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第五章・5
夕食にはすき焼きの食材を用意していた一志だったが、希がキッチンに立つと言い張った。
「僕、いつも一志さんにお食事ごちそうになっていたでしょう? 今度は僕が、腕を振るいたいんです」
「いや、気持ちは嬉しいけど」
「僕はここのお客さんじゃないんです。これくらい働かせてください」
希の言うことももっともだったので、一志はそのお言葉に甘えることにした。
「私も、できる限り家事をやるようにするから」
「一志さん、お仕事で忙しいでしょうから。僕がやりますよ」
ふと一志の脳裏に、以前思い描いた夢が甦った。
『お帰りなさい』
マンションに帰ってきた私を、優しく出迎えてくれる希の姿。
(私の夢も、叶ったんだなぁ)
手早く野菜を切る希の隙をついて、一志は後ろからそっと彼を抱いた。
「もう……、いけません。危ないですよ?」
「キスしてくれたら、離れる」
そこで希は首をひねって、一志にキスをくれた。
いたずらっ子をとがめるような、短く可愛らしいキス。
一志は大いに照れながら、キッチンを後にした。
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