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第32話 セックスフレンド

 今までと、違ってた。  セックスが。  何回くらい、イったんだろう。  激しくて、はしたない声も、大胆な格好も気にならないくらいに欲しがりになって。  何度も何度もイッた。  止まらなくなるかと思った。  この人とセックスできることが嬉しくてたまらなかったんだ。もう、ないと思ったから。 「わ……」  すごいキスマークの数に思わず声が出た。  身体が熱くて仕方なかったから、少しぬるめすぎるシャワーで汗とその熱を流したら、惚けた頭が落ち着いた。そして、シャワーを浴び終わってバスルームの鏡に映る自分の姿に、頬が、また熱くなった。 「……」  ここにも、こっちにも、そこにもついてる。  あの人がここに唇をつけた痕が。 「ルームサービス来たよ」 「!」  水滴も拭かずに鏡の前の自分を見つめていたら、ノックとほとんど同時に敦之さんが扉を開けた。 「失礼」  俺はゆっくり入ればいいと、寝そべる俺の背中にキスをしてシャワーを先に手早く済ませて、ルームサービスを頼んでくれた。 「我ながら……」 「!」 「すごいキスマークをつけたね」  敦之さんは優しく微笑みながら、まだびしょ濡れの俺を、うちのバスタオルよりもずっとふかふかの真っ白なバスタオルで包むように拭いてくれる。 「い、いえ」 「こんな場所にもつけてた。すごいな。襟から見えないといいけど」  普通は、身体の関係の人にはそんなにつけないものなのかな。彼しか知らないからよくわからないけれど、敦之さんは申し訳ないと謝って苦笑いを零した。 「ごめんね、つい」 「いえ……」  嬉しいです、とは言わない、よな。セフレは。 「どこも痛くない?」 「大丈夫です」 「そう? よかった。無理をさせたから」  無理なんてしてない。俺もたくさん欲しがってた。でも、優しいこの人は気遣って。 「……」  気遣ってくれた。  あぁ、そっか。 「さ、遅くなったけど、夕食にしよう。と言っても軽食だけど」  今までと違ってた。  いつもはすごく丁寧で、すごく優しくセックスしてくれた。  けれど、今日は違っていた。激しくて、窒息しそうなくらいに奥までたくさん、何度も。  きっと今までは我慢してくれていたんじゃないかなって。俺は初心者だから。初めてだと最初に伝えてる。恋愛なんてしたことなくて、したことがあるのは片想いばかり。ちゃんとしたキスだってろくにしたことがない。そんな俺はこれからもそういう行為をする機会は巡ってこないだろうと思った。それなら、こんなに綺麗な人に一度でいいから頼めないかと、そんな軽々しい気持ちでしたんだ。  この人はそれに応えただけ。  キスを教えて、誰のことも知らない身体に教えただけ。セックスを。  優しい人は、丁寧に、初心者の俺のセックスを教えてくれただけ。  でも、それも少し飽きたんだ。  もっと激しくて、もっと気遣いのいらないセックスがしたくなったんだ。  だって、ありえないじゃん。  仕事が忙しいからって、俺みたいなモテない男とそう何度も。 「フルーツも頼んだんだ。サンドイッチばかりじゃ、って思って」  こんな上等な男の人の相手をしたいと思う人はたくさんいるだろ? 俺よりも上手で、この人がしたいセックスをできる人が。 「俺も、腹ペコなんだ」 「……あの」 「君の上司殿にレストランの席を譲ってあげたから、なんて、それは冗談だけれど。それにあの騒がしい上司殿のおかげで今夜、君と」  部屋へ戻ろうとする彼のバスローブの袖をキュッと掴んだ。  そうだ。今夜の相手は俺がした。  今までと違う、激しくて、少し乱暴なほどの高い熱に溺れてしまいそうなセックスを、俺としてくれた。 「あの……また、したいです」  知ってるよ。俺よりもずっと上手い人なんているに決まってる。この人に抱いて欲しいって思う、俺よりもずっと綺麗なセフレはたくさんいると思う。 「も、もし、あのよかったら」  でも、俺もしたい。 「また、したい、です」  この人に抱かれたい。 「す、すごく気持ち良くて、だから」  俺が上手にしたら選んでもらえるかもしれない。丁寧に、ほぐして、教えて、優しくするばかりじゃないセックスを望んだら。  彼の表情を伺うこともできないけれど、でも、必死になって次を懇願した。こういうのさえ、きっと上級者は上手に誘うんだろう。断られるかもしれない。それでも、言えば、一人に加えてもらえるかもしれないと。  彼のセックスフレンドの一人に。  俺はシンデレラじゃないから。  待っていたら、王子がガラスの靴を片手に町中を探してくれるシンデレラじゃないから。  待っていても、欲しいものはもらえない。  この人に抱いてもらえない。 「また、あの」 「来週は?」 「!」  さっき鏡で見た。俺は首筋が敏感らしくて、そこにキスをされると甘い声が溢れてしまう。それが楽しかったのか、何度もそこに敦之さんがキスをして、たくさん赤い痕が残ってる。  そこに敦之さんの手が触れた。 「来週の金曜は? 空いてる?」  また、したい。 「仕事の後、時間ある? あるなら……」  この人と、またセックスがしたい。だから俺は彼の手に手を重ねて、頷いた。はい、って手を伸ばした。 「じゃあ、仕事が終わったら、拓馬が連絡して。俺はいくらでも待ってるから」  彼との次の約束に胸を高鳴らせながら、頷いたんだ。

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