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第三章・7
料亭を出て、一志はいつものように希を自宅へ誘った。
返事はやはり、NOだ。
それでも今夜は、強く引っ張った。
「どうしても、ダメなのかな」
「ごめんなさい。こうして外で誰かと食事することでさえ、兄は気に入らないんです」
友達と一緒だ、と嘘までついている希。
恋人ができた、とまだ打ち明けてはいないのだ。
「じゃあ、……キスしてもいい?」
「え!?」
「車の中だから、誰も見てないよ」
「えっと。……」
黙って瞼を伏せた希だが、顔は軽く上を向いてくれた。
そっと、二人は唇を合わせた。
キスなんて、久しぶり。
二人同時に、同じことを考えた。
ただ、その行為は温かかった。
愛する人との、口づけ。
自然に目を閉じ、ただひたすら互いの熱を感じ合った。
合わせた時と同じように、二人は静かに唇を離した。
「明日、また会えますか?」
「もちろんだよ」
車から降りた希は、何度も振り返りながら手を振った。
一志はその姿が消えるまで、見送った。
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