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第七章・6
一年が過ぎ、希は兄の去ったカフェにすっかり馴染んでいた。
雇われマスターの本田は実直な男で、希にコーヒーについて惜しみなく技術や知識を与えてくれた。
「……」
「美味しいですか? 一志さん」
「うまい!」
希の淹れたコーヒーを一口飲み、一志は破顔一笑した。
「良かった!」
二人の様子を、本田がにやけながら見ている。
「ダメですよ、月川さん。来栖さんは、あなたの淹れたコーヒーなら、たとえ泥水でもおいしい、って言うんだから」
「そんなぁ」
「ち、違うよ。希!」
そこに、懐かしい曲が流れてきた。
『Take the A train』だ。
一志は、ふとスーツのポケットに手を入れた。
(あの時は、この中に毒なんか忍ばせてたっけ)
もちろん、今はそんな物は入っていない。
代わりに、メモを取り出した。
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