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第七章・5

「希もここで働きながら、カフェに必要な色んな資格を取るといい。いずれは、君がマスターになるんだ」 「何だか、夢みたいです」  でも、と希はカップを置いた。 「兄さんは? 兄がこのカフェのマスターだったんじゃないんですか?」 「お兄さんは、無事更生したよ。今はギャンブルから遠ざかってる」 「良かった……!」  ついでに、希からも遠ざかってもらった、と一志は言った。 「県外に、フランチャイズ募集のカフェがあってね。そこを任せたよ」 「フランチャイズ」 「そう。しっかり堅実に勤めないと、やっていけない」 「兄に、務まるでしょうか」 「カフェも住まいも、パチンコ店から遠い。第一歩としてはいい条件じゃないかな」  少し、一志は瞼を伏せた。 『希……。俺は、希が好きだったんです……』  尊の、振り絞るような声が甦る。 (でもね、私はあなたより、ずっとずっと希を愛してるんだよ)  ふと顔を上げると、希もまた瞼を伏せて涙している。 「泣かないで、希」 「僕、本当に何もかも。一志さんにお世話になってしまって」 「お世話だなんて、他人行儀なことは言わないで欲しいな。私たちは、パートナーなんだよ?」 「は、はい」  涙をぬぐう希の薬指には、婚約指輪が輝いていた。

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