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第14話 探られる快感

 梱包作業は誰でもできる仕事、でも誰もやりたがらない仕事。 やたらと疲れるばかりから。そしてその疲弊の度合いに見合わず時給は安かったりするから。  何度かアルバイトとか派遣社員とかを雇ってはみたものの、時給が安すぎるのか身体が保たないのか、誰も続かなくて、結局、仕事が滞ったところで営業にお呼び出しがかかる。もちろん、そのお呼び出しがかかる頃にはどうにも切羽詰まっているから、押し付けられる側は必死にやるしかない。出荷するのが遅れたら、何をしてるんだと文句を言われるのは作業者。  なんでも手伝う営業課の中で、断るのが不得意で、逃げ足が遅く、運の悪い俺が、文句を言われる。 「はぁ」  自宅アパートにどうにか辿り着いて靴を脱ぐと、ひどく重たい溜め息がどうしても零れた。そしてその零れた溜め息が床に広がって、足元に絡みついたかのように革靴を脱いだはずの足を更に重くする。まるで足首に鉛でもくっつけてるみたいだ。  そのうち本当に倒れそう。  さすがに力仕事の後のデスクワークはしんどい。もう何日目だっけ、連続四時間以上残業。  でも、あと一日だ。明日が終われば休みだから。  もう今日は寝てしまおう。さっき帰りの電車の中でシリアルバー食べたし、もういいや、このままスーツだけ脱いで、寝て。 「 ……っ、もうなんだよ」  溜め息まじりにぼやいてがっくりと肩を落とした。  なんてタイミングだ。  脱いた瞬間、素肌がベッドの布団に触れたらさ、なんか、スイッチが入った。  なんだっけ、疲れ、ナントカってやつ?  毎日毎日製造の手伝いして、自分の仕事もやらないといけなくて、ヘトヘトなんだ。疲れてる。ものすごく。それこそ、食事をするよりも寝ていたいくらいに。 「あぁ、もう」  疲れてるんだってば。早く寝たいんだよ。梱包の手伝いは今日で終わったし、製造のほうの手伝いも多分大丈夫だと思う。でも、また何を突発的に頼まれるかなんてわからない。どうせ、仕事はいつっだって忙しいだろうから。だからさっさと寝たいんだ。  そして、それこそただ処理するために触れた。 「っ」  何日してないんだっけ。えっと……。 「あ」  あの、出張の後、以来、だ。  出張後、週明けからは大口の出荷が重なってて、どれもこれも納期が遅れてたし、自分の仕事も溜まっていて、忙しくて。  あれから三週間も経っていた。 「ンっ」  だから、もう連絡は来ない、そう思うことにした。  携帯番号は教えてもらったけれど俺は受け身で待つだけ。俺からなんて連絡できるわけがない。そんなのはできないから、向こうがその気にならない限りはあのまま終わり。  そして、段々と日々の仕事にあの日のことは頭の隅っこに追いやられていって、そのまま三週間も連絡は来ていない。  三週間だ。  疲弊しきった頭でそう思い出した。 「あっ」  スマホに着信があるかどうかを確認もしなくなってきていた。けれど思い出したら、あの夜のことも思い出す。 「ふっ、はぁっ」  ひどく身体が火照る。  そして、握っている手からくちゅりと音がした。  ――敏感だね。 「っ」  あの人の声は柔らかかった。  あの人の手、指は、長かった。俺よりも長くて、その指にぎゅって、握られて。 「ンっ」  人に触られたことなんてなかったからなのかもしれないけれど、すごく気持ちよかったんだ。 自分の意図しない動き。この身体の気持ちいい場所はどこ? と探られる快感。 「はぁっ 」  あの手、気持ちよかった。 「あ、あ、あっ」  あの手の中で――。 「っう、んっ!」  自分以外の手の中で――。 「あっ……っ、早……」  笑っちゃうくらいにあっという間に、 イッた。 「は、ぁっ」  でも、 久しぶりだったし、 ただ溜め込んだものを吐き出したかっただけだから、こんなもの。  一瞬、 頭の中が真っ白になって、 それから、 出せば、 スゥって熱が引いていく。  熱が引いたら、あとは、 本当はもう寝たかったけど、これじゃ……仕方ない。追加で面倒なシャワーだけ浴びて、それで寝てしまおう。 そう思い、横たわったばかりのベッドから起き上がろうと……。 「え」  起き上がろうとしたら。  ベッドの中に放ったスマホが鈍く、くぐもった振動音を響かせた。  ワンコールで切れたら気が付かなかった。でも切れずにずっと振動してるから気がついた。シャワーに入ってしまっていたらそれこそ何度鳴ったってわからなかった。  電話、ってことになる。 この時間に? でも、そもそも俺に電話なんてかけてくるような何かは。 「え、これ」  画面には数字だけが並んでる。 携帯番号。 登録、してなかったから。 「あ 」  嘘、これ。 『……こんばんは』 「 こ、んばんは」 『今、大丈夫?』  敦之さんだ。 『こんな時間だ。寝ているところを邪魔したら申し訳ない』 「あ、いえ」 『元気だった?』 「あ、はい」 『そう』  かかってきた。 電話が。 『ほら、この前、美味い店を紹介するって話しただろ? 明日あたりどうかなと思って』 「え」 『都合が悪かったらまた今度にでも』 「あ、いえっ、大丈夫です!」 『そう? じゃあ』  そして、時間と場所を言われて、その時間でたぶん大丈夫だと告げたら、それで電話は切れた。 「え……嘘、でしょ」  ぼつりと自分の零した独り言の声が上搾っていた。 「っ」  だって、今さっき吐き出した。  今、イって、すっきりしたはずなのに。  そこがなんだか重くなったんだ。 まるで溜め込んでしまったみたいに重くて、 熱くて。  でも少しだけさっきの疲れて溜まったものとは違う。  これは。  奥のところだ。 「っ」  さっきまでは忘れてた。 だって、そこは抱かれないと覚えられない場所で。  ――ここ、 気落ちいい?  あの人に、してもらった場所で。  ものすごく気持ちよかったんだ。  中をまさぐられるのは、 たまらなくて。 この身体の気持ちいい場所はどこ? と探られる快感はものすごく甘くて。 甘いからとても恋しくなる。 欲しくなる。 「っ」  それが今、欲しくて、 欲しくて。 「っ」  もう静かになったスマホを見つめながら、 俺はぎゅっと手の甲で唇を抑えたけれど。 それでも押さえた隙間から零れて溢れそうになる溜め息はやたらと熱くて、 手に余るほどだった。

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