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第30話 うるさい身体

「おいで」  この手を取ったら、またそう思ったら、彼の手を取る指先に力が入ってしまった。必死すぎて、笑われるかと思った。  敦之さんにしてみたらただの「友人」でしかない。そしてその友人が困っているようだったから、助けてあげただけの話。  彼は優しい人だから。  それなのにこっちは必死になって、その気まぐれな手助けにしがみついて声をかけた。優しい彼のことだから、そんな必死な俺をかまってくれた。  きっとただそれだけのこと。  でもそれでもいい。  そう思ったのに、彼は俺の必死そうな指先を強く掴んでくれた。  少し驚いてしまうくらいに強く。驚いて手を離してしまいそうになった俺の指先を離さないで捕まえるくらいに。  とても、強く。 「すごい剣幕だったね」 「え?」 「君の上司」  手を離さず掴んだままエレベーターに乗り、扉が閉まると、彼の優しい声以外が全部なくなって、小さな箱の中に籠って聞こえた。 「あ 」 「怖そうだ」 「すみません。あんなところで大騒ぎをして……恥ずかしい」 「騒いだのは君じゃない。謝らなくていいよ。君が恥ずかしがる必要もない。」  まるで子どもみたいに肩をすくめた彼が俺を見て、それから、その視線をどんどんと上がっていくエレベーターの階数へと向ける。 「……仕事は本当に平気?」 「あ、はい」 「明日は?」 「休み、です」 「そう」  少し、なんだろう。  敦之さんが。 「……仕事で海外に行ったり、してたんだ。忙しくて」  前と少し違う気がした。些細なことだし、気のせいかもしれないけれど、なんとなく口数が。 「そう、なんですか」  ありきたりな返事をしたところでエレベーターの扉が開いて、そして、下のレストランとはまったく違う物音ひとつしない廊下がまっすぐ伸びている。その中の一室へと辿り着くと、部屋の鍵を開けて。 「忙しくて」 「……ぇ」  掴んだ手を引っ張られて、よろけた先でこの人の胸に飛び込んだ。そして、口を開いて、舌を伸ばした。 「君に連絡できなかった」 「……んっ」  俺はもともと上手に話ができるほうじゃなくて、だからありきたりな返事しかできなくて。でも、そんな返事になったのは、話が下手だからだけじゃない。すごく、すごく。 「……ン、ん」  欲情、してしまっていた、から。 「ん、はあっ」  お互いに舌先を絡まり合わせた。  キスをしたまま、抱き合ったまま、ベッドへもつれるように倒れ込んで、ジャケットを敦之さんが隣のベッドに放ると、ネクタイを緩めて、また。 「ン ん、く 」  見惚れていたら、覆い被さられて、喉が鳴るくらいに深いキスをして。もうすぐに始まってしまいそうで、慌てて手で遮った。 「あ、あの、シャワー、浴びないと.」 「あぁ」 「先に浴びちゃいます。その今日、こんなことになるなんて思ってなかったし、汗、かいちゃったから」  すごい水を差すようなタイミング。でも、そんなの上手にさ、ムードを壊さずに言えるほど慣れてないから。上手になんてできそうにない。ほら、指先がうまくボタンを外せないくらいに熱に焦れてるんだから。  早く、したくて。 「すみません。少しだけ待っててください」  覆い被さっていた敦之さんが身体を起こしてくれて、俺はいそいそと立ち上がると、シャワー室を探した。大体そういう設備は部屋の手前の廊下に。 「ここじゃないかな」 「あ、すみませ、っン」  教えてもらってそこでまたさっきの続きみたいに深い深いキスをしながら。 「あっ」  敦之さんが俺のネクタイを外してくれる。そしてボタンを外してくれて、首筋にキスをして。  ベルトを外された。 「痩せた?」  そう耳元で購かれて、スラックスの中で窮屈さを感じていた服間がじわりと熱くなる。 「わ、かんなっ」 「前から細かったけど、腰、以前よりも細い」 「っ、ごめ、なさい」  もちろんダイエットなんてしていない。意識してもいなかった。ただ、少し落ち込んでいたからかもしれない。 「あんまり抱き心地良くない、かも。ま、前から抱き心地が良かったのかも、わからないですけど」 「そんなこと」 「あっ、腰、ゾクゾクするっ」  大きな手で骨っぽくなってしまったらしい腰を引き寄せられて、震えるくらいに感じてる。 「思ったことないよ」  早く、したいって、身体がうるさいんだ。 「拓馬の抱き心地が悪いなんて」 「あっ」  早く、早くって、身体中がうるさい。 「あぁ、ン」  肌蹴たシャツを脱がされながら、乳首を噛まれて声が震えて、興奮に耳鳴りがした。 「あ、あ」  感度がおかしくなりそうで、もつれそうになる。裸になるとシャワールームの中に二人で入って、湯の降り注ぐ中で彼が俺の手を取って、タイルに押し付けるように手を重ねる。もう片方の手で身体を撫でられると腰骨にも尻の割れ目にも、ビリビリとした刺激が走った。 「はぁっ」  早く、そこを暴いてって、身体の奥がうるさい。 「あああっ!」  指がローションをまとわせて、中に入ってきた。 「あっ!」 「拓馬? ここ」  中に入ってきた指をぎゅうぎゅうと締め付けてしまう。 「ごめ、なさい。全然、して、ない、から、そこすごく」  すごく頑なになってる。久しぶりで不慣れだった頃みたいに。 「あ、あああ」  孔に指を挿れてもらいながら前を握られ何度か扱かれただけで、声が蕩けた。甘い甘い声を零したら、俺のカウパーで濡れた指が乳首を摘まんで、硬くなるようにいじってくれる。これをされると俺はいつも感じてしまうから。 「やぁ」  この長くて綺麗な指に乳首をやらしくいじられると気持ち良くて、下腹部が熱くなる。そうして熱を溜め込んで、膨らませて、中が興奮に柔く仕立てられてく。  切なさが込み上げてくるくらいに。 「あっ 早く」  セックスがしたくてたまらなくなる。 「早く」  身体がうるさいくらいに欲しがるんだ。 「敦之さんの欲しい」  ずっとさっきからうるさくてたまらない内側の言葉が外に零れて口走ってしまうくらい。 「これ 」  そして、欲しくてたまらないそそり立った彼のペニスにキスをした。

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