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第一章・5

 アイリッシュコーヒーのおかげで、体がぽかぽかと温まった。  苦しい胸の内を、希に話して気分が軽くなった。  宝くじという、生きる希望を与えてもらった。  一志は、カフェに入ってきた時とは違う心地になった。  まなざしが、生きてきた。 「ありがとう。とにかく一週間生き抜いてみるよ」 「そうしてください」  一志はぼさぼさの前髪を、手櫛でざっくり掻き上げた。  やつれてはいるが、精悍な印象を受ける整った顔立ちがそこにはあった。 「お客様、その方がカッコいいですよ」 「オシャレをするのも、忘れていたとはね」  一週間後、また来るよ。  そう約束し、一志はカフェを後にした。  渡された名刺には、『来栖 一志』とあった。 「来栖さん、か」  内緒のアイリッシュコーヒーを片付けながら、希は彼のことを想った。 (宝くじ、当たればいいな)  それから表に掛けてある『準備中』の看板を元に戻した。  ちょうどその時、希の兄・尊(たける)が戻ってきた。 「何だ。店、閉めてたのか?」 「ちょっとだけ。グラス、割っちゃって。それで」 「グラス代、弁償しろよ」 「はい」  父の経営していたカフェは、兄が継いだ。  希は、そこを手伝っている。  店員ではない。  あくまで、手伝いだ、と兄は言う。

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