15 / 124

第15話 失敗チョイス

「お、先に失礼しますっ」  舞踏会のある晩のシンデレラはどんな気持ちで一日を過ごしたんだろう。  意地の悪い姉たちから押し付けられた仕事をこなしながら、何を思ってたんだろう。  やっぱりその日だけは仕事をする手がいつもよりも忙しく動いてたんだろうか。  今日の俺みたいに。 「あれぇ? 小野池さん、今日は珍しく上がるの早いっすね」 「あ、立花、くん」  二階の事務所から駆け下りていくと、ちょうど製造部の立花君が上へあがろうとしているところに出くわした。 「もしかしてぇ? デート、っすか?」 「! ま、まさかっ、用事があるんだ。 それじゃあ、お疲れ様」 「お疲れ様ぁっす」  今日はやたらと張り切ってるわね、なんて姉に嫌味を言われても笑顔だけを返して、心の中ではどんな返事を  していたんだろう。 舞踏会へ一足早く向かう姉たちを、ズタボロのドレスで見送りながら、魔法使いがやってくるまでの間をどんな気持ちで過ごしていたんだろう。  ワクワクしていただろうか。  自分の過ごす毎日とは別世界に飛び込む瞬間を想像して、ドキドキしていただろうか。  魔法の杖が目の前でくるりと振られた瞬間、どのくらい胸が一一。 「………あっ」  駆け足で駅の改札口に向かった。 少し待ち合わせの時間に遅れていたから。急いで階段を登って改札へ向かうと、昨日電話で告げられた所にある銅像の近くに、その人がいた。  その人は俺に気が付いて、目が合うと。 「お疲れ様」  そう言って笑った。  魔法の杖でカボチャを変身させた馬車。それに揺られている間、シンデレラは何を思っていたんだろう。 「あ、お疲れ様です」 「仕事、忙しかったようだけど」 「え?」  敦之さんは長い指をゆっくり動かして自分の目元を指さした。 「あ、すみません」  たぶん、クマがあるんだ。 「ここのところ忙しくて、他の部署を手伝ったりしてた、から……あ、でも、もうひと段落ついたんで、大丈夫です」 「そう?」  いい歳して不格好だ。仕事で目の下にクマを作るのも、それを慌てて否定するのも。だって、この人は気を遣ってしまうかもしれないと慌てたんだ。気を使って、それじゃあ、今日はもう帰った方がいいなんて言われてしまうかもと。  でも、慌てるさ。  今日、俺を呼び出してくれたのだって、気まぐれなんだと思う。たくさんいるだろう「相手」のうちの一人。  だって、二回目から三週間も経っている。  俺は、この人からもらった電話番号をどうしようか、どうしたらいいのだろうかってそのことを考えていた。 けれど、三週間もあればさ。ゆっくりとその考えは仕事に、日々の出来事に頭の真ん中からどんどん、端へと、隅へと追いやられる。  多分、そうして端っこに追いやられていたけれど、ふとした拍子に思い出した、とかなんじゃないかなって。 「じゃあ、俺と一緒だ」 「敦之さんと?」 「あぁ、俺も大きな仕事がひと段落ついたところだった」 「そうなんですか?」  敦之さんはゆっくりと歩き出した。そして、駅の目の前にある地下通路へと降りていく。どこに行くんだろう。この前、言っていた、夜遅くまでやってる店に連れていってくれるんだろうか。 「でも、すごいですね。大きな仕事とか」 「そう?」 「俺なんて、もうとにかく日々の仕事をこなすばかりで。そうだ。あの、この前とか、その宿泊代とかクリーニング代とか、それからルームサービスの代金も、全部出してもらっちゃってて、すみません。あの、今日って、ご飯、その連れてってくれるって言ってもらったんで、なんか、微妙かもなんですが……これ」  急いで、仕事を片付けてさ、急いで寄って買ったんだ。 「でも、考えたら、これ、差し上げようと思ったんですけど、重くて……手土産にしてはどうだろうって」 「……」 「すみません。連れていってもらえたレストランとかで渡すのもどうかなと……お酒、なんで」  何も思いつかなかったんだ。俺よりも断然良いものばかりを、よくわからないけれど、でも全部ブランド物なんだろうこの人に似つかわしいものをプレゼントできそうになかったから、お酒とかがいいかなって。でも、これを買って、駅に向かいながら、ふと思ったんだ。これを渡すとして、いつ渡そうって。レストランの中では失礼かもしれないとかさ、こんな重いものを初っ端から手渡されても迷惑だったかもしれない。かといって、これを最後まで持っているっていうのも、なんか、変な気がするし。でも、この前の分、割り勘で、なんて言ってお金を渡すのも不格好だし、なんて色々思った。もう買っちゃった後にそんなことで悩んだって後の祭りなのに。  俺がよく行くような居酒屋なら構わなくても、きっとこの人が行くのはそういう雑多な場所じゃないだろうから。 「あの……」  この人ならもっとスマートなことを考えるんだろうな。 「す、すみませんっ、今、渡されても、ホント、ビミョーですよね。帰り際まで持ってるんで、後で、渡します。あ! すごいですよ! うわぁ、すごい、花だ! 綺麗ですねぇ」  テンションが少し高くてさ。敦之さん、改めて見るとやっぱり別世界っていうか、カッコよくて。  地下通路が途中で多方向に広がっていた。その中央に大きな生花が飾られていた。床にはタイルで模様が描かれていて、そこの中心に生けられた大きな花束のようなそれは広がるように中央エントランスを彩っていル。  何もスマートにできない俺は慌てて、一日中考えてようやく思いついた、その時にはとっても最適なアイデアだと、「これだ!」って思った手土産のことから、目を奪われるほど綺麗な花へと話を逸らしたんだ。 「すごい、俺、ここの地下通路って通ったことないんですけど、生花なんてしてあるんだ。いいなぁ」 「え?」 「良くないですか? 毎日使う通勤路でこんな綺麗な花を見られるんなら、俺、会社行くの少し楽しいかも」 「……」 「す、すみませんっ、なんか、あの会社行くのがヤダっていうか、その」  子どもっぽかったかもしれない。大きな仕事を任されているこの人にしてみたら、毎日朝起きて一番にするのが「あぁ今日も仕事だ」なんて呟きと溜め息だなんて、稚拙かもしれない。 「今日、連れていってあげようと思った店はテイクアウトもしているんだ」 「……」 「だから、テイクアウトにして、二人でゆっくり、またこの間みたいに、ベッドで食べないか?」  俺は、センスがないんだ。手土産とかさ、上手に選べない。これだ! って思っても大概的外れで、恥をかくか、相手を困らせるか、がっかりさせる。小さい頃からそうだった。自信満々に手を挙げて、やった! 当てられたって、意気揚々と答えた時は大概間違えてる。間違えてそうだからと、手を挙げずにこまねいていると、大概、合ってる。いつもそう。大人になってからもそうだった。  今日の土産だって、よくよく考えたら失敗だったかもって、やっぱり間違えたと、思ったのに。  それでも嬉しくなった。 「はい……ぜひ……」  ベッドで食べないかと言ってくれたことも、コクンと頷いた俺に、貴方が笑ってくれたことも、すごく嬉しくなって。  この手土産にしてよかった、なんてさ、初めて自分で思えたんだ。

ともだちにシェアしよう!