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第41話 初めて

 二十六歳にして初めて、なんだ。  デート。  全部、初めて。  服屋でほぼ一式買い揃えたのも。  デートコースをシミュレーションして、水族館を一応メインに考えて、水族館のことをやたらと調べたこと。割引チケットがコンビニで買えるとかも、どのエリアにどの生き物がいるのか、とかも。それから予備で、映画館で今やっている映画をだいたい把握しておいた、とかも。  土曜日の朝早くに起きて、洗濯を済ませてしまうのも。いつもは疲れすぎて、午後からダラダラ始めるんだ。幸い南向きの部屋なので、夏のこの時期は数時間でカラカラに乾いてくれて助かって……。 「……」  心臓が真っ先に返事をするように、トクンと鳴った。  何もかも初めて。  デートも。  新しい服も。それから。 「……ぁ、敦、ゆ、」 「拓馬」  昼間にこの人と会うことも。  デートに誘ってもらった時からずっとドキドキしていた。この人にとってはそんなじゃないだろうけれど、俺にとってはいつもの逢瀬と同じ。貴方が思っている以上に、俺は貴方のことが好きだから。貴方が思いつかないだろうけれど、俺は貴方に片想いをしているから。  でも、これは、大丈夫じゃないかもしれない。 「すごい新鮮だ」 「!」  ずっとドキドキしていたけれど、いざ、その時になると、そのドキドキは予想以上だ。だってさ、だって。 「スーツ姿以外の、拓馬」 「!」  スーツ姿以外のこの人なんて、ちょっと心臓がもたないかもしれない、って心配になるほど、ドキドキしてる。  彼は真っ赤になってるだろう俺に優しく微笑んでくれる。けれど、俺はもう直視することもかなわないって感じで、見つめ返せなくて俯いてしまう。  普段はスーツだからかな、ダークカラーが多いんだ。敦之さんは。  けれど、今日はオフホワイトのVネックのサマーニットに薄いグレーのリネンパンツ。いつもと違う白っぽいファッションはなんだか眩しくて。 「青、よく似合うね」 「!」 「雑誌に載ってそうだ」 「い、言い過ぎです! それは敦之さんの方ですよ。俺のは、その、店員さんに勧められたままに」 「買ったの?」 「! あ、あの、えっと、あまり出かけないので、外行きのこういう服は持っていなくて、家着にしちゃってるのばっかだから、その」  しまった。すでに大失敗だ。  だって、今日の日のために全部一式買い揃えるなんて、めちゃくちゃ本気でデートしようとしてるみたいじゃん。俺にとってはそうだけど、敦之さんにとっては大きな仕事を終えたリフレッシュ休暇を一人で過ごすよりは誰かとって思っただけなんだから。 「友人」がいつもと違う待ち合わせに本気で出向いたら、少し引くかもしれない。 「すごく、よく似合ってる」 「……」 「でもそれなら、一式、俺が君に選ぶっていうのもよかったね」 「そっ! そんな! 気にしないでください。あの、本当にくたびれた服しか持ってなかったんで」 「うん」  よっぽど大きな仕事だったんだろうか。  今日の敦之さんはとても嬉しそうでさ。なんだか、勘違いしてしまいそうになる。 「じゃあ、デートの最中、君に似合う服がないかも見てみよう」  俺とのデートに、喜んでくれてる……んじゃないかな、なんて。  勘違いしちゃいそうで、すごく……困る。 「は、花柄ですよ? 絶対に適当ですって」 「そう? 君になら似合うと思うんだけど」  敦之さんと電車に乗るのも初めて、だ。  いつもは駅で待ち合わせて、その駅付近にあるホテルに歩いて向かうだけ。でも今日は電車で移動をするらしい。  当たり前だけどつり革に掴まってる。窓の外の景色に眩しそうに目を細めてる。なんて、チラチラ観察していた。  その電車の中でこの服を買った時のことを話してた。服を買い揃えようと思って、店の中をぶらぶらしていたら店員が話しかけてきて、「何かお探しですか?」って。それで店員に事情をある程度話したら、大きな花柄のプリントされたシャツを持ってきたんだ。 「そんなの俺みたいな地味なのには似合わないですよ」 「そう?」 「そうです。敦之さんの方がずっと似合います。花がすごく似合うから」  敦之さんが少し目を丸くした。本当にそう思うよ。適当なんて言ってない。貴方はとても綺麗だから、大柄のさ花柄なんて着ちゃっても全然大丈夫。 「ありがとう」 「! い、いえ」  こういうのすごく良いなって憧れる。  褒められて、素直にありがとうって言えるの。  俺はこういう時の返事が上手じゃないし、どう答えるのが良いのかわからなくて、そんなことないですってフレーズを繰り返すばかりだ。褒めてもらっても困ってしまって。可愛げがない、よね。 「拓馬は地味じゃないし、その青もよく似合ってる。もちろん花柄も」 「あ、りが、とうございます」  だから素直にお礼をした。ぎこちなくて、途切れ途切れに伝えてしまうくらいに照れ臭かったけれど。貴方に褒めてもらえたことを素直に喜んだんだ。 「これにして、よかったです」  敦之さんとのデートのために選んだ服だから。

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