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第4話 高級な

 あれはいつもつるんでる仲間の一人が、両親が旅行でいないから泊った時だった。ゲームをしていて、負けた方が勝った方の言うことを聞く、みたいな話の流れになって、それで。  好きだった。  その仲間の一人のことを俺は好きで、でも、もちろんその気持ちを伝えたことなんてない。  ――じゃあ、お前と拓馬がキスな。  ゲームに勝った奴がそう言って。  少しアルコールも入ってた俺たちはノリでしたんだ。内心、俺は嬉しくて嬉しくて、嬉しいのを顔に出さないように必死で目を口も全部にぎゅっと力を入れて。  ――ウゲー、マジかよっ。  何かが触れた。そう思った次の瞬間、本当に気持ち悪そうにするそいつの声を聞いて、俺も慌てて、唇を拭う真似をした。 「あっ」  けれど、それは違うって、これが、キス、だと、この人が言った。 「あ、の……」  この柔らかく触れるものがキスなら、あれは確かに違ってた。  これが、俺のファースト。 「こっち、ベッドに」 「あっ」  窓ガラスと敦之さんに挟まれるように、毎朝乗る満員電車の中みたいに突っ立っていた俺は、腕を引かれて、二つ並んでいるベッドへと連れていかれる。うちのよりもずっと大きなベッドの一つに押し倒されて、敦之さんが覆い被さるように俺の上に重なって、そして、またキスをした。 「……ん」  あの時の悲しかった気持ちが、粉々に弾けた片想いがこの人の柔らかい唇と舌に溶けてく。 「ンッ……ん、ん」  舌が。 「ん、ぁっ……ん、ンッ」  溶けそ。 「はぁっ」 「鼻で息してごらん」  鼻で、ってそんな器用になんて、できない、そう告げる暇もなくまた深く唇が重なる。 「ん、ぁっ……ん、ンッ……ふ、ぅっ」 「上手」 「ふっ……ンッ」  人の舌に触れたことなんてない。舌同士でこんなことするだなんて。 「ンッ……ふぅ……ンッ」  一生懸命に息継ぎをしていた。この人がたまに舌を絡めるのを止めてくれる隙間に大慌てで息を吸い込んで、それで、また深く深く、舌が絡まって。 「……ぁ」  キスが、気持ちいい。 「拓馬、スーツ、シワになるから脱ごうか」 「ぁ……」  量販店で二枚いくら、とかで買った安いスーツのシワなんて、ついたところで大したことじゃないけれど、言われたようにジャケットを脱ぐと、それを敦之さんが隣のベッドに置いてくれた。この人もジャケットを脱いで、それをそこに。  二人とも、シャツで、それから敦之さんがネクタイを緩めて。  大きな手が、きっととても高いんだろうネクタイを緩める。その仕草に見惚れてしまった。見惚れてる場合じゃないだろって、慌てて、俺もネクタイを緩めようとしたら、その手を掴まれて阻止されて。俺は、少し狼狽えた。俺はしなくてもいいのかなって。だって、今から。 「耳まで真っ赤だ」  そう敦之さんが言いながら俺の耳にキスをした。 「だ、だって……」 「可愛い」 「!」  そんなことを言われたのは初めてだった。わ、わかってる。そんなの、きっとお世辞。本当に可愛いわけじゃなくて、雰囲気として、場を盛り上げるための方便だって、わかってる。ちゃんと。 「本当にそう思ってるよ」 「!」 「反応がとても可愛い」 「っ」 「すごく、可愛い」 「っ、あっ」 「拓馬」 「あっ……」  ネクタイを敦之さんが解いてくれた。これだって、量販店でセットで買った安物だ。けれど、この人に解かれるとまるで素材まで変わってく気がする。シルクのとても高級なものに変わってしまったかのように、首元をするりとすり抜けていく布に擦れる感触すら心地よくてドキドキした。 「あ……」  ドキドキしてる。 「んっ」  その胸を撫でられて、緊張しかけると、さっきと同じように唇が重なった。重なって、開いてと舌に促されて、開いて、絡まる 「ンンっ」  胸をまた撫でられると、また身体が緊張しそうになる。でもまた舌が絡まるから。 「ん、ぁっ……はぁ」  息をするのを忘れそうになると、少しだけ隙間を与えられる。急いで息を吸って、と思ったらまたキスが、手が。 「あ、あ、敦之、さんっ」 「初めてなのに、乳首は感じやすいんだ」 「えっ、あ、あのっ、わかんなっ」 「ほら」 「あっ」  指でピンって弾かれて、恥ずかしい声が零れてしまった。すごく甲高い声は自分の知らない声だった。  でも、本当は、わかんなくないんだ。そこなら自分で触ったことがあるから。 「可愛い」 「あ、あ、あっ」  でも、こんなんじゃない。自分の指でいじるのなんかよりもずっと、ずっと。 「拓馬」 「ンッ」  気持ちいい。  ずっと。 「敦之、さ……ん」 「拓馬」 「! あ、あのっ、待っ……っ」  慌てて手を伸ばした。そんなとこ見られたことがなくて、恥ずかしくて、キスでこうなってるのも、それから胸を弄られて、こんなになってるのも、何もかもが恥ずかしくて、慌てて反応してるそこを手で隠そうと。けれどその手は捕まえられて阻止された。 「あ、あの、これはっ……その」 「大丈夫だよ。ほら」 「あ……」  敦之さんのが。 「ね? 一緒にしよう」 「あっ……」  そして、俺と一緒に、敦之さんが握ってくれる。 「あ、あ、あっ」  初めてばかり。こんなキスをしたのも抱き合ったのも。 「あ、なに、これっ、あ、あ、あ、あ」  こんなに誰かの近くにいるの。 「気持ちいい?」  必死でコクコク頷いた。大きな手で扱かれて。こんなの。 「拓馬」 「あ、あ、あ、あ、あ、ああああっ」 「っ」  あっという間だった。 「ぁ……」 「すごいな。もう」  敦之さんが呼吸を乱しながら、ちょっとだけ笑って、その手にかかった二人分のをベッドのサイドテーブルに置かれたティッシュで拭った。頭の芯が熱で溶けてるみたいにただ敦之さんを目で追いかけてるばかりで。 「君の反応が可愛いから、俺もすぐだったな」 「……」 「ありがとう。とても気持ちよかった」  ふわりと微笑んで、俺の頭にキスをした。まるで、それは。 「え、あ、あのっ」  おしまいの合図みたいで、俺は慌てて手を掴んだんだ。 「あの……しないんですか?」 「……」  だって。 「あの、最後まで」 「……でも、君、したことないだろ?」 「ない、けど、相手って、敦之さんの相手って」 「それは……」 「だ、抱かれる側、ですよね? 俺。あの、ご、ご飯なら、今日ろくに食べてないので、その、大丈夫です。俺、ゲイなので、そういうのはわかってます。準備は今してきます。だから」  今日がいいんだ。敦之さんがいい。これからも、この先も、こんなことありえないから、だから、今、どうしても。 「お願いです」  もらって欲しいと。 「俺じゃ、ダメですか? 敦之さんの相手」 「……」 「お願い」  ぎゅっとしがみつくようにこの人のシャツを握ってしまっていた。俺のなんかよりもずっと高級なシャツ。俺なんかじゃ到底相手をしてもらえないような人。 「ダメなわけ、ないよ」  そんな必死な手に大きな、敦之さんの手が重なって、指先が絡まり合って。 「……拓馬」  さっきよりも深くて、呼吸をする隙間がないようなキスでさっきの続きを、してくれた。

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