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第一章・2
それより、と希はトレイから耐熱ガラスのカップを一志の前にそっと置いた。
「アイリッシュコーヒーです。温まってください」
「あ、ありがとう」
カップに口をつけると、甘い生クリームが滋養のように体に染み入った。
次いで、芳醇なウイスキーの香りと、コーヒーのコクが広がる。
「うまい」
思わずそう言わずにはいられない、心のこもった一杯だ。
「でも、これはカクテルだろう? 昼間から喫茶店で出しても、いいの?」
「今、兄……、マスターは留守なので。内緒にしていただければ、僕は助かります」
いいよ、と一志はうなずいた。
しかし、この青年はどうして私にこんな飲み物を振舞ってくれたんだろう。
それには、希が進んで話してくれた。
「失礼だったら、すみません。お客様、何か思いつめてらっしゃいませんか?」
参ったな。
私は、そんなに酷い顔をしていたのか。
確かにポケットの毒物に触れるまで、追い詰められている。
顔に出ても、そしてそれを心配されても仕方のないことだろう。
「実は、事業に失敗してね」
こんなことを、初対面の青年にぺろっと打ち明けるとは。
だが、それを受け止め癒してくれるような雰囲気を、一志は希に感じていた。
「もう、どの銀行も融資してくれないんだ。万事休す、さ」
一志の告白を聞いて、希は密かに眉根を寄せた。
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