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第30話

歌舞伎町の店の前に戻ると、路駐をする桜二と一緒にエントランスへ入って行く。 「オ~…はは、お帰り~。どうだった~?」 支配人はそう声を掛けると、オレの後ろの桜二を見て急にそわそわし始めた。 きっと、桜二がすごい目力で睨みつけてるんだ… 「楽しかったよ?あの店のポールをファックしてやった。」 オレはそう言うと、オーナーから貰って余ったチップを支配人に手渡した。 支配人はチップを眺めながらグフグフ笑って、身を乗り出して聞いて来た。 「…で、なぁんて言ってた?」 「…気持ちいい!もっとして!って腰を振って来た。」 ケラケラ笑ってそう言うと、支配人はキャッキャと喜んでオレに言った。 「閉店まで飲み物フリータイムにしてやろう。ただし、ボトルキープは無しだ。」 か~、ちゃっかりしてるよ。 「あいよ~。」 そう言って桜二と手を繋ぐと、落ち着く自分の店に戻って行く… 「あ~!やっぱりこの店の方が落ち着くわ~。」 桜二の腕に抱き付いてそう言うと、彼は首を傾げて言った。 「あの店は…過剰にエロを提供するから、ストリッパーなんて…売春してるようなもんさ…」 へ…? オレは桜二の顔をまじまじと見つめると、問い詰める様に言った。 「あの店、入った事あるの?いつ?え?」 オレの視線を受けつつ、彼は飄々とした顔で言った。 「…ずっと前だよ。」 嘘だ… この野郎…! ひとりだけ楽しい所に行って、ズルいんだ!! 桜二のお尻を蹴飛ばしながらカウンター席に戻ると、ヒロさんが楓と肩を寄せ合ってラブラブ飲みしていた。 楽しそうにイチャついていたのに、オレを見つけると怒りながら言った。 「シロ!勇吾のファンはほんっとうに最悪だ!僕に死ね糞豚やろうって言ったんだ!信じられる?僕が豚だとしたら、お前も豚だよって、シロみたいに減らず口でいなしたら…不意に殴られたんだぁ…!」 ふふっ!ざまあミロ… そんな事、思ってないよ? オレはヒロさんの背中を撫でると、楓を見つめて言った。 「良いじゃん…イチャついてんだから…チャラだろ?」 「はっ!?」 「や~だ~、シロ、そんな意地悪、言わないの~!」 楓はそう言うと、頬を真っ赤にしてオレの胸をバスバスと叩いた… それが、結構痛かった。 「フランスの紳士はまた明日も来るって言って帰って行ったよ。もう少し、お話してあげなよ…シロ。彼はわざわざフランスから君に会いに来たんだ。」 ヒロさんがそう言うと、カウンター席に座った桜二が食い気味に聞いて来た。 「…誰だって?」 「フランスで…勇吾みたいな仕事をしてる人が来て、オレを誘ったんだ。でも、断った。オレは勇吾の舞台で踊る事にしたから…」 マスターにビールを受け取ると、一口飲んでそう言った。 「え…?」 桜二もヒロさんも驚いた顔をしてそう言うと、固まって動かなくなった。 「…シロ、また行くの?ダメだよ…!もう、イギリスに行ったらダメだぁ!!桜餅ちゃんが大事じゃないの!?カピカピになっちゃうって言っただろっ!」 桜二はそう言うと、トラウマでも思い出したのか…オレの胸に抱き付いて顔を擦り付けてウンウン…言い始めた。 …ウケる!桜餅ちゃん…!! オレはそんな我を忘れた桜二の髪を撫でると、彼の顔を覗き込んで言った。 「行かない。ここで…練習する。もともとソロみたいなパートなんだ。だから、ここで練習して…公演前日にリハーサルを一緒にやって…ぶっつけ本番する。」 オレがそう言うと、ヒロさんは慌てて携帯電話を取り出してどこかへ電話をした。 きっと…モモだ。 電話越しに楽しそうに大笑いするヒロさんを、妙に寂しそうに楓が見つめてる… もう、本当に好きになっちゃったの…? 馬鹿だな。楓… あんなに素敵な彼氏が居ても…誰かを好きになる気持ちはオレだって分かる。 だから…何も言わないよ。 さりげなくあの子の背中を撫でると、桜二を見つめて言った。 「だから、その時は桜二と依冬もお仕事をお休みして、オレと一緒にバカンスシートでイギリスに行くんだよ?」 「バカンスシートって、なぁんだぁ?」 マスターが突然そう言って声を大きくするから、オレは親切に教えてあげた。 「シロ…その話は…」 そう言って茶々を入れる桜二を無視して…得意げになって言った。 「飛行機には、ビジネスシートがあるって知ってた?あれはお仕事で海外に行く人が座る所なんだ。入管で聞かれるだろ?ビジネスか、サイトシーイングか…。あれと同じで区分けされてるんだ。だから、観光で行く時は、バカンスシートに座るんだよ?」 「やば~~~い!」 突然、楓がそう言って大笑いを始める。 きっと、知らずに乗っていたんだ。ふふん! 「お前って…本当に馬鹿だな?誰も教えてくれなかったの?ぐふふっ!バカンスシートとか…ある訳無いじゃん!あ~はっはっはっは!腹が痛い!腹が痛いよ!」 へ…? マスターがそう言ってお腹を押さえて大笑いをするから、隣の桜二の腕を掴んで顔を覗き込んで言った。 「違うの?桜二…!違うの?」 彼は無表情になると、オレから視線を逸らしてポツリと言った。 「…可愛いから、そのままにした…」 …なんだって!? 「最低だな!うわあん!オレが恥をかいても良いと思ったの?ばか、ばか、ばか!」 桜二の腕をポカポカ殴って怒ると、彼はオレを抱きしめて言った。 「良いじゃないか!バカンスシートがあったって!おかしくないだろっ!?そんな事で笑う方がおかしいんだ!!」 所謂…逆切れだ。 「なぁんだ、お客さん。あんた、それじゃあまるで躾のなってないガキを怒ったら、逆に怒って来る母親みたいじゃないか!あ~はっはっは!ダメな親だ!」 マスターは桜二を指さして笑うと、カウンターの中で小躍りをして馬鹿にした。 「シロたん、シロたんが言う事がただちいでちゅよ~。ほかの人の言う事なんて、聞かなくて良いでちゅよ~。ママたんが守ってあげまちゅからね~。」 最低だな… オレを抱きしめてフルフルと笑いながら震える桜二を見上げると、彼の頬を撫でて言った。 「…もう、バカンスシートって…言わない。」 「なぁんで、可愛いのに!」 桜二はそう言って頬をヒクヒクさせる。 知ってるんだ、彼はこうして過ちを繰り返させようとしてるって… それは愛や、優しさじゃない。 ただ”バカンスシート”の存在を信じ続けるオレを見て、楽しみたいからなんだ。 最低だよ… 彼の瞳をじっと見つめると、優しくキスしながら言った。 「もう…言わない。」 唇を尖らせると、桜二はマスターを睨みつけて言った。 「…大人げない誰かのせいで…シロがひとつ面白い事を言わなくなってしまった…」 最低だな… オレは知らず知らずのうちに、こうして間違いを訂正されないで過ごしているのかもしれない…気を付けないと。 「シロ?モモも勇吾さんに聞いたって言って、とっても喜んでる!わあ!また向こうでシロとモモのポールが見れるなんて!最高じゃないか!!」 KYのヒロさんはそう言うと、嬉しそうに目じりを下げて言った。 「あ~…久しぶりにモモの声を聞いたら、会いたくなって来ちゃったよ。」 くず、め… 「…僕、そろそろ控室に戻ろうかな。出番が回って来るしね?」 楓はそう言うと、キラキラしたラメを振りまいてカウンター席から立ち去って行った。 オレと桜二はKYのヒロさんをジト目で見ながら言った。 「…はん、最低な野郎だね?」 「俺もそう思ってたんだ。やっぱり、シロとは気が合うね…?」 そんなオレたちのジト目を受けると、ヒロさんはハッとして慌てて楓の後を追いかけて行った。 …足らない。 二股男に必要なスキルが、彼には足らない。 マメさと、他の女をちらつかせない心配りが、彼には決定的に足らないんだ。 つまり、分不相応って事さ。 オレの頭をナデナデする桜二を見上げると、彼の顎をナデナデして言った。 「ほかに…オレに言わなきゃいけない事は無いの?」 彼は口端を上げて考えると、オレを見つめて微笑んで言った。 「キスして…?」 っふふ。可愛い~~! 「ん、も~!」 だらしのない笑顔になると、彼に顔を寄せて唇にチュッとキスをした。 勇吾の公演で踊る事にした。 準備期間は沢山ある。 ただ、他のダンサーたちと合わせて踊る事が出来ない。 生の音を聞きながら練習する事が出来ない。 そんな心配事を抱えている。 でも…”体が持って行かれる“感覚を味わうために…勇吾の美しい舞台に立つ為に、頑張ってみようって、思った。 オレはおうし座…決めるまでの決断力が遅いんだ。 ただ、やるって決めたら…死に物狂いで頑張って成し遂げてみせるよ。

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