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第25話 デート、じゃない
土曜日は結局、チェックアウトギリギリまで部屋にいた。起きて、お腹が空いていたくせに、ルームサービスの朝食も食べずに抱き合った。
敦之さんはそのあと、用事があるらしくて、ホテルのフロントで別れた。彼はタクシーで、俺は、タクシーを使えばいいと勧められたけれど、大丈夫だと電車で帰った。自分のアパートに戻って、スマホを充電すると、彼からの連絡がいくつか入っていた。
――今日は無理そうかな?
そんなメッセージが履歴にあって、着信もあった。連絡が取れないままだったから、八時以降に何度か。
それから、土曜日の午前十一時過ぎ、ホテルで別れた後で一つメッセージが入っていた。
――ちゃんと自宅に帰れた? 少し、無理をさせてしまった。
そうメッセージが入っていた。
今、帰ってきて充電しました。長く待たせてしまってごめんなさい。
そんな返信をして、しばらくすると「既読」がそこに記されていた。
その二文字を土日は何度か眺めて過ごした。
「この前はお疲れした」
「あ、立花君」
資材部の方に用事があって、一階の小さな事務所に顔を出した帰り、一階の事務所の隣、工場の方から立花君が現れた。製造部は一階の工場にある。
「こちらこそ、なんか結局最後まで付き合わせてしまって」
「いえいえ。いいっすよ。そもそもあれ営業の仕事じゃないっしょ。発注管理課の仕事じゃないっすか」
けれど、その発注管理課の手が塞がっていて、その原因が無理な納期設定をする営業のせいだって、いつも通りの話の流れで俺が在庫カウントのやり直しをしていたんだ。
笑ってその辺の原因追求を濁すと、立花君も笑っていた。適当で、やる気のない会社っすよねって。
「ありがとう。すごく助かった」
その在庫カウントを一人でやっていたら、立花君が手伝ってくれたんだ。在庫のカウントを最後まで一緒にやってくれた。
大慌てだったから、見るに見かねたんだろうな。約束の時間に間に合わないと、時計が狂ってるなんて知らなかった俺は立花君に言われて、ものすごく焦ったから。あまりの慌て方に手伝うしかなかったんだ。
「何? 図面?」
「んもーすげぇ溜まってたんすよ。めっちゃ埃がすごくて、今、仕事薄いし、片付けようかと」
「そっか、お疲れ様。手伝おうか?」
「そっちも今、暇なんすか?」
「んー、まぁ」
大判の図面を両手で抱えていたけれど、その一部がズルズルと滑り落ちて、床に落ちてしまった。両手でそんなにたくさんは大変だろうと、屈んで取ろうとする彼の代わりに俺が取って、彼が抱えている図面の一番上に置いた。もう十年以上も前の図面だ。これは確かにもういらないだろう。
「間に合いました? デート」
「え?」
「だって、俺、ダチとの飲み会であそこまで焦らないっすよ。それに……首んとこ」
「……」
両手が塞がってる彼は、少し笑った。
「見ちゃいました。つか、見えちゃいました。今、かがんだ時に」
「!」
キスマークのことだ。
「あ、いや、あの、別に普通にしてたら多分見えないっすよ! 今、かがんだ時に見えただけなんで!」
「っ」
「それに、デート、別にいいじゃないっすか。隠さなくてもって、あ! もしかして、うちの会社のっ?」
「ち、違っ!」
まさかそれを疑われるとは思わず、思い切り否定してしまった。
「っぷ、そこまで必死に否定しなくてもいいじゃないっすか」
そもそもデートじゃない。あれはただ。
「小野池さん?」
あれはただ、セックスを。
「小野……」
セックスをしただけなんだから。
ただ、その人のことを俺が、好きになっただけなんだから。
あの人とセックスがしたくて俺が一人で勝手に焦って慌ててただけだったんだ。
求められたら、嬉しい。
なんだか、今回はすごく、その……求められてるように感じた。
だって、待ってない、でしょ……二時間も。俺は、多分待ってると思うけど、俺じゃなくて、なんというか、敦之さんみたいな人が俺を二時間も待つ必要なんてさ。
ないでしょ。
それでも待っていてくれた。
たまたまでも、気まぐれでも、他に都合の良さそうな人がいなかったにしても、それでも――。
「……来なかったな」
それでも、俺を選んでくれたのが嬉しかった。待っていてくれたのも嬉しかったし。あの時、少し乱暴なくらいに激しいセックスをしてくれたのも嬉しかった。
でも、何かしてしまったのかもしれない。
今日は、水曜日だったんだ。
大体、水曜日、週の真ん中に連絡が来ていた。
――今週末は会える?
そんなメッセージがあって、俺はそれに、いつも「大丈夫です。敦之さんは時間あるんですか?」そう訊いていた。
そしたら、彼が「それなら……」と金曜日のホテルを教えてくれる。仕事があって、多少の残業があっても大丈夫そうな時間を指定してくれて。
俺は少しの絵文字を選んで添えて返事をする。
絵文字をどういうのにすればいいのか、結構悩むんだ。あまりにフランクにしすぎてもなんだか馴れ馴れしいかもしれないし、硬くなりすぎても退屈で面白みのない印象になってしまいそうで。
だからすごく考えて、選んで、一つ、ポツンと絵文字を送っていたけれど。
「……」
今週はそのことに悩まなくてもいいらしい。
水曜、ずっとポケットに入れていたスマホはその日、一度も鳴らず、彼からの連絡はなかったから。
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