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第42話 相合傘
なんか、さすがだなぁって思った。
「ほら、拓馬、あそこにいる。ニセダルマガレイ」
「え? どこですか?」
「ほら、あそこ」
水族館はデートコースでも人気って書いてあった。やっぱりそういうところを選ぶんだなぁって。
「砂の色が微妙に違うだろ?」
「え……?」
「ほら」
「あ!」
隠れている魚を探して、二人してガラスにへばりついていた。
「いた!」
砂浜の一箇所が確かに、ほんの少しだけ、ほんのちょっぴりだけ色が違う。でも微々たる差。そこをよおおおおく見てみると、確かにカレイの形……っぽい。
「わ!」
見つかってしまったなと、二人分の視線に気が付いたのか、そこの砂がふわりと浮かんで、砂にしか見えなかった尾びれがひらりと旗めいて、また、この辺が良いかなというところに着地して、はためいていた尾びれを砂の上へと。カレイは、ほら、俺様は砂浜にしか見えないだろう? と、無言で自慢するようにかくれんぼの様子を見せびらかしてくれた。
「すごい。本当に砂になった」
「……食べられるのかな」
「! っぷ、あはははは」
「でも、カレイだろう? 煮付けにしたら美味しいよ」
「敦之さんってば」
砂化したカレイに喜んでいたら、隣で真剣な顔をした敦之さんがそんなことを言うから大きな声で笑ってしまった。そんな俺に敦之さんが優しく微笑んでくれる。その笑顔が水槽の光に照らされて、ドキドキして、俺は慌ててまた水槽に視線を向ける。
「さっき見たルリスズメダイは刺身になるのかな、とかね」
「あんな小さな魚をですか? 食べるところなさそうですよ。青色が綺麗でしたよね」
「拓馬の青いシャツも綺麗な色だ。よく似合ってる」
「!」
ドキドキしっぱなしだ。
「あ、あ、あっち、巨大水槽があるって、行ってみましょう」
手を引っ張ると、そのまま右の通路を進んだ。この先にあるから。海を再現した、大きな水槽があるって。
「よく知ってるね」
館内図なら頭に入ってるから。
「ぁ……えっと」
初めてのデート。
「俺、最初に話した、けど、初めてなんで、そのデートも、初めて。だからサイトとか見て、水族館とか良いって書いてあったから、近くの水族館調べておいたんです。エスコートなんてたいそうなことできないけど、でも、何か敦之さんが楽しめることしたいなって」
「……」
「あ! あれです! 仕事、おっきなプロジェクトが終わったって言ってたから、リフレッシュのため、だし、楽しい方がいいと」
「……いよ」
「え? 何?」
上手に聞き取れなくて、顔をあげると、笑ってくれていた。
「すごく楽しいよ」
敦之さんが目元をくしゃくしゃにしながら、すごくすごく優しく微笑んでくれて、その敦之さんの背後には大きな大きな水槽があって、たくさんの魚たちが優雅に水の中を泳いでて、まるで敦之さんはその海の中にいる人魚みたいに、綺麗だった。
水族館の観覧エリアを過ぎると、いよいよ、と言った感じで海の生物たちのショーが時間差で行われていた。
「ここまで来ると思います? 水」
「さぁ、でも傘」
「い、いりますかね」
「さぁ、どうかな」
案外、悪戯が好きな人だから、こっちは水浸しの心配をしているのに、楽しそうに笑うばかり。水がここまで届くのかどうかは教えてくれそうにもない。でも、ここ最後尾の席だし、届くわけ、ないと思うんだけど。でも傘ならレンタルさせてくれたから。どうかな、水届くのかな。まぁ、最前列は確実だろうけど、でも、あの、中間の辺りは届くかも? けど、流石にシャチだってこんな遠くまでは。なんて、せり上がって段々と高くなるお椀型をした観覧席をじっと見つめてた。外はジリジリと暑い日差しが照りつけている。そろそろ登場するはずだとシャチを待っている観覧客はそれぞれ団扇で仰いだり、タオルで顔を拭ったり。
「あ、ほら、拓馬」
「!」
敦之さんが声をかけてくれたのとほぼ同時。客席から歓声が上がり拍手の音が響く中、元気な女性が水中を立ってスーッと移動しながらやってきた。まるで忍者みたいに、それがシャチの背の上だと気が付いたのは手を振り仁王立ちの女性が水槽の端から端を舐めるように移動した時だった。水槽の分厚いガラス越しにシャチの姿が見えたんだ。
そして、ショーが始まると水飛沫と一緒に歓声が沸き起こる。シャチの豪快な泳ぎは迫力満点で、観ながら俺も何度も拍手をしていた。
ショーが佳境に差し掛かった時だった。
シャチが新たに二頭登場した。
「えー来るのかな」
「どうだろうね」
何度が見にきてる観客もいるんだろう。それぞれがジリジリと傘を準備し始めて、俺たちも疑心暗鬼になりつつ、命綱のごとくひとつの傘を握りしめていた、ら――。
『よーーーーーーし! いっきますよおおおお!」
女性の元気な掛け声と同時。
「うわあああああああ!」
シャチたちが帯びれをこれでもかとばたつかせて、水槽の水を容赦なくこっちへ飛ばしてきた。
「あははははは、すごいですね!」
「あぁ」
笑うしかないくらいに水飛沫が一面を濡らしていく。
と、思ったら、終わった、のかな。水飛沫が止んだ。
「あはは、ここまで来た。傘、も一本借りればよかったですね」
半信半疑だったから一本にしてしまったんだ。敦之さんもそれで良さそうだったし。
「敦之さん、服濡れませんでした?」
「大丈夫。拓馬は?」
「あ、俺は全然濡れても」
「せっかくだから濡れないようにこっちへ」
「!」
腰を引き寄せられて、身体の右側がピッタリと敦之さんにくっついた。
「よく似合ってるから」
「あ……ありがとう……ござ、い」
スーツじゃない俺を今日何度も褒められた。それがすごく嬉しかった。
「嬉しい……」
「拓馬?」
これくらいなら「友人」だって言ったりする、よな。多分、バレない、よな。
「敦之さんとデート、とか、するのに、なんていうか、ある程度で良いんで、その、まさにお似合い、とかじゃないとは思うんですけど、えっと……つり合ってたらいいなって」
「友人」だってさ、あまりに分不相応じゃ気になるでしょ? だから、これくらいのことなら言うと思うんだ。大丈夫、気が付かれたりしないと思う。敦之さんみたいに綺麗な人の本物の恋人になんて、なれるわけないってわかってるし。「友人」だから付き合ってもらえてるってだけだと思うし。
流石に恋人にするには、不釣り合いだって、そのくらいは自覚っていうか、ちゃんとしてるよ。
『それでは……皆様、今日は暑いので、アツウウウウウイアンコールにお答えして』
「拓馬、濡れる」
「え? あっ」
そして再開された水飛沫の雨を避けるように二人で透明な傘に隠れて。
「見えちゃ……」
「平気」
水飛沫と歓声と夏の日差しに紛れるように、キスをした。
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