬ人に…恐怖を感じた。
傍に居て…守ってよ。
何もかもから…守ってよ。
勇吾の唇にキスすると、彼の息が漏れて行かない様に、全て自分だけの物にする様に、意地汚く彼の唇を貪る。
会えないなんて事は無い。
だって、彼は生きてるんだ。
…兄ちゃんと違って、会いたくなったら会いに行けるんだ。
オレの胸にキスする彼の髪を撫でながら、ポツリと言った。
「兄ちゃんと…小さい頃の自分と、お話をしてしまう…」
勇吾はオレの頬を撫でると、反対側の頬にキスして言った。
「大丈夫だよ…」
本当…?
だって…どんどん、彼らの表情が淀んで行くんだ。
初めて話した時よりも…今の彼らは、まるで生きてるオレを恨むような目をしてる。
「こわい…」
そう言って勇吾の体にしがみ付くと、震えながら言った。
「勇吾…怖いの…また、気が狂ってしまうんじゃないかって…!桜二や依冬と、仲良く暮らしているのに…。オレは彼らに内緒で、兄ちゃんと幼い頃の自分を拠り所にしてる…それはきっと、良くない事。でも、止める事が出来ないんだ…」
勇吾はオレを胸に抱くと、何度も髪を撫でて優しい声で言った。
「シロ。自分で分かってるなら…大丈夫だよ。」
え…
「でも…手放せないんだ…」
甘える様に彼の胸に顔を擦り付けると、勇吾はオレの頬を撫でて優しく言った。
「違うよ。シロ?俺に話しただろ?それは、もう、手放す決心が付いたって事だ。」
あぁ…
そっか…
「そうか…」
涙をポロポロと勇吾の胸に落とすと、オレの涙で濡れた彼の胸を撫でて舐める。
「しょっぱくない涙は…悲しい涙じゃないって…テレビで言ってた…」
クスクス笑ってオレがそう言うと、勇吾はオレの体を持ち上げて自分の体に埋める様に抱きしめて、寝返りした。
そして、そのままベッドに沈めると、オレの胸を舐めながらオレの股間に手を伸ばした。
彼の手で優しく撫でられると、どんどん気持ち良くなって行って…腰がビクンと跳ねて揺れる。
「はぁはぁ…気持ちい…」
うっとりと彼の髪を撫でてそう言うと、体に訪れる快感を静かに味わって感じる。
「お口でしても良い?」
オレのズボンを下げながら勇吾がそう聞いて来るから、オレは間髪入れずに言った。
「して!」
「ぐふっ!」
どこからともなくそんな吹き出す声が聞こえたけど…気にしない…
「あっ…ん、はぁはぁ…気持ちい…勇吾、あっああん…」
布団を口に当てて、申し訳程度の防音をしながら喘ぐと、体を捩って壁に足をぶつける。
「大丈夫…?」
「大丈夫…ふふっ」
彼の髪を撫でながら彼の口で気持ち良くしてもらうと、すぐに絶頂を迎えてしまいそう…
「勇吾…あっ…ん、だめ…イッちゃいそう…!」
「イッて良いよ…」
ほんと…?
じゃあ…お言葉に甘えて…
腰をのけ反らせてビクビク震わせると、あっという間に頭の中からつま先まで、真っ白に染まって行く…
「あっはぁはぁ…らめ、あっああん…気持ちい、あっああん!!」
腰が跳ねてビクビクすると、彼の口の中にドクドクと自分のモノが吐き出していくのを感じながら、脱力して惚ける…
気持ちいい…!
「さてさて…」
勇吾はそう言ってオレの胸を舐めると、オレの中に指を入れて奥まで一気に差し込んで撫でていく。
「あっああん!勇吾…勇吾!はぁあん!だめっ!きもちぃい!ん~~!」
「ごほん、ごほん…あぁ、何か聞こえるなあ…」
桜二が寝言を言ってるのを聞きながら勇吾の熱いキスを受けると、彼の舌に絡められて、痺れていく頭をクラクラに酸欠にしていく。
「はぁはぁ…あっんんっ…らめぇ…気持ちい、挿れて、挿れて…!」
「まだだよ…シロたん、勇吾にキスして…」
勇吾はそう言うと、オレの舌をしつこいくらいに絡めて吸った。
「んっんん…んふぅ!んん…はぁん…んっ…」
クチュクチュ鳴るいやらしいキスの音を耳の奥で聞きながら、絡まる舌の感覚が無くなるくらいに没頭してキスすると、中を弄られた快感が色を変えて太くて弾力のある大きなモノがオレの中に入って来る。
「ん~~!」
堪んない…!
体を仰け反らせて快感を迎えると、既にイッてしまいそうな自分のモノを心配しながら彼に抱き付いて言った。
「イッちゃう…イッちゃう!」
「ははっ!早いよ…」
だって…最高に気持ち良いんだ…
「勇吾…ダメ、イッちゃう!あっああん!」
我慢するなんて…無理だよ。
彼にしがみ付きながら激しくイクと、惚けてだらしなくなった顔を覗き込んで、溺れてしまうくらい息が詰まるキスをして勇吾の腰が激しく動き始める。
「んふっ!はぁはぁ…らめ…ん~~!あっああ…勇吾、勇吾!」
「ごほん、ごほん…何か聞こえるなあ…」
桜二は難聴になった夢でも見ているのか…ずっと、何かが聞こえるみたいだ…
「はぁはぁ…シロ、声が大きいかな…」
勇吾がそう言って苦笑いするから、彼の胸に顔を埋めて言った。
「はぁはぁ…らめぇ…!」
頭が真っ白になって…彼が何か言っても、どんな意味か分からない。
ただ、体中をめぐる快感に翻弄されて…身をゆだねる。
それが一番気持ち良いって…知ってるから、そうするんだ。
「あっああ!勇吾!だめぇ!また、イッちやうよ!ん~~!ああん!」
「ぐふっ!」
…桜二の、寝言が、酷い!
「お~よしよし…シロたん、勇吾とキスしながらエッチしよう…」
勇吾はそう言うとオレの体に覆い被さって、甘くてトロけるキスをした。
彼の柔らかくて良い匂いの髪の毛がオレの頬をくすぐって…彼の良い匂いがする首筋が目の前で血管を立ててる。
それが堪らなくいやらしくて…悩殺される。
「ん~~~!らめぇ!イッちゃう!あっあああん!!」
彼に再びイカされると、体を震わせて惚けて言った。
「次、イッたら…死ぬかもしれない!」
「ぐほっ!」
「ふふっ!そんな訳無いだろ…」
勇吾はそう言って笑うと、オレに再びキスしてねっとりと腰を動かした。
「はぁはぁ…シロ、勇吾もイキそうだよ…」
「ん、んん…だめぇ…」
自分は何回もイッてる癖に、オレは勇吾にそう言った。
「ぷふっ!ダメなの…?分かった…」
勇吾はそう言うと、オレの気持ち良い所をしつこく抉る様に擦って来た。
「あ~~~!ん~~!だめぇ!だめぇ!」
「あぁ…!シロ…イキそう!」
オレを抱きかかえると、ギンギンになったオレのモノをお腹で挟んで、腰を突き上げる様に動かしながら勇吾が言った。
「シロ…だめだぁ、勇吾はイッちゃう!」
彼の柔らかい髪をわしゃわしゃ掻き混ぜると、彼にしがみ付いて言った。
「イッて…!イッて良いよ!」
オレを抱きしめて短く呻き声をあげると、勇吾がぐっと堪えて停止する。そのタイミングでオレの腰がビクビク震えて…先にイッてしまった。
「ん~~~!勇吾…イッちゃったぁ…」
そう言ってガクガク腰を震わせると、惚けてよだれを垂らしたオレの顔を見て、勇吾が中でドクドクと精液を吐き出してイッた。
「はぁはぁ…ああ…可愛い…」
そう言うと項垂れる様にオレの上に覆い被さった。
汗ばんだ彼の背中を撫でるとギュッと抱きしめて言った。
「帰さないよ?」
このままベッドに縛り付けて、3月の公演が始まるまで、ここに軟禁しちゃおうかな。
ダメか…
彼は自由が似合って…彼は好きな物や好きな人に囲まれると、とても生き生きするんだ。
そして、オレは…そんな彼が好き。
「あ~あ…無理だ。だって…オレは、勇吾が好きだから…」
ポツリとそう言って両手を上に上げると、ため息を吐きながら言った。
「あなたの居場所は…ここじゃない…」
オレの耳元でクスクス笑うと、勇吾が小さい声で言った。
「俺はシロの小鳥だよ…」
小鳥…
籠に入れて自分だけの物にしてしまえるけど…敢えてオレは小鳥を空に放つよ。
「自由な小鳥だね。」
そう言って彼の髪にキスすると、彼の背中をポンポン叩いて言った。
「綺麗にして…?」
「任せとけ!」
全裸で勇吾と一緒に浴室に移動すると、ヒロさんが顔を上げて言った。
「何?地震?!」
「違うよ…トイレに起きたんだよ…」
オレがそう言うと、彼はむにゃむにゃ言いながら再び寝た。
…地震?どうしてそう思ったの?
「桜ちゃんは起きてたと思うけどね?」
シャワーでオレのお尻を綺麗にしながら勇吾がそう言った。
オレは首を傾げると、浴室の壁に頬を付けて言った。
「桜二は…寝取られ願望があるから…次への糧にするだろう…」
「ぷぷっ!本当?凄い趣味だね…やっぱり、ちょっと普通じゃないんだ。」
勇吾はクスクス笑いながらそう言うと、オレの腰を指でなぞって言った。
「綺麗だね…とっても美しい体をしてる…」
そうだよ?
毎日この体の為に…何時間トレーニングしてると思うの?
「好き?」
壁に頬を付けたままそう聞くと、彼はオレの腰にキスして言った。
「とっても…」
ふふっ…可愛い。
パジャマを着なおして再びリビングを通って部屋に戻ると、ベッドのシーツを外して勇吾を寝かせた。
「シロもおいで?」
そう言って両手を広げる彼の胸に体を埋めると、ギュッと肩を抱えて言った。
「勇吾…オレに、桜を降らせて…?」
「ふふっ…上手に出来るかな…」
勇吾はそう言うと、両手を上に上げてヒラヒラと手のひらを動かした。
「あぁ…ふふっ!可愛い!」
彼の脇に頭を置くと、彼と一緒に上を見上げて、手を高く上に伸ばした。
一緒に桜の花びらを降らせると、勇吾の額にぽたりと落として笑った。
「オレの頭にも降らせて?」
そう言っておねだりすると、勇吾の大ぶりの桜の花びらが、フラフラとオレの額に落ちて来た…
「ふふっ!可愛い!もっとして?」
何度も何度も桜の花びらを落としてもらうと、いつの間にか瞼が落ちて…眠ってしまった。
「シロ…朝だよ…」
勇吾の良い匂いを嗅ぎながら瞳を開くと、渋い顔をした桜二が言った。
「朝だよ!」
彼は怒ってる。その理由は…オレが勇吾にベッタリだからだ。
そして、きのうの夜、派手に声を出してセックスしたからだ…
ムクリと体を起こすと、半開きの瞳がもっと閉じた状態の彼を見下ろして言った。
「勇吾…帰る?」
「ん…」
はぁ…
勇吾の胸に覆い被さると、ギュッと抱きしめて言った。
「スティービーワンダーと…サッチモは別人だよ?」
「あ~はっはっはっは!!」
勇吾はオレが言った事がツボに入ったみたい。
体が跳ねる程大笑いすると、オレの髪を撫でて言った。
「ぐふふ!…ん、そうだね。」
いつも間違えてしまうのは…オレだけかな?
どちらも素晴らしいアーティストだ。だけど、どうしてかな…いつも、どっちがどっちなのか…分からなくなる時がある。
「ヘブン~アイムインヘブン~!」
そんな鼻歌を歌いながらリビングへ行くと、勇吾と頬を付けて踊り始めた。
「はぁ~…朝からなんだよ!」
そんな桜二の怒声も、ジャズの前ではベースにもならない…
「チークトゥチークが好きなの?」
口元を緩めた勇吾がそう言うから、オレはにっこり笑って言った。
「そうだよ?だから、勇吾も歌って?」
体をピッタリ付けて手を繋ぐと、オレは彼の肩に手を置いて、彼はオレの腰に手を回した。
頬を合わせてユラユラと踊るのは、まさにチークダンス…
そして、オレの口ずさむこの曲は“チークトゥチーク”っていうジャズの曲。
所謂…サッチモ、ルイアームストロングがエラ・フィッツジェラルドと一緒に歌う。デュエット曲だ。
「ごはん出来たよ!」
桜二がそう言っても、オレは彼とチークダンスをやめない。
「このふたりは…だめなんですよ。職場に行く途中も…こんな感じだ。」
既に支度を済ませたヒロさんは、呆れた様子でそう言うとダイニングテーブルに着いて言った。
「うわあ!凄い!これが…日本の朝ご飯ですね!シロがいつも“あれがない。これが無い。もっと美味しいものが食べたい~”ってごねる訳です!だってこんなに美味しそうなものを毎日食べてるんですものね!」
ヒロさんはとってもお話上手だ。そして、おだてるのも…上手だ。
まんざらでも無いのか、桜二は少しだけ機嫌を直して言った。
「…どうぞ、お先に食べて下さい…」
チャリン…
依冬はいつもの様に500円玉を入れてから席について、オレと勇吾を見て言った。
「楽しそうだね?今度、俺とも踊ってみてよ。」
「良いよ~!もちろんだ~!」
体を仰け反らせてそう言うと、再び勇吾と見つめ合って言った。
「次は…“Dream a Little Dream of Me“を踊ろうか…?」
「ふふ…良いよ。ダーリン…」
オレが鼻歌を歌うと、勇吾がオレをリードして、ゆったりと優雅に踊り始める。
それはまるで夕方の紳士と淑女だ…
「ご飯よそったよ!」
「うん…今、行く…」
勇吾の瞳を見つめて桜二にそう言うと、半開きの瞳の奥を見て…胸を焦がす…
「素敵…」
「可愛いね…」
「彼らはいつもこんな感じですよ。そして、リフトして…回って…あはははは~って笑って…終わる。踊る相性のふたりなんです。」
ヒロさんはそう言うと、桜二の味噌汁を飲んで言った。
「美味しい!これが、ミソスープ!!依冬?こんな美味しい物を毎日食べれて良いね?」
「うん…有料だけどね…」
「もう!シロ!ご飯が冷めるよ!」
桜二がキレ始めた!
「やば!」
オレはそう言うと、勇吾と離れてつま先を伸ばして深々とバレリーナのお辞儀をして見せた。
勇吾は王子様の様に腰に手を当てて、オレのお辞儀に応える様に体を屈めた。
素敵だろ?
こんな事してくれるの…彼しかいない!
「勇吾!大好き!」
そう言って彼に抱き付くと、ダイニングテーブルまで運んでもらった。
「今日のBGMはやたらサッチモ推しだったね?」
ヒロさんがそう言うから、オレは胸を張って言った。
「オレはね、サッチモが歌った“ジッパ・ディ・ドゥー・ダー”の真似が出来るんだよ?だからかな?嫌いじゃないんだ。」
「ぐふっ!」
オレの話を聞くと、依冬が吹き出して笑って言った。
「初めて聞いたよ。歌ってみてよ…」
依冬はそう言うと、味噌汁をズズッと飲み始めた。
「良いよ?聴いててね?」
オレはそう言うと、息をスッと吸って思いきり喉をしぼめてガラガラ声を出しながら歌った。
「ダブディダッパダッパダド、ディ!」
「だ~はっはっはっは!」
「ぶふっ!」
「ゲホゲホゲホッ!」
「オ~マイ…ゴッシュ!」
歌い出したばかりなのに、彼らはオレのサッチモの物まねに腹を抱えて笑い始めた…
酷いだろ?
「マ~イ、オ~マ~イ、ファダウワンダホーデー…」
「ギャ~ハッハッハッハ!!」
…どうして?
彼の歌い方の特徴…スキャットをするんだ。
だから、オレも彼の物真似をしながらスキャットをしたのに…彼らはそれが面白かったみたいで、酸欠になるまで大笑いしてる…
「ふん!もう、しないもん!」
オレは不機嫌になると、頬を膨らませながら味噌汁を飲んだ。
そんなオレに、味噌汁を盛大に吹いた依冬が涙を流しながら言った。
「それ…それ…!支配人さんにもやってごらん?多分…笑い死ぬから…!」
「微妙に…似てるんだよ。だから…おっかしくて…ぷぷ!」
桜二はそう言うと、ひいひい言いながら席を立った。
勇吾はプルプル震えて笑いを堪えると、オレを見て言った。
「とっても…上手だったよ。ダーリン…」
ホントは大笑いしたいくせにさ!フンだ!
「喉がつぶれないの?アメイジングだね?どうしてそんな声が出せるのさ?」
ヒロさんは涙を流しながらそう言うと、オレの喉仏を撫でて言った。
「ちょっと…大きいね?」
は?!
「止めろよ。なんか、いやらしいな…」
勇吾がそう言ってヒロさんの手を払った。
「どれどれ…」
桜二はそう言うと、オレの喉仏を撫でながら自分の喉仏を撫でて比べ始めた…
「確かに…ちょっと大きいかな?」
え…?!
「ほんと?どれどれ…」
今度は依冬がオレの喉仏を撫で始める…みんな一巡して…勇吾が最後に撫でて言った。
「確かに…ちょっと大きい…」
オレは喉仏が大きい男みたいだよ?
それに何の意味があるのか分からないけど、大きいにこした事は無いさ?
「懐の深さと比例してる。」
オレはポツリとそう言うと、桜二の卵焼きを箸で摘んで、勇吾の口に運んで言った。
「あ~んして?」
偉いだろ?懐の深いオレは、大好きな桜二の卵焼きを、分けてあげるんだ。
勇吾は鼻の下を伸ばすと、口を可愛く開けて言った。
「んふふ!あ~ん!」
「シロ?忙しいから…お茶碗は自分で洗いなさいね?」
桜二はそう言うと、おもむろにパジャマのボタンを外して、オレに胸板をチラリと見せつけた。
…ほほ!
勇吾の後ろで、オレに胸板をチラチラと見せてくる彼から…目が、離せない!
ダイナミックにパジャマの上を脱ぐと、背中を向けてチラッとオレを見た。
「きゃーーーーーっ!」
両手を口に当てると、足をバタつかせて奇声を上げて、興奮する。
「ど、ど、どうしたの?!」
勇吾がそう言って振り返ると、桜二は何事も無かった様に自分の部屋へと向かった。
あぁ…
朝から、血圧が高くなった…
「はぁ…」
ため息をひとつ吐くと、勇吾のパジャマのボタンを外して、彼の胸を見ながら卵焼きを食べた。
「…エッチだね?」
オレがそう言うと、彼はクスクス笑いながら髪をかき上げた。
うわあ…
ドキドキしながら視線を外すと、勇吾の足を自分の足の裏でそっと撫でた。
勇吾も、桜二もオレより10個は年上なんだ…
だからかな、妙に色っぽくて、妙に格好よく見える瞬間がある。
依冬の可愛さとは違う…大人な感じが、気に入ってる。
「さあ…今朝はどうかな?」
オレはそう言うとパジャマ姿のままズッカケを履いた。
そして玄関の扉を開いて、胸を張って歩くと、支度の済んだ依冬と桜二を従えた。
階段の上から見下ろすと…やっぱり、今日も、まだいた…
「ん、もう!勇吾~~~!」
大声で彼を呼ぶと、勇吾が玄関から現れてオレの前を歩いて行く。
オレはそんな彼の後ろを歩いて行く。
そう、彼に全てをお任せするんだ。
「勇吾!イギリスに居るんじゃないの?どうしてここにいるの!?」
水を得た魚になった雑誌記者たちは、勇吾を取り囲んで質問攻めを始める。
その傍ら…オレは桜二のネクタイを直して、依冬の襟を綺麗にしてあげた。
「行ってらったい!」
そう言って桜二にキスすると、依冬に抱き付いて彼にキスして言った。
「行ってらったい…!」
「変なしゃべり方!」
依冬はそう言ってオレの唇をツンと突くと、笑顔で車に乗り込んで行った。
ふたりの車を見送ると、勇吾の隣に行って彼の頬にキスする。
そして、彼の肩に頬を付けて記者たちを睨むと、踵を返してひとりで家に戻って行く。
あぁ…!らくちんだ!
こうじゃなくっちゃね?
だって、オレを煩わせていたもの、全て、勇吾の問題なんだから。
「ヒロさん?昨日、寝れた?」
リビングで朝から子供向け番組を見つめる彼にそう尋ねると、お湯を沸かして食器を洗い始める。
「…この場所が広すぎて…落ち着かないんだ。どこか狭い場所を提供してよ。」
う~ん…?
「オレの部屋に一緒に寝る?」
「いや…シロの部屋はやめておく。いつも誰かとセックスするんだもん。依冬の部屋なら良いよ。」
酷いじゃないか…
いつも…なんて、さすがにオレだって、そんなにしないよ?
「そう?…じゃあ、依冬はしばらくオレと一緒に寝る事にするよ。」
洗い物を済ませると依冬の部屋に入って、彼のベッドのシーツを全て外して、置きっぱなしの筋トレグッズを端に寄せるとヒロさんに言った。
「ここ、片付けるから、使って良いよ。」
彼はスーツケースを持って来ると、やっと得られたプライベート空間に満足そうに頷いて言った。
「シロの部屋は気持ち悪いポスターが沢山あるし、桜二さんの部屋はシロの絵がデカデカと飾られていて…不気味だし…依冬の部屋がまだ、マシだって思ってたんだ。」
酷いな?
「気持ち悪くない。みんな可愛いアイドル達だよ?」
全く!イギリスにはこういう“偶像崇拝”文化が無いの?
あぁ…違う人に偶像崇拝してるのか…ロイヤルなファミリーとか…存在したのかも不明な人に…
「あ~やれやれだな!」
苛ついた様子で帰って来ると、勇吾は携帯電話でどこかに電話をかけ始めた。
英語で話す彼を横目に見ながら依冬のシーツを両手で抱えると、えっちらおっちらと洗濯機へ運んでいく。
「シロ?後で…ドン・キホーテに行こうよ。」
ヒロさんはそう言うと、オレの後ろを付いて回る。
「あと、神社にも行ってみたい!“お守り”を買って…モモにあげたいんだ。」
そう言うと東京ガイドを開いて、明治神宮の載ったページを見せて言った。
「ここに連れてってよ。あと…一蘭のラーメンも食べたい。」
それはオレも賛成だね?
「分かったよ。とりあえず、洗濯を済ませたらね…」
そして…彼を見送ったら…だね。
窓辺で、青山霊園を見下ろしながら電話をするピンクの猫柄パジャマを着た、彼の後姿を見つめた。
帰っちゃう…
そっと背中を手で撫でると、頬を付けて彼の声を聞く。
そのまま両手を前に回すと、ギュッと抱きしめて瞼を閉じる。
勇吾…
居なくなっちゃう…
電話を終えた彼は、後ろを振り返るとオレを高く持ち上げて言った。
「ほらっ!シロ!パッセして!」
「しない!」
すぐにそう言うと、勇吾に両手を伸ばして言った。
「下ろして!」
彼は眉を下げるとオレを抱きかかえて言った。
「…なんだ。しないの?」
彼の背中に両手でしっかり掴まると、ムスッと頬を膨らませて彼の肩をかじった。
「いてて…」
「シロ!依冬の部屋から…凄い物を見つけたよっ!」
ヒロさんが興奮しながら手に持ってきたのは依冬が大好きなあの、ローションだ…
「おぅ…」
ジト目で彼を見つめると、手で払って言った。
「ダメだよ。ヒロさん…クローゼットは開けちゃダメ…彼の、プライベートだよ?」
本人が知ったら、部屋を貸してもらえなくなりそうだ…
「段ボール一杯にあったから…」
ヒロさんはローションを見つめてそう言うと、顔を上げて言った。
「ひとつくらい貰って行ってもバレないかな?」
「ダメだよ!窃盗だよ?」
「練習部屋を見せて貰おう…この前チラッと…動画に映っていたでしょ?良い環境だなって…思ったんだよ?」
勇吾はそう言うと、オレを抱っこしたまま家の奥にある練習部屋へと向かった。
「ここね…未成年の、本番アリの、売春をさせるために作った部屋なんだよ?ふふっ!居住予定の人がその件で逮捕されて…売りに出されてたんだ。」
防音の扉をまじまじと眺める勇吾にそう言うと、ポールに手を伸ばして、体の置き場を彼からポールへと移していった。
まるで…人間に飼われた、チンパンジーの赤ちゃんみたいだ。
「あぁ…床はリノリウムにしたんだ…良いね。」
床を手のひらで撫でると、ちょこんと座って、ポールに掴まるオレを見上げて勇吾が言った。
「何か…踊って見せて…」
「ふふっ!良いよ…」
オレはそう言うと、滑りやすいパジャマのズボンをポールに掴まったまま脱ぎ捨てた。
そして膝の裏でポールを掴むと、緩急の付いたスピンを回って、笑顔を勇吾に向けた。
「見て…!これは…そうだな…クルクル回りながら川を流れて行く…大きな花びら…」
瞳を細めてオレを見上げる彼を見下ろすと、太ももでポールを掴んで、体を仰け反らせて行く…
彼の顔の真ん前に顔が来るまで体を反らせると、鼻の頭をぺろりと舐めて言った。
「…帰るの?」
「うん…」
垂れさがったオレの髪をわさわさ触ると、彼はオレを見つめて言った。
「また、来るよ…」
あぁ…
両腕を彼に伸ばすと、体をのけ反らせたまま抱きしめて言った。
「…うん。」
洗濯、乾燥済みの服を着ると、昨日と同じ格好になった彼に…時間が繰り返せば良いのにって…自分勝手に思った。
悲しいよ…勇吾。
離れないでよ…オレから、離れてかないでよ…
「さてと…じゃあ、ヒロ。シロを宜しくね…」
勇吾がそう言うと、ヒロさんはニコニコ笑って言った。
「はいはい!あぁ…モモには、楓さんの事は言わないで…!」
ヒロさんは意外と最低だ…
勇吾と玄関を出ると、手を繋いで一緒に大通りへ向かって歩いて行く。
すぐにタクシーは捕まるだろう…
そして、彼は、それに乗って遠くに帰ってしまうんだ。
「…桜二と依冬の、お父さんと…セックスした。」
彼の足を見ながらそう言うと、勇吾は眉をひそめてオレを見つめて言った。
「…誰にも、言っちゃダメだよ…?」
「うん…」
彼の腕に自分の腕を絡ませて、彼の腕に頬を寄り添わせると…ここが、東京じゃなくて…イギリスに戻った様な気がしてくる。
「シロも…一緒に行こうかな…」
オレがそう言うと、勇吾はオレの頭に頬を乗せて言った。
「おいで…一緒に、帰ろうよ…」
一緒に、行きたいな…
「うん…」
そう言って彼を見つめると、クスッと笑って肩をすぼめて言った。
「会いたくなったら…行く。」
予想通り…簡単に捕まったタクシーが、後部座席の扉を開いて…彼が乗るのを待ってる。
「…またね、シロ。」
勇吾はそう言うと、オレにキスしてにっこりとほほ笑んだ。
「…うん。またね…」
視界が歪んで、ほっぺがプルプルするけど…オレは泣いてないよ。
だって…会いたくなったら、会いに行けば良いだけなんだから…
タクシーに乗り込んだ勇吾がオレを見上げるのを見つめると…眉がどんどん下がるから、グッとこらえて手を振って言った。
「来てくれて…ありがとう…。勇吾…愛してるよ…」
彼は瞳を細めて笑うと、タクシーの中から投げキッスをして言った。
「愛してるよ…シロ。」
今生の別れじゃない…
いつも、そう思うけど、いつも、辛いんだ。
彼が見えなくなる事も…彼が遠くへ行ってしまう事も、彼に触れられない事が、辛いんだ。
「…慣れないよ。」
勇吾を乗せたタクシーが見えなくなると、ポツリとそう呟いて、俯いた目から涙をぽたぽた落として…地面を濡らした。
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