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第13話 連絡交換

 ――連絡先……。  もらってしまった。 敦之さんの連絡先。  ――あ! じゃ、じゃあ、あの、これ、俺の番号、です。えっと。  渡してしまった。俺の連絡先。  向こうは、登録してくれたのだろうか。  俺が渡されたのは電話番号だった。今時珍しい連絡先の交換の仕方だなって。ほら、名刺とかは仕事とか知られたりするだろうから、あの場面で俺相手に渡さないかもしれないけど、でも、今って全部、通信でできるでしょ。なのに、渡されたのは電話番号で。珍しいなって。そう思いながらも、俺はつられるように、自分の電話番号を同じメモ紙に綴って渡した。 「……」  ただの紙切れ一枚にすらりとボールペンで書かれた数字が並んでる。走り書きだったのに綺麗な文字だなぁって。文字が綺麗な人って教養がありそうだよな。  俺の下手くそな殴り書きの文字見られちゃったな。  俺は、これを登録していいものかどうかわからなくて、でも初めての時にはもらわなかったものを今回はもらったから、 それは社交辞令じゃないような気がして。 社交辞令でないのなら、 スマホに登録してしまってもいいような。 いやいや、 それでもやっぱり登録しちゃうのはどうだろうって思ってみたり。  それを繰り返しつつ、 自分のアパートにスーツケースをガラゴロ引きながら帰宅した。  それから自分の部屋には少し似つかわしくないほどに結麗にクリーニングしてもらったスーツを眺めてみたり、 ゴトゴトと騒がしく働く古ぼけた洗濯機を見つめてみたり。 ルームサービスで食べたサンドイッチの何分の一くらいの値段なんだろうななんて考えながら、 適当に自分で作った野菜妙めを食べてみたり。 「……」  ずっとずーっと、ふとした拍子に考えてる。  チェックアウトの後、 そのまま帰ったのかな。  あの人は。  忙しそうな人、 だったよな。  仕事、 何してるんだろ。 月曜から仕事なのかな。でも、 まぁ俺とはかけ離れたホワイトカラーな仕事なんだろうな。 「あ ……」  そういえば。 「あぁ? また何か間違えたのか?」 「! あ、いえ」  ぽつりと零した独り言に気が付いた営業部長がこっちに睨みをきかせた。 聞き耳を立ててるんだ。 自分の悪口とか言われてないか、会社のよからぬことを呟いてる奴はいないか。  俺は急いで首を横に振り、 目の前のパソコン画面へ視線を集中させた。  また、今もあの人のことを考えてた。  ルームサービスにクリーニング、 それにホテル代、 いつの間にか支払われてしまってたからそのままになっちゃてるけど、 俺、 ちっとも支払ってない。 どうしよ。 次とか本当にあるのかな、あるのなら、 お金。 いや、 でも、 どう見たってあの人は割り勘とかするタイプには。  っていうか、今度は美味い店に連れてくとか言ってたけど。あ、じゃあ、その時俺がお金を返せばいいのかな。でもそれもなんか、貧乏くさいのかな。きっかり割り勘とかさ。友達じゃないんだし。  そして考えはまた振り出しに戻る。  連絡先をもらってしまったこととか。  登録してもいいのか、 とか。  登録、かぁ。  だって、 登録したはいいけれど、 一度も連絡が来なかったら空しいだろ。実際、 あの空港でばったり会っただけでさ。本当だったら、あの一回っきりだったはずなんだ。だから、 登録、 どうしようかなって。  そんなことをずっとあの日以来、 ふとした拍子に考えて。 でも、 もうそれから数日も経ってるから、やっぱり気まぐれだったんだ。どこか美味い店に連れてくっていったのも、連絡先をくれたのも、その時のテンションでなんかそうしただけで、あの後、自宅に戻ってみたらその気なんて消え失せて、俺が渡した下手くそな数字の羅列が綴られた紙切れは捨てられてる。もちろん、俺の番号は登録されてもいないし。   だからきっとこのまま。 「小野池、 小野池!」 「は、はい!」 「悪いが、製造のほう行ってきてくれ。 梱包が間に合わないらしい。 手伝ってきてもらえるか?」 「え、あ、 でも」  でも、 今、 俺、 見積もり作ってて。 「梱包、終わらないと納期遅れでまたせっつかれる」 「ぁ……はい。行ってきます」  見積もりは、 仕方ない。 昼飯の時にやろう。 ジャケットは汚れるから脱いで、 代わりに製造部の作業服を上だけ羽織ると下の工場へと急いだ。 基本、 営業は会社のなんでも部ってところだから。 他の会社はどうなのか知らないけれど、うちの会社では営業はそういうことになっている。納期は遅れる、じゃあ、営業が手伝え。設計が手が回らない、じゃあ、外注との取り次は営業がやれ。営業が絡んでるというだけであれもこれもやるんだ。  俺が。  そこに文句をつけたところで仕方がないから、とにかく急いで事務所のある二階から製造工場のある一階へ。早くしないとまた帰りが遅くなる。 「あれ? また小野池さんが貧乏くじなんすか?」 「あ、立花君」 「梱包の手伝いって言われたんでしょ。 さっき製造部長がめっちゃ文句溢してたから」 「あー うん、 出荷が遅れるって」 「はぁ、 今日も帰りは何時になるのやら」 「あはは、うん」  でも別に予定があるわけでもない俺は、 何時だって構わないんだ。誰かと会う約束があるわけでもないし。 「何時になる、だろうね」  そう、誰かと、会う約束があるわけじゃないから。

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