5 / 53
第一章・5
アイリッシュコーヒーのおかげで、体がぽかぽかと温まった。
苦しい胸の内を、希に話して気分が軽くなった。
宝くじという、生きる希望を与えてもらった。
一志は、カフェに入ってきた時とは違う心地になった。
まなざしが、生きてきた。
「ありがとう。とにかく一週間生き抜いてみるよ」
「そうしてください」
一志はぼさぼさの前髪を、手櫛でざっくり掻き上げた。
やつれてはいるが、精悍な印象を受ける整った顔立ちがそこにはあった。
「お客様、その方がカッコいいですよ」
「オシャレをするのも、忘れていたとはね」
一週間後、また来るよ。
そう約束し、一志はカフェを後にした。
渡された名刺には、『来栖 一志』とあった。
「来栖さん、か」
内緒のアイリッシュコーヒーを片付けながら、希は彼のことを想った。
(宝くじ、当たればいいな)
それから表に掛けてある『準備中』の看板を元に戻した。
ちょうどその時、希の兄・尊(たける)が戻ってきた。
「何だ。店、閉めてたのか?」
「ちょっとだけ。グラス、割っちゃって。それで」
「グラス代、弁償しろよ」
「はい」
父の経営していたカフェは、兄が継いだ。
希は、そこを手伝っている。
店員ではない。
あくまで、手伝いだ、と兄は言う。
ともだちにシェアしよう!