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第29話
「変な人たち~。」
楓の居ない控室で独り言をつぶやくと、いつもの様に半そで半ズボンを穿いて、鼻歌を歌いながら階段を上って行く。
「ハイ…シロ。」
支配人の受付で彼と談笑をする外国人に声を掛けられて、足を止める。
オレを見つめると、嬉しそうに瞳を細めて手を差し出して来た。
「ハイ…」
そう答えて支配人を見つめると、首を傾げて聞いた。
「誰?」
「…お前に踊って欲しいって…フランスからスカウトしに来たんだってさ。」
わあ…
オレは彼の伸ばした手を無視すると、緑の瞳を見つめて言った。
「お店のステージに穴は空けられないよ。ごめんね。奢るから飲んで行きなよ。」
そう言うと、支配人がニヤニヤ笑う顔を尻目に、フランスの彼をエスコートしながら店内へ戻った。
彼はオレの腰にそっと手を当てると、顔を覗き込んで言った。
「シロ…アイシテルヨ?」
そんな陳腐な言葉…どこで覚えたんだよ。
視線もあてないで無視すると、階段を下りてお客からチップを受け取りながらカウンター席へと向かう。
両手に沢山のチップを抱えてカウンター席に着くと、勇吾のファンに囲まれたヒロさんに彼を紹介した。
「ヒロさん、彼…フランスから来たんだって。お話し相手になってあげてよ。オレはちょっと気になる子に声を掛けてくるからさ…」
そう言って、フランスの紳士を椅子に座らせると、にっこり笑って言った。
「飲み物シルブプレ?」
「ぷぷっ!」
マスターが吹き出して笑っても、オレは知ってるよ?
シルブプレはフランス語だって、知ってるもん。
カウンター席を離れると、常連さんの席を回って、さらなるチップを回収する。そして、お目当てのあの子の席に行った。
「ねえ?どうだった?刺激的だった?」
そう言って背中に抱き付くと、鼻にこそばゆい長い髪をクンクンと嗅いでみる。
ん~~!バラみたいな、良い匂い!
「なんだ!直生ばっかりズルいじゃないか!」
そう言って怒り始める、前髪の長めなお兄さんにクスクス笑って言った。
「なぁんだ、怒るなよ…。もう…冗談も通じないの?」
前髪長めのお兄さんの足の間に体を入れると、目の前のロン毛のお兄さんを見つめて首を傾げて言った。
「ねえ、飲み物、頼んでも良い?」
「…良いよ。シロ。」
ふふっ!
ウェイターにビールを頼むと、背中に覆い被さって来る前髪長めのお兄さんに言った。
「あんまりおイタすると、追い出すからね?」
「しないよ…何も、しないよ…」
嘘つきめ…
オレの体をギュッと後ろから抱きしめて、さわさわ撫でながら、襟足に何度もキスして来る癖に…
「こんな大きくなるまで兄弟で仲良しなんて、珍しいね?」
ロン毛のお兄さんにそう言うと、彼の手のひらを指先で撫でて握った。
「あ…指先が硬いんだ…。」
そう言いながら彼の手を持ち上げると、自分の口元へ運んで、チュッとキスしてあげた。
「あぁ…良い…」
そう言って頬を赤らめる様子をニヤニヤと眺めていると、背中に乗った彼が言った。
「シロ…とっても細くて、可愛いね…」
ふふ…!
「細いのが好きなの?それとも…オレが好きなの?」
そう言って背中の彼に体を伸ばすと、顔を上げてにっこりと笑いかけてあげる。
惚けた瞳を髪の隙間から覗かせると、彼はポツリと言った。
「…キスしても良い?」
だぁめに決まってる!
「ふふっ!出禁になっても良いなら、してみたら?」
挑発するようにそう言うと、彼の長い前髪を手のひらで撫でて、可愛い瞳を見つめて言った。
「ほら…舌を出しなよ…オレが気持ち良くしてあげるよ?ふふ…」
「はああああん!」
ガン決まりの瞳を見つめてクスクス笑うと、目の前のロン毛のお兄さんに言った。
「ロン毛とセックスすると、どんな感じなの?」
「…髪が、乱れるよ…」
頬を赤く染めて、そういう彼に胸がキュンキュンしてくる。
だって、なんだか、不器用な…警察犬みたいなんだもん。
彼の腕を撫でながら、顔を覗き込んで言った。
「本当?それは…興味があるな…」
オレの言葉にハッとすると、彼はもじもじしながら言った。
「…近くの、ホテルに泊まってる…」
ほほ!誘ってるの?
吹き出しそうなのを堪えながら、彼の手のひらを指でなぞって言った。
「結婚してるんだ。勇吾と。だから、もし、お兄さんとエッチしたら…浮気って事になっちゃう…。そしたら、慰謝料をたんまり請求されちゃうかもしれない。」
「え…勇吾?」
お兄さんはそう言うと、オレの顔を見つめて黙ってしまった。
あぁ…
どうやら、このふたりのお兄さんは彼を知ってるみたいだ。
「なぁんだ、つまんない!はぁ~!」
勇吾を知ってる→パートナーシップを結んだオレを見に来た=オレの敵だ!
頬を膨らませて前髪長めのお兄さんを見上げると、顔を歪めて言った。
「勇吾のファン?」
「違う。」
「本当かな~…?」
背中に覆い被さった前髪長めのお兄さんを退かすと、ロン毛のお兄さんの足の間に入って、彼を見つめて言った。
「勇吾の知り合い?」
ロン毛のお兄さんは、うっとりとオレを見つめると頬を撫でながら、訂正する様に言った。
「知り合いじゃない。…友人だ。」
どっちも同じじゃないか!
まったく!世間は広いようで、狭い!
「はぁ~!だめだ、だめだ!」
そう言うと、ウェイターが持ってきたビールをがぶ飲みしてふたりのへんてこ兄弟から離れた。
「あ~!シロ~!」
そんな情けない重なる声を背中に受けつつ、お客さんに愛想を振りまきながらカウンター席へ向かう。
勇吾の友達と寝る程、馬鹿じゃない。
長い髪とバラの良い匂いに、ほんの少し、興味が沸いただけだい!
カウンター席にビールを置くと、フランスの紳士と楽しく話すヒロさんに言った。
「勇吾の顔が広くて、浮気なんて出来ないね?」
「シロ~~!ダメだよ。僕にそんな事言わないで?何も聞かなかった事にするからね?僕は、あくまで中立だよ?」
自分の事を棚に上げて慌てた様にそう言うと、ヒロさんはフランスの紳士をオレに紹介した。
「シロ?この方は…フランスで興行会社を経営してる人だよ。君のポールダンスを彼の舞台で披露したいそうだ。悪い話じゃないと思うけど…断って良いの?君のサクセスになるよ?それに…彼は君にご執心みたいだ。」
はは…!
オレはヒロさんを見ると、首を傾げて言った。
「どこの馬鹿が旦那の商売敵の舞台に立つんだよ?オレが愛してるのは勇吾だよ?オレが立つのは、彼の舞台だけなんだ。」
オレはそう言うと、マスターを見て口を尖らせて言った。
「ロン毛とセックスした事ある?」
「まぁ…女は大抵ロン毛だろう…?」
「ちっがうよ、男がロン毛の奴とセックスした事ある?」
マスターはオレを見つめて吹き出して笑うと、ちょっとだけ考えて言った。
「無いな~…」
そうだろ?
気になるだろ?
どうなるのか、気になって仕方が無いんだ。
ロン毛とセックスすると、どんな感じか…気になって仕方が無いんだよ…
“乱れるよ…”
ロン毛のお兄さんはそう言っていた。
その、乱れ方が…どんな感じなのか…気になるじゃないか…!!
「シロ…」
カウンター席で頭を抱えながらひとり悩んでいると、さっきのふたり組がやって来て言った。
「俺たちはこれから六本木の店で…演奏するんだ。良かったら一緒においでよ。」
へ…?
凄いね?
始めて来た店で、オレをお持ち帰りしようとしてる。
「ぷぷっ!」
オレは吹き出して笑うと前髪長めのお兄さんに言った。
「ダメだよ。オレはお仕事してるんだ。ふふっ!ねえ?連れて行って何する気なのさ…?まさか、襲おうなんて考えちゃいないだろうね?」
彼の鼻を撫でてそう言うと、口を開けて指を咥えたそうにする唇を撫でてあげる。
「剥き出しの欲望だな…」
ポツリと呟いたマスターの言葉が妙にしっくり来て、ケラケラ笑いながら前髪長めのお兄さんで遊ぶ。
「ほらぁ、こっちだよ?ふふっ!こっちだよ…?あふふ!可愛い~!」
オレの指が顔を撫でると、ハフハフッと口を動かす様が…妙にジワる。
「シロ…チェロを聴かせてあげるよ?おいで…」
ロン毛のお兄さんはそう言うと、オレの手を掴んで歩き始める。
「強引だね?オレを連れ出そうなんてしたら、支配人に怒られて出禁になっちゃうよ?」
勇吾の友達は、彼に似て…強引だ。
類友かな…
「え?行って来いって?本気で言ってるの?」
エントランスの支配人は、オレを貸し出すつもりの様子でオレの背後の二人に愛想笑いして言った。
「ど~ぞど~ぞ、煮るなり焼くなり、ハメるなり、好きにしてください。」
最低だな。
「シロ…変な事はしない。俺たちも演奏を控えてるから…ホテルに連れ込んで、めちゃくちゃに犯そうなんて思ってないよ。」
ロン毛のお兄さんはそう言うと、首を傾げてオレを見つめた。
絶対、嘘だね。
だって、後ろに立ってる前髪長めのお兄さんは両手をニギニギして…挙動がおかしいもの。
支配人をジト目で見つめると、彼は苛ついた様子で言った。
「行ってこい!六本木の、あの店だよ。ほら…ポールが、申し訳程度に立ってる…」
あぁ…
こいつには、違う狙いがある様だ…
ふぅん…面白そうじゃないか。
ジト目を向けたまま支配人の頬を撫でると、ペチンと一発、手のひらで叩いた。そして、踵を返すとふたり組を見つめて言った。
「着替えてくるから、待ってて!」
六本木にあるお洒落なストリップバー。
赤坂に近いからテレビ局の関係者や、お偉い人がお忍びで来る、そんなハイソなお店。
ポールに登って踊るのは、男じゃない。ピチピチの女の子。
そんなお店にオレを向かわせたい…支配人の目的はひとつ。
そこの店のお客を、こっちに持って来いって事だ…
営業妨害スレスレだよ?
でも、オレはこのジジイのこういう所、嫌いじゃないんだ。
「シロ?お出かけするの?」
「ん~…ちょっとね?」
楓の後ろでそそくさと着替えを済ませるとショルダーバッグを肩に掛けてコートを手に持った。
「行ってくる~!」
「いってら~!」
楓の気の抜けたお見送りの言葉を背中に受けて控室を後にすると、階段を上った。
「あぁ…可愛いじゃないか…」
ロン毛のお兄さんは私服のオレを見下ろしてそう言うと、頼んでもいないのに手を繋いだ。
「じゃあ、テロリストたちと自爆テロしてくる~!」
支配人にそう言ってお店を出ると、前髪長めのお兄さんが停めたタクシーに乗り込んだ。
「狭い!どちらかが前に乗ってよ!」
後部座席にロン毛、オレ、前髪…の3人でぎゅうぎゅうに座る。
最後に乗って来た前髪長めのお兄さんが、前の席に座れば良かったんだ…
ジト目で彼を睨むと、前髪の隙間からエロい目を向けてオレの足をお触りして来た。
オレは彼の首を掴んで押し退けると、怒った顔をして言った。
「オレには怖い男が3人も常駐で待機してるんだぞ?悪戯したら、ボッコボコにして本当に目が見えなくしてやるからな!」
「ははは!シロは大虎ちゃんだ。子猫ちゃんじゃない。」
ロン毛のお兄さんはそう言って笑うと、オレの体を後ろから抱きしめて髪にキスした。
…こいつら、やっぱりオレを襲う気だ!
「なめんなよっ!」
オレはそう言うと、ロン毛のお兄さんの手を引っぱたいて、前髪長めのお兄さんのおでこを何度も引っ叩いた。
「もうしない。もう、しないよ…」
そう言いながらも、手だけはしっかり動かして、オレの胸を何度も撫でまわすロン毛のお兄さんの髪を引っ張ると、オレの足の間に入って来ようとする前髪長めのお兄さんを足で蹴飛ばした。
まるで、野獣の檻に入れられて、食べられまいと必死に抵抗する鶏みたいだ!
鶏は鶏でも…オレはただの鶏じゃない!
闘鶏だよっ!!
ぶちのめしてやるっ!!
やっと野獣兄弟が大人しくなった頃、タクシーはお客がジャンジャン入って行くお店の前に停まった。
「始めて来た…」
噂には聞いていた。同じストリップをする者として、チェックはしていた。
でも、実際に来たのは初めてだ。
「シロは伊織(いおり)と一緒に居ようね?」
そう言うと、前髪長めのお兄さんはオレの手を繋いで自分の体に引き寄せた。
「お兄さんは伊織って名前なの?名前は可愛いのに…欲望が剥き出しすぎて、引くよ。」
そう言って彼を見上げると、体を屈めてオレにキスしてきそうな頭を引っぱたいた。
油断も隙も無いとは、この事だ。
「シロは直生(なおい)と居るよね?」
ロン毛のお兄さんはそう言うと、同じ様にオレの手を繋いで同じ様に身を屈めて来た。
だから、オレも同じ様に頭を引っぱたいてやった…
双子だろ?
兄弟にしては、シンクロ率が高すぎる。
そして、どちらもめげないし、懲りないし、しつこいんだ。
「あ~、お待ちしてました!どぞどぞ、お荷物は受け取って控室に運んでます!」
ふたりと一緒にお店に入ると、受付に立っていた恰幅の良い男性がそう言った。
来ている服、周りの従業員の態度、常連客の扱いを見て察する。
彼はこの店のオーナーだ。
オーナーは、野獣兄弟に挟まれたオレに気付くと、ニコニコした笑顔を無表情にして舐める様に何度も見た。
「おやぁ…。知ってるよ、どうしたの?遊びに来たの?それとも…道場破りか何か?」
そう言ってオレの目の前に顔を差し出すと、ニヤリと笑って顎を撫でて言った。
「女みたいだ。本当に男?」
どうやら、オレが歌舞伎町のストリッパーのシロだって…知ってるみたいだ。
顎を撫でる彼の手を払うと、ふたりを見上げて言った。
「このお客さんが、どうしてもアフターしろってうるさいから、同行してるだけだよ?」
オーナーは渋い顔をしてオレを見ると、両脇のふたりに言った。
「どうぞ…こちらです。」
案内されて店のバックヤードを抜けると、控室に案内される。
「上等じゃねえか…。あのすかした店長が、営業時間中に、自慢のストリッパーにこんな事させる理由なんてひとつ…うちのお客を持って行こうとしてんだろ?売られた喧嘩…買ってやるよ。」
オレを見下ろして小さな声でそう言うと、オーナーはふたり組に愛想笑いをしながら控室のドアを閉めた。
「さあ…シロ。一回だけやらせてくれ…」
そう言うと、直生がオレの体をまさぐり始めた。
「もう…我慢出来ないんだ…あぁ、なんて、エッチな体をしてるんだ…!」
最低だな…
オレはうっとりとした瞳を向ける彼を振り返ると、控室に置かれたソファーに座らせて、頭を何発もぶっ叩いてやった。
「お前は!何も!しないって!言っただろうが!」
「そうだ。直生は何もしないって言った。でも、伊織は何も言ってない。」
いつの間にか背後に回った伊織はそう言うと、
オレの体を持ち上げてソファに一緒に座った。
「あぁ…シロ、可愛いね…?伊織は乱暴しないよ?ソフトで柔らかい男なんだ…」
オレの耳にはぁはぁと荒い息を吹きかけると、オレの腰を片手でギュッと掴んでコートを脱がせ始めた。
「勇吾に言うからな…」
首筋をペロペロ舐め始める彼にそう言うと、目の前でムスくれた直生がケロッと言った。
「4年前…勇吾に会わせた恋人を寝取られた。とっても悲しくて、泣いちゃった…だから、大丈夫だ。」
…どういう理屈だよ。
控室に置かれた大きなケース2つ…
この中にチェロと呼ばれる楽器が入ってる。…筈だ。
「あの中、見たい!」
オレの服の下に手を入れて体を撫で始める伊織を見上げてそう言うと、彼は面倒くさそうにごねて言った。
「へ…?後にしよう…。今は少し、忙しい。」
…ちくしょうめ…!
乳首を弄って来る伊織の手を服の上から抑えると、余裕も無いのに、クスクスと笑いながら言った。
「あ~ふふ。なぁんだ…もう、仕方が無いな。ほらぁ…もっとよく見せてあげるよ。」
やるしかない。
そう思ったんだ。
体を返して伊織を見つめると、彼の膝に跨って座って、長すぎる前髪を両手で分けてうっとりした瞳を見つめた。
「あぁ…シロ、可愛い。」
知ってるよ?だから、桜二はオレが大好きなんだ。
そう言った伊織の手を自分のお尻にあてがうと、モミモミと揉まれながら彼のお腹に股間を押し付けて腰をくねらせた。
「ああああああ!!」
この反応の過剰さ…彼はすぐにイクだろう。
オレを抱く前に、気が済む可能性を秘めてる。
問題は、ロン毛の直生だ…
彼は桜二くらい、長そうだ。
面倒だ…
「見て?」
オレはそう言うと、自分のトレーナーをまくってお腹を見せた。
「あああああ!可愛いね!可愛いね!」
伊織はそう言うと、オレを押し倒してお腹をペロペロと舐め始めた。
「あふっ!ばか!やめろっ!こしょぐったいだろ!犬みたいに舐めるな!あふっあはは!だ~はははは!!」
彼を足の間に入れて足をバタつかせて大笑いすると、目の前に直生の顔が下りて来た。
無防備なオレに覆い被さると、ねっとりと舌を絡ませて頭の奥がジンジンする様なキスをする。
長い彼の髪が、タラリと目の前に落ちて来て…妙にエロかった。
あぁ…まずいな。
「…シロ、良いの?」
「ダメ。」
「…でも、良いの?」
「ダメ!」
オレのズボンに手を掛ける伊織を睨みつけると、オレのトレーナーを捲り上げる直生の手を止めて言った。
「今はダメ。すべてが終わったら、たんまり相手してあげるよ?」
「え…」
オレの言葉に野獣兄弟は首を傾げながら顔を見合わせる。
すべてが終わったら…これは実にあいまいな表現だ。
何が?
と、聞かれたら最後。
答えられない。
でも…何となく、すべてが終わったら…と希望を抱いてしまう。そんな無限の可能性を秘めた言葉。
「…本当?」
直生はそう言って見下ろすと、オレの頬を何度もナデナデして口惜しそうにする。
「本当だよ?すべてが終わったら、朝までずっと気持ち良くしてあげる。」
馬鹿だ…
こんなに利発そうな顔をしているのに、頭の中は…チーチーパーだ。
「伊織は今が良いな…」
オレのズボン越しにお尻をモミモミしながら伊織がそう言った…
彼は本能が強い、こういう言葉遊び自体…理解してないんだ。
彼の手に自分の手を添わせると、ゆっくりと体を起こしながら腕を撫であげていく。
「いおりん…オレを信じてよ。ね?今はお仕事中だから、だめなの…。分かるだろ?すべてが終わったら、いおりんの好きにして良いんだよ?」
オレはそう言うと、彼の唇に舌を這わせてキスをした。
「あぁ…シロ、約束だよ?約束だよ?すべてが終わったら…伊織とセックスするんだよ?それは無理やりじゃない…熱くてエッチで、最高のセックスをするんだよ?」
はは…あぁ、そうだね。
でも、すべてが終わった後だ。
そして、オレ達はその“すべて”の定義をしてない。
あいまいなまま取り付ける約束が、どれほどあてにならないのか…この純粋で無垢な欲望剥き出しの野獣兄弟に教えてやろう。
歌舞伎町のシロを舐めんなよ?
やっと体から離れて行くふたりから離れると…距離を取りながら様子を伺う。
「ねえ?これがチェロなの?」
大きな入れ物を指さしてそう聞くと、頷いて応える乱れた髪の直生を見た。
美味しそう…だなんて思ってないよ?
「シロ…演奏の時間が来るまで、俺の膝の上に乗って、おっぱいを舐めさせてよ。」
直球をかまして来る伊織に動揺せずに首を傾げて言った。
「すべて終わったらね…言っただろ?お馬鹿さん。」
全く油断も隙も無い。
一瞬でも動揺したり、たじろいだり、隙を見せたら…こいつらは嬉々として襲ってきそうだ。
しかも絶妙なコンビプレーを見せる。侮れない…
桜二と依冬も兄弟ならではのコンビプレーを見せる時がある。
オレと兄ちゃんも…そんな時があったのかな…
時間が迫って来たのか、直生と伊織が大きなケースからチェロを取り出して何かを始めた。
「何してるの?」
ソファに座って寝転がりながらそう尋ねると、直生がにっこり笑って言った。
「直生のお膝に座ったら教えてあげるよ?」
くそだな…
「伊織のお膝に座って、おっぱいを見せてくれたら、教えてあげるよ?」
さらに要求してくる伊織の方が、もっと、くそだな…
「ふぅん…じゃあ、良い。」
オレはそう言うと、じっと彼らの手元を眺めた。
マスターが吹いたフルートを思い出して、クスクス笑って言った。
「前に…うちのお店のマスターが、ふふっ!ステージでフルートを吹いたんだ。んふふ!それが…!その曲がさ!あははは!!“おしりえんぬ”って言うんだよ?だ~はっはっはっは!!おっかしいよね?素敵な曲だったのに、曲名を聞いたら、ただのおかしな曲になっちゃった。」
「ぶほっ!」
直生と伊織が同時に吹き出して笑った。
やっぱり、この曲名はおかしいよ。何語なのか知らないけど…“おしりえんぬ”は、おかしすぎる。
「…シロは馬鹿だな。それは多分…シシリエンヌだ。」
直生はそう言うと、チェロを弾いて音を出した。
「わあ!…凄い!空気が響いてるじゃないか!」
ソファから前のめりに起き上がると、彼のチェロから響く空気を感じて身を震わせた。
「…すごい!」
「…直生とエッチしたくなった?」
そう聞いて来る彼を見上げると、にっこり笑って言った。
「そうだね、もっと何か弾いて?」
オレのリクエストに応える様にほほ笑むと、直生は綺麗なメロディーをチェロで弾いた。
「あぁ…凄い。凄く体が震えてくる…。勇吾は、ロンドンでオーケストラの生演奏でストリッパーにポールダンスを踊らせるんだ。その時、ステージに居たら…こんな風に体の芯が震えるのかな…?」
直生を見上げてそう尋ねると、彼は微笑みながら言った。
「体を持ってかれるさ…」
あ…
それ、北斗君も言ってた…
ふふっ!
おっかしい!!
まるで一本の線で繋がってるみたいに…オレの胸を揺さぶるね。
運命が踊れって…オレに言ってるみたいに、何度も、何度も、サインが下りてくる。
「そうか…それは、楽しそうだ…」
「ロンドンの公演にシロも出れば良いのに…そうしたら、俺は観に行って…沢山のお花をあげるのに…」
伊織がそう言ってオレの背中を撫でた。
やっぱり彼は直生よりも、野生が強い。
「そうだね…」
オレはそう言うと、携帯電話を取り出して勇吾に電話を掛けた。
「もしもし?勇吾?今、誰といると思う…?」
オレがそう尋ねると、スピーカーにした電話の向こうで勇吾がモグモグと何かを食べながら言った。
「ん~…そうだなぁ、この時間だと…ヒロと、桜ちゃんと、ビースト…みんなで楽しくお店で…ワイワイしてんだろ。」
はは!大ハズレだ!
「ぶっぶ~~!直生と伊織と、ギロッポンのストリップバーに来てる。彼らがおイタをするんだ。勇吾からも怒ってよ。」
オレがそう言うと、電話口の勇吾は咳き込みながら大声を出して言った。
「はぁ~~~~~?!だめだよ?彼らと一緒に行動しちゃダメだ!性欲モンスターなんだ!しかも、2人で狩りをするから逃げられないぞ?今すぐに距離を取って…背中を見せないで逃げるんだ。後ろを振り返ったらダメだよ?はっ!今すぐ桜ちゃんに電話しよう。彼に守って貰おう!」
勇吾が大慌てでそう言うのを、ふたりを見つめながら聞くと、電話口の彼に言った。
「今…控室に3人で居て、スピーカーで話してる…」
「いんだよ、そんな事。彼らはどうせ傷つかない。」
そんな勇吾の言葉にウルウルと瞳を揺らすと、伊織が言った。
「勇吾…じゃあ、お言葉に甘えて…シロを美味しく頂きます。」
「指一本でも触れたらへし折ってやるからな!」
だったら、伊織は、全ての指をロスする事になる…
電話口の勇吾は、控室で大人しく彼の暴言を浴び続ける彼らに再三忠告すると、やっと息を整えて、オレに言った。
「シロ…いますぐ、その部屋から立ち去るんだ。」
そんな彼に、オレは全く違う話題を持ち掛けた。
「ねえ、勇吾。メグの抜けた穴、誰か良い子は見つかったの?」
オレがそう言うと、彼はため息を吐きながら言った。
「…ん、まだ…モモの知り合いも、続けて募集してるオーディションでも、ピンとくる子がいないんだよ。もともとメグのパートは高度な技術が要るんだ。その穴を埋めるのは…並大抵の人材じゃダメなんだよ…」
そっか…
メグは歩けるようになったとしても、すぐには復帰出来ない。
ポールダンスは意外な筋肉を使うから…損傷した個所を改めてリハビリしないと、前のようには踊れない。
それには、長い時間を要するんだ。
スピーカーをオフにして携帯を耳にあてると、電話口の彼に小さく言った。
「…ね、勇吾?オレが、踊っちゃダメかな…」
「え…」
「メグの抜けたポジション…オレが踊ったら、ダメかな…」
体を持って行かれる程の感覚を…味わってみたい。
それがどんなに素晴らしい物なのか、体感してみたい。
そんな欲が…
でも、だって、と二の足を踏んでいたオレの気持ちを…後押しして、そう言わせた。
そんなオレの言葉に、勇吾は電話口で押し黙ってしまった。
やっぱり、今更、オレが踊れる訳もない…か。
「あの…別に、無理にって訳じゃない…」
取り繕う様にそう言うと、足をぶらぶらさせながら小さくなって行く声で言った。
「…ただ、ちょっと、何となく…言ってみただけ…」
「嬉しいよ…シロ…。やっと、その気になってくれた…」
涙声でそう言った彼の言葉に、頭が真っ白になると、コンコンと湧き上がる涙をそのまま頬に伝わせて流した。
涙の理由なんて、分からない。
ただ、とっても…嬉しかったんだ…
「ずっと…その言葉を待ってた!」
勇吾はそう言うと、まるでオレの頭を撫でる様に…声を優しく落として言った。
「シロが踊って…!俺の舞台のセンターは、お前が飾ってくれ…これで、決まりだ!」
「うん…」
携帯電話を両手に抱えてそう言うと、ポロポロ落ちてくる涙をそのままに電話を切って、野獣兄弟を振り返って言った。
「…踏ん切りがついた。ありがとう。」
ずっと、気に掛かっていた…
でも、オレはお店に穴を開けたくなかった。
でも、それはもしかしたら…ただの言い訳だったのかもしれない。
チャンスが目の前にあるのに…怖じ気づいていただけかもしれない。
初めてイギリスに行く時、空港で出会った北斗君が言った“体を持って行かれる感覚”という言葉と、今、目の前にいる直生と伊織が言った…同じ言葉を、まるでサインの様に感じたんだ。
今、決断しろって…言われた気がした。
兄ちゃん。
オレが兄ちゃんを失って…強くなる事が運命だったとしたら、桜二や依冬に支えられて…あなたの開けた大穴を塞いで、必死に生きていく事も…運命。
勇吾に出会って…彼に愛されて、彼と結婚したことも…運命だとしたら…オレがやる事は、この流れに、逆らう事じゃないよね。
このまま…身をゆだねて、心の感じるままに…彼の舞台に立つよ。
運命は回ってる…まるで大きな車輪の様に。
良い時もあれば、悪い時もあって…所かしこにチャンスが埋まってる。その芽を掴んで引っこ抜くかどうか…それは自分の意思に委ねられてる。
オレは欲張りだから…見逃して来たチャンスを、すべて引っこ抜いて行くよ。
「スピニングホイールだよ…直生、伊織…ふふっ!」
意味深にそう言うと、首を傾げる彼らの前でクルクル回りながら”Spinning Wheel”を口ずさんだ。
直生がベースを弾いて、伊織がアクセントを付けると…オレはクスクス笑いながら、メロディーを口ずさんで…彼らと“Spinning Wheel”を歌って踊った。
さすがミュージシャンだな。
こんな彼らだったら、3Pしても良いんじゃないかって思うのは、きっとオレがビッチだからだね?ふふっ!
コンコン…
「直生さん、伊織さん、そろそろスタンバイをお願いします。」
そう言って顔を覗かせるお店の従業員に怪訝な顔をされながら彼らを見送ると、オレは客席へと向かう。
手が震えてるのは…きっと、武者震いだろ?
重大な決断を下したせいか…はたまた、敵陣へとひとり乗り込んでいくせいか…
それとも、その両方か…
体の奥がバイブレーションみたいにブルブルと震えて来るんだ。
でも、オレはハッタリが得意だろ?
ビビった様子なんて微塵も見せないで、お客を奪ってやるさ。
「待ってたよ。まさか、控室で売春なんてしてないだろうね…?今日は特別、オーナーの俺が案内してあげよう。この店がどれほど素晴らしいのか、お家に帰ってパパに教えてあげてよ?ははっ!」
そう言うとオーナーはオレの腰に手を当ててエスコートを始めた。
店内へ入ると、真っ暗な中ブラックライトが灯っていて…白という白が青白く光った。
きっと、ベンチャー企業の社長の歯も…青白くなる筈だ。ふふっ!
「このライトはやめた方が良いよ。ゴミが目立つし、お客さんによっては…見られたくない物が目立っちゃうじゃない。」
隣のオーナーを見上げてそう言うと、彼は忌々しそうに眉をひそめて言った。
「うるせえ…クソガキ。」
ははっ!良いね?
大きなステージを取り囲む様に備え付けられた席は、まるで…勇吾と一緒に行った劇場の縮小版の様だ。
「素敵じゃないか…ここなら、みんなからステージが見えるね?」
オレはそう言うと案内された席に座って、ビールを注文した。
目の前に座ったオーナーはオレをじろじろ見ながら言った。
「…店長さんが行けって言ったの?」
「違う。あのチェロのお客がオレを離さないんだ。だから、仕方が無く着いて来た。それだけだよ。こんな事、支配人が知ったら大目玉だ。」
オレがそう言うと、彼は胸ポケットからチップを出して言った。
「うちのダンサーは可愛いからね?どうぞ?これを使って…楽しめばいい。」
ふふっ!
彼からチップを受け取ると、ブラックライトに照らされて青白く光って見える文字を指で撫でながら言った。
「どうも、ありがとう。…親切だね?」
円形のステージは白く輝いて…ポールの高さが…うちよりも若干高いみたいだ。
ステージに向けられた客席は…視線をステージに集めて上の階層に行くだけでプライバシーが守られる計算された作りだ…。椅子のクッションも…硬すぎず、柔らかすぎない。上等だ。
「シロ…?歌舞伎町のシロだろ?どうしてここにいるの?偵察?ふふっ!」
オレを知っていたお客さんに声を掛けられて、にっこりと営業スマイルをすると、ステージを指さして言った。
「ここでチェロを弾くお客さんに連れて来られたんだ。でも、とっても素敵な店内に圧倒されていた所なんだよ?オーナーさんも親切に、こうして…ホストしてくれてるんだもん。好待遇だよ?」
そう言ってクスクス笑うと、表情を崩さないオーナーを見つめて言った。
「本当、とっても親切だ。」
ほぼ埋まった席にはホステスが最低3人は付いて、飲み物を目ざとく注文してる。
所々に立った黒服も身なりを上等にしていて…店全体が一昔前の高級キャバレーの雰囲気を出してる。
…良い雰囲気じゃないか。
なる程、お客が通う理由がちゃんとある店だ。
ブラックライトさえなければ…100点満点だ。
「ふふっ!ブラックライトが無ければもっと良いのにね…?」
頬杖えを付きながらそう言うと、目の前に出されたビールを一口飲んで、明るくライトで照らされるステージを見つめた。
「あぁ…素敵だね。あのステージ、輝いてる…」
ポツリとそう呟くと、オーナーは身を屈めて言った。
「特別土曜日はゲイのお客を入れて…お前をあそこで踊らせても良いんだよ?どうだい?あのステージで踊ってみたくない?」
ふふっ…!ウケる。
スカウトして来た!
「オレはね、ゲイ以外のお客にもウケるんだ。悪いね?オレのお客は、エロ目的じゃないんだ。エンターテイメントを楽しみに来てる。エロはその次だ…。」
クスクス笑ってそう言うと、ムッと頬を膨らませるオーナーを見つめて首を傾げて言った。
「あの人も、それを求めてるからね…?あんたとは、趣旨も、ベクトルも、違うんだよ。なぁに、張り合う事は無い。仲良くしようじゃないか…?」
そう言って差し出した手をパチンと払うと、オーナーは鈍く光る瞳を向けて、凄んで言った。
「仲良く…?する訳ねえだろ?寝ぼけた事言ってんじゃねえぞ?かま野郎。」
ふふっ!久しぶりに…そんな悪口、聞いたよ…?
両手で口元を押さえて笑いを堪えると、足をバタバタさせて言った。
「あ~はっはっは!かま野郎なんて…ぷぷっ!久しぶりに聞いたぞ?言葉のチョイスが古いね?あぁ…そうか。懐古主義者なのかな?だから…しみったれたキャバレーのイメージをいつまでも引きずって…こんな、臭そうな店構えにしたのか?」
ニヤリと口元を歪めてそう言うと、オーナーはオレの胸ぐらを掴んで言った。
「おい…ボコボコに犯してやろうか?ビービー泣かせてやろうか?」
…矛盾してるね。
胸ぐらを掴んだ彼の手をそっと撫でると、息巻いた顔に鼻を付けて笑ってやった。
「かま野郎のケツにぶち込みたいなんて…お前も相当な、かま野郎じゃねえか…?そういう時はな、どうか俺の汚ねえおちんちんをあなた様のおケツに入れても宜しいでしょうか?って…礼儀正しく聞くもんだぜ?…分かったか?かま野郎。」
一触即発な雰囲気を感じ取ったのか、黒服がオーナーの元に現れて言った。
「オーナー…大丈夫ですか…?」
「ふん!」
オレの胸元から手を離すと、オーナーは両腕を組んでムスッと仏頂面をしてステージを見下ろした。
「大した事ねえな…」
オレはにっこりと笑ってそう言うと、ビールを一口飲んだ。
そうこうしていると、円形の白いステージにチェロを持った野獣兄弟が現れた。
「ふふっ!何だか、晒し者みたいだね?」
口を押えて笑うと、なんだか惨めに見えるふたりに手を振ってあげた。
一応、彼らは、オレのお客さんだからね?
「お~い!ここだぞ~!」
オレがそう言うと、ふたりでこちらを見上げて、微笑んで手を振り返した。
「シロ…?」
「シロじゃない?」
「あ…あれ、シロだ…」
そんな嬉しい声を聞きながらビールを飲むと、目の前のふたりが椅子に腰かけてチェロをかまえる姿を見つめた。
いつも…こんな風に格好よかったら良いのに。
どうして男は、性欲をむき出しにすると途端に気持ち悪い生き物に変わってしまうんだろう。
残念な生き物辞典に載せて欲しいよ。
MCの紹介を受けると、ペコリとお辞儀をして…大歓声の中、演奏が始まった。
それはこの店の空気を振動させて…オレの所までちゃんと届いて伝わる、音の波動だ。
「凄い…ビリビリする…」
体中が振動して、頭の毛まで逆立ちそうだ。
曲名なんて知らない…でも、とってもエキサイティングで…力強くて、セクシーだ。
曲が終わる度、息継ぎをしないと溺れてしまいそうなくらいに…彼らの演奏はオレを夢中にさせた。
あんなに息がぴったり合うのは、こうして一緒に演奏するからなんだ…
へえ…凄い人がいるもんだな。
感心しながら彼らの演奏に拍手を送ると、目の前に座るオーナーに言った。
「彼らをどこで知ったの?」
「は?有名人だよ…。ふたりでチェロのデュオをしてる。海外でも演奏会を開いてる有名人だ。だから、こんなに大勢のお客を集めることが出来る。なんだ、お前…何も知らないで付いて来たの?はは…!嗅覚が鋭いのか…ただの馬鹿か。ただの馬鹿だな…それは間違いない…。俺に喧嘩を吹っ掛けて来る、大馬鹿なガキだ。」
ため息を吐きながらそう言うと、オーナーはオレを見て言った。
「世の中、コネだよ。彼らに繋がるコネを持っていた俺の勝ちだ。お前の店じゃあこんな事は出来ないだろう?これが、エンターテイメントだ!分かるか?はは!」
得意げにせせら笑うオーナーを見つめると、にっこりと笑って言った。
「支配人はそういうコネを持たないかもしれないけど…オレは沢山持ってる。」
広告会社を傘下に置いた依冬の会社や、彼自身のコネ…
桜二の危ないお友達のコネ…
世界で活躍する勇吾のコネ…
使おうと思えば…いつだって使えるコネクションを沢山持ってるんだ。
「オレがあの店のオーナーになったら…存分に使ってみせてあげるよ。格の違いをさ…立地じゃない。集客を、見せてあげるよ。」
そう言って彼の鼻をチョンと叩いてクスクス笑った。
「シロ~~!ここに、シロが大好きな大きくて強い棒が立ってるぞ~~!」
伊織がそう言ってステージの上からオレを呼んだ。
誤解を生むような物言いをするのは、わざとか…それとも、本当に頭が緩いのか…
「本当だね~~?」
オレはそう言って彼らに返事をすると、愛想笑いしながら手を振った。
「シロ!踊ってよ!」
「そうだ~!シロ、踊って見せてよ~~!!」
そんなお客の声が上がらない訳が、ないよね…?
ざわつき始める客席を見ると、オレは目の前に座るオーナーを眉を下げて見つめた。
彼はスクッと立ち上がると、お客を宥める様に言った。
「…だめだよ。シロはこのお店の従業員さんじゃないからね?ここで踊って貰ったら、歌舞伎町の支配人に怒られちゃう!だから、残念だけど、ダメなんだ~!」
「ええ~~~~!」
お客のブーイングを受けて残念がるような芝居をすると、オーナーはオレを見下ろして冷たい視線で言った。
「早く…帰れ、ブス。」
ふふっ!
「へいへい…」
お客の催促の嵐の中、席を立つと、オーナーを見つめてハッとして言った。
「さっきのチップ、使ってない…勿体ないから渡してくる!」
そう言ってステージへ向かって走って行くと、チップを口に咥えてポールに飛び乗った。
「フォーーーー!!シローーー!」
これを道場破りだなんて言わないで?
オレはただ…チップを野獣兄弟に、渡したかっただけなんだもの。
凄い勢いでポールを回ると、体を仰け反らせてオレを見上げる直生を見下ろした。
彼はにっこり笑うと、首を伸ばしてオレからチップを口移しで取った。
「なんだ!伊織が言ったのに!」
そう言って怒ると思ったんだよ?
「待ってて!伊織!」
オレはそう言うと、体を起こして足を高く上げていく。
「シロ、何を弾こうか…?」
そう聞いて来る直生に、笑顔で言った。
「エアロスミスのDude!」
彼は頬を上げて笑うと、椅子に座ってチェロで弾き始めた。
オレの大好きな…オレにピッタリの、この曲を!
「良いね~~~!」
まるで重低音のウーハーの様に空気を揺らすと、彼らのチェロは器用にエアロスミスを演奏していく。
ん~~!格好いいじゃないか!!
ポールの最頂部まで体を持ち上げると、お客を見ながらゆったりと回った。
さてさて…ダメージジーンズを履いたオレに…何が出来る?
滑る足をポールから離すと、両足を揃えて膝を曲げながら回転して降りていく。
「シローーー!いいぞーー!」
そんな聞き慣れた歓声を受けながら、膝裏でポールを挟むと緩急を付けながら体を反らしていく。
「わあ~~!綺麗だ~~~!」
そうだろ?
ポールダンスだからって…エロイ訳じゃないんだよ?
ポールはね…
もっと綺麗で…もっと上品で、もっと幻想的な物を魅せる事が出来る、ツールなんだ。
しっかりとポールを掴むと逆立ちするように両足を上に上げる。よく滑る洋服を逆に利用して、ポールに体を沿わせて回転しながら体を持ち上げていく。
「フォーーー!見事だーーー!」
足首でポールを掴むと、一気に体を捩りながら起こしていく。
ポケットに突っ込んだチップを1枚取り出すと、口に挟んで言った。
「伊織~~!おいで~~?」
そう言って彼を呼びつけると、まるで犬のプーリーの様に髪を揺らしながら駆け寄ってくる伊織に、口元を緩めて笑う。こうして見ると、可愛いんだけどね…
膝裏にポールを絡めながら片手を伸ばして回転して降りて行く。
丁度良い高さで膝を絞めると、ゆったりと回りながら体を反らして…伊織の顔の真ん前にやって来た。
「信じられない…とっても綺麗だよ、シロ…。伊織と結婚しよう。」
どうしてかな?
みんな、オレと結婚したがるね?
笑いながら首を横に振ると、彼の唇にチップを押し付けた。
「あぁ…可愛い!」
チップを受け取ってそう言うと、伊織は両手を広げてオレを捕まえようとした。
そんな彼を、身を屈めながらかわすと、小さくスピンしてお客の正面を向いてポーズを取った!
どやぁ!
「ワァァァァァ!凄いぞーーー!シローーー!」
不思議だね。
直生が弾いていた曲と、オレのラストが、ぴったりと納まった。
きっと彼の力量でピッタリに収まる様にコントロールしたんだ。
凄い人なんだ…
楽器なんて弾けないし、音楽は聴く方が好き。
だけど、彼らがとっても凄い人だって言うのは…良く分かった。
ステージの上に立つとお客の方を向いて、バレリーナの様に片足を引きながら身を屈めて美しいお辞儀をした。
そして、同じ様に野獣兄弟を見て、丁寧なお辞儀をした。
「素晴らしい演奏をありがとう。」
にっこりと微笑んでそう言うと、直生と伊織は頬を赤くして言った。
「…シロの為なら、なんだって、してやるさ…」
今日会ったばかりだというのに、なんて太っ腹な兄弟なんだろう…
それか、ただの馬鹿だな。
「シローーー!凄いーーー!格好良い!大好きーー!」
ありがとうさん。
にっこりと営業スマイルをすると、興奮するお客さんに言った。
「オレは歌舞伎町にある、三叉路のストリップバーにいるよ?気に入ったら、見に来てね~~!」
そんな宣伝も怠らない。なんてったって、オレはあの支配人の回し者だからね?
悔しそうに舌打ちをするオーナーにお辞儀をすると、コートを手にかけて颯爽とお店を後にする。
受付前でオレを待っていたふたり組と合流すると、目の前に桜二が現れて言った。
「…シロ。店まで送るよ。」
ふふっ!
勇吾だ…!
彼が、桜二に連絡したんだ。
「桜二~!見て?彼らを!ふふっ!野獣の様なんだ。だから、オレは彼らを心の中で、野獣兄弟と呼んでた!」
桜二に抱き付いてそう言うと、彼らに手を振って言った。
「またね~!」
「シ~ロ~!すべて終わっただろ?約束したじゃないか!」
直生と伊織が地団駄を踏んでそう言うのを見つめると、首を傾げてムカつくひよこの顔をしながら言った。
「すべてって言うのは…別に、これが終わったらって意味じゃないよ?世界から戦争が無くなった後の事を言っていたんだ。ピース!」
オレがそう言うと、直生はケラケラ笑って言った。
「あはは!こりゃ、一本取られた!」
「なぁんで!伊織はこの時の為に頑張ったのに!!」
駄々をこねる伊織の頬にキスすると、彼の髪を撫でて言った。
「またね?いおりん。」
「あ~面白かった!」
助手席に座ってそう言うと、運転席の桜二はムスッと頬を膨らませて言った。
「支配人は…いったい何を考えてるんだろうねぇ…」
あ~ふふっ!
「多分、オレが彼らに食べられたりしないって、確信してたんだろうね?」
ケラケラ笑ってオレがそう言うと、桜二はため息を吐いて言った。
「金曜ロードショーで、〇の谷のナウシカを見ていた所だったんだよ…」
「あ~はっはっはっは!!」
「ちょうどナウシカがガンシップに乗ったタイミングで、勇吾から電話があったんだ…もう、小さなダンゴ虫を助けるシーンを見逃したじゃないか…」
「ぐふっ!だ~はっはっはっは!!」
大笑いするオレの頭をポンポン撫でると、桜二はオチを付けて言った。
「DVDを買って置いておこう…」
「ぐははははは!笑い死ぬ!」
やっぱり、桜二はオレの笑いのツボを心得てる!
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