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第26話 ねぇ、シンデレラ

 敦之さんから連絡が来なくなって、二回目の水曜日だった。 「おい、小野池、外注先に連絡したのか?」 「あ、いえっ、あの、まだ、ですっ」 「早く連絡入れてもらわないと困るんだが」 「は、はいっ」  憂いてる暇もないほど、仕事がトラブルに見舞われた。 「急げ!」 「は、はい! …………ぁ、お世話になっております」  顎で指示され慌てて電話を取ると、すでに短縮ダイヤルとして登録されている外注先に連絡をした。 「あ、小野池です。先日はありがとうございました……はい……その件なのですが」  大口の注文が取れるかもしれないと、会社が騒がしかった。営業部長の面子にかけてこの仕事を取るとか、言ったらしい。確かにこれが取れたらすごいのかもしれないけれど、その納期はありえない短縮で、製造からはブーイングの嵐だった。 「えぇ、あの、今日の夜、はい、今から受け取りに伺いますので……えぇ、すみませんっ、どうか気にせず、待っていますので。本当に、はいっ」  電話を置いて、顔をあげ、部長の様子を伺うと、時計とパソコンの画面を睨みつけていた。  この納期で、この製品を仕上げて見せますと言い切ったらしいから気が気じゃないんだろう。そんな短納期の注文だって外注はネガティブな反応しかしてくれなくて、俺たちはあっちこっちと走り回るばかりだ。なにせ、短納期な上に技術的に、この傾きかけた会社では作れないかもしれないレベルなんだ。そして何よりボーナスも出ないような会社に勤めている人間に覇気なんてあるわけもなくて。社内のリアクションもそう期待できる感じではない。 「あ、部長、外注に受け取りに行ってきます」 「あぁ、受け取ったらすぐに戻れよ」 「はい」  何時になるのかわからないと言われたけれど。外注に持ってきてもらうよりも受け取るのを待っている方が、すごく嫌な顔をされるけれど、プレッシャーになって、多少は仕上がりまでの時間を短くできるだろうし。それに、今、この苛立った部長のそばにいたくない。八つ当たりされるに決まってる。と、一人、そそくさと営業部のデスクから逃げ出した。  車を走らせて、一時間かからない場所にある外注へ向かい、外で待っていますと伝え、途中のコンビニで買った惣菜パンとお茶を片手に車の運転席のリクライニングを傾けた。 「……はぁ」  今日はその大口の仕事のことに追われて、朝から何も食べてなかったんだっけ。 「……腹、減ったな」  水曜日のお昼……前なら、敦之さんから連絡が入るころだと思う。そう時間がきっかり同じ、というわけではないけれど、でもほとんど同じ時間に入ってくる、今週末の予定は? っていうメッセージ。でも。 「……ない、か」  前までならもうメッセージが来てた。 「……」  今日も、来てない。  飽きられた……のかな。  最後に会った翌週、水曜日は呑気に「あれ?」なんて思ってた。その次の日、木曜日にも連絡がなくて、でもあるかもしれないって思ってずっとスラックスのポケットにスマホを入れていたけれど、仕事終わりにそれを確認して、やっぱり何もなくて、そして、少し不安になった。  何か、しちゃったかな。  俺。  失礼なこと、したかな。  それとも、嫌になるようなこととか、したかな。  けれど、金曜日にも連絡がなくて、なくて、なくて……飽きちゃったのかなって思った。俺のこと。  いや、そもそも、俺のことを毎回選んでいてくれたことの方がすごく珍しいことだったんじゃないの? 普通にさ、そりゃ飽きるでしょ。対して、上手なわけでもなくて、あの人から全部教わったような超初心者なんだ。  敦之さんを楽しませるやり方なんて知らない。  そんな俺の相手を何度もしてくれただけでもすごい、でしょ。  そして、やっぱりスマホには何も連絡は来てなかった。メッセージのやりとりの履歴、最後、俺からのメッセージに「既読」のマークがついたので終わってる。  ねぇ、シンデレラ。  貴方は追いかけてもらえたけれどさ、もしも、途中で王子が飽きてしまったら、シンデレラと踊ることに飽きて、他のお姫様と踊り始めてしまったら、もう、追いかけない?  そのまま、お辞儀をして舞踏会を帰る? 魔法使いにもお礼を言って、もう……。 「……」  いい夢だったって、思うことにして、いつもの日常に戻っていた?  俺はさ……変な話だけれど、昨日、しようとしたんだ。一人で、その、つまりはそういうことを。  できなかったけれど。  あの人のことを思い出してしまったから。  お腹の底のところが熱くて、すごくだるくて、でも、もうしてもらえないんだって思ったら、なんか苦しくて、悲しくて、やめて寝てしまったんだ。幸いなことに社畜な俺は常にヘトヘトでさ、万年寝不足だから。寝るのだけは得意で。でも、翌日の朝、今日、起きても、気持ちなんてこれっぽっちも晴れてなくて。  重くて、ダルくて。 「あーあ……」  今も、重くて、ダルくて。  車内で寝そべりながら、昼飯の惣菜パンを詰め込んだ自分の腹を、ぎゅっと手で抑えた。そして、自分が持て余してる熱に自然と力が入る指先でスラックスをクシャクシャに握り締めながら。 「飽きられちゃった……のか……」  そっと、恐る恐る口にしてみたら、もっと腹のところが苦しくて、車の中で静かに身体を丸めて目を瞑った。

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