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第五章・2

「希! 引っ越しだ、今すぐ!」 「何ですか、突然!?」  カウンターの内で食器を洗っていた希は、身を乗り出して叫んだ一志に驚いた。  いいからいいから、とカウンター内に入り込み、一志はドタドタと二階へ希を押し上げた。 「お兄さんのお許しが出た! 今日から私のマンションで暮らすんだ!」 「ええっ!?」  一体全体、二人の間に何があったやら!? 「詳しい話はあとだ。とにかく、身の周りのものをまとめて。ああ、業者に頼んだ方が早いかなあ!」  一人で興奮している一志を妙に思いながらも、希は旅行鞄にとりあえずの物品を詰めた。 「残りは、後日ぼちぼち運びます」 「お兄さんのいない時にね」  一志は希から鞄を取り上げ、背中を押して車に乗せた。 「さあ、脱出だ!」 「はい?」  エンジンをふかし、一志はカフェを後にした。 「希、君はもう自由なんだ。お兄さんの虐待に怯える日々は、終わったんだよ」 「それは。それは嬉しいことですけど」  運転をしながら、一志は希を尊から引き離すために、金の貸し借りをしていたことを打ち明けた。 「君の嫌がる方法は取りたくなかったんだけど。でも、一刻も早く希を助け上げたかった」 「そうだったんですね」  地獄の毎日は、もうおしまい。  それはあまりにも突然おとずれた幸せで、希は実感の湧かないまま一志のマンションへ向かった。

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