22 / 53

第三章・7

 料亭を出て、一志はいつものように希を自宅へ誘った。  返事はやはり、NOだ。  それでも今夜は、強く引っ張った。 「どうしても、ダメなのかな」 「ごめんなさい。こうして外で誰かと食事することでさえ、兄は気に入らないんです」  友達と一緒だ、と嘘までついている希。  恋人ができた、とまだ打ち明けてはいないのだ。 「じゃあ、……キスしてもいい?」 「え!?」 「車の中だから、誰も見てないよ」 「えっと。……」  黙って瞼を伏せた希だが、顔は軽く上を向いてくれた。  そっと、二人は唇を合わせた。  キスなんて、久しぶり。  二人同時に、同じことを考えた。  ただ、その行為は温かかった。  愛する人との、口づけ。  自然に目を閉じ、ただひたすら互いの熱を感じ合った。  合わせた時と同じように、二人は静かに唇を離した。 「明日、また会えますか?」 「もちろんだよ」  車から降りた希は、何度も振り返りながら手を振った。  一志はその姿が消えるまで、見送った。

ともだちにシェアしよう!