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第40話 それはドキドキする

 どうしよう。  人生でさ。  初めてなんだ。  ――仕事、大きな仕事が終わったんだ。そのお祝い、してくれたら嬉しいなって。  初めてなんだ。  ――土曜、空いてる? 夜じゃなくて……昼、から。  デート。  ――せっかくの休みだろうけれど。  どうしよう。  これは。  俺にとって、人生初の、デートなんだ。  外回りなのを良いことに、社用車の中で昼飯を済ませた後、スマホで初デートに関して検索をしてみた。 『初デート、遅刻、ドタキャンはもってのほかです。またあらかじめ行きたい場所をピックアップして、ルート等の確認をしておくと、当日、スムーズに進行できるでしょう。服装はお洒落重視なのはもちろんなのですが、履き慣れない靴などを履いて、怪我をしてしまったり、足が痛くなってしまったり、動きにくい服装で注意が散漫、なんてことにならないためにも、着心地がよく着なれた格好がより良いです。お金もとても大事です。奢ってもらった時は感謝の言葉を、自分が奢る場合はスムーズな支払いを心がけましょう。会話も重要です。ほぼ一日一緒にいて会話が弾まないようでは次のデートのチャンスは巡ってきません。何か話題になるものを用意しておくと困らないでしょう。最後、忘れがちですが、周囲への気配りも忘れてはいけません。大好きな人と過ごす一日を楽しいものにするためにも、周囲への優しさも忘れないことで貴方の好感度は飛躍的にアップします』  なんか……色々大変だ。  初デートの心得。  遅刻は大丈夫。なにせ営業マンですから。遅刻、ドタキャンなんてしない。  行きたい場所、かぁ……敦之さんどこに行きたいだろう、というか、敦之さんが付き合ってくれないかって言ってたわけだから、どこか行きたい場所とかあるのかもしれない。でも、調べておく分には構わないかな。  デートで行きたいところランキング、というのをついでに調べてみると。  一位、水族館。二位が映画、かぁ。敦之さんはどんな映画を見るんだろう。でもやっぱり水族館かな。テーマパークも上位にランクインしてるけど。 「…………」  ジェットコースターに乗る敦之さんってなんか想像できないな。急落下の中、微笑んでる敦之さん。 「っぷ」  想像したら少し笑った。  それからデートに最適なコース……夜景、かぁ。  でも夜景なら敦之さんは見慣れてるだろうからな。場所は……うーん。  それに、これも結構問題だ。  服装。  どうしようか。着なれたってなると、ものすごくダサくなる。スーツなら着慣れてるけれどデートにスーツって、しかもビジネス用のって、変だよな。しかも夏に。  会話は、案外、心配いらないかな、なんて、思ったりして。  だって彼と過ごしている間、会話に困ったことはないから。  それから――。 「……」  大好きな人と過ごす一日中を楽しいものにするためにも……だって。  周囲への配慮も忘れずに、だってさ。  大好きな人、俺にとっては。  でも、あの人にとっては……。  それでも、選んでくれた。  デートの相手に、俺を。  この間、ホテルで夜を過ごして、サンドイッチを食べて、薬局の話をして、そこからまたもう一度して、朝、チェックアウトギリギリで敦之さんがネクタイを締めながら言ったんだ。  ――もし、拓馬が何も予定がないなら、付き合ってくれないか?  そう言った。  聞き逃してしまいそうなタイミングで、突然言われたんだ。声が小さかったから、初め空耳かもしれないと思ったくらい。  でも、それはやっぱり聞き間違えとかでなく確かにデートって言っていたから、俺は、驚いて、それこそ、ドキドキするとか嬉しいとかかも忘れてしまうほどに驚いてさ。ようやく実感が湧いてドキドキするようになったのは帰りの電車の中だった。  あの人はいつもと変わらない横顔だった。一晩一緒に過ごして、朝、チェックアウト前に身支度を整えるいつものまま。  どうして俺を選んでくれたのか。  他の誰でもなく。  けれど、確かに敦之さんは俺を誘ってくれたから。 「…………服装、かぁ」  デートなんだから。  あの人の横顔をさ。 「やっぱり買おうかな」  夜のネオンに照らされた横顔じゃなくて。  太陽の光に照らされた横顔を見られる。  そんなことそうそうないだろうから、俺がデートの相手に選んでもらえるなんてこと。だから、やっぱり服は買おうと思うんだ。  想像するだけで、すごくドキドキする。胸が高鳴る。それこそさ、指折り数えてしまうくらい。 「! わ、電話、電話だっ……えっと、どこ? あ、あった!」  社用車の中で週末のデートに胸を弾ませてると、そんなことしてる場合かと言いたそうにどこかでスマホがけたたましい振動音を響かせた。  運転中に落ちたんだろう。助手席の足元にそれは転がっていた。 「は、はい! もしもし! はいっ、お疲れ様です! はい! 今、すぐにっ」  急いで電話に出るとものすごい不機嫌そうな部長からだった。  不機嫌そうな声だったけれど。 「よし……やっぱり服は買おう」  俺は、全然そんな誰かの不機嫌になんて構っていられないほど、あの人とのデートで頭がいっぱいで、とても楽しみで、ずっとずっとドキドキが続いていた。

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