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第26話

彼と歩いて来た道を、トボトボとひとりで帰る… 家に着くと、ヒロさんがリビングで洗濯物を畳みながら言った。 「桜二さんのパンツは…派手だね?」 「あっ!だめ!桜二のパンツ、触らないでぇ!」 急いで駆け寄って、彼の手から桜二のパンツを奪い取ると、ムスッと頬を膨らませて言った。 「これは…オレの仕事なの!ヒロさんは…別の事をしてたら良いよ。例えば…埃を取ったり…お風呂掃除をしたり…トイレ掃除をしたり…」 「なんで、僕がそんな事しなきゃダメなの?それはシロの仕事でしょ?」 ヒロさんはそう言うと、スクッと立ち上がって言った。 「ドン・キホーテに行きたいんだ。だから、洗濯が早く終わるように…畳むのを手伝っていたんだ…」 ドン・キホーテに…そんなに行きたかったの? オレは唖然とした表情で彼を見上げると、クスクス笑って言った。 「まだ開いてないよ。多分、まだ開いてない。」 「え!」 ヒロさんは驚いた様子でそう言うと、携帯電話を見せて言った。 「24時間営業って書いてあるよ?」 「え…!そうなの?」 初めて知ったよ… 洗濯物を畳んで、依冬のシーツを乾燥機にかけると、ヒロさんと一緒にドン・キホーテに向かった… 「シロ~!ドン・キホーテにはいろいろな物が売られてるんだよ?」 楽しそうに体を揺らすヒロさんは、まるで観光客の様にあちこちを見渡して言った。 「ここの道路は広くて大きいね…?」 「六本木通りだよ…」 オレはそう言うと、タクシーを拾ってヒロさんを乗せた。 「渋谷まで、お願いします。」 渋谷のメガドンキに連れて行って、彼のドン・キホーテ欲を一気に発散させて…帰りに明治神宮に寄って…お守りを買わせて、近くの一蘭でラーメンを食べて帰ろう… 本日のスケジュールを頭の中で立てると、ハンディカムカメラをオレに向ける彼に言った。 「止めて!撮らないで!馬鹿!」 「Shiro is so shy.」 外国人の風貌とぴったりマッチしたヒロさんの英語を聞きながら、窓の外を眺める。 「Wow ! Big Camera !」 ビックカメラ…外国人は日本の、妙な所が好きなんだな。 渋谷で下りると、ヒロさんと手を繋いで109の脇を歩いて行く。 ヒロさんはハンディカムを上に上げて言った。 「わあ!シロ!109だ…!コギャルの聖地だね?」 コギャル?いつの時代だよ… オレは首を横に振って笑うと、ヒロさんの手を引きながら教えてあげた。 「そんなのもう絶滅したよ?今は…パパ活とか言って…売春してる。ふふっ!いつの世も女は逞しいよね。逆に…いつまでも、男はバカだ。」 性欲の為に、金を払って、春を買ってるんだもんね…みじめで汚い生き物だよ。 メガドンキに着くと、ヒロさんは目をキラキラ輝かせて必要の無いパーティーグッズや、必要の無い靴下…パンツ…をドンドンかごに入れて行った。 こう言うのを、爆買いって言うんだ。 「シロ…これは…」 ヒロさんはそう言うと、誰が触ったのかも分からない怪しい肉棒を掴んで、オレに見せて言った。 「…すごいね?こんなものも売ってる!」 そうだね…確かに、何でも売ってる。 黄色い袋を両手いっぱいに抱えると、満面の笑顔になったヒロさんと一緒に明治神宮へ向かう。 「わあ…ここが渋谷…人が沢山居るね…?彼らはどこへ向かうの?」 人ごみを避けながら歩いていると、ヒロさんがそう言って首を傾げた。 「どこへって…会社だったり、仕事だったり…オレ達みたいに、買い物に来たりしてるんじゃないかな?東京は…少し、人が多い所なんだ。そうだな、ロンドンみたいに。」 オレがそう言うと、ヒロさんはニコニコ笑ってオレの顔を覗き込んで言った。 「確かに、イギリスと日本は少し似てる。島国だし…閉鎖的だし…首都に王族が住んでる所も似てるね?」 「はは…ヒロさん、日本にある神社はね、神様を祀ってる所と…生きていた人を祀ってる所とあるんだ。その両方もあるし、全然違う…自然の神様を祀ってる所もある。鰯の頭も信心から…なんて言葉があるけど、言い得て妙だよ。これから向かう…明治神宮は明治天皇とその奥さんが祀られてる。」 オレがそう言うと、ヒロさんは驚いた顔をして言った。 「シロは…馬鹿なのに、神社に詳しいんだね?」 オカルト好きな常連さんの受け売りだよ? 「赤い鳥居の謎や…お稲荷さんの本当の意味も知ってるよ?」 ヒロさんに小さい声でそう言うと、彼は神妙な顔をして言った… 「…それは、こんな所で話しても良い話なの?」 ふふっ! 彼は都市伝説を嗜んでる! ニヤリと口元を上げると、意味深に首を傾げながらオレは勿体ぶるように言った。 「…ん、どうかな…ドローンにつけられてない?あぁ…でも、これを話したら…公安に目を付けられるかもしれない…知らない方が良い事かもしれないね…」 「何?何々?」 興味津々で耳を向ける彼に…どうでも良い都市伝説をこれ見よがしに話して聞かせた。 「うわ…怖いな…行くのが怖くなって来た!」 ヒロさんはそう言うと、ぶるぶる震えて面白いくらいに怖がった! 演技? 本気? どちらかは分からないけど、さすがに可哀想になったので、ケラケラ笑いながらネタばらしをしてあげる。 「あっはっはっは!全部、嘘だよ。後付けのシナリオだよ?世の中の事に意味なんて無い。それを欲しがる人達が勝手に作ったんだ。そうしないと、意味のない世界を生きていけない人が勝手に作ったんだ。宗教もそうでしょ?縋る相手がいないと…この無意味な世界を生きていけないんだ。」 歩いて明治神宮までやってくると、鳥居をくぐって林の中を歩いて神社まで向かう。 ヒロさんはハンディカムと携帯を両手に持って、楽しそうに笑って言った。 「シロ!写真を撮ってあげる!勇吾さんに送ってあげよう。」 ええ…? 写真もカメラも嫌いだよ… どちらも普段より、ブスに映るんだもの。 「ん、良いの!…撮らなくても、良いの!」 頬を膨らませてそう言うと、ヒロさんは眉を下げて言った。 「もう…撮っちゃったよ。」 …もう! ヒロさんと明治神宮を参拝すると、いちいち喜ぶ彼と一緒におみくじを引いた。 木の枝に沢山ぶら下がったおみくじを指さして首を傾げる彼に、おみくじカルチャーを教えてあげると、楽しそうに自分のおみくじを結び始めた。 外国の人にはどれも新鮮に映るんだ。 手を洗う所も…鳥居も…お賽銭箱も、奥に見える何もないお社も…特別で新鮮な物に映るんだ。 「イギリスに行ったら、ヒロさんがオレを案内してね?」 彼を見上げてそう言うと、ヒロさんはクスクス笑って言った。 「勇吾さんがいるだろ?彼はシロと離れたくない病だから、イギリスに来たらずっと彼が君の傍に居るよ…僕が案内する隙なんて無いさ。」 そうかな…? 予想外に種類の多いお守りを見て頭を抱えると、ヒロさんはオレに言った。 「シロ!あの…家が欲しい!」 そう言って彼が指さしたのは…神棚の上に置くお宮だ。 「…要らない。大体、どこに置くんだよ。」 「姪っ子に、ドールハウスとしてあげたい。色を塗って…」 ウケる! 宮形だけなら…中にお札が入ってないなら、そんな使い方も…ありかもしれない。 そう思ってしまう自分は、罰当たりなんだろうか… ヒロさんと一緒にお守りを覗き込むと、彼の気を逸らす様に言った。 「これが…子供のお守りで…こっちが、健康祈願とか…目上の人に渡すお守り。これは夫婦とか…カップルで持つお守りだね?」 「ほうほう…」 ぶつぶつ呟きながら、ヒロさんは顎に手を当てると、じっくりとお守りを選び始めた。 手の上に大量のお守りと、木札…なぜか鈴も買って、ヒロさんは満足そうに言った。 「あぁ…神様と繋がったわ~!」 ぷぷっ!ウケる! そんな彼を見ていると、無性にオレもお守りが欲しくなって来て、ふたつでひとつになるお守りを3つ買った。 神社を後にすると、日本でも独特なスタイルの一蘭のラーメンを食べに行った。 目の前の小窓からラーメンが提供される。不思議なスタイルのお店。 観光客や…オレの好きなKPOPアイドルもよく来てるんだ。 プライベート空間という物は、これからの商売では欠かせないテーマになるかもしれないね? 「ん!んん!美味しい!!」 ズルズルラーメンを啜るヒロさんに…オレの早食いを見せてあげる。 大量の麺を箸で掴むと、口に入れて…ズルズルと啜るんだ! 「あ~はは、ちょっと…汚いね?」 ヒロさんはそう言って苦笑いすると、少しづつ下手くそにラーメンを啜った。 替え玉を頼んで食べ終わるころ…やっと、ヒロさんが一杯分を食べ終わった。 ラーメンは飲み物だ。噛んだらダメなんだ。 桜二と依冬、このふたりと食べに来たって、オレが1番に食べ終わる。 だって、オレは噛まずに飲み込んでるからね?ふふっ! 家に帰って来ると、ヒロさんがドン・キホーテの袋を漁る中、ソファに寝転がって3つ買ったお守りを眺めた。 その中のひとつを開けると、ふたつ入ったうちのひとつだけ手に取り出して、残った方をヒロさんに渡して言った。 「これ…勇吾に渡してよ。」 「オーケー…」 クスクス笑ってそれを受け取ると、ヒロさんは首を傾げて言った。 「勇吾さん、桜二さん、依冬と、シロ。君たちは…不思議な関係。もっと…ドロドロしてるのかと思ったら、意外とライトだった。まるで…家族みたい。人類学者の研究対象になりうる、新しい関係を築いてるね?」 家族みたい… その言葉がなんだか、とっても、嬉しかった。 ふふ… 口元を緩めてひざ掛けを体にかけると、音楽を流して言った。 「寝る~!」 きっと今頃…彼も寝てる。 一緒に寝たら、同じ夢を見るかもしれないだろ? それに、お腹がいっぱいになって…眠たくなったんだ。 「シロ…起きて、眠り姫だな…」 そんな桜二の声が聞こえて、口元を緩めると、クスクス笑って言った。 「ふふっ…今日、神社へ行った…」 オレがそう言うと、桜二はオレの頭を自分の膝に乗せてギュッと抱きしめて言った。 「ヒロさんは…依冬の部屋に陣取ったみたいだ。」 うっすら瞳を開くと、真っ暗な中…彼の薄く開いた瞳を見つめて言った。 「うん…ヒロさん、昨日寝れなかったって言うから…依冬の部屋を渡した。依冬は、オレと寝る。」 「ダメだよ。シロ…俺ばっかりひとりきりじゃ嫌だよ…」 可愛いんだから… 彼の背中を抱きしめるとナデナデしながら言った。 「じゃあ…依冬をオレのベッドに寝かせて、オレは桜二と寝よう…」 「うん…うん。そうしてよ…」 甘えん坊で、寂しがりで…寝取られ願望を持つ、イケメンの桜二… ご褒美でしかないよ。 彼の膝の上で、桜二に覆い被さられながら彼の髪を撫でていると、ふと、思い出したように携帯電話を取り出して電話を掛けた。 「もしもし…恵さん、どん吉はどんな様子ですか…?」 オレがそう言うと、電話口の恵さんは穏やかな声で言った。 「お母さんと一緒に暮らす算段が付きました。」 え…? 微睡んでいた目が一気に覚めると、桜二の膝から体を起こして言った。 「ダメだよ…また叩かれちゃうかもしれないよ?」 焦った声でそう言うと、電話口の彼は強い口調で言った。 「いいえ…彼女は叩いてない。」 「ん、でも…!」 叩こうとしたじゃないか… 「だめ…だめだよ…彼女の元に返すなんて…そんなの、だめだよ。」 オレがそう言うと、恵さんは淡々と言った。 「後日、どん吉君を引き出す日の詳しい日程と、これからのサポートについて、彼女と面談を控えてるんです。その際に、どん吉君のお母さんの…お父さんにも、同席願おうと思っていて…」 それって、桜二の事じゃないか… 「どうして…?」 オレがそう尋ねると、彼は落ち着いた様子で事務的に言った。 「どん吉君のお母さんの…お母さんは、ちょっと経済的に苦しくて…彼女のサポートが出来ません。金銭的に彼女は困窮してる。その上…どん吉君のお父さんは行方知れず…そのプレッシャーが、彼女を追い詰めたんです。母親にも頼れない。父親は生まれた時から居ない。仕事をしない訳にもいかない。でも…」 「どん吉を育てなくては…いけない。」 オレはポツリとそう言うと、恵さんに言った。 「オレが…オレが、桜二の代わりに彼女を支える。」 桜二がオレをじっと見つめる中、電話口で押し黙った恵さんの返答を待った… 「では…2月2日、14:00に今どん吉君が暮らしている…世田谷区の養護施設で、お待ちしています…施設名は…」 急いでキッチンへ行くと、桜二の買い物メモに、恵さんが言った施設名をメモする。 世田谷に居たの…?どん吉。 可愛い…オレの、どん吉。 会いたいよ… 「じゃあ…」 そう言って電話を切ると、オレを見つめる桜二に言った。 「…どん吉のお母さんを、助ける事にした…」 彼は悲しそうに眉を下げると、オレを見て言った。 「そう…」 運命が巡って…自分の立てた荒波を誰かが均していく…。その役がオレであれば、それはなんてことない事。 だって…ただ、巡っただけだもの。 ここまで生きてこられたのは、優しい人間に助けてもらったおかげ。 そして、今オレはそんな自分の人生を…頑張って生きて来た日々を…陰ながら助けてくれていた人が居た事を、素直に感謝する事が出来る様になって来ただろ? 誰かを恨んだり…誰かを羨んだり…戻らない日々を切望したり…狂って行ったり… それらも全てオレで、オレの生きて来た…証。 今まで生きてこられた恩返し、なんて…大層な事じゃない。 オレは、今、恵まれてる。 その恵みを他の誰かに分けるだけだ。 それが…桜二の孫の為なら、オレは喜んで何でもしよう。 桜二の娘が…鬼にならなくて済むなら、彼女を支えよう。 いつか…きっと、オレの様に 支えてくれた誰かや、自分を巡る環境や、思いがけない運に… 心が躍る事を期待して。 それは、とても…感動なんて陳腐な言葉では表現できない、感情と衝撃だ。 それを…生涯かけて、どん吉へプレゼントしよう。 愛していると…行動で示そう。 「でも、シロがする必要…あるのかな…」 オレの顔を覗き込んで首を傾げる桜二に、同じ様に首を傾げて言った。 「桜二…運命は巡るんだ。自分がされた事を誰かに返して一巡する。そして、また誰かに助けて貰うんだ…。人助けなんて、そんなふわふわした偽善じゃない…。運命を回す為に…自分の為にこうするのさ。」 オレがそう言うと、桜二は驚いた様に目を丸くした。 そして、どんどん瞳を歪めると涙を落として言った。 「シロ…さすが…喉仏の大きな男だ…」 彼は、孫の事も、娘の事も、自分から関わろうなんて思っていない… それを責めたりしないよ。 だって、オレはそんな彼を愛してるからね? でも、どん吉へ見せた…あの、優しい瞳…あれも、紛れもなく彼なんだ。 彼の孫、彼の娘を助ける事は、彼を、助ける事にもなる。 意地っ張りで意固地で、どうしようもなく幼稚な彼は…きっと、援助なんてしないだろうって思った。 だったらオレが手を挙げた方が早いって…思ったんだ。 …そう思うだろ? 桜二。 18:00 三叉路の店にやって来た。 エントランスに入ると、勇吾が取り付けた張り紙を見つめて言った。 「ん~、字が小さすぎて読めない!何とかルーペが必要だ!」 支配人にそう言うと、彼は肩をすくめて言った。 「俺のパートナーが集客してるんだって言って、その安全を保持する為に、これを置く必要がある、じゃないと何かあった時に徹底的に相手にしますよ?なんて、脅されて…ごり押しして、ここに付けて行った…。お前の旦那は…強引で、怖い!でも!俺はお前に悪戯し続けるよ?だって、俺にはその権利があるからね?ふん!」 あぁ… 勇吾…彼は確かに、強引だね。 支配人の肩をポンポン撫でると、ヒロさんと一緒に控室へと向かう。 「ヒロさん?オレは許さないからね?」 一言彼に釘を刺すと…ムカつくひよこの顔をする彼を無視して、控室の扉を開いた。 「おはよ。楓。」 「おはよ~!シロ。あ!今日も…?ふふっ!ヒロ、来たんだ~!」 楓が座る鏡の前にメイク道具を置くと、ソファに腰かけて楓の背中を見つめるヒロさんを鏡越しに睨み付けた。 …こいつはダメだ! 「ヒロ!外に出てな!」 腹から声を出してそう言うと、ソファに座った彼はびくっと体を揺らして言った。 「こわいよ!シロ!」 良いんだ、怖いくらいじゃないと…彼の下心を消す事なんて…出来ない! 「オレはモモに隠し事なんてしないからな!」 彼に指を差してそう言うと、楓を睨んで言った。 「彼はダメだ!わかる?楓にはイケメンで無口の彼氏がいるだろ?」 「んも~!そんなんじゃないよ?ちょっと…可愛いなって思っただけ~。それに、3股もしてるシロに言われたくないよ?」 くそっ! ぐうの音も出ないよっ! 「はは…確かに、シロは3股もしてるじゃないか!」 ヒロさんはそう言って開き直ると、ソファに座り直して楓の背中を視姦し続けた。 くそ…! 苦虫をかんだような顔をして鏡越しに彼を睨むと、ヒロさんは両手を広げて首を傾げて見せた。 その…何か?って感じが、めちゃムカつくぜ… 19:00 ヒロさんを従えて店内へ向かうと支配人が言った。 「その人とはエッチしたの?」 「はっ!してないよ?彼はイギリスにいる激コワな女王様に仕えてる人だからね?」 支配人の顔を覗き込んでそう言うと、隣のヒロさんを見て言った。 「ね?そうだよね?」 「…さあ」 ヒロさんはそう言うと、首を傾げてオレに言った。 「シロは…3人も男を飼ってるだろ?愛はいくつも持って良い物なんだって気が付いたよ。だって、現に君たちは平和に暮らしてるじゃないか…」 くそっ! 「はっはっは~、なんも言えなくなって…真っ白な顔が、真っ赤になって…怒ってるそんな顔も可愛いよ?おじいちゃんの介護も含めると…お前は何てマザーテレサなんだ!愛を分け与えまくってるな!がはははは!」 最低だな! 口を尖らせると、調子に乗ってるヒロさんを連れて店内へと向かった。 階段の踊り場から見下ろすと、開店と同時に入ってくるお客はホステスやホストの元へ一直線に向かって行った。 「はん!」 鼻を鳴らしてそう言うと、ヒロさんと一緒に階段を下りていく… そして、いつもの様にカウンター席に行くと、マスターに言った。 「ビール、ちょうだい!」 「僕も、ビールを下さい。」 「…じゃあ、僕もビールにしよっかな?」 ヒロさんの後に続いた声を聞いて、項垂れて言った。 「楓!ダメだよ?ヒロさんには愛する女王様が居るんだから!」 オレがそう言うと、楓はクスクス笑いながら言った。 「ふふ、ヒロは女王様に傅き過ぎて…異国の女王様の事も、気になっちゃったのかな?」 ぷぷ~~!! 何…? 異国の女王様だって? 異国の…美人道化師の間違いじゃないの? 楓とヒロさんから顔を逸らすと、肩を揺らして小刻みに笑った。 「彼…通訳してる時、めちゃくちゃ面白いよね?あの妙技は、芸だと思うよ?」 目の前のマスターがそう言った。 確かに、彼の通訳は…まるで吹き替えした海外ドラマの様… 流ちょうに淀みなく、感情までも乗せて伝えてくれる。 「あぁ…手がとっても綺麗だね…」 「ふふ…そうかなぁ…?」 乳繰り合い始めるふたりに若干背を向けると頬杖をついた。 だめだこりゃ! ヒロさんは大事な事を失念してる。 オレが3股をしても平気な理由が抜けてるんだ。 オレの男たちが、その状況を許してるって言う…大事な事がすっぽり抜けてる。 …モモは浮気なんて許すのかな? びんたして、蹴とばして、丸めてポイってするんじゃないかな? そんな、簡単な事も分からなくなってる。 自分を過信してるのかな…それとも、違う世界が見えてるのかな… 彼は日本でドン・キホーテになった。 ドン・キホーテに行きた過ぎて…ドン・キホーテになった。 今、まさに、風車と戦ってる最中だ。 きっと浮気がばれたら、魔法使いのせいにするに違いない。 「シロ…」 突然声を掛けられて顔を上げると、そこにはホクホクの笑顔のボー君とお友達がいた。 「こんにちは、ボー君。」 オレがそう言ってにっこり微笑むと、お友達がしきりに指ハートを擦り合わせて言った。 「シロ…!シロ、ファンです…」 オレのファンは…勇吾のファンたちと違って、おしとやかで大人しい子が多いみたい。 きっと、控えめなオレに似てるんだ… 「ありがとう?」 そう言ってにっこりとほほ笑むと、ボー君の後ろにゆっくりと隠れていくお友達を目で見送った… 「不気味だな?」 そんなマスターの声なんて…聞こえないよ? 「シロ…依冬君から…メールが来たんだ!…どうしたら良いの?」 ボー君はそう言うと、ノートパソコンを取り出して、メールを見せながら言った。 「ほら…会って話がしたいって…どうしよう、シロ。僕…恋に落ちちゃうかもしれない!」 大丈夫だよ… 依冬は動画に映ったオレの権利の主張がしたいだけだもの… 「恥ずかしいの…?」 ボー君の顔を覗き込んでそう聞くと、彼はズザザザ…と音を立てながら後ずさりして言った。 「…近付き過ぎた!」 はは… まいったな。 「ボー君、依冬は…ボー君がオレの動画を無断で撮影してアップロードしてる事を明文化したいんだよ。契約とでもいうか…取り決めとして持っておきたいんだ。ほら、彼は社長さんだろ?そういうリスク管理ってやつをしておきたいんだ。」 オレはそう言うとビールをグビッと飲んで楓に視線を送った。 すっかり目じりを下げてまんざらでも無い表情をする彼に…心配になってくる。 あんな素敵な彼氏がいるのに…浮気なんてして破局したら、楓はきっと後悔するに違いないんだ。 はぁ… 「じゃあ…その、収益と支出のデータを渡せば良いのかな…?」 ボー君は真剣な顔をしてオレの腕をチョンチョンと触った。 「多分ね…でも、会いたいって言ってるなら…会えば良いじゃん。大丈夫。外っ面は良い奴だよ?心配ならうちにおいでよ…。そこで話が済むなら、こんなにヤキモキする必要も無いだろ…?」 オレがそう言うと、ボー君の後ろのチッパーズが倒れ込みそうになって言った。 「シロの…家!」 彼はガン決まりした様な目で、何もない場所を見つめていた… 「やばいよ…やっぱり、お前のファンは普通じゃない…」 そんな…マスターの声が聞こえたけど、無視した。 「シロ…」 再び名前を呼ばれて振り返ると、ちょうど噂の彼が来た。 「依冬~!丁度良かった…この子がボー君だよ?」 オレはそう言うと、派手に後ずさりをしたボー君と、お友達を手で指さして言った。 「恥ずかしがりなんだ。オレの大好きな…チンアナゴみたいにね…」 ボー君はノートパソコンをカウンターに置くと、カタカタと入力しながら言った。 「…チンアナゴが、好き…」 わあ…こうやってオレの情報を集めているんだ… 凄い労力じゃないか…! 「依冬がメールを送るから、びっくりしちゃったんだ。優しく話してよ…」 そう言って彼を抱きしめると、ボー君たちに向けて座らせて、彼の背中にもたれかかった。 「…ジャックダニエルの、水割り…2本の指でお願いします。」 マスターにそう言うと、コクリと頷いてマスターが水割りを作り始める。 マドラーで混ぜてオレの前に出すから、オレはそれを依冬の目の前に指で滑らせて言った。 「どぞ~」 依冬の背中が振動して、ボー君たちに何かを話し始めると、目の前で乳繰り合う背徳者たちを眺めて言った。 「楓の彼ぴっぴは、こんな楓を見たら悲しんじゃうね?」 楓はギョッと顔を変えると、口を尖らせて言った。 「別に…お話してるだけじゃん!シロの意地悪っ!」 「そうだ…シロは少し、意地悪な時があるね?僕も前から思ってたんだ。ケインを手のひらで転がしてね…。あっ!ケインって言うのはね、勇吾の会社の人なんだけど…シロにゾッコンになっちゃったんだ。でも、シロはそれを知ってる癖にね…ひらりひらりとかわして、はぐらかして、勿体ぶるんだよ?可哀想だろ?」 ヒロさんがそう言いながら楓の手のひらをナデナデすると、楓は彼を見つめて言った。 「ああ~…それは、シロあるあるだよ。この子は、そうやって弄ぶ時があるんだ。沢山の男がそれで痛い目を見てきた…」 マスターがコクコク頷いて楓の下らない話を肯定すると、オレは口を尖らせて言った。 「楓?ヒロさん?オレは、忠告したからね?」 もう知らない! だって、何か言うと…オレに飛び火するんだもん。 もう、何も言いたくなくなっちゃったよ。 もたれかかった依冬の背中が、ずっと難しい話をしてる… 「だから…この事を書面にして…双方、持っていた方が良いと思うんだよね?」 彼がそう言うと、ボー君がもじもじしながらもしっかりした口調で言った。 「でも、依冬君…この契約で言うと…僕と依冬君が結ぶんじゃなくて…パートナーシップを結んでる、勇吾さんと僕が結ぶべきなんじゃないの?」 ボー君がそう言うと、急に依冬が前のめりになって、もたれかかったオレの体が上を向いた。 「違うよ…ボー君、この契約は…シロと、ボー君の契約だ。勇吾さんは関係ない。というか、むしろ、彼を挟みたく無いんだ。」 「意地だ!依冬氏の意地だ!」 ボー君の後ろで身を潜めていたチッパーズがそう言うと、依冬はムキになって言った。 「違う!そんなんじゃない。ただ、彼を挟むと…色々面倒だから、言ってるだけだよ?」 依冬の体が大きく揺れると、チッパーズがケラケラ笑って言った。 「シロを取られた恨みが…至る所に隠されてる!彼は納得してないんだ!」 「依冬さんくらいのお金持ちなら…勇吾さんの事務所に死んだ牛を送りつけられるかもしれない…」 ボー君がそんな危ない事に依冬を勧誘すると、階段からオレに手を振る支配人を見つめて口元を緩めて笑う。 「なんだ、お前の通訳は楓に夢中みたいだね?」 すぐ傍まで来てそう言うと、オレを抱きしめて言った。 「…俺は、ずっとお前一筋だよ…?」 「は?」 もたれかかった背中が動いて、依冬が怪訝そうに支配人を見て言った。 「…何が一筋ですか?」 「あ…、俺の筋は一筋だって…そんな下品な話をしてました。シロの裏筋は二筋なんだろ?ははっ!二本の指でこうして…こうして撫でてやろうか?!あはは!」 最低だな… フォローにもなってない上に、とっても最低だ。 「おいで…ほら、そろそろ出番だ。」 そう言うとオレの背中に手を当てて椅子から下ろした。そして、そのまま足早に階段を上って行くと、支配人は依冬を見下ろして言った。 「怖いなあ…お前の周りは怖い奴しかいない…!弁護士を常駐させた旦那と、権力を持った社長…目つきがやばいジャックダニエルをがぶ飲みする男…!怖いな…。ここに可愛いおじいちゃんが入るとバランスが取れるのにね?」 ウケる。 「ふふっ!可愛いおじいちゃん…ふふっ!んふふ!あふっ!あはは!」 大笑いするオレのお尻を叩くと、手で払うようにして言った。 「ほら、早く行け。時間になるぞ!」 「ほ~い!」 階段を下りて控室へ戻ると、携帯電話で時間を確認する… あと数時間で…着くかな… きっとオレがこの店で働いている間に…彼は、イギリスへ到着するだろう。 逆を言えば…その程度の時間で、彼の元へ行けるって事。 だから…寂しくない。 フットワークさえ軽ければ…何の問題も無い。 カーテンの前で手首と足首を回すと、首をゆっくりと回して前を見据える。 イギリスが…彼の居場所だとしたら、オレの居場所は…ここ。 ここ、なんだ。 大音量の音楽がカーテンの向こうで流れ始めて、目の前のカーテンが開くと、真っ白に光るステージへと歩いて進む。 今朝、彼と踊ったチークダンスを思い出しながら、口元を緩めて恍惚の表情を作ると、ステージの上でしなだれる様にしゃがみ込んで、虚ろな瞳で目の前のお客を見つめる。 「綺麗だよーーー!シローー!」 ふふっ…そうだね。 オレはキレイで…エロイんだ… 両手を高く上に伸ばすと、体を美しくしならせながら天井を見上げて、両手で沢山の桜の花びらを散らせる。 「勇吾…会いたいよ…」 涙が目から溢れて、頬を伝って落ちて行く… 「シローーー!泣くな~~!」 泣いてない… 悲しくない… 恋しいだけ。 彼の温もりが…彼の匂いが…恋しい。 恋しいんだ!! 足に力を込めて立ち上がると、着ていたシャツを両手で引き裂いた! 「フォーー!いきなりどしたーーー!情緒不安定だぞーー!」 そんな長い歓声を受けながら体をうねらせると、ポールに絡みついて項垂れる。 あぁ…勇吾がいてくれたら…頑張れるのにな… も、だめだ… 「シロ~~!勇吾さんに届くように、ぼ、ぼ、僕が撮ってあげるよっ!」 そんなボー君の声が、沢山の重なった歓声を貫いて耳の奥に届くと、沸々とやる気がみなぎってくる。 どこで撮ってるのかも分からないけど…オレはチッパーズを信じるよ! 足に力を込めると、ポールにジャンプして両足を開いて飛びついた。 そのまま両足を上に上げると、片方の膝裏でポールを掴んで体をうねらせながらポールを漕ぐように回る。 まるで、大きな尾びれを持った人魚が、海中をひと掻きして泳ぐように…オレはポールを掴んで、ひと掻きづつ泳いではポールを上って行く。 「わあ、綺麗~~!」 そうでしょ…? …ここは水中だ。 両手でポールを掴むと、重力なんて感じさせない様に…軽々と両足をのけ反らせながら宙返りをする。 「ワオ~~!」 ポールを掴んだ両手が弛んで見える様に肘を曲げると、足を持ち上げながら足首でポールを掴んだ。そのまま上体を起こして、まるで水中にいるみたいに体を捩ってポールを掴んだ。 そのままゆっくりと足を浮かせると、まるでポールから手を離すと…上に体が浮いてしまいそうな光景を… 無理やり作る…! 「あぁ~~~綺麗だ~~~!」 そう、それはもはや…エロじゃない。 幻想の空間だ。 このまま…本当に高くまで、体が持ち上がってしまいそうだよ… 水中の抵抗を表現する為に、背中を丸めながら足からゆっくりと戻すと…ポールに太ももを絡めて体をのけ反らせながら、引きちぎった服を手の先でゆらゆらと揺らした… 「わあ…まるで…水中にいるみたいだ…」 その言葉を聞きたかったんだ…! 高い位置で服を飛ばしてお客の視界から衣装を消すと、そのまま体を回転させて片手で漕いでみせる。 水中の抵抗を再現しながら泳ぐ様に回転すると、オレを見上げるお客の目が…ワクワクした色を帯び始めたのが分かった。 ふふっ… 素敵でしょ?ポールダンス… 体の筋肉の全てを使えば…こんな風に…無茶な事を出来る。 足を伸ばしたままスピンをすると下まで降りて行き、肘を曲げたまま片腕で体をステージの上へと体を下ろしていく。 …海底にたどり着いた様に…ゆったりと、水中の抵抗を全身で表現しながら足先をステージへ着けると、ゆっくりと重心を下に移動させていく。 「フォーーーーー!!」 「シローーーー!!」 「シローーー!凄いぞーーー!」 明日は筋肉痛…間違いなしだ。 「フォーーー!シローーー!愛してるぞーーー!!」 階段の上から支配人がそう叫ぶと、お客が失笑して言った。 「止めとけ~~~!」 ははっ!言われてるじゃないか。 にっこり笑ってステージへ行くと、自分の短パンに両手を突っ込んでムズムズとお尻を振った。 「はは!可愛い~~!」 ありがとさん。 海で泳いだ後は…海パンを脱ぐだろ?ぴったりして脱ぎ辛いんだ… だからオレはお尻を揺らしながら脱いで行く。 みんなの口元が緩んで…オレを見つめる目が、やや…生暖かい。ふふっ! やっとお尻を出すと、えっちらおっちらと…ズボンをみっともなく脱ぎ捨てて、お客の笑いを誘う。 でも、すぐにお客の目から“生暖かさ”と“ワクワク”を消し去るよ? 一気にステージに膝を落とすと、腰をゆるゆると動かしながら、喘ぐように口を動かして体を仰け反らせていく。 自分の体を撫でて乳首を触って撫で下ろすと、お客の目がいつものエロモードに戻った。 ステージの縁に寝転がってチップを咥えるお客さんを眺めて、パンツにチップを挟むお客さんに身を任せると、手渡ししてくるお客さんに笑顔を振りまいて、お礼を言う。 1人づつ寝転がったお客さんからチップを受け取って、最後のいけにえになったお客さんがオレに弄ばれるんだ。ふふっ! 「あぁ…シロ、とっても可愛いよ…」 うっとりと瞳を細める常連さんに言った。 「ふふ…こんな顔…好きな人にしか、見せちゃダメだよ?」 そう言ってクスクス笑うと、彼の口からチップを咥えて体を起こしていく。 ゼロ助走でバク宙を決めてポーズをとると、フィニッシュだ。 「フォーーー!素晴らしい!!」 そんな素敵な歓声と、拍手と、指笛にお辞儀をすると、カーテンの奥へと退けて行く。 はぁ…体が痛い… 無茶したな…でも、とっても綺麗だった… 本当に水中にいるのかって…自分自身、良く分からなくなった瞬間があった。 だけど、不思議な事に…体は勝手に動いて行くんだ。 まるで…そうする事が自然な様に… 無意識にそうなる瞬間の、自分が好き… イメージを形にしていく事に、なんの躊躇もしない自分が好き… 半そで半ズボンを穿くと控室を出て、店内へ向かう。 「シロ…とっても美しかった…!あんな素晴らしい物を見せてくれて、ありがとう…!」 ふふっ! 支配人は目を赤くしてオレにそう言った。 そして、階段を上りきったオレを抱きしめると、肩に顔を埋めて言った。 「…あの、演出家が、お前を手放さない訳だ…!お前は…素晴らしい!」 ふふっ… 笑っちゃうだろ…? そう言って泣き出すんだもの。 …どうしたら良いのか、分からないよ… 「泣かないで…」 ただ、そうとしか、言えなかった。 …だって、言葉が見つからないんだ。 「ふふ…泣いてないさ…。でっかいゴミが入ったんだ。」 嘘つきだな。 支配人はそう言うと、鼻をズズッと啜って、顔を背けながら体を離した。 オレはそれを見ない振りして店内へと戻って行く。 泣くほど良かったのかな…? 店内へ戻るとオレを見つけたお客が拍手喝さいをくれる。 「ふふ…どうしたの…?」 戸惑いながら階段を下りると、オレを取り囲むようにお客が集まって来て…涙を流しながら言った。 「素晴らしかった!まるで、水中にいるみたいで…!感動した!」 「シロ!すっごい良かった!あの、ステージが…!凄い良かった!」 「あんな素敵な物…初めて見た!」 そんなに…? そっか… じゃあ…頑張った甲斐があったな。 「ほんと?…良かった。」 そう言ってお客の涙を拭うと、ちゃっかりチップを貰いながらカウンター席へ向かう。 「シロ…素晴らしかった!!」 ヒロさんがそう言って大泣きして、楓に背中をナデナデして貰ってる。 …どうしたの? オレの、勇吾への恋しさが…みんなに伝染しちゃったの? 「シロ~…綺麗だった。とっても、感動した…!あぁ…!」 依冬が、ダラダラと涙を流しながらそう言った… 感動…? オレのダンスで…みんなが、感動したの…? 濡れたパンツを脱ぐ姿が、そんなに良かったのかな…? 良く分からないけど、それは…とても……光栄だ。 にっこりとほほ笑むと、依冬の涙を拭って言った。 「ふふ…良かった。美しく見えたんだね?それは…良かったよ。まさか、パンツを脱ぐのがそんなに感動的だなんて…予想外だったよ。」 「違うよっ!あの…あの、ポールダンスが…とっても、綺麗だったんだ。」 すぐさま依冬はそう言うと、オレの頬を両手で包んで言った。 「まるで、ステージの上だけ…水槽の中みたいに見えた…」 あぁ… 勇吾と一緒に行った水族館…体を屈めて水槽を覗く人を水槽の中から見つめる魚。そんな幻想的な空間を…作る事が出来たみたいだ…。 だから、支配人も…お客さんも、あんなに喜んでくれたのか… 「そう…」 オレはそう言ってほほ笑むと、依冬をギュッと抱きしめた。 情緒の乏しいこの子でさえ…涙を流すくらい、それはそれは綺麗に見えたんだ。 …周りの反応が抜群に良かった。 時間にすれば…ほんの数分のポールダンスに感動して…沢山の人が、涙を落してくれた。 その実感は後からじわじわと訪れて…オレの体の奥底が、フルフルと震えた。 …やったぞ。 やった…! シロ、やったぞ!! 「ん~~~~~!やったぁ!!」 両手を上げて大喜びすると、依冬の周りをインディアンの様にグルグル回った。 それは喜びの中でも、最上級の喜びだ。 だって、オレのポールダンスで…誰かを感動させる事が出来たんだもの! 「あ!そうだ!ボー君!!」 キョロキョロすると、泣き崩れてるボー君を見つけた。 店内の一番の死角に身を潜めて、お友達と泣きながら…長い棒の先に携帯電話を取り付けて掲げていた。 「ボー君!ボー君!」 そう言って走って彼に飛びつくと、ギュッと抱きしめてお礼を言った。 「ボー君が…オレを励ましてくれたから、頑張って踊れたよ!ありがとう!!」 「ぎゃああああああ~~~~!!」 ボー君は突然激しい奇声を上げると、その場で失神した… オレと同じ病気でも…抱えてるのかな…? 倒れたボー君を抱えると、お友達を見上げて彼に聞いた。 「ボー君、メンヘラなの?」 「違う。シロが抱き付いたから…興奮して失神した。」 凄い…興奮して失神するなんて…MJのコンサートの動画で見て以来だ。 「大丈夫…この子はオレの大切な人なんだ…ちょっとだけ休ませて?」 駆け付けたウェイターにそう言ってソファ席にボー君を引っ張っていくと、倒れ込んだボー君を抱っこして膝に寝かせてあげた。 「お水と…濡れたタオルを持って来て?」 ウェイターにお願いをして、ボー君のお友達と、彼が目を覚ますのを待った。 「ふふ…髭が生えてる…」 無精ひげと言えない…まるで、小学生のひげの様な柔らかいひげを指で撫でると、カメラを回し続けるお友達に言った。 「ねえ…?チッパーズはスゴイね。オレは彼の掛け声で元気が出たもの…。ふふっ。不思議な気分だよ…?こんなオレを好きになってくれる人たちがいるなんて…とっても、不思議な気分だ…。」 彼は伏し目がちにもごもごと…小さい声で言った。 「シロは…憧れなんだよ…?」 冷たいおしぼりをウェイターから受け取ると、ボー君のおでこを撫でて、顔を拭いてあげる。 「ん…んん…」 眉間にしわを寄せて目を覚ましたボー君に、にっこり微笑んで言った。 「大丈夫?どこか…痛い所はない?」 「はぁ…はぁはぁ…」 はぁはぁ…と息切れが激しい様子に、心配になって彼のズボンのベルトを外してあげる。 「んああ!はぁはぁ…!!」 「ん、もう…大丈夫なの?」 心配になって彼の胸を撫でてあげると、ボー君は仏の様な顔をして言った。 「イッてしまいました…」 へ…? 「ぷぷっ!あふふっ!あ~はっはっはっは!!」 大笑いして膝を揺らすと、仏の顔をしたボー君も一緒に揺れて…面白い! 「んぐっ!ぐはははっ!!」 仰け反って大笑いすると、ボー君の友達が言った。 「これは、シロによる…凌辱行為です…」 「ちがう!だって…あんまりにも、可愛いから…!あふふ!ごめんね?ボー君…お礼が言いたかったんだよ…。あなたのお陰で、とっても良いステージになったみたい。みんなとっても喜んでくれた。だから、お礼が言いたかったんだ。ありがとう。」 そう言ってボー君の頬を撫でながら瞳を細めると、ボー君がフルフル震えながら再び興奮し始めた… 「はぁはぁ…!あっあああ!」 「もう良いの!もう、興奮しないで!」 オレはそう言うと、ボー君の目を塞いで彼の胸をトントンと叩いて、興奮を抑えた。 「ご褒美以外の何物でもない…」 そう呟くお友達に手を伸ばして言った。 「君も、してみる?」 「…え…」 両手で彼も抱きしめてあげる。 こんな事…夜働いていたら、結構な率で誰にでもやる…スキンシップだよ? 「はぁ…シロ、結婚したい…」 膝にお漏らししたボー君をのせて、両手でお友達をハグしてあげる… 「ふふ、ゴメンネ。オレは勇吾と結婚してるから…」 そう言ってお友達の顔を覗き込むと、頬にキスして言った。 「だから、常連さんにしかやらない、キスをしてあげよう?今日のお礼だよ?」 「はぁん!」 指ハートを擦り合わせながら昇天していくお友達を見送ると、膝で固まり続けるボー君に言った。 「沢山出ちゃったの?それとも…ちょっとだけ、出ちゃったの?」 「あう…あ、ああ…ちょっとを、何度か…繰り返してる…」 彼はそう言うと、顔を真っ赤にして伏し目がちになった。 「ふふ…可愛い。じゃあ…立てる?」 オレはそう言うと、彼の顔に覆い被さって唇にチュッとキスして言った。 「ボー君…嬉しかった。ありがとう…」 オレがそう言うと、彼は瞳を潤ませて言った。 「シロ…結婚しよう…」 ふふっ!面白い事を言うね? オレは彼の背中を持ち上げて膝から退かせると、指を横に揺らしながら言った。 「ボー君?君は幾つなの?こんな赤ちゃんみたいなおひげを生やして…ストリッパーに結婚を申し込むなんて、100年早いよ?ふふっ!」 オレの読みでは…彼はまだ18にもなってない。 子供だ。 世の中には、こんな店に出入りする…オタクのような風貌の、悪い子がいるもんだ。 きっと彼のお友達も…同じくらいの年のはず。 「シロ、誰にも言わないで…」 ボー君は急に弱気な顔になると縋るように言った。 「言わないよ。でも、今度からはビールじゃないのを飲みなさい。」 そう言って頭をナデナデすると、ボー君は瞳を歪めて大粒の涙を落して、たどたどしく話始めた。 彼自身の事… 「シロ…僕は17歳の家出少年だ。家に居場所が無くて…東京に出て来た。得意のパソコンを使うアルバイトに就いて…毎日、何とか暮らしてた。でも、お金が足りなくて…新大久保で売り専をしてた。」 あぁ… そうなんだ… ボー君は、体を売ってお金を稼いでいたんだ… 「そう…」 オレはそう言うと、彼の髪を撫でて言った。 「ねえ…勇吾とお仕事の契約を結んでみたら?アルバイトの他に、オレの広報になって、ファンクラブをしばらく運営してみたらどうかな…?ボー君の宣伝のお陰で、お店に海外からのお客さんが増えたのは事実なんだ。YouTubeの収益を生活にあてなよ。売り専なんて…もう、しないで良いんだよ。」 ボー君は黙ってダラダラと涙を落とすと、オレの腹にしがみ付いて泣いた。 17歳…家出少年… …智を、思い出さない訳がない。 ボー君の背中を両手で支えると、優しく撫でながら言った。 「ボー君が宣伝してくれたから、オレはイギリスに行っても”東京のクレイジーボーイ“って呼ばれて…ふふっ、親しまれてんだよ?ね?細かい金額とかは勇吾に話して…何割かの報酬を受け取るべきだよ。良いね?そうしなさい?オレから話すから、君は恥ずかしがらないで…ちゃんと返事をするんだよ?良いね?これは、ビジネスの話だよ?」 オレのお腹に埋まったボー君の頬を手のひらに乗せると、彼の目を覗き込んで言った。 「ボー君。僕と契約して…専属広報になってよ!」 彼は大粒の涙を落としながら、何度も頷いて答えた。 智…この子をお前の代わりに救うから、オレを少しだけ許してよ… 「よしよし、じゃあ…今日はパンツも汚れたから、もう帰りなさい。」 オレはそう言うと、涙が止んだボー君とお友達をソファ席から退去させてエントランスまで見送った。 「またね~~!」 そう言って手を振ると、怪しいふたりはオレに元気に手を振り返した。 正真正銘の、子供だ…

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