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第39話 いない時間
「それ、薬局で売ってるんだね」
「え?」
急に、何かと思った。
セックスの後、いつも通りホテルの部屋で食事を一緒にしている時、敦之さんが突然、そう言って、俺の首から鎖骨を撫でるように掌を滑らせた。
「香り」
「ぁ」
「普段は気が付かないけど、すごく近くにいくと感じる」
敦之さんが言っているのはボディミストのことだ。前は適当にだったけど、最近は風呂上がりとかしっかり、なんというか、俺みたいなのが肌ケアなんてしたって意味ないけど、微々たる差かもしれないけど、それでも敦之さんが肌にキスしてくれた時に気持ち良い方が良いからって。
多分、そのこと。
「それから汗かいた時も少しだけ感じる」
「ン」
肌を撫でられて頬が熱くなった俺は、真っ直ぐにこっちを見つめる敦之さんに照れ臭くて俯いた。その首元を、唇で食まれて、小さく息を詰まらせてしまう。汗をかくようなことを今さっきまで、このベッドの上でしていたから。
「ぁ……ぁ」
まだ肌に快感が残ってるのに。
「ン」
このベッドでした、セックスの熱がまだ身体の奥に残っているのに。こんなことをされると、そこがまた熱を。
「ご、ご飯中、です」
「そうだった。ごめんごめん」
また、したくなる。
さっき散々したのにって、慌てて、気を逸らせた。今日は忙しかったんだって敦之さんが言っていた。仕事が佳境だったから食事を摂る時間がなくてって。俺がこの人に会う時は大概そうしているから、だから、毎回お腹が空いてただろう? って、優しくしてくれた。
優しくセックスしてくれた。
でも、激しくて、すごく夢中になってしがみついてるから、あんまり気にならないんだ。空腹とか。
「敦之さんでも、薬局行くんですね」
「? なぜ?」
なんか想像つかないな。薬局のレジに佇む綺麗な人って。なんというか、そういう日常とかけ離れてそうっていうかさ。高級ホテル、ラグジュアリー 空間、とか、あと、なんだろ、とにかく素敵なお城みたいな場所はとてもよく似合うけれど。薬局とか、あと、スーパーマーケットとかにいると、ものすごく目立ちそう。俺が店員だったら、絶対に見ちゃうと思うんだ。あれ? どっかのモデルさんとかなのかな、なんて。
「そういう庶民的なところ行かなそう」
「そう? 行くよ。薬局くらい」
でも、人間だから薬局くらい行くか。
「だって、買わないと、だろ?」
「?」
風邪薬とか、歯磨き粉とか。あ、整髪料もか。
「コンドーム」
「!」
顔が瞬間的にボン! って、爆発した。今の単語に。
敦之さんはきっと俺がそんな反応するってわかっていて、その通りに反応した俺に楽しそうに笑っている。
「秘書に頼めるものでもないし。結構行くよ?」
「……」
「この前は仕事の合間に立ち寄ったし」
「!」
「最近は買いだめしておこうかと」
「!」
「超薄タイプ、プレミアム、」
「わー! 言わないで良いです!」
「っぷ、あはははっ」
綺麗な人の口から出てくる、なんというか、突拍子もないというか驚いたっていうか、そんなあけすけに商品名とか言われちゃうとどうしたら良いのか分からなくて、大慌てで大きな声と手をばたつかせた。今言った言葉をかき消すように。そしたら、敦之さんがお腹を抱えて笑って。俺は真っ赤になりながら、困ってしまって。
「はぁ、すごい百面相みたいだった」
「! っ、んもー」
「言えば言うだけ、表情が面白くて」
「そ、それは」
だって、そうもなる。コンドーム、いつもしてくれてるけれど、それをなんというか買ってるところとか想像してなかったから。
「そこで、拓馬の香りがしたんだ」
「!」
「いるのかと思った」
ずるい。
大笑いしてる時は、子どもみたいだった。はしゃいでさ。と、思ったら、急に真っ直ぐにこっちを見て、落ち着いた声で、しっとりとした視線で、そんなこと言うなんて。ジェットコースターにでも乗ってるみたいに気持ちがふわふわしてしまう。
「すごく濃くて、汗をかいた時の拓馬の肌の味みたいだった」
絶妙なタイミングでそんなこと言う。
ずるいよ。
俺が使ってるボディミスト、その香りを偶然どこかで嗅いだ敦之さんが、俺のことを思い出してくれないかな、なんて思ったばかりだったんだ。それを知ってるみたいなタイミングで。
そうだったらいいなぁって思っていたことを、実現してしまうなんて。
「良い匂い、なんだよ」
「……ぁ」
ずるい。貴方が今日は食事を抜いたのなら、たくさんお腹が空いただろうって、たくさん食べてくださいって思うのに。
「汗をかいた時の拓馬って」
「あ……ぁ」
貴方が俺と一緒にいる時以外に俺のことを思い出してくれた、ただそれだけでさ。熱を残してる身体は。
「あ、やぁ……ん、ぁ、あっ」
貴方が欲しくてたまらなくなってしまう。また――。
「あ、ぁあっ……っ」
「拓馬……」
挿れて欲しくなってしまう。
そして、足を広げて、貴方が俺の肌に歯を立てながら、中をゆっくりまた抉じ開けてくれただけで、甘やかに達してた。
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