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第22話 それは突然
男同士だから、セックスの前は食事を控えてる。あんなことしてるのに。あんないやらしいことをしてるのに。そのあとでご飯を食べるんだ。
二人でさ、ベッドで、他愛のない会話をしながら。
それを毎週してる、なんて。
今週も……また、するなんて。
セックスを。
食事を。
あの人と。
「……」
少し前の自分には想像もできなかった。
今、仕事の方は少し落ち着いていて、定時は流石に無理だけれど、待ち合わせの八時には間に合う。
そう、八時に駅で。
駅はたまに違うところだったりもする。きっと敦之さんの仕事の都合とかもあるんだろう。ここの駅でかまわない? 君の職場から遠いかな、と、気遣いを添えてくれる。
その気遣いは、とても柔らかくて、優しくて、してもらえるととても心地が良くて、まるで自分があの人の――。
「おい、小野池」
「は、はいっ」
部長会議から帰ってきた営業部長がとても不機嫌ですと声でそのテンションを表しながら、俺を呼んだ。
俺、くじ運とか、運は総じて悪いんだ。
「悪いが、在庫の確認をしておいてくれるか」
「え……」
ほら、運が悪い。
「はい」
外回りに出ておけばよかったな。他の営業は仕事が薄いからと外回りに出てたけど、俺もそうしたらよかった。早く帰りたいからデスクワークを片付けておこうと思ったのがいけなかった。
部長会議で在庫の数が合っていないって問題になったんだそうだ。あると思った在庫がない、ないと思った在庫が過剰に残ってる、などなど。でもそれって普通は発注業務を行ってる製造管理部の仕事だと思うんだけど、この会社の営業はナンデモ課だから。
「はぁ」
そして、そのナンデモ課で一番くじ運の悪いのが俺だから。
でも、在庫の確認だけなら、今もうかなり進められていて、それでもまだこの時間だ。それなら約束の八時までに待ち合わせのところにはいけると思う。在庫数をカウントして、リストにそれを書くだけだから大丈夫。うん。
在庫のある棚から見える時計の時間を確認して、またすぐに在庫カウント作業に戻った。
「あれ? また、こんなの引き受けてるんすか?」
在庫のカウントに必死で、突然そう声をかけられて飛び上がりながら、後ろを振り返る。いたのは、立花君だった。
「ホント、全部押し付けられてるじゃないっすか」
「あー、他の営業は外回り出ちゃってるから。新規取りに」
「どーせ、新規取りに必死になって外回ってる営業なんていないっすよ。外に車で出て、コンビニの駐車場で煙草ふかせてるだけですって。営業車の煙草臭ハンパないっすもん」
「あはは」
立花くんは掃除のあまりされていない、在庫置き場に構わず座り込むと在庫が入っているカゴを引っ張り出した。
「これ、数えるんすか?」
「あ、うん」
「えっと、これが五十七」
「え、いいよ。立花君、製造の方が」
「もう仕事ないんすよ。今、薄いじゃないっすか。で、今日も、もう上がれるんすけど、最近残業少ないから、金少なくて、ボーナスなんて期待できねぇし、残業して稼がないと」
確かに最近は仕事が時期的なものもあるのか、少なくて、それに比例にするように残業時間も減っていた。減っていたといっても、そもそもの本当の残業時間なんて書けるわけがないから、みんなその残業許容範囲ギリギリまででタイムカードを切ってるだけ。でも最近はそのタイムカードに打刻する時間を偽らなくても平気なくらいに仕事が早く上がれるから。
「けど、最近、小野池さんは毎週末、帰るの早いっすよねぇ、いいなぁ、彼女」
「ぇ……」
彼女、だなんて。
「あ、いや、違うよ。友達と」
「友達と毎週飲んでるとかなんすか?」
「あー、まぁ」
「なんだ、俺、毎週末だからてっきり彼女かと」
あの人は、別に……。
「まさか……俺なんて」
「今日は大丈夫なんすか? その友達と飲むの」
「あ、うん。まだ、時間が」
ちょうど立花君の背後にある棚の上に時計がある。視線をそちらに向けると、今、六時半を指し示していた。
「そうなんすか? もうそろそろ八時っすけど」
「え? だって、あの時計」
「時計?」
首を傾げながら、立花君が背後を見て、時計の時刻を確認した。そして自分のスマホをポケットから取り出して。
「あれ、遅れてるみたいっすよ。今もうそろそろ八時っすもん。あの時計、ここなんて人ほとんど来ないから遅れてるんすね」
「え? 八時? って、嘘っ」
慌てて自分のスマホを見たら。
「嘘、電源がっ」
いつの間にかバッテリー切れになっていた。スマホの画面が真っ暗なのはただ電源が切れてたからで。
「マジっすか」
「あ、ごめっ、俺っ」
「手伝いますよー」
「あ、ごめん、ホント」
「いやいや」
普段誰かと連絡をそうたくさん取る方じゃないから、なんの反応も示さないスマホでも気にしてなかったんだ。いつの間にか電源が切れてたなんて。分からなくて。
もしかしたら、敦之さんから連絡があるかもしれないと、持ち歩いてはいたけれど――。
そこからは必死になって仕事を終わらせた。もちろん約束の時間になんて間に合ってない。
「ほ、本当にありがとう! 立花君」
「いえいえ、お疲れしたー」
「お、お疲れ様ですっ」
在庫のリストは週明け、朝イチに提出をすれば大丈夫。
本来はやったらやばいんだけど、自宅で日曜日にぽちぽち打ち込んでおけばいい。そう思ってあらかじめ、リストは手持ちのUSBにも移して置いたんだ。それと、リストの紙をカバンに入れて、急いで、会社を飛び出した。
「えっと時間、あ、スマホ」
電源が入ってないんだって、慌てて、駅に走って電車に乗り込んで。
乗り込む時に時間を見たらもう十時だった。嘘みたいだ。もう十時だよ。待ち合わせたのは八時。連絡は取りたくても取れない。電源、入ってないんだから。いつから入ってなかったんだろう。在庫のカウント作業に入った夕方にはもう? でも八時の時点ではもう切れてたから、遅くなった俺に連絡をあの人がくれていたとしても、もう繋がらない。
やたらと電車の進みが遅い気がした。
一つ一つ、駅に停まっては、扉を開けて人が降りて乗って、また扉が閉まって発車して、その繰り返しがひどくもどかしい。
早く、早くって。
気ばかり焦って。
待ち合わせてる駅にようやく到着すると、今度はその扉のゆっくりと開く様子にも苛立ちながら。
早く、早くと。
慌てて、急いで階段を駆け上がって、週中ばに連絡で指定されていた駅の改札へ。
「はぁ、はぁっ」
でもさ……いるわけないじゃん。
二時間も経ってるんだ。連絡も繋がらない。
そんなの。
「はぁ、はぁっ」
待ってるわけ、ないじゃん。
「はぁっ…………」
いない。
そりゃ、そうだ。
―― あ、いや、違うよ。友達と。
俺は、あの人のトモダチなんだから。
待ってるわけがない。ただの。
「…………」
セフレ相手に。
「は……」
二時間も待っていてくれるわけが。
「拓馬」
ない。
「…………え」
その時。
「……ぁ」
―― なんだ、俺、毎週末だからてっきり彼女かと。
突然だった。
突然、気が付いたんだ。
なんの前触れもなく、ふと、知った。
「敦之さん」
俺は。
「お疲れ様」
この人のことが、好きなんだって、今、気が付いた。
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