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第45話 仮初ヤキモチ
寝て起きたら、終わっちゃう。だからなんだっていい。起きていたい。もしも貴方が眠ってしまったら、一人で起きて寝顔でも見つめていよう。
きっとこんな一日はそう何度も訪れてはくれないだろうから。
「じゃあ、初恋は?」
「うーん、小学五年の時」
「どんな子?」
「何学期だったのか覚えてないんですけど、でも、朝顔の時期だから夏、ニ学期かな、席が前だったんです」
「へぇ」
いつまでも起きていようと思った。今日は特別だから。
俺を抱き枕みたいに背中から抱き締めている彼が眠ってしまった後もずっと起きていようって。今日一日が少しでも長続きするように。
「そんなたくさん友達がいる感じの男子じゃなかったけど、仲いい奴にはすごい笑ってよく話してて、あ、リレーはいつもアンカーでした。脚が早くて、俺も脚早かったんです。いつもあいつにバトンを渡す役でした。すごいドキドキしちゃって」
――拓馬!
「名前呼ばれると緊張しちゃって、バトン受け取りを手から溢しちゃいそうで」
「好きとかは」
「言えませんよ。小五ですもん。自覚するだけで精一杯っていうか。もちろん片思いのまま終わりました」
「その次は?」
その次に好きになったのは小学六年生の終わり頃。その次が中学生の時。すごく長かった。中二の終わりまでずっと好きだったから。中二の終わり、バレンタインで終わったのを覚えてる。
「親友だったから」
同じ部活。同じ教室、二年でクラスは分かれたけど部活が一緒だったから離れた感じはほとんどしなかった。
「でもそんなわけなくて」
「……」
「同じクラスの女子にチョコもらったって嬉しそうにうちのクラスに来たんです。その女子のことは俺はよく知らなかった。別のクラスの子だったから」
だから俺にとっては突然だったけれど、それは俺にだけのことで、二人にしてみたら、いつかは、みたいな感じだったんだ。すごく仲の良い二人で、クラスの中じゃ、二人がチョコを渡した、受け取ったって、みんな思ってたくらいだったらしいから。
「その次はしばらく開いて高校です」
ぽつりぽつりって変わり映えのしない俺の片想いの話を、聞かれた分だけ話した。敦之さんの腕枕が、背中に触れる彼の肌が抱きしめて引き寄せてくれる腕が気持ちいいなぁって思いながら。
「もうこの頃には片想いがデフォっていうか……で、それを繰り返して、この間の片想いをしていた親友に婚約者を紹介されるっていう事件が」
「あぁ」
あの時は悲しくて、自分がかわいそうでたまらなかったけれど、今はそれでよかったなんて。現金な奴だなぁと自分のことを思うけれど。
「っていうか、俺の恋愛にも満たない遍歴なんて聞いても楽しくないでしょ?」
「そんなことないよ」
もう何度も敦之さんとセックスした。いつもセックスの後は他愛のない話をしていた。本当に他愛もない話。昨日こんな動画が面白かったとか、動物は何が好きか、とか。本当に当たり障りのない会話。でも、こういうのを訊かれたのは初めてだった。なんでそんなことを訊くのだろう、と思うけれど。
「君の初めての男としては気になるんだよ」
「そんなの」
でもこれも敦之さんにしてみたら他愛のない会話、なのかもしれない。
「好きだと伝えようとはやっぱり思ったりしなかったの?」
本当は気にしてもいないのだろうけれど。
「初めて」 って新鮮な感じがするから言葉遊びをしているだけなのかもしれないけれど。
「ないですよ。好きって伝えるなんて考えたこともなかった。だって実らないってわかってるから。……俺、不器用なんです。地味だし。取柄とかないし」
仕事でだって、学校でだってそんなだった。目立たない、普通の奴。
「だから、あの時、敦之さんに出会わなかったら、きっとずっとあのままでした。キスも」
クラスにこんな奴いたっけ? あぁいたいた、なんて思い出してもらえるかな、ってくらいの普通の奴。
「……セックスも知らない」
だから、同性が魅力を感じてくれるところなんてどこにもない。勇気もないから自分から行動もできない。
「今は?」
「え?」
「その婚約者を紹介してきた親友」
「……好きって意味ですか? ないですよ。全然」
そんなことを訊かれたら、勘違いしちゃいそうになる。
まるで貴方が俺のつまらない平凡な片想いをとても気にしてくれてるみたいで。
まるで、それは、ヤキモチを妬いてくれているみたいで。
ドキドキしてしまう。
貴方にそんなことをされたらって、夢見心地になってしまう。だから、できるだけ顔に出さないようにしながら、胸の内ではしゃいでた。
「本当に? あの時すごく落ち込んでただろう?」
ないよ。だって、今は別の好きな人がいる。
「ないですよ。あれからだいぶ経ってるし、もう全然」
今、すぐそこにいる。
「今は……」
俺の後ろにいて、俺を抱き締めてくれてる。
俺は、貴方が好きなんだから。
「もう、っ、! ……うわぁ、わっ! あ、あのっ敦之さん」
びっくりした。背中にぴたりと寄り添うように寝ていた敦之さんが急に腕に力を込めて、俺を上に仰向けで乗せて寝かせたから。
「あ、あのっ」
すごい格好。彼の上に仰向けで寝転がってる。裸で。
「……拓馬」
「っ」
そして背後から抱きしめられたまま耳元に甘く名前を囁かれて、ぞくりと肌が焦れた。
「今は? 今はもう、何?」
「あっ」
火がついてしまう。好きな人に過去を気にかけてもらえて、ヤキモチしてもらえて、って錯覚して、嬉しくなってはしゃいでしまう。
「ダメ……敦之さん」
「今は……知ってる?」
「あ、あぁ……ン」
仰向けで心もとなくなってしまうほど全てを空に晒すようにしながら、乳首を掴まれたら、もう。すごく、すごく、したくなる。
敦之さんとまたセックスをしたくて、声の糖度が増していく。
「キスも」
「あ! ン、ん」
乳首をいじられながら、喘ぐ俺の甘い声が、下になっている敦之さんのキスに塞がれて。もう片方の手が天井に向けて勃ち上がり、ゆらりと反応しているペニスを握った。
「あ、あ、あ、敦之さんっ」
さっきあんなにしたのに。あんなにやらしいことをしてもらえたのに。
でももう俺は、このまま仰向けで、背後から、下から、彼に犯されたくて。
「敦之さん」
名前を呼びながら足をはしたなく開いた。開いて、腰を反らせて、挿入るように身体をくねらせながら、後ろにいる彼に手を伸ばす。
「セックスも、今は、知ってる?」
「あ、あぁっ……ン、知って、る。教えてもらった、から」
背後から抱きしめられながら、まださっきの激しさが残っている身体で甘えるように額を擦りつけた。
初めての体位で、あられもない声を上げて、自分から。
「見てて」
貴方にどうにかしがみつきながら。
「また、イクっ、これ、あ、あ、あぁっ」
全部を教えてもらった身体は嬉しそうに射精した。自分の胸にまで飛ばして。
「敦之、さん」
眠りたくないって思った。この一日が終わったらいやで。起きて、ずっとデートをした今日一日を続けていたいって、思いながら、貴方に貫かれて達してた。
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