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第36話

#勇吾 「なぁんだ…寝ちゃった…」 ぐっすりと眠る寝顔を見つめてそう言うと、あの子の唇を指でそっと撫でた。 大暴れして…事切れた。 …そんな感じだ。 「シロは凄かった…圧倒的だ。圧倒的な存在感と…心強いくらい物怖じしないんだ。あぁ…本当に、この人は凄い…!」 桜ちゃんはそう言ってデレデレになると、シロの髪を何度も撫でてキスした。 あぁ、実際そうだ… まさか、あんなに場を仕切ると思わなかった。 公演前の落ち着かない空気を一瞬で切り替えて、周りのダンサーが纏う空気を自分好みの穏やかで朗らかな物に変えた。 初めから一貫して、この子は言ってた。 “オレたちは、ストリッパーだよ。” その言葉はモモたちの士気も上げたし、浮足立った俺の目的意識も再認識させた。 ただの、ダンサーじゃない…ストリッパーを起用した理由は、そこにあるんだ。 風俗…下品…低俗…そんな風に揶揄される物の真価を、問いたかったんだよ…。 「あぁ…寝ちゃった…」 再びそう言うと、あの子の頬にキスして体を起こした。 「…明日も来るんだろう?どうだった、客の評判は…?」 椅子に腰かけて、今にも寝そうな雰囲気を漂わせたビースト君にそう尋ねると、彼はニコニコの笑顔を向けて言った。 「上々ですよ…。特に、シロが現れた時の観客の興奮と言ったら…座っていても肌に伝わってくる空気が変わるのが分かるんだ。シロは、注目されていて…その期待に応えるポールダンスを踊った。そして、大歓声を受けた…。」 そう言うと、ベッドで爆睡するシロを見て、瞳を細めて言った。 「本当に、凄い…」 「そうなんだ。」 相槌を打ってそう言うと、桜ちゃんはしきりにシロの髪を指で分けてあの子の顔を覗き込んだ。 …すごい、だらしない顔をするんだな。 まるで、自分の子供を自慢げに見つめる、親みたいじゃないか… それもそうか… 桜ちゃんは、シロの”兄ちゃん“だからね。 壮絶だったあの子の中の荒波を…一緒に乗り越えた…家族だ。 ビースト君も然り…彼らは、いくら頑張っても俺が得られない一体感を、シロと感じてる。 …悔しい? いいや… よく、助けてくれたと…感謝したいくらいさ… 彼らが居たから、この子は正気を取り戻して…俺と結婚したんだからね? 「じゃあ…俺は帰って寝るか…明日はうちに連れて帰るから、そのつもりで宜しくお願いしますよ…。全く、新婚夫婦を邪魔して…信じられないな。」 ぶつぶつそう言うと、脱ぎ捨てた服を手にまとめてホテルの部屋を出た。 シロの服… あの子の匂いがして…口元が緩んでいく。 …公演前のピリピリしていた気持ちを、手のひらで撫でられて…静められた。 不思議だった。 だって、気持ちが落ち着いたんだ… ホテルを出て、車に乗ると…ため息を吐きながら車のエンジンをかけた。 「本当は…一緒に、帰りたかった…」 次の日… 何カ月も前から準備して来た公演は今日で最後。 短い? ダラダラと長くして良い物なんて無いよ。 こういう物は突発的かつ、刹那的…かつ、知る人ぞ知る様なイベントでないと… そういった”特別感“を演出する事によって話題を長続きさせて、観れなかった悔しさを抱えた者を、次の獲物にするんだ。 そうして雪だるま方式に固定のファンを付けて、安定した物へと昇華させていく。 シロが来る事を考えて、リビングを少しだけ片付けると掃除機をかけた。 「さてさて…今日も、頑張りましょうね…」 ひとりでそう言うと、家を出て車へ向かった。 車の中、エンターテイメント情報を発信するラジオを聞きながら車を走らせていると、さっそく、俺の公演の話題になった。 「勇吾のストリップ公演に行ったの?どうだった?」 「とってもクールだったよ、あのハーマジェスティーズシアターの一階をすべてステージに変えたんだ。その潔さは感服するね?採算とれるの?なんて、要らない心配までしちゃったよ。」 はは… 採算なんて度外視だ。 知名度を上げる為、身銭を切ってんのさ… あの劇場の舞台では、奥まり過ぎて…ポールダンスのダイナミックさは伝わらないんだ。 それに、下に置いたオケの音圧が上に上昇して、天井を跳ね返って客席に伝わる…そんな、荒々しい音も、重要だ。 「しかし…まさか、センターのポールで音があんな風にダブって聞こえるなんて…誤算だったな…。あの子が機転を利かせてオケと交渉して難を逃れたけど…あれがあの子じゃなかったら、イヤモニを付けたまま…躍らせる事になる所だった…」 危ない危ない… 思い付きで考えるから、こういう土壇場のハプニングに見舞われる。 シロで良かった… あの子は、自分のステージにかける情熱が強い。 だから、いかなるハプニングも…自分が心地よく踊れるために、尽力して対処するからな。 ある意味、自立してる… 「勇吾、おはよう。昨日は眠れた?俺は興奮して…3時まで寝られなかったよ…。今日も客席は既にソールドアウトしてる。…あと、シロへの取材の申し込みが6件ほど来てる。どうする?」 ショーンはそう言うと、取材の申し込みをして来た企業の名前を読み上げた。 「あぁ…何件か、あの子の自宅前でしつこい取材をしたやつらが居るな。そこは除外した方が良い。俺もムカついてるからね…」 そんな返事をしながら舞台裏をグングン歩いて進むと、興奮冷めやらないスタッフに挨拶して回る。 「おはよう。今日もよろしくね。」 「勇吾!シロは凄かったな!ほんと…クレイジーだった!」 はは…あれは、あの子の通常運転だよ… 苦笑いをしながら肩を叩くと、ケインがいそいそと近づいて来て言った。 「シロは…?」 はぁ… 旦那の俺に正々堂々と“シロは?”なんて聞いて…お前は一体あの子に何の用があるんだよ… ジャッカルみたいに…油断も隙も無い奴だ。 「あの子はホテルに泊まってる。後で来るさ…」 ふん!と鼻で言ってそう言うと、舞台装置の点検に向かう。 「ええ~?」 そんなケインの声を背中で受けながら、隣を歩くショーンに言った。 「疲れてるから…早く休みたかった!って言って…ホテルまで行ったのに、目の前で寝ちゃったんだよ。酷いだろ…」 眉を下げてそう言うと、ショーンは俺の顔を見てケラケラ笑って言った。 「時差ボケもあるし…こっちに来てすぐにリハーサルして、公演だ…。そりゃ、疲れるさ。労ってあげなよ。あんなに盛り上げて、頑張ってくれたんだからさ。」 分かってるよ… 十分すぎる程に、あの子はやってくれた。 ステージに上がった瞬間、歌舞伎町のお店で見せる様な…観客を鼻で笑う様に見下した目を向けて、堂々と歩くあの子の姿は…圧巻だった。 痺れた… 跪いて、足の裏を舐めたくなったね… …こんな事、誰にも言わないけどね。 「勇吾~!オケのコンマスがシロを気に入って、フィナーレの“ザ・チキン”を編曲して持て来た。後で聴いて!」 音楽担当のベンがそう言って、USBを手渡して言った。 「あの子の選曲、最高~!」 はは、コンマスまで…手玉に取ったか… まあ、アンコールにあの曲をぶっ込んで、オケにソロ演奏させたってのは…正解だった。しかし、そんな無茶振り…もし、俺がオケのコンマスにしたら、首を縦になんて降らないだろう。 あの子の不思議な魅力が…オーケストラを盛り上げて、言いなりにさせた。 はぁ~!恐ろしい子をお嫁さんに貰ったもんだ。 心強いったら…ありゃしない。 立派な、エンターテイナーだ… 「勇吾、モニターチェックして…」 「はいはい…」 舞台が見渡せるモニター室に入ると、ステージを見つめて…センターに立ったポールを眺めた… 昨日…ここで、シロのアダージェットを見て…涙が止まらなくなった。 思わず部屋を飛び出すと、舞台の袖に走って向かって…大喝采を背中に浴びて袖に退けたあの子を抱きしめたんだ… 心の奥が震えて…揺さぶられて…感動した。 簡単に言えばそうだ。 でも、もっと…胸の奥を抉る様な…言葉では表せない…悲しみに似た感情を感じた。 あんなもの見せつけられて…心が揺れない奴はいないだろう。 一緒にモニターをチェックしていたショーンや、他のスタッフだって…ボロボロと泣いていたんだ。 言葉が分からなくても…感情は、万国共通だ。 そんな人間の核の部分を、乱暴に鷲掴みにする…そんなパンチのある俺のシロ。 堪んないだろ…? …もう、ゾッコンだよ。 俺の目に、狂いは無かった。 「今日も盛り上がるかな…?」 モニターを見つめるスタッフがそう言うから、彼の肩を叩いて言った。 「当然だ。誰が踊ると思ってんの?…俺のシロだよ?」 ベンから貰ったUSBの編集された“ザ・チキン”を聴きながら打ち合わせをすると、12回繰り返すパート部分のラストだけ、やけに熱がこもった編集になってやがる… 「はぁ~!ここはシロが踊る所じゃないか!まったく!熱を上げてるよ!」 俺がそう言って体をのけ反らせると、クスクス笑いながらスタッフが言った。 「大物を狙い撃ち…?」 全くだ! すぐに、大物を落として行くんだから。 旦那の俺は、おちおちしてらんないよ… 劇場に楽器を抱えたオーケストラがぞろぞろと入って来るのを見ると、モニター室を出てステージへ向かう。 これから、今日のリハーサルをする。 「おはよう。昨日は…無茶振りして悪かったね。でもさすが、あんたの楽団だ。どんな時も臨機応変に対応してくれる。」 指揮者にそう言うと、コンマスが脇から言った。 「あの子は、ホットだね…」 はぁ… シロの事だ… 俺はコンマスを振り返ると、首を傾げて笑って言った。 「…そうだろ?だから、いつも俺は、やけどしてる。」 「はっはっはっは!良いね。」 そう言って笑うと、コンマスはリハーサルの為に他のダンサー達とステージに現れたシロを見て言った。 「シロ~!ハ~イ!」 あの子は顔を下げて相手を見ると、隣に立った俺を見てにっこりとほほ笑んだ。 可愛いんだよ… 「さて…おはようのキスして…?」 そう言ってステージの上に両手を伸ばすと、あの子はクスクス笑いながらステージに四つん這いになって俺に両手を伸ばした。 「勇吾、昨日オレの服を着て帰っただろう?もう…返してよ、ばか。」 なぁんだ! あの子を抱きかかえて髪にキスすると、じっと顔を見つめて言った。 「キスして…」 「ん、もう…」 可愛い… 可愛いシロの唇は俺のものだよ? 見せつける様に長くキスすると、惚けた顔をあの子に向けて言った。 「愛してるよ…」 「ははっ!」 なんで?! シロはケラケラ笑うと体を捩らせてステージの上に戻った。 なんで?! 「シロは勇吾を愛してないの?」 あの子を見上げてそう聞くと、シロは首を傾げながらポールに掴まって、ゆっくりと体を回しながら言った。 「どうかな~…ふふっ!」 なぁんで! 「勇吾の事、大好きでしょ?ね?ね?シロ~~!」 「イライラして怒鳴らない勇吾が好き。」 あの子はそう言うと、両手を上に上げてストレッチしながらモモの元へ行ってしまった。 イライラなんてしてないだろ? 全く、気まぐれなんだ! リハーサルが始まると、俺は舞台を統べる目で俯瞰しながら状況を眺めていく。 昨日の改善点をいくつか口頭で伝えると、今日のダンサーのコンディションをチェックしながら、気の緩みが無いか…厳しくチェックする。 信用してない訳じゃない。 ただ、海外で働く様になってから思い知ったんだ。 日本人の真面目さと…従順さ、そして性善説の概念は、ここには存在しないってね。 差別でも、区別でもない。お国柄かもしれない。 でも、実際何年も働いていると、実感として嫌でも分かるんだ。 彼らは、自己の権利を主張して…隙あらば、楽をする。 そんな彼らを監視して、報酬の対価を果たさせる。 それをいちいち主張していかないと、すぐに言う事を聞かなくなる。 人が悪い訳じゃない。きっと育った環境が違い過ぎて価値観が違うんだ。 だから、俺は彼らの価値観で物を言う。 …それが、シロにはイライラしている様に見えるのかな… 俺だってそんな嫌な奴にはなりたくないさ。でもね、綺麗事だけじゃ済まないのも事実だ。 「ジンジャー!気が緩んでるぞ。ちゃんとやれ…」 俺がそう言うと、ポールの上で俺に注意されたジンジャーが舌を出した。 …ほらね?すぐこれだ! 「今日で公演も最後なんだ。ちゃんとやってくれ!この日のために練習してきたんだ。今更、気を抜いてダメにするなよ!」 そう言ってポールを蹴飛ばすと、シロが俺を見て眉を下げた。 だめだよ? そんな目で見たって、俺はやめないよ。 「そこは昨日タイミングがずれた、今日は2回目なんだ。失敗するなよ!」 リハーサルが進むと、熱が入って声も大きくなる。 「モモ!昨日も言ったけど、もっと体を大きく動かせ!動きが小さいとしょぼく見える! 何回言ったら分かるんだ!馬鹿野郎!」 「…勇吾?」 ポールの上からシロが俺を呼ぶけど、ダメだよ。 これは真剣な舞台なんだ。 綺麗事だけじゃ回らないんだ。 「…オレに言ってよ。そうしたら、オレがみんなに言うから。」 あの子はそう言うと、ポールを下りて俺を見上げて言った。 「モモが動きが小さいのは気になってた。それに、ジンジャーの気が抜けてるのも分かってた。後…勇吾が無駄にイライラしてるのも…。」 そう言うと、シロは俺の腕を撫でて言った。 「良い物にしたいのは分かるよ。でも、リハーサルで怒鳴ってダンサーを委縮させても、頭ごなしに注意しても、それは改善されない。彼らはプロだ。そこを攻めるべきだ。だって、彼らは、そこにプライドを持ってるからね。」 踵を返してヒロを呼びつけると、シロはモモのポールの下に行って、ゴニョっと話して…今度はジンジャーのポールの下に行って…ゴニョッと話した。 彼らは急に表情を変えると声をそろえて言った。 「オーケー、ママ。」 何だってんだ! 俺があんなに言っても、鼻で笑う程度の癖に! ムッとする気持ちを抑えたまま、ポールに戻って来たシロに言った。 「すべてそんな風に、温く済む事ばかりじゃないんだよ。」 あの子は俺を横目に見ると、首を傾げてポールに上って行く… それは物の見事に…まるで、重力を感じない様な動きだ。 「じゃあ…もう一回。」 俺はそう言うと、オーケストラの音に合わせてポールを踊る彼らを見つめる。 鶴の一声とは…この事か。 シロに一言、言われただけで…彼らは一瞬にして整った… 「はぁ…やんなるね。」 …もう、この公演は、シロなしでは回らなくなった。 スタッフも、オーケストラも、ダンサーも…あの子の指示に素直に従うんだ。 それは雇い主という立場からの指示じゃない… ママからの、お願いなんだもん。 やんなるよっ! そんな最強のシロを、敵に回すのは…賢明じゃない。 「…シロ、良くなった。」 彼の足を撫でてそう言うと、ステージから降りてリハーサルを眺めた。 さっさとステージから退散する様子をケインに笑われても…仕方が無いだろ? だって、ママだもん。 ダンサーたちのとっかかりの練習風景を考えてもそうだ。 シロのやり方を尊重して…損する事なんて何一つなかった。 むしろ、今まで以上にうまく回った。 「さ~すが、俺のシロ…。鼻息の荒くなった勇吾をステージから追い払った。」 そう言うと、ケインは得意げに腕を組みながらリハーサルを眺めた。 はんっ! 彼を無視したまま、シロにステージの上を…任せる。 あの子を信頼してる… だから、任せる。 「…ちょっとタイミングを見過ぎてる、そういう時は音楽を聴くんだよ?」 シロがそう言うと、みんなでポールの上で頷いて言うんだ。 「オーケー、ママ。」 はっ!やってらんないね? 着眼点まで的確なんだもん。 …やってらんないよ。ママ。 リハーサルが終わると、休憩に向かうダンサーに声を掛けて、笑顔にしていく… そんなシロを見つめてため息を吐く。 俺の傍に…ずっと居て欲しいな… すぐにカッとなる自分の傍で、ああして…フォローして欲しいよ。 でも、あの子の居場所は…ここじゃないんだ。 「勇吾~~!見て~~!」 シロはそう言ってポールに駆け寄ると、大きな音を立てながらポールを掴んで登った。 「…ふふ、シロ?もう少し、魅力的に登ったらどうだい?まるで猿だ…」 下から見上げてそう言うと、あの子は目を丸くして言った。 「飛び乗るから楽しいのに!」 ふふっ アダージェットの時の様に…美しくポールを登る事だって出来るのに…この子はこういう登り方が好きなんだ。 インパクトが好き… ステージの縁に腰かけてあの子を見上げると、シロは楽しそうに劇場を見渡しながら体を仰け反らせて回転している… まるで、ポールから降りたく無いみたいだ。 …本当に、お猿なのかもしれない…それくらい、この子にとってはポールに登る事が、呼吸をする事の様に、当たり前なんだ。 「今日も…お客さん、沢山入るかな?」 いつの間にか俺の真後ろまでポールを降りて来たシロは、そう言うと俺の肩に両手を着いてモミモミしながら言った。 「勇吾は凄いね?このステージ…とっても美しいよ…?踊っていて気持ち良いんだ…」 そう言って俺の背中に頬を付けると、足をゆっくりとポールから離して、俺の背中に乗って言った。 「勇吾…愛してるよ。」 ふふっ まるで、リハーサルを怒鳴らず、大人しく過ごした俺を、褒めてるみたいじゃないか… 背中にあの子の柔らかさを感じながら、目の前で“愛の夢”を奏でて、この情景を彩ろうとするバイオリニストを見つめて、くすくすと笑って言った。 「俺も…シロを愛してるよ…」 心も…体も…全て、お前に侵食されて、骨抜きのゾッコンだ。 「勇吾?どん吉の…お母さん、薫ちゃんって言うんだ。あの子の支援をする事にした。毎月…いくらかお金を援助するんだ。」 背中に頬を付けてシロがそう言うから、俺はあの子の体を後ろ手で抱きしめて言った。 「それで…シロは、いつでも、どん吉に会えるって訳か…」 ほんと…この子は貪欲だ。 自分があの赤ん坊に会いたいから、母親を支援した。 それは優しさじゃない。 赤ん坊に会う確約を…手に入れたかっただけだ。 「ふふ…ばぁか。」 シロはそう言って笑うと、俺の腹に腕を回して言った。 「太ったみたい…」 「はぁ?!そんな訳無いよ?」 俺がそう言って腹筋に力を入れると、あの子はクスクス笑って立ち上がった。そして、俺を見下ろして言った。 「もう少し、ここに居るね…。勇吾は、どこかに行きなよ。」 ハイハイ… 言われた通りに退散すると、少しだけ振り返ってあの子を見た。 バイオリニストが奏でる…“私のお父さん”に合わせて、ポールをゆっくりと美しく上って行く姿に、胸が熱くなって行く… 「とっても、綺麗だ…」 ポツリとそう言ってほほ笑むと、あの子と、バイオリニストの…セッションを邪魔しない様に、その場を後にした。 「勇吾?これは…日本語?」 劇場前…垂れ幕が下がったハーマジェスティーズシアターの前で、スタッフ総出で写真撮影をする為に集まると、モモが派手な花輪を指差してそう言った… 「ここ、なんて書いてあるの?」 そう言って首を傾げるモモに、ヒロが通訳してあげると、モモはケラケラと笑ってシロに言った。 「シロ~!パパがこんなものくれたの?あっはっはっは!おっかしい!」 「良いだろ?写真にも写る様に…ケインに運んでもらったんだ。」 シロはそう言うと、ケインの腕にぶら下がってキャッキャと笑った。 …シロの隣は俺が立つんだ。 まったく、ケインは隙が無い。どっかの誰かみたいだ…! 体をグイグイと強引に割り込ませると、シロの肩を抱いてカメラを見つめた。 ケインはムスッと頬を膨らませると、シロの体を後ろから抱きしめた。 クソッタレだな… 笑顔のままケインの体を肘で押し退けると、足を大きく開いてシロの背中を守った。 パシャリ… 撮った写真を見ると…みんなが笑顔で映る中、シロと俺の後ろで不自然なくらいに満面の笑顔を向けるケインが写っていた。 彼はシロの頭の後ろに指で角を立てて、楽しそうに笑っていた。 「ん。もう!ばかやろだな!」 シロはそう言うと、待ってました!…と、言わんばかりに、満面の笑顔を向けるケインの胸を叩いた。 ケインは桜ちゃんみたい…あの子にかまって貰いたくって、悪戯する… こんなに大きく成長しても、馬鹿は馬鹿のままなんだ。 きっと好きな女の子にも、意地悪をして、嫌われるタイプだ… ため息を吐きながら劇場に戻るスタッフの後を追いかけると、エントランスに飾られた届けられた花を眺める。 「あ…」 ひと際ゴージャスなバラの花束を見て、絶句する… シロ…お前は人を引き寄せる力が強いの? どうして、彼らに出会ってしまったのか… それは、チェロのデュオ…直生兄弟からの花だった。 “すべてが終わるのを、首を長くして待ってる…” そう書かれたメッセージカードを手に取って丸めると、ごみ箱にポイッと捨てた。 花が届くという事は、彼らはシロが公演に出演する事を知ってるという事か… 可愛い子供のバイオリニストにご執心かと思えば、今度は、シロか。 全く、節操がないったらありゃしない。 呆れて物も言えないね。 涼しい顔をして劇場に入ると2階席に行ってステージを見下ろした。 …ここから見ると…圧巻だな。 ステージを飾る装飾も…用意した舞台背景も…完璧だ… 「一体…この特等席に誰が座るのかな…?ね?シロ…」 眼下でポールを登る彼と目が合って、ポツリとそう呟いた。 「勇吾~~!」 そう言って手を振る可愛いあの子ににっこりと微笑みかけると、眼鏡をかけて今日の工程表を確認する。 …何のトラブルも無ければ、昨日と同じ。 何かトラブルがあっても…モニターで見てる、すぐに対応出来る… 「はぁ…」 武者震いなのか…ビビってるのか、2日目だというのに…手が、震えてくる。 オペラ座の怪人を未だに講演し続ける、この由緒ある劇場で…ストリップ公演を行う。 それは、俺からしたら…一大事なんだ。 …知名度を、もっと上げるチャンスで、名誉を掛けた様な…一大事。 そんな舞台に…シロが居てくれて、本当に良かった。 「…ん、もう一回!」 「シロ、絶対、あの曲だよ…」 「ええ、違うよ、ママ、あの曲だよ…」 「分かんない!それ、本当にオレの知ってる曲なの?」 「ははっ!何でシロの知ってる曲を、僕が知ってると思うの?本当に可愛いね。」 「勇吾…外にお客さんが並び始めた。そろそろ奥に戻ってくれ。」 ショーンがそう言って、俺の背中を叩いて言った。 「今日も、魅せてやろう。」 「ああ…」 そう言って座席を立つと、眼下で楽しそうにオーケストラとイントロクイズを始めるダンサー達の笑い声を聞きながら、口元を緩めてショーンの後を付いて行く。 「もうしばらくしたらステージはもう使えない。最終確認をして来て、ダンサーたちを奥に引っ込めてくれ。」 ケインに指示すると、彼はスタッフを引き連れて舞台袖へと向かった。 さてさて…今日も、ドキドキの時間の始まりだ。 スタッフが慌ただしく自分の役割をこなし始めると、劇場が開いて、観客が客席へと入って来る… 舞台袖で客席の様子を伺っていると、シロが俺の背中に抱き付いて来た。 「…どうしたの?」 そう言ってあの子の腕を撫でると、シロは何も言わないでギュッと体を抱きしめて来た。 足をしきりに捩じって床に擦り付ける姿に吹き出して笑うと、振り返ってあの子の顔を覗き込んで言った。 「…緊張してるの?」 「…ま、まさか!ここは支配人が張り切ったハロウィンの店だよ。」 あの子はそんな事を言うと、強がって俺のお尻を叩いて言った。 「何となく…背中があったから、くっ付いただけだい!」 あぁ…そうかい。 全く、可愛いな。 「愛してるよ…シロ。」 そう言ってあの子の頬にキスすると、急いでモニター室へと向かう。 オープニングから目が離せない。 あっという間に客席が埋まる様子をモニター室から眺めると、さっきまで俺が座っていた2階の特等席を見て絶叫する。 「なぁんで!あいつらが、あそこの席を取れるんだよ!」 クロークにも預けないで大きなケースを2個も持ち込んだ、怪しい巨体のふたり組の背中を見て激しく動揺する。 あいつら…何か、良からぬ事を企んではいないだろうな…! …自分の舞台じゃなければ、好きにすれば良いと思うだろう。 だがな、これは俺の企画した舞台なんだよ…! 「ちっ!ねえ…このふたりから目を離さないで?何か、し始めたらすぐに教えて…」 モニターを見つめるスタッフにそう言うと、眉をひそめる。 劇場内が暗くなって客席が静まると、オーケストラの演奏が始まって…開演だ。 ステージの上を固唾を飲んで見守りながら…あのふたり組から目が離せない。 「シローーーー!!」 あの子の登場にひときわ大きな歓声が上がると、知らずのうちに顔がにやけていく。 「ふふ…見てよ。この顔…ほんと、本番にべらぼうに強い。俺のダーリンだ…」 そう言ってモニターを眺めるスタッフを小突くと、ニヤニヤしながらあの子のポールを上から見下ろした。 「あぁ…今日も、最高にクールで…最高にセクシーで、最高に可愛いじゃないか…」 そう呟くと、昨日よりもオーケストラと息の合った群舞を見せるダンサーたちに息を飲んだ。 驚いた。 凄いじゃないか… なんだい、この一体感は… まるでタッグを組んで長年活動している様な、そんな一体感だ。 阿吽の呼吸とでもいうのか… 音楽の凄腕のプロと、ダンスの凄腕のプロが、お互い相乗効果を生んで…新しく、何かを生んだ… 「ふふ…今日は、昨日より盛り上がりそうだ…!」 俺はそう言うと、無線を付けてモニター室を飛び出した。 こんなに凄い物、もっと、近くで見たい…! シロがコンマスと仲良くしたからなの? たったそれだけで… こんなにも、一体感が生まれてくるものなの? 「信じられない…!」 ニヤニヤしながらスタッフの間を抜けると、急ぎ足で客席の真下。 1階のステージ前まで行ってオーケストラの背後からシロを見上げる。 「フォーーーーー!シローーー!」 「シローーー!」 「ブラボーーーー!」 そんな生の大歓声を耳に届けて、ビリビリと震える劇場内の空気に触れて、キラキラと輝くライトの下、踊るダンサーたちを1人づつ見ていく。 「凄いじゃないか…みんな、キレキレだ…」 シロと一緒にポールを踊るダンサーたちは、今まで見た事も無いくらい輝いて…自信に満ち溢れた笑顔と体捌きをする。 凄い… 凄い! 凄いぞ!! へらへら笑いながらシロを見上げると、あの子はいつもの様に上機嫌な笑顔を向けて、華麗にポールダンスを踊っている。 …お前が持ち上げたの? ここまで…みんなに自信を持たせて、士気を高めて、ステージの上を別世界にした。 ママはパパと違って、みんなをやる気にさせるのが…上手だ。 頭ごなしに怒るパパと違ってね…ふふっ! すぐに次の演目が始まると、目の前でダイナミックに踊るダンサーたちを見上げる。 オーケストラの音に寸分違わずキメて行く“決めポーズ”も心なしか…昨日よりも確実に当ててくる… 最高だ。 みんな、最高だな! 「フォーーー!」 ひとり下からオーケストラの演奏に混じって歓声を上げると、ケラケラ笑ってステージを見つめた。 今日のダンサーたちは…キテる。 シロに感化されて、いつも以上に…冴えわたってる…!! これは、素晴らしい舞台になるぞ!! 「さて…ここら辺なら、問題ないだろう…」 「そうだ…ここなら問題ないと思う。」 そんな不穏な会話が聞こえて、怪訝に後ろを振り返ると、膝から崩れ落ちて絶叫する。 「なぁんで!ここに!居るんだよっ!!ここは、関係者以外立ち入り禁止って書いてあっただろ??出て行けっ!」 そう言って怒る俺を無視すると、直生はおもむろにチェロをケースから取り出して言った。 「チャルダーシュかリベルタンゴ…」 「俺はリベルタンゴだと思う…」 伊織はそう言うと、チェロを取り出して運んだ。 どこにって? それは…ステージの上にさ… 「ああっ!も~~!!」 頭を抱えて大絶叫すると、シロが俺と彼らを交互に見て、呆然と立ち尽くした。 4人ずつ3グループに別れてポールダンスを踊って行く…2つ目の演目が終わると、リミッターが外れてる直生兄弟が、淡々とステージに上がった… 音楽界隈で有名人な彼らの登場に、劇場内の空気が振動するほどに歓声が沸き起こる。 …くそっ!めちゃくちゃにされたっ!! 怒りの形相で宙を睨みつけると、シロがステージの上から俺に言った。 「勇吾!オレに任せとけっ!」 え…? 俺は呆けた顔で彼らに駆け寄るシロを目で追った。 センターのポールの真下にチェロと椅子を置くと、馬鹿兄弟はゆったりと構えて座った。 そのふたりの間を…あの子が走り抜けて行く… そして、ポールに飛び乗って掴まると、示し合わせたかの様に…彼らがチェロを弾き始めた。 それは…まるで演目のひとつの様に…自然に途切れる事の無い流れで… お互い、全部、アドリブだ… 「勇吾!!どうなってる!」 舞台袖でショーンが俺を呼ぶ。 俺は急いでシロが見える場所に走ると、楽しそうにシロを見上げて笑う馬鹿兄弟を睨みつけながら、ポールの上を踊ってみせるあの子を、固唾を飲んで見つめた。 頑張れ…シロ! こんな無茶振りされて…可哀想に…!! 悔しい思いを抱きながらあの子を見上げていると… どうしたもんか…笑ってるんだ。 困った様子も、焦る様子もなく…ただ、楽しそうに…彼らの演奏に合わせて踊ってる。 なんて、肝っ玉が据わった奴なんだ… まるでこの曲を知っていたかの様に流れる様に踊り切ると、シロは最後を決めてポーズを取った。 大喝采を受ける中、体を仰け反らせて馬鹿兄弟を逆さに見つめると、言った。 「こんな事したらダメじゃないか!お馬鹿さん!」 ふたりはシロにデレデレと鼻の下を伸ばすと言った。 「すべて…終わっただろ?さあ、セックスしようじゃないか?」 最低だ…! オーケストラが困惑しながら演奏を始めて3つ目の演目が始まると、シロに連れられて俺の目の前に馬鹿兄弟が戻って来て言った。 「さすが、シロは良い体をしている…」 「そうだ、俺が一番目に抱いてみよう。」 「勇吾、この人たちをお願い…オレは戻る。」 あの子は直生と伊織の言葉を完全に無視すると、そう言って、トコトコと歩いてステージの隅から袖へと戻って行った。 「最低だ…!お前らは俺の公演の出禁客にしてやるっ!指名手配犯だ!勝手にステージに上がって、勝手に曲を弾いて、勝手にダンサーを躍らせた!!」 怒り心頭でそう言うと、とぼけた顔をした直生が言った。 「シロのお尻が可愛い…」 はあ…??? 「俺も…ずっと前からそう思っていた。」 弟の伊織がそう言って手をモミモミと動かした。 このキチガイたちを、鈍器で殴ってしまいたいよ…! 「それじゃあ…勇吾、俺たちは席へと戻る事にする。」 直生はそう言うと、大きなケースを抱えたまま2階席へ向かった… 「おい!も、も、もう…!ステージを邪魔するなよっ!!」 俺がそう言うと、あいつらはチラッと振り返って言った。 「シロに会えればそれで良い…」 はあ…?! 嵐の様に場を荒らして、彼らは消えて行った… “シロに会えればそれで良い…”なんて、健気な言葉を置いて… シロ…お前はこれ以上男を飼わないだろ? あんな獣兄弟を仲間に入れたら…あっという間に、多頭飼育崩壊するぞ…! 「はっ!」 我に返って、急いでモニター室に戻ると、あいつらが席に着席したことを確認して、ダッシュして舞台裏に移動する。 シロ…シロ…シロ…シロ…! あんな無茶振りをされて、怖かっただろうに!! 笑ってたのも、強がってたんだろっ!? 俺が抱きしめてあげるよっ!! 「それが、とっても上手な演奏でさぁ、はは、楽しかった~!」 「へえ、僕は前髪が長いお兄さんが好き。シロはどっちが良いの?」 「え~、そうだな、ロン毛とエッチした事が無いから、やるならロン毛だな。」 そんな会話…聞きたくなかったよ… 他のダンサーとケラケラ笑いながらそんな会話をして、控室でメイクを落としてるあの子の背後に近付くと背中を撫でて言った。 「…俺が、髪を伸ばそう。」 それで、その危険な好奇心が解決するなら、容易い事だ。 …そうしよう。 「勇吾~~!」 可愛い笑顔を見せると、俺に抱き付くあの子を抱きしめて言った。 「よく踊り切ったね…。本当、彼らは少し、おかしいんだ…。こんな大舞台で、あんな無茶振りを、よく動揺しないで踊り切ったね。俺の舞台を守ってくれた…シロ。ありがとう。」 俺の背中をギュッと抱きしめると、シロは俺の肩に頬を乗せて言った。 「あったり前田のクラッカーだよ?勇吾の大切は…オレの大切だよ。」 あぁ…シロ! 結婚して…良かった…!! 「勇吾、挨拶だよ。…ステージに、来て。」 顔面蒼白のショーンがそう言って俺に声を掛けた。 …そんな死人の様な顔をして… さっきの、お前もビビったんだろ…? 俺も、相当ビビったよ… ショーンの肩を叩いて彼を見ると、ため息を吐きながら言った。 「やばかった…」 「なんだ、彼らは…!あんな飛び入り参加、最低だな…!シロが居なかったら…あの場は切り抜けられなかったぞ…!」 ショーンが青くなった顔を赤くしながら怒るから、俺はため息を吐いて言った。 「…シロにかまって欲しい…男の1人だよ。」 そう、シロが居なかったら切り抜けられなかった事は事実だが…シロが居なかったら、そもそも、あんなイカれた奴らがステージに上がる事はなかった。 構って欲しくて悪戯をする…ケインや、桜ちゃんを…最上級拗らせた集大成が…あのふたりだ。 人の迷惑なんて考えちゃいない。 シロに認識してもらえば、それで目的が達成されるんだ。 はぁ…厄介だな。 厄介な奴らに、気に入られたっ!! ステージの袖に向かうと、アクロバットのダンスを終えたダンサーたちが袖から楽屋へと戻って行く。 「切り替えて…」 髪を振り乱したケインがそう言うから、俺は彼を見て頷きながら深呼吸をする。 呼吸を整えて髪を手櫛で直すと、ステージに向かって胸を張って歩いて向かう。 「ユーゴーーーー!!」 「こんばんは。はは…あぁ、今日はお越し下さって、ありがとうございます。」 凛と胸を張って…トラブルにも動じないで定型文の挨拶を済ませると、ふいに目頭が熱くなって…笑いながら言った。 「一昨年から…ずっと、オファーし続けた“シロ”が、今回、やっと俺の舞台に立ってくれました…。そして、なんと、愛する彼とパートナーシップを結ぶ事が出来た…。それは、他の人から見たら…歪な形に映る物かもしれない…でも、とても幸せなんです。」 涙がポロポロと落ちて来て…言葉に詰まると、客席から声がかかる。 「勇吾~~!泣くな~~!男だろ~~~!」 ふふっ! 夏子の声だ… 俺は顔を上げると、涙を落としながら笑顔で話した。 「あの人は…俺の全て。この公演でも…彼は、ダンサーの子達や、スタッフ、オーケストラ、コンマス。ありとあらゆる人の心を掴んで…以前の物よりも高みに上げてくれた。それは、舞台をご覧になった方なら、言わずも感じた事でしょう。」 そう言うと、涙を拭って言った。 「まるで、俺が、この公演を通じて訴えたかった事を、体現する様な…そんな人です。他のダンサーの士気も今まで以上に高まっています。今日、ここに居る方は、ラッキーだ。だって、こんなにも盛り上がる公演は…他には無いから。どうぞ、お楽しみください。それでは。」 にっこりと笑顔で手を振ると、舞台袖で両手を広げるあの子の胸に顔を沈めて行く。 「勇吾…!」 そう言って俺の頭を抱きかかえると、何度もキスしてシロが言った。 「オレをほめ過ぎだろ?」 ふふ… お前は、褒めても褒め足りないくらいだよ…! 舞台が暗くなると、急いでモニター室へ走って向かう。 フィナーレだ。 花のワルツで魅せた後…あの子のアダージェットで余韻を残す。 それは、まるで、口直しが一つも出なかった、後味の悪いフランス料理みたいに… いつまでも口の中に残る味の様な…そんな、余韻を残してやるんだ。 ステージの上、オーケストラの演奏でポールダンスを踊る5人を見下ろすと、再びボロボロと涙が落ちてくる。 …馬鹿野郎、まだ終わってないだろう…! まだ、終わってないのに…極まって、泣くんじゃない!! シロだけじゃない。 他のダンサーの感度が強くなってる… それは一目瞭然だ… オーケストラの出す音を前もって把握して、振りかぶる様に踊りに繋げていく様は、美しく、上品で、華麗だ…! 「素晴らしい!!」 そう言って拍手をすると、花のワルツが終わって、客席が大きな拍手で包まれていく… 途切れる事無くピアノの音が聞こえてくると…バイオリンの音が空気を揺らして…ステージに一人残ったシロが、美しく体を持ち上げて行く… 「…アダージェット…」 ポツリとそう言うと、急いで1階まで降りて…バイオリニストの背後から…あの子を見上げた。 昨日の公演で、近くで見れなかったこの曲を… 今日は、傍で見させてくれ… シロ… この曲を、この踊りを、誰に捧げてるの…? 桜ちゃんでも、ビースト君でも、俺でも…無いんだろうな… お前がそんなに…愛おしい瞳で見つめる先は…この中の誰でもない。 俺の知る限り…たったひとり。 体の芯が震えて…胸から言い表せない感覚が沸々と沸き起こって来る。 感動…?共感…?同調…? いいや、どれも違う… まるで、音叉に共鳴する様な… シロの心の振動が…こちらに伝わってくる様な、そんな不思議な感覚だ。 全神経を集中させた、どこにも無駄の一切ない…そんなあの子の“表現”に見入ると、体中の鳥肌が立って…息をする事さえ忘れる… 「とても…美しい…」 ポツリとそう言うと、頬に涙を伝わせて…空から舞い降りるあの子を見つめ続けた。 オーケストラのメンバーがグスグスと涙を拭うのを見ながら鼻を啜ると、大喝采の拍手を背中に聞きながら急いで楽屋裏へ走って向かった。 「シロ~~~~!」 あの子の名前を叫びながら走って向かうと、両手を広げて俺に向かって走って来るあの子を抱きかかえてクルクルと回した。 「あ~はっはっは!勇吾~!すご~いっ!!」 すごくない! お前の方が…もっと、もっと、すごい!! あの子を両手で抱きしめると、自分の体に埋めていく様に覆い被さって言った。 「シロ…!ありがとう!!」 お前のお陰で…俺の公演が…今までの何よりも、最高の物になった!! 「アンコール!アンコール!アンコール!」 舞台袖から聞こえてくるそんなコールを耳にすると、俺の腕の中のあの子と見つめ合って、ニヤリと笑い合った… そして、周りを見渡すと、大きな声を出して、最後の締めに取り掛かる! 「よしっ!みんな揃ったか~~?行くぞ~~?」 そう言うと、みんなで手を繋ぎながらステージへ向かった。 「ワァアアアアアア……!!」 そんな観客の声援の圧を笑顔で受け止めると、隣のシロを見つめて言った。 「お前のお陰だ…」 「ん、違うよ。」 一言そう言うと、シロは俺の腕に自分の腕を絡めて、頬を寄せた。 オーケストラのコンマスの指揮のもと、昨日と同じ…”ザ・チキン“が流れると…俺は昨日と同じ様に…ストリッパーの子をひとりひとり紹介していく。 どの子も…大変な練習を、楽しみながらこなしてくれた。 メグ…ごめんね。 俺がもう少し、賢くて…強い男だったら、お前を怪我させる事も無かったのに… 「勇吾!見てて!」 突然呼ばれてシロを目で探すと、渋い顔をしたケインを従えてあいつをポールの前に跪かせていた。 そして、両手を組ませて構えさせると、俺の隣に走って来て言った。 「オレの事、早く、紹介して!」 はぁ…嫌な予感しかしない… オーケストラのおふざけのドラムロールが始まると、照明までふざけ始めて、まるでダンスホールの様にカラフルな色のスポットがステージを照らす。 「トーキョー!カブキチョーー!シロ~~~~~!」 俺がそう言うと、あの子はにっこり笑ってケインの元へ走って向かう。 …怪我させるなよ!怪我させるなよ!怪我させるなよ!! 真顔になってあの子を目で追い続けると、ケインの手に足を乗せて、高く、放り上げられた! 「ああああ!ケイン!この野郎!」 悲鳴を上げて走り寄ると、あの子は体を捩じりながらポールに飛びついて、派手に音を鳴らしながら、高速スピンした。 そして、ドラムロールが終わる頃…体を仰け反らせると、ピッタリのタイミングでポーズを取った。 「ワァァァァァァ!!シローーー!」 そんな歓声を受けて、ご機嫌の彼を、下からジト目で見つめた。 …はぁ、もう。 ヒヤヒヤしてばかりだ!! きっと、シロはさっきの行いを桜ちゃんにこっぴどく怒られるはずだ… だから …俺は怒らないでおこう。 昨日と同じ様にアンコールを終えると、スタッフ一同…深々とお辞儀をして…幕を閉じた。 「終わった~~~~~!」 舞台裏に戻ると、大騒ぎを始めるスタッフの合間に…桜ちゃんとビースト君を見つけた。 「僕は…こっちのお兄さんが良いな。だって、可愛いんだもん…」 「ええ…僕は、こっちのお兄さんが良い。だって、エッチが上手そうだもん…」 ダンサーの子達に絡まれて、タジタジになっている二人に、ニヤニヤしながら声を掛けた。 「やあやあ、どうだった?今日も最高だったね?あ、お迎えに来たの?ごめんね。シロは、今日は家に帰るんだ。だって、あの子の家は俺の家だからね?」 俺がそう言うと、桜ちゃんが袋を差し出して言った。 「ひよこ…シロが土産で買ってたの、渡し損ねてたみたいだ。」 「シロは…?あ…ちょっと、やめて、触らないで…」 ビーストがそう言って眉を下げると、ダンサーの子たちはキャッと喜んで、もっとお触りを始める。 はは…もっとやってやれ! ただ、彼は凄いぞ…? 「勇吾!おっす!おほほ!なぁに?ここは…シロの犬の会?あっはっは!」 桜ちゃんとビースト君の後ろからそう言って現れると、夏子は俺たちを見て大爆笑した。 …犬の会? 相変わらず、失礼な奴だ。 犬2匹と…飼い主の旦那の会だ。 「シロは…?」 夏子がそう言って聞いて来るから、俺は親指を立てて後ろを指さして言った。 「ふふ…!まったく、強がりにも、程があるんだ…」 そう、そこには… 泣き崩れて動けなくなったシロと、そこに覆い被さるダンサーの子達の団子が出来ていた。 「緊張の糸が…プツリと切れたみたいに…カーテンが閉まったらヨロヨロと立てなくなっちゃった…。ふふ。可愛いだろ。堪らないんだ…。」 俺がそう言うと、桜ちゃんがグスグスと鼻を鳴らして言った。 「俺と依冬は、もう帰ろう。明日…朝、9時にホテルまであの子を届けて。じゃあ…お疲れ様…。素晴らしい公演だったよ…」 不満げなビーストを連れて、桜ちゃんが気を利かせて帰ってくれた… まあ、お前らは東京に帰ったら、いくらでも、あの子を独占出来るもんな。 「あぁ…とっても素敵だった!特にアダージェットがやばかった!神がかってる。鳥肌が立ったよ。」 夏子はそう言うと、泣き崩れたシロの傍に行った。 「うわぁん!夏子さぁん!」 そう言って夏子に抱き付くと、シロはあいつに覆い被さって巨乳に頬ずりして言った。 「なぁんで、ノンワイヤーじゃないんだよっ!」 最低だな… 俺のダーリンは、スケベだ。 夏子にキスされて鼻の下を伸ばすシロに言った。 「シロ、帰り支度して…。もう、帰ってのんびりしよう?」 「ええ~~~~~!!」 そんな外野の声はどうでも良い。 俺はこの子を独占したいんだ。 「はぁい…」 ヨロヨロの体を起こすと、モモに支えられながらあの子は楽屋に入って行った。 「明日には帰るんだろう…?」 ショーンがそう聞いて来るから、俺は黙って頷いて答えた。 …公演後の余韻を味わう事もしないで、あの子は帰っちゃうんだ。 「嫌だな。帰したくないよ…」 ショーンはそう言うと、俺の肩を叩いて言った。 「あの子の支度が済んだら、今日は一緒に帰って良い。後の事は任せろ。」 はは、初めからそのつもりだったよ… ヨロヨロと楽屋から出て来たシロを抱っこすると、拍手で見送られながら夏子も連れて劇場を後にする。 「どこのホテルとったの?」 夏子にそう聞くと、あいつはとぼけた顔をしながら言った。 「あの…いやぁ、ロンドンに可愛い子がいて…その子のとこに泊まるんだよね…だから、そこまで送って?」 なんて奴だ… ちゃっかりこっちに現地妻をもうけてる。 呆れた顔をしてシロが言った。 「夏子さんって…やり手だね…」 ふふっ!確かに…やり手だ。 後ろに夏子を乗せると、ヨロヨロのシロを助手席に座らせて、シートベルトをしめてあげる。 「…疲れた?」 あの子の頬を撫でてそう聞くと、シロはぼんやりと呆けた顔で言った。 「いや…」 下手くそな嘘つきだ。 「ふふっ…可愛いね。」 そう言ってあの子のおでこにキスすると、助手席のドアを閉めた。 夏子の恋人の家まで車で向かう間。 車内はあの”直生と伊織”の話で持ち切りになった… 「変な人たちだけど、とってもチェロが上手なんだ。楽器なんて分からないけど…あんなに、歌う様に弾けるなんて…きっとすごい人たちなんだ。」 シロがそう言って笑うと、夏子が身を乗り出して言った。 「チェロのデュオで…フランスでも有名だよ。だから、あの人たちが出て来た時、びっくりしたんだ。まさか、シロのお店のお客さんだったとはね。しかも、あんたに夢中ときたら…これは、もう。次は彼らとコラボレーションするしかないね?」 冗談じゃない! あんな奴らと何かを一緒にやって見ろ? 終わる頃にはシロは食われてるぞ? 「…ええ?やだぁ。」 そう言ったシロの言葉が…妙に嬉しかった。 「じゃ、シロ坊!また佃煮、送ってよ!じゃ~ね~!」 夏子はあっさりとそう言って手を振ると、大きなマンションへと消えて行った。 「夏子さんって…女版、勇吾って感じだよね…」 窓に頭を付けてシロがそう言った。 ふふっ! 「確かに…あいつは気の置けない友達だよ…」 俺がそう言うと、シロは大きなあくびをして伸びをした。 あぁ…寝そうだな。 「ご飯は?」 「…ん」 「何か買って行く?」 「…ん」 「もう、眠い?」 俺の問いかけに応えないあの子を横目に見ると、くうくう寝息を立てて眠っていた。 あぁ…今日も、寝ちゃった… 家の前に車を停めてシロを抱っこすると、自分の家に連れて行く。 「シロ?お家に帰って来たよ…。なんて言うの?」 あの子の顔を覗き込んでそう言うと、シロは瞼を少しだけ開いて言った。 「…た、いま…」 もう!可愛い! このまま服を脱がして襲ってしまいたいけど…さすがに疲れたこの子に、そんな仕打ち、出来ないよ… 寝室に連れて行くと、ベッドに下ろして服を脱がせてあげる。 別に変な事をする訳じゃない… ほら、洋服を着たまま寝ると、血流が悪くなるからね? 「シロ?この前…猫のパンツ置いて行っただろ?2、3回穿いたんだけど、ちょっと小さくて…俺が穿くともっこりが凄く強調されるんだよね。ほらぁ…シロのここは、そんなに大きくないけど…俺のは大きいからさぁ…」 そう言いながら、あの子の股間をパンツ越しにナデナデして愛でると、体を捩って背中を向けて嫌がった… 可愛いな…! それでもしつこく顔を覗き込みながら股間をナデナデすると、シロが言った。 「ん…やぁ、」 や…? や? や、や、やっぱり…良いって事かな… ひとりで勝手に興奮すると、シロの背中にベッタリ抱き付いて、あの子のうなじに顔を埋めてクンクンと匂いを嗅いだ。 いつものあの子の匂いじゃない…舞台化粧の粉っぽい匂い… サラサラの髪からは、モモのきつい香水の香りがした… 途端に…胸から何かが込み上げて…嗚咽を漏らしながら涙を落した。 「シロ…シロ…頑張ったね…こんなに、ヘトヘトになるまで…良くやった!」 いつの間にか下心も消えて、あの子を抱きしめながら、一緒に眠ってしまった…

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