27 / 134
第27話 不器用
連絡がぱたりと止んでしまった。
もうきっと来ないんだろう。
金曜の昼食を控える必要もなくなってしまった。
誘われることはない。
たぶん、もう。
「あ、お疲れさまっす」
「立花君、お疲れ様」
タイムカードを押して、それからまたいつもみたいにデスクに戻るところだった。なにせ、ブラックな企業だから。
急いで帰る必要もないし、以前のように仕事をしようと思ったんだ。 金曜日だけれど、ただ帰るだけなら慌てて仕事する必要もないし、ゆっくりやろうかなって。
もう彼からの連絡が来るかもしれないと、ポケットの中のスマホに意識を傾けるのもやめた。やめるように気をつけてる。
だって、もう、連絡、来ないでしょ? そんな来ることのないものに一日意識してるのも気疲れするだけだから。
「もう上がりっすか?」
「ううん、まだ」
「ですよねー。俺もっス」
営業部長が取ってきた大口の仕事が短納期すぎると各部署が大ブーイングなんだ。もちろん、製造部もその影響をもろに受けるから大ブーイング。 最近、仕事が薄くなっていて、労働基準内での残業で収まっていたのにと、文句があっちこっちから出てる。ちゃんと儲かる仕事なんだろうなと言われてるもいるらしい。
俺たちが仕事の見積もりを取ってきたら、営業部長が確認をする。 採算が合う仕事なのかどうか。 そして、そこから今度はもっと上、つまりは経営者のほうへと話が上がっていく。
なのだけれど、営業部長が取ってきた場合の見積もりはそのまま上へと持っていかれるから、価格の設定だとかは俺たち営業部でも知らない。 そして、営業部長が取ってきた仕事の取引先に、部長が元居た会社が繋がってるなんて話が出ていて。 余計にみんな怪牙な顔をしているんだ。
採算は合うのか?
これは正規の取引になっているのか?
けれどその仕事の取引の詳しいことは誰も知らないから。
「お互いにお疲れ様だね」
その仕事のことは、まぁ、俺にとってはどうでも。
「最近、金曜、急ぐのなくなったんすね」
「え?」
「早く帰らないとってなってたじゃないすか。デート、今週はない感じすか?」
立花君はきっと普通に話しかけただけなのに、俺は、その屈託のない笑顔で、そんなことを言われて、胸のところが、少し、ツンとした。
思い出してしまうから。
毎週毎週、金曜は早く終われるようにと一生懸命に昼間仕事をしていた自分を。
「あぁ……まぁ」
本当はただの友人。
ただの友人だった。
その友人と食事と、それからセックスをしていただけ。 あれはデートなんかじゃない。
「じゃあ、その予定が今週ないなら、一緒に飯、どうすか?」
なのに、気がついてしまったから、胸のところが少し苦しい。
「え?」
「友人、とまではいかなくても知り合い、ではあるじゃないっすか。 ここの会社の人、つまんねえ奴ばっかだし。 なんかコミュニケーション取らないっつうか。 だから」
退屈なんすよ、と笑っていた。
「どうっすか?」
「あ、うん……別に」
俺は、うん、と領いて立花君と飲みに行くことにした。
何も連絡は来ないのだから。 空けておいても意味はないし、別に他の用事があるわけでもない。それなら別に断る理由が見当たらない。
自分から連絡をしたらいいのかもしれない。
会いたいって思っているのなら。
別に敦之さんに俺から連絡しちゃいけないと言われたことはないんだし。
何度もあの人との会話が残る履歴を眺めては、そんなことを考えた。 丁寧な人だなぁって言葉使いで感じる。 優しい気遣いが言葉の端々に並ぶ敦之さんとの短くシンプルなやり取り。
それを読み返して、考えて躊躇って、いつもスマホを閉じてしまう。
連絡がしたら会ってくれるかもしれないけれど、でも、優しい人だからさ。
優しい人だから会ってくれるだろう。
もう飽きていても。
そう思うと、連絡できない。
申し訳ないじゃん。
いや、違うかな。
あの人にも会いたいって、思われたいのかな。仕方なしにじゃなくて、この前、もう随分経ってしまったけれど、あの時みたいにあの人に求められたいって思ってしまう。
だから……もう誘われないって思ってるけれど、わかっているけれど、でも、またいつか気まぐれがあるかもしれないとかさ。
「いや、小野池さんって貧乏くじ引きすぎなんすよ」
立花君と仕事帰りに寄ったのは駅前にある普通の居酒屋だ。夜も遅いから、すでにあっちこっちの席の客は酔っ払いっているんだろう。はしゃいだ笑い声があっちこっちから聞こえてくる。
「貧乏くじか、そう、だよね」
「そうっすよー。いっつも押し付けられてるじゃないっすか」
そういう性分なんだろう。
運がないっていうかさ。 地味なんだ。 他の営業の人間よりも押し付けやすいんだと思う。俺が強く出てこないのを部長はよく知ってるっていうか。
俺は、勇気がないから。
「もっとガッンと言えばいいのに。営業部長の評判、製造じゃ最悪っすよ」
「そうなんだ」
「マジで、どう見たって、あの大口の仕事、怪しいだろって、みんな言ってます。しかも技術がうちの会社じゃ足りてないっすよ」
「あー、うん。それは、確かに」
高い技術が必要な仕様だった。どのくらいの価格であの仕事をとってきたのかは知らないけれど、技術も手間もものすごくかかる。だから、単価はかなり高くないと採算は全く合わないだろう。
やっぱりあの仕事、社内で躍起になってるのは営業と上の経営者たちだけなんだ。 現場はほぼ首をかしげてる。
「お前の取ってきた仕事怪しいんだよって。 がつーんと!」
少し酔っているのか立花君はこぶしを高く掲げると、もう片方の手振っていたビールのジョッキからこぼれるのも構わず、声を荒げた。
「そんなの無理でしょ」
「まぁ、歯向かうのは無理かもすけど、でも、上手くやるんすよ。仕事押し付けられそうになったら、外回りに行ってきまーす、とか言って」
「あー、うん」
上手じゃないよね。 そういうのもさ。 下手だなって思う。もっとサクサクできてさ、立花君みたいにテキパキ動くとか出来たら楽なのに。
ホント、下手なんだ。
「わかってるんすかー?」
「うん……」
まだ、淡く、僅かな期待を持っている。まだ呼ばれるかもしれない、なんて。
気持ちの切り替えが下手で、立ち回るのも下手で。
「そうだよね」
勇気がないまま、今もまだ、ずるずる引きずってしまうんだ。
ともだちにシェアしよう!