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第四章・3

「それで、その。お兄さんはしばらく帰って来ないわけだけど」 「はい?」  こほん、と軽く咳をして、一志は思いきって言ってみた。 「二階へ。君の部屋へ行ってみたいんだけど」 「え!?」  マスター不在の希一人では、大勢のお客はさばききれない。  そんな時は、大抵『準備中』の看板を出すカフェだ。 「でも、あの。散らかってるし、その」 「ダメかな」  優しい、でも、熱を帯びた眼差し。  希は、早々に白旗を上げた。 「こちらです」 「ありがとう!」  カウンターの内に入り、奥の階段を上がる。  ドアを開け、リビングを抜け、もう一つドアを開ける。 (散らかってる、なんて言ってたけど。きれいに片付いてるじゃないか)  一志が感心していると、希は6畳の洋間で立ち止まった。 「ここが、僕の部屋です」 「うわぁ……」  そこは、一志の思い描いていた通りの部屋だった。  ベッドに、デスク。  クッションに、小さなローテーブル。  観葉植物に、控えめなアート。 「参ったな。理想の部屋だよ」  希という人物から想像の付く、清潔な空間がそこにはあった。

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